『アスパラ』他
『アスパラ』
ホワイトアスパラガスの穂先はマドモアゼルの指先とも呼ばれる。彼女の指を見ているとなるほど、と思わせるものがある。繊細で美しい。その指で僕の頬をそっと撫でる。官能の一幕はそこから始まる。群青色の、夜は長い。
『寿司』
〝寿司屋の良し悪しはまずこはだを握らせてみれば判る。良い寿司は、口の中でほろっと崩れる〟親父は寿司の通だった。俺の初任給で親父を寿司屋に連れて行くことが夢だったが、親父はその前に癌で逝った。俺は今日、初めて一人で寿司屋のカウンターに座る。
「こはだを握ってください」
『小石』
恋し恋しと泣く子供らが今日も河原で石を積む。積んだ小石は数知れず。崩れた小石も数知れず。母親恋し父恋し。何の因果か先立ちて賽の河原で石を積む。
鬼よ鬼。子らの嘆きをどう判じるや。
『竹輪』
揚げた竹輪があの子の好物だった。竹輪を揚げる気配を見せるや否や飛んできた。揚げたてを、青い目を細めて食べていた可愛いあの子。昨年、あの子が交通事故で逝ってしまった時は夜通し泣いた。猫は車の前では立ち止まってしまうのだ。今日はあの子の命日。写真の前に揚げた竹輪を置く。
『たまご』
その得体の知れぬ、けれど美しい蒼色をした卵を、ミケロは大事に毛布でくるんだ。数日後、卵からは幼い翼竜が生まれた。卵と同じ色の、美しい蒼の翼を、懸命にはためかせようとしている。竜は初めて見たミケロを親のようにして懐いた。やがてこの一人と一匹は、広大な世界を巡る旅に出る。
『音符』
彼の楽師が紙に旋律を書きつけるたび、綴られた音符は宙へと散じ、楽の音を響かせる不思議をもたらした。王侯貴族に乞われても専属の楽師とならなかった自由の申し子であったが、皮肉にも恋から逃れることは叶わなかった。恋を患って以来、綴られた音符は美しい大臣の末の姫の元へ向かった。




