帰還
ジャニスはけっこう疲れた顔をしている。
体力的にとかはないだろうから精神的に苦労したんだろうなぁと思った。
「 早く帰りたいですか? 」
ジャニスは顔を上げて力なく笑った。
「 ええそうね。っていうか当たり前でしょう?
いつまでも、ここでブラブラしてる訳にもいかないし、
大体、貴方こそ時間がかかるのは困るんでしょう?
任務の納期があるんだし、上司との約束もあるんでしょう? 」
「 まあ、ここまで遅れたらちょっとぐらい関係ないですけどね。
それに、事情もちょっとあって許してくれるでしょうし… 」
そういいながら、ジャニスの顔は青いし額に玉の汗が…
許してくれるかどうかなんて分かる訳ないじゃんって思ってるのがよく分かるわ。
「 あ!それよりですね、提案がありますわ…
安藤さんと一緒に帰るというのはどうでしょうか? 」
その証拠に話題をすぐに切り替えてくるもの…ってなんで安藤さんと?
「 私がこの人と一緒ですか? 」
「 ええ、それこそ二人一度に帰れば直ぐにこの空間を開放して、
私の干渉能力も消費しなくて済むようになりますし、
そうなれば何か問題があっても解決する能力にも余裕が出来る事ですし… 」
「 あれ?そんな事が出来るんなら、最初に一度ここから皆を出して
直ぐに空間を開放すれば良かったんじゃあ… 」
「 あ…、いや、だからそれは…うん!一人一人要件も違うし、
微妙な補正をしながら時間軸の調整もあるし、
自重振動に引き摺られた多鏡面的崩壊をもたらすんでこうするしか… 」
私は馬鹿だから(ジャニスから見たら)適当に漢字を並べておいたら大丈夫だとも思ったの?
第一、日本語的におかしいし、取ってつけた様にしか感じない。
大体、あ!って声を上げたあなたの顔…明らかに失念していました!って顔じゃん。
でも、まあいいですよ…結果的に無事に帰れるならねぇ…でもさぁ…
その前に疑問を解決しておかないと。
「 アータデン シャーコオ ヘンガーナってどんな意味ですか? 」
この言葉で全てが始まったのだから聞く必要がある。
「 ああ、それ聞きます?
大した意味は無いんですが、それこそ次元移動の許可を宣言する言霊です。
私たちの言葉で、
” 汝、開錠の儀、承った ”って意味ですわ。
勿論、力技で移動する方法もあるには有りますけど制御も難しいんです。
これを唱えてもらえば消費能力が少なくなるんで助かるって程度ですね 」
「 えっと、それじゃあ…それを唱えるように書かれた… 」
ジャニスは少し難しい顔をして首を横に振った。
「 ああ、慌てないでくださいね...ちょっと今はまずいんですの 」
そう言いながら、でっかい胸が私の視界を下側に横切って
息もかかりそうな近さで私に小声で話しかけて来た。
まるで、隣でニヤニヤしている安藤さんに聞かれないように…
「 向こうについたら、ちゃんといきさつ話しますから慌てないでくださいな。
黙って私の言う事に従ってくれたら、いいボーナスをあげますわよ。
あなたにとっては、今後絶対にそれ以上の贈り物は無いって思いますわよ。 」
そこまで言うと、少し笑いながら顔を離して行った。
納得はしたけど、後で” あれは嘘です すいませ~ん ”て涙目で言わないようにね!
ジャニスは今度は安藤さんの方を向いて声をかけた。
「 あなたも一緒に行くのは大丈夫でしょうか?
春奈さんが終わったら迅速に送って差し上げますから。
ここで、ここの空間維持の能力は使用しなくても済みますから、
特殊の能力も使えますので
普通にドアでも開けるように移動が出来ますのよ。
空を飛ぶのも今までの方で大不評でしたし 」
「 へえ、そりゃあ凄いですね。
まるで、○○○もんの何とかですね…流石は死神ってとこですか。」
安藤さんの顔は女友達でも見るように親しげに見えた…
「 それでご返事は? 」
「 断る理由なんてありませんけど?
ここで一人で残されて待っていてもなんの面白みもありませんしね 」
そう言うと、安藤さんが私の顔を見てニカッと笑った。
それは、特に下心もない純粋に友人としての意味だと思う。
「 そうですね。私も一人でこの人と帰るのも不安ですし、
せっかく親しくなった安藤さんにはお別れは言いたいですしね 」
家族があるがなかろうが、私は彼に少し好意がある。
最後まで一緒にいたいって下心からの言葉だった。
「 お嬢様、わたくしはどうしましょうか? 」
「 あ…、ああ、そうですね…私が道を開けますから、
その前に一時的にあなたの力でここを仮保持してください。
私たちが出ていったら、その後で慎重に外の時空間との調整をして戻しておいてください。
半分はその為に呼んだんですから、お願いしますわ。
なんせ、次元的複合をしていますから気を付けてくださいね…
それから、現時点では外の時空間にはこの質量の… 」
長ったらしい説明を目を細めて貝沼さんは聞いていた。
「 とりあえず、ここの制御を変わって受け持ちますかね。」
貝沼さんは笑いながら、ジャニスの言葉を切って行動を開始する。
お茶のセットや家具を一度にどこかへと転送させて、
ジャニスと似たような呪文を高速で唱え出す。
一瞬、空間全体がガクンと揺れたように感じたが、直ぐに元に戻った。
「 あら、流石ですわね、私があれこれ言わなくても終わりましたね 」
貝沼さんはただ小さくお辞儀をしただけでその場で微笑んだだけだった。
「 これで十分力が使えますわ。
これなら超重力干渉をしなくても、純粋な私たちの能力で道を作れますね 」
そう言うと、ジャニスはゆっくりとその場から離れて
沈んでる飛行機を背にして、なにもない青空と海しか見えない空間に向かい合う。
「 ゼータデン シャーコオ ヘンベール バナヒ… 」
ジャニスが呪文を唱えて、舞踊の鎌を大きく回転させる。
身長186センチのジャニスが210センチの柄の大鎌を振るうのだ…
刃渡り90センチの分厚い鎌は鈍い風切り音を残して勢い良く回る。
「 へえ、凄いですね…春奈さん。 」
私の横で、興味津々で安藤さんがそう呟いた。
あれ?安藤さん…ちょっとキャラが違わないかしら…
もっとこう、小市民で若いお父さんって感じだったのに、なんかもっとくだけた感じ…
悪い印象じゃなくて、人懐っこい感じがする。
「 う~ん、ここまでする必要があるのかしらねぇ… 」
私は思わず安藤さんの言葉にそう答えた。
ジャニスの十数メートル先の空間が捻じ曲げられたのか、
景色が渦を巻く様な感じで歪んで見えた。
ジャニスはさっき、ドアでも開けて戻っていくもんですと言っていたのに、
その歪んだ空間は直径が10メートルはありそうな馬鹿でかいものだった。
それから、その渦巻いた空間が中心に向かって落ち込んでいく…
中心点が暗くなっていき、歪んで見えていた空間が元に戻っていく。
やがて、直径は3メートルぐらいになって、
真っ暗な空間になり、周りはさっきまでと同じ景色に戻っていた。
「 黒い穴…か…ブラックホールみたいですね 」
「 それなら今頃私達、事象の地平に吸い込まれてお陀仏ですって 」
「 冗談ですよ、いくらジャニスでもそんなことは出来ないでしょう?
それより、良く知ってますねそんな言葉。
宇宙物理学にでも詳しいんですか? 」
「 まあ、彼がよくそう言う手合いの本をよく読んでいましたから…
でも、名前だけですよ知ってるのって 」
和幸の奴は、確かにこういう関係の本が好きでよく読んでいたし、
私も暇つぶしで呼んだ事もある。
小難しい証明や、意味の分からない数字の羅列は理解できなかったけど
読み物としては面白かった覚えがある。
飛行機の中でジャニスと話す時には結構助かった雑学レベルのものだけどね。
再びジャニスの方を見てみるとジャニスは鎌を体の前で、
自分の尻尾を食べるウロボロスが由来となった無限大記号の様に振り回し始める。
かなり速い速度で、
先端が良く見えないし、凄い風圧が私たちを襲ってくる。
「 しかし、タフですねぇ…あんな重そうな鎌振り回して… 」
「 今まで呪文で済ませていたのに、なんで鎌なんか振り回すんだろう? 」
私は、まじない師の様な不思議な行動をしているジャニスに呆れてはいた。
さっきまでの呪文の力からすると、余分な行動にしか見えなかったからだ。
「 さあ、相手は別次元の方ですから… 」
ジャニスの息は荒そうで、額に汗が噴き出ていた…
そこまでするぐらいなら…今まで通り飛行して移動すりゃあいいじゃないの?って思う。
不評ってのは分かるけど、別に理由があるのに違いない。
黒かった大きな穴から、うっすらと光が感じられ始めた。
穴の周りは、明るい真っ青な夏の空と海なので良くは判別は出来ない。
そのうちに、うっすらと何か見えてきたがそれ以上は変化が無いようだった。
ジャニスは肩で大きく息をしながら、しゃがみこんでしまったから、
どうやらこの辺で終わったようだ。
「 ゼーゼー、終わりましたわ。
それじゃあ、安藤さん春奈さん一緒に行きましょうか。 」
「 きゅ…休憩した方がいいんじゃ? 顔色も悪そうですしね。」
「 はあ、別に鎌を振って疲れただけで、
能力は大して消費してませんから大丈夫ですよ。それよりも先を急ぎましょうか… 」
そう言いながらも辛そうに腰を上げるので、
安藤さんが気を利かせてジャニスの脇に行って支えてあげる。
「 ど…どうも。」
真っ赤な顔でジャニスは安藤さんの方を見た。
安藤さんの方は、そんなジャニスを見て少し笑った。
「 ジャニスさんって、さっきもそうだけど免疫ないね男に対してさ 」
「 め…免疫なんてできる訳ないでしょ…まだその… 」
真っ赤顔が熟れて落ちるリンゴの様に赤くなっていったので、
私は大体察した…珍しいっていうか化石じゃんジャニスって。
「 ああ、それはそれは…まあでも、これぐらいは我慢できるでしょ?」
「 ええ、ちょっと休めば回復します。先を急ぎましょう… 」
ジャニスと安藤さんが肩を組んで、その穴へと向かっていき、
私はその後をついていった。
やがて、暗い穴の入り口まで来ると、
ジャニスは安藤さんに肩を借りたまま、貝沼さんに手を上げた。
「 それじゃあ、行ってきますね。」
「 ええ、あとの事はお任せください。
それより危ない真似はなるべく避けてくださいね。」
「 ええ、分かってますわ。」
ジャニスと私たちが、穴の中へ入っていくと急にあたりが暗くなった。
「 もうこれで、ここには戻ってくる必要もないでしょう。
誰もいないし、海に沈んだ196の遺体しかないんですから… 」
長かったと思った。
乱気流に巻き込まれ、和幸の不思議な手帳で呪文を唱えてからずっと…
あの場所にいたんだ。
たくさん死んだし、生き残った人たちとの思い出もあそこにある。
いろんな思いが交差していくが、もうすぐこの奇妙な体験も終わりに近づいている。
きっと、
明日目覚めたら何もかも忘れているとは思うけど。
暫く歩いていると真っ暗に近いと思っていた空間が意外と明るいのに気がついた。
単なる暗順応もあるけども、それいじょうに頭上に輝く満月のおかげだと思う。
暫くすると、
白銀のように見える切れ目のよく分からない道が見えてきた。
ついでに、
その向こうには住宅団地らしきものが見えて、その奥には大きな山が連なって見える。
既に、町明かりは地方の町らしくかなり少なかったが、
それでも人が住んでいる暖かさがあった。
「 やっと、帰ってきたんだ。」
私はそう言うと、その場にしゃがみこんでしまった。
私のいるところからほんの目と鼻の先に私の実家が良く見えていたからだ。




