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―――――――…



「ぼくも行きます。ぼくは船を降りる気なんてさらさらありませんから」


 夜になりレイズの言っていた通り、船の周りで盛大な宴が開かれた。

 船の前にたくさんのテーブルや椅子や樽を並べて、料理や酒がひきりなしにそこに並べられていく。

 そして男どもがそれを片っ端から胃に流し込んでいく光景は、ある意味見事で異様な光景だった。


 宴の名目はあたしとクオンとイリヤの歓迎と、他の船員達との顔合わせ。

 そして本日を以て船を降りる船員達の、送別の宴だった。


「多分レイは、戦争になるかもしれないと聞いてからずっと考えていたんでしょうね。全船員の内の3分の2は船を降ります。残りの船員で2隻の船員配備は組まれました」


 仕事を終えたジャスパーを捕まえて、アクアマリー号の甲板に誘ったのはつい数十分前だった。

 そして船団の一次解散を聞いたのも。

 レイズは希望者の降船をすべて無条件で許可し、さらには軍資金まで分け与ええたらしい。


「レイはきっと、戦争が終わったらこの海賊団を解散するつもりなのでしょう。決して口にも態度にもしませんが、流石に分かります。残った人達はそれを承知で、レイと最後の航海をすることを選んだんです。たとえ海で戦争が始まっても」


 あたしとジャスパーそれぞれの手には甘い果実酒。

 いくつもの笑い声を背に船の下の仲間達を見下ろしている。


 現在船に残っているのはほぼ船団の初期メンバーと、あとは純粋にレイズを慕いついてきた人たちが殆どらしい。

 ジャスパーが言っていた“拾われの身”の元一般人達は、殆どが降船した。


「拾われた人たちにとって船に居る期間は、一種の猶予期間みたいなものだったとルチルが言ってました。中にはとても大変な思いをして人間不信になった人も居るし、自活の術を持たない人も多くいます。船でそれを学び、働き、お金はその報酬だって言うんです。ほんとレイはどこまでもお人好しなんですから」


 言いながらジャスパーは、それでもどこか嬉しそうだった。

 それからやはり寂しそうに、船の下に目をやる。


 船の下の宴はまだ賑やかに続けられていた。知らない顔が殆どだけれど、知っている顔も少なくない。

 クオンとイリヤは一緒に甲板まで上がってきたけれど、今は船の中をレピドに案内してもらっている。


「ぼくはずっと前から決めていました。レイについて行くって。今回の航海でアクアローゼ号に配備される可能性もあって、レイにも訊かれたんです。おまえはどうしたい、って。だから言ったんです」


 ジャスパーがその視線をあたしに向ける。

 不思議だ、どうしてだろう。あんなにまだ、幼いと思っていたのに。

 ジャスパーはもう一人前の船乗りだ。そしてレイズの仲間で、家族だ。同じ血よりも確かなものが、そこには通っている。


「ぼくは最後までレイの傍で、役目を全うしたいって。ぼくはマオを守れって言われてるんです。船の上で料理以外に与えられた、初めての役目なんです。その為には傍に居なくちゃ」


 二度と会えないと言ったあたしにレイズが反論したのは、今日多くの仲間と別れることを思っていたからだったのかもしれない。

 知らなかったとはいえ、レイズに対してひどいことを言ってしまった気がした。


 少なくともレイズはきっと、船を降りても多くの人の仲間であり家族であり続ける。

 きっとどこにだって、世界の果てにだって会いに行く。

 それを相手が望めばきっと。


 どうしてみんな、そう強くいられるんだろう。


「……男の子は、いつの間にかそうやって強くなってっちゃうよね」


 自嘲気味に呟いて、持っていた果実酒の木のカップに口をつける。

 アルコールの殆どないそれは、甘ったるく舌に絡む後味だった。


「もう、マオまで。皆してすぐそうやって子ども扱いするんですから。確かに船の中では一番年下だし背も低いですけど、きっとあっと言う間にマオの身長だって追い越しますよ」


 言って笑うジャスパーは無邪気な子どもそのものだ。だけど幼いと思っているのはきっと周りの大人達だけなのだろう。

 あたし自身だって、大人ぶりたい年頃ではあるけれど実際まだまだ子どもだ。レイズだって相変わらず子ども扱いするし。

 だけどそうやってまだ“守られる”存在ということに助けられているのも事実なのだ。

 多くのものを失いながら、失わずにいられる何かを皆必死に探してる。

 それがこの海にあるのか……この世界にあるのかは、未だあたしには分からないけれど。


「そういえばジャスパーっていくつなの?」

「ぼくですか? ぼくは13です」


 13……そっか、なんとなく誰かに似ているというか、誰かを思い出す気がしていた理由がこれで解けた。

 シアの子どもの姿も同じような年齢だったけど、その時もなんとなく感じていた。

 ジャスパーは、義理の弟と同じ年で背格好も良く似ているんだ。性格はまるで違うけれど。


「ジャスパーくらい可愛かったら、少しは仲良くできたのかなぁ」

「? なんです?」

「ううん、こっちの話。ちょっと思い出してたの。家族のこと」


 義理の弟の海里かいりは無口で無愛想でどちらかと言えばクオンに似ている。

 まぁあたしも人のこと言えないし、海里からしたら大きなお世話だろう。

 あちらには仲良くなる気なんて無いのだから。


「マオの家族はどんな人たちですか?」


 あまり家族について語る気は無かったのだけれど、どうやらジャスパーは興味をひかれたらしく大きな瞳をきらきらと輝かせてこちらを見つめてくる。その様子に嫌な予感を感じ思わず距離をとってしまう。


「あんまり楽しく無い話だと思うよ」

「いいんです、聞いてみたいだけですから」


 しまったなぁと思いつつも、ジャスパーがしっかとあたしの空いている方の手を握り逃がしてくれそうに無い。

 それになんとなくジャスパーのお願いを無下にできなかった。ジャスパーにはもう、帰る場所も家族も居ないのだ。


 小さく溜息をつきながら、カップの中に残っていた果実酒を一口口に含む。

 やっぱり甘い。甘くて重たくて、少しだけ喉の奥が苦しい。


「……あたしね、最近まではずっと、お父さんとふたり暮らしだったの。お母さんはあたしが小さい頃に死んじゃって。お父さんがお母さんの分まで、頑張って“お母さん”してくれてたよ。不器用なのにキャラ弁作ってくれたり、学校行事にも必ず仕事を休んで来てくれてた。だからあたしはお父さんとふたりで寂しいとか思ったことはあんまり無かったな。でも最近、家族が増えたの。新しいお母さんと、弟と妹。弟はちょうどジャスパーと同じくらいで、妹はまだ7さい。はじめ家族が増えて嬉しかったのは本当だよ、でも…たぶん、嫌われてる。正直あたしも好きじゃないし。お互い様なんだよね」


 そう、分かっている。お互い様なんだ。

 どっちが先かは分からないけれど、お互いを好きになれないのは。

 だからきっとどっちが悪いかなんてない。


「でもふたりはお父さんのことは大好きみたいで。だから余計にあたしがジャマなんじゃないかな。妹……みなとなんか始終お父さんにくっついてるもん。日曜日がくる度に遠出してさ。弟の海里は無口で無愛想で何考えてるのか分からないけど、しっかり湊の擁護だけはするし。ずっとお母さんと3人の母子家庭だったっていうから寂しい思いはしてたんだろうし、その気持ちは分かるよ、あたしだって。お父さんは既に湊にデレデレあまあまだし、お義母さん勿論良い人だしね。最初の内は上手くやってた。でも一緒に暮らす内にだんだん……合わなくなっていって……」


 最初は、いつだっけ。あんまり覚えてない。

 気にしないようにしていたから。あんまり考えないようにしていたから。

 ジャスパーが握っていた手の温もりが強くなる。だけど不思議とその感覚が遠いものに思えた。

 痛いくらいに真っ直ぐな視線があたしの横顔に突き刺さる。


「いやがらせみたいなの、され出して……あたしのこと気に喰わないみたいなんだよね。クレヨン折られたとか、大事なぬいぐるみを高い場所に置かれたとか、それをあたしがやったって嘘つくの。そういうホント小さなやつ。子どもなんだよね、分かってるんだ。一応あたし、“おねーちゃん”だし、あたしが我慢すればいいって。海里もちゃっかり湊をかばうし、本当の兄妹だから当たり前なんだろうけど。お義母さんは勿論自分の子どもの方を信じるし、お父さんも流石に小さい子を疑えないみたいで。だけど、だけどせめてお父さんくらい……」


 そこまで言ってようやくあたしは、自分の目から涙が零れていることに気付いた。

 どうして。そんなつもり、ぜんぜん無かったのに。

 やっぱりこの果実酒の所為だ。喉の奥に絡みついて上手く息ができない。

 だからきっと、こんなに苦しい。


「お父さんにだけは……信じてほしかった……」


 じゃないとあたし、ひとりぼっちだよ。

 あの家で、あたしのこと誰も信じてくれないあの場所で。

 どうやって笑えばいいの。接すればいいの。


 あたしが居なくなったあの家は、それでもきっと問題なく“幸せな家庭”が今日も続いてる。

 むしろあたしが居ないほうがずっと平穏で楽しくて幸せなのかもしれない。


「……ちゃんとそれ、言いましたか? お父さんに」

「……言えない。だって、あたし以外のみんな、それで幸せなんだもん。あたしだって別に、幸せを壊したいわけじゃない。少なくともお父さんには幸せになって欲しい。今まで苦労してあたしのこと育ててくれた分」

「でもそれは“家族”とはいえません。それでいいんですか? いいわけないでしょう。マオ、ぼく達だってもう立派な“家族”なんですよ。家族の内の誰かがひとりでも幸せじゃないなんてイヤです」


 言って少しだけ背伸びをしたジャスパーがあたしの涙を拭ってくれた。あたしは体に上手く力が入らなくて指一本動かせない。

 どうしてこんなことになったんだっけ。ああだから、家族の話なんてイヤだったんだ。

 惨めになるだけだから。

 結局ひとりだって、思い知らされるだけだから。


「マオ、言いたいことはちゃんと言わないとダメです。いつ伝えられなくなるのか分からないんですから」


 ぎゅっと、握るその手は小さく震えていた。

 少しだけ俯いていたジャスパーは、それでも顔を上げてあたしに微笑みかける。

 その瞳に遠くの明かりが揺れていた。


「勿論ぼく達も家族ですけれど……本当の家族は、どんなに離れていたって、遠くに居たって……最後は帰り着く場所です。無条件で迎えてくれる大切な場所です。それを忘れないください、マオ」



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