第2話:『不自然な事故の裏側』
午後四時半。解剖室の扉を開けると、冷たい空気が葵の頬を撫でた。
「三井さん、今日の案件です」
宮本が手渡したのは、交通事故で死亡した二十六歳の男性の書類。表向きは単純な自動車事故だが、遺族からの届け出には違和感があると、警察から研究所に依頼が来ていた。
「事故……でも、何かが噛み合わない?」葵は眉をひそめる。
宮本はうなずき、机の上の現場写真を指差した。
「右足の打撲は車の正面衝突では説明がつかない。ブレーキ痕の位置も一致しない。」
葵はノートに書き込みながら、思考を整理する。
「つまり、現場は事故に見えるけど、実際は……誰かに意図的に……?」
「可能性はある。だが、証拠は微細だ。私たちの仕事は、この微かな痕跡から真実を組み立てること」
解剖台に横たわる男性の身体を前に、葵は手袋をはめ直した。細かく傷や損傷を確認する。その指先から、彼の最後の時間が少しずつ浮かび上がる。
「手のひらに小さな擦過傷……逃げようとした形跡だ」
宮本が頷く。「恐怖の瞬間を物語る、声なき証言だ」
作業を進める中、葵はふと視線を感じた。
「……教授、手伝いますか?」
高橋教授は少し微笑んで、淡々と資料を読み解いている。「葵、君の観察眼は鋭い。だが、心で推理することも忘れないように」
その言葉に葵は心が少し震える。
——ただデータを読むだけでなく、人の心まで想像すること。それが、死者の声を聞くということなのだ。
夕暮れが差し込む解剖室で、二人の会話は途切れず続く。
「警察や周囲の人は事故で片付けたが、真実はここにある」
葵はそうつぶやきながら、微細な傷と生活痕を丁寧に追いかけた。
数時間後、解析結果をまとめ終え、葵はノートに書き残す。
「名もなき声は、決して消えない」
その夜、解剖室の冷気の中で、葵はそっと微笑んだ。
次の声を聞く準備をしながら――彼女の目は、少しずつ、仕事以上の“誰かを守りたい気持ち”を映していた。




