1-10.花の迷宮
この日は日曜日に相当する休日で、普段より一時間遅く一日を始める日であった。
しかし玲奈はむしろ普段より早く目が覚めた。
玲奈は頭が冴えて眠気を覚えなかったので、ベッドを出て着替えてしまった。
あとは自室内のイスに腰掛けて、しばらく魔法の鍛錬をすることにした。
光魔法を手のひらから発動してみる。
一つだけなら苦もなく発動できる。
右手のひらの中央が円形にぼうっと光る。
光る部分を半分程度の直径になるように縮めてみる。
火魔法や水魔法で同じ課程をこなしているから、これはたやすくできた。
さらに半分の直径に絞るも難なくできた。
次に光を一つでなく、二つの円から出してみる。
これは難しかった。
二つめの円を形成できるわけでないのに最初の円が乱れてしまう。
最初の円を堅く維持しようとすると、二つめの円が現れる気配すらない。
玲奈は手のひらに二つの円を同時に光らせることをあきらめた。
しかし、二箇所からの同時発動をあきらめたわけではない。
もっと鋭敏で細かくコントロールできる部位、指先、それも右手の人差し指と中指を使用してみた。
玲奈はピアノを習っていたので、人差し指と中指、その他の指を微妙にタイミングや強さを音楽的にコントロールする感覚は残っていた。
今はそれが活用できることを祈るのみである。
まずは人差し指と中指が均等になるよう意識して指先に魔力を集めてみる。
慎重に少しずつ確かめながら進めると、この段階はうまくクリアすることができた。
次に人差し指と中指の指先を同時に光らせてみる。
やってみると両指に均等に魔力をこめたつもりでも、片方しか光らない。
両方が光るイメージを強く思い描き、なめらかなレガートで光魔法を発動させる。
何度か繰り返すうちに、両方の指先がともに光を発するようになった。
ただし、人差し指と中指の明るさは不均一で、気を張っていないと明るさが変化するような不安定さだった。
玲奈はこれを均一で安定させるべく模索した。
幸い光魔法は目視で強さがわかる。
一番コントロールしやすい人差し指を中指と同じ明るさになるように微調整をした。
こちらは細かいコントロールに慣れてきた玲奈にとって困難ではなく、大して時間もかからず人差し指と中指は同じ明るさに安定して光った。
光魔法を同時に二箇所発動させるという第一段階は突破である。
次の段階として、素早さと正確さを重視して練習した。
一旦魔法を取りやめ、再度光魔法を発動して両方の指が均一な明るさで安定するよう試みた。
三度も繰り返すと安定してきた。
この段階は単に素早さや正確さを意識して練習を重ねることで改善できそうである。
反復練習は夜の時間帯にでもして、さらに次の段階を試してみようかと思ったところ、屋敷内に物音がした。
誰かようやく
起きたらしい。
もう少しするとストレッチの時間だ。
玲奈は自室を出て階下に降りた。
日の短い季節だが、外は既に明るくなっていた。
雲が低く立ち込め風が止まった庭に風が舞い起こった。
玲奈は庭に出て風魔法の練習を始めていた。
片手では、まだ一筋しか風を起こせないので、その分細く絞り、鋭く渦巻く風だ。
風魔法も狙ったところに素早く正確に撃とうとしばらく練習を繰り返した。
そうしているうちに全員そろった。
玲奈は屋敷に戻り、太鼓を取ってきた。
最後に出てきたギリムが目をこすりながらつぶやく。
「レイナさん、休みの日なのに早えな!」
「目が覚めたんだから寝ててもしかたないじゃない。」
「そんなもんか? 俺は二度寝するけどな。」
「成果は次回、花の迷宮で見せるよ。」
「なんだ、今日みせてくれるんじゃねえのかよ?」
軽口をたたきながらストレッチで体をほぐし、その後ゆっくり朝食をとった。
片付けの後のわずかな時間、厨房で玲奈はアメディアに魔法の練習をさせた。
「ちょっとした空き時間に魔法は練習できるからね。ここなら流しもあるから水魔法も使えるし。」
「そうですね。ではその水魔法を使ってみます。」
アメディアはそういうと半眼になり深呼吸した。
やにわに右手を突き出して流しの上に伸ばした。
一瞬の間を置いてアメディアの右手から水が流れ出した。
「かなり上達したんじゃない? 昨日より水量が増えてるよ。」
「自分でも慣れてきたのか、戸惑ったり手順を間違ったりしなくなりました。」
「アメディアはスジがいいんだと思うよ。初めて魔法を習って、もうここまでできたんだから。」
「そうでしょうか?」
アメディアはまだ半信半疑だが、気をよくしたのは確かだ。
「私はフルーたちと迷宮に行ってくるけど、帰ってきてお昼食べたらまた練習しよう。」
「はい、お嬢様。」
「このまま雨が降らなかったら庭でやりましょ。風や土の魔法も使えるから。」
玲奈は自室に戻り、装備品を身につけて庭に降りた。
いつもの赤いカーディガンを着て、その上に薄手の白いコートを羽織っている。
下はパンツにブーツを履き、腰には短剣を刺し、ポーチには投擲用ナイフを十本収めている。
フルーたちは防具に身を固め、練習用に木剣や木槌を下げている。
ストレッチが軽く体を動かしてから、玲奈は三人に呼びかけた。
「これから迷宮で鉄ゴーレムと戦う前に、戦術の最終確認をするよ。問題点を洗い出して不確実さを減らすから気がついたことがあったら遠慮なく言ってね。」
玲奈が言葉を区切り、フルー、スドン、ギリムの顔を見渡し、三人はそれぞれうなずいた。
「基本的には銅ゴーレムと同じく、フルーとスドンではさみ込みます。二人は位置関係に気をつけること。」
「ああ、気をつけよう。」
「特にフルーは、スドンがゴーレムの注意を引きつけた後、斬りかかるタイミングに注意を払うように。鉄ゴーレムは銅に比べて硬いだけでなく動きが素早いかもしれない。このことを念頭に置くように。」
「承知した。」
「鉄ゴーレムがフルーの方に向き直って攻撃しそうになったら、昨日披露した私の土魔法でゴーレムの足元に穴開けて体勢を崩すからね。でも万が一うまくいかなかった場合に備えて盾は構えるように。じゃあ予行演習といってみよう!」
玲奈の掛け声で全員が動き出す。
ギリムは右手で短刀を鞘ごと持って、それを土に突き刺して玲奈の土魔法の標的代わりとする。
「ギリムはゴーレム役となって、ゆっくり一定のペースで直線的に歩いて!」
ギリムが歩き出すとスドンがその左側を追従して徐々に距離を詰める。
フルーがギリムの背後から反対の右側に回る。
これらの動きは銅ゴーレムの時と同じなので全員流れるように動く。
頃合いを見て玲奈が右手を上げると、呼応してフルーも軽く右手を上げる。
作戦開始の合図だ。
スドンのすぐ後ろを歩いていた玲奈がスドンの肩をたたく。
ギリムとほぼ平行に歩いていたスドンがそれを合図に右に向きを変えてギリムに接近する。
「盾!」
スドンが叫ぶが、これは演習で相手に盾をぶつける動作の代用である。
スドンに盾を向けられたギリムが立ち止まり、スドンの方に向き直る。
ギリムはスドンが構えた盾をたたく。
フルーはスドンと相対したギリムの背後に急接近する。
「剣!」
フルーが叫ぶ。
これは想像どおりブルーが剣で斬りつける動作の代用である。
ギリムがゆっくりとフルーに向き直る。
ギリムがフルーと正対すると右手で持っていた短剣を鞘ごと足元の地面に突き刺さる。
フルーが再び叫ぶ。
玲奈が左手の人差し指と中指を立てて、フルーの攻撃が二回命中したとの判定を示す。
それと同時にスドンの最後の位置から素早く右真横に移動する。
そして半歩踏み出した右足から素早く土魔法を発動させる。
ギリムが突き立てた短剣の鞘に向けて玲奈のつま先から小さな谷間が一直線に伸びて鞘を倒した。
「命中!」
玲奈が叫ぶとギリムは右足元の短剣をチラリと見やり、動きを止める。
フルーに向け て振り上げた右手もそのままだ。
逆にフルーは何も持たない右手を軽く振り下ろす。
「剣!」
フルーの声を聞いて玲奈は指を三本立てる。
「三回! あと一回よ。」
フルーが一転して右足を引いて半身になって盾をかまえ、再起動したギリムが盾を軽くたたく。
今度はフルーが半身のまま体をひねって右手を横から振る。
「剣!」
「四回! 戦闘終了よ。私が考えていた戦い方はこんな感じだね。」
ギリムが倒れた探検を拾う。
玲奈は土魔法で掘った溝を埋め戻す。
「フルーやスドンは、私の掘った溝のせいで戦いにくいってことはなかった?」
「うん、大丈夫。」
「私も問題ない。ただしマスター、鉄ゴーレムは銅ゴーレムより素早い可能性だってあるぞ。殴る間隔ももっと短いかもしれない。」
「あっ、そっか! 素材が変われば硬さや重さが変わるだけですまないかも。魔力やエネルギーの伝導性が変わって特性も違っても不思議じゃないね。フルー、いいところに気がついたよ。」
「戦いが有利になればなによりだ。」
「そういうことでギリム、殴る間隔と向き直る速さを倍にしてね。」
「って、どうやりゃいいんです?」
「うんん、そうだなあ、ちょっとやってみるね。」
玲奈は試しに、ギリムがやっていたのと目測で倍のスピードでくるりとターンした。
腕を組んでそれを見ていたギリムもまねして、玲奈と同じペースでターンした。
「そうそう、そんな感じ。あと殴る間隔も半分になるかな。」
ギリムは等間隔で両手はパチーンと打ち鳴らした。
「こんなもんすか?」
「うん、いいと思うよ。それとギリム、フルーの方に向き直って短剣を地面に刺すとき、場所を毎回一歩分前後左右にずらしてくれない?」
「かまわねえけど、またどうしてです?」
「そうねえ、鉄ゴーレムの動きが未知数なんで、足の位置がどうなるかわからないからってところかな。多少のズレはその場で修正できるようにしたいからね。」
「そういうことならやってみますよ。毎回ぶっ刺す場所適当に変えりゃいいんだろ?」
「うん、お願い! フルー、スドン、もう一回やってみようか。」
玲奈の呼びかけで再びギリムが歩き出し、スドンとフルーがはさみ込む位置を取りながら追いかける。
ギリムはターンする際、短剣をさっきより一歩分外側に離して地面に突き刺した。
玲奈は素早く対応して土魔法で溝を掘り短剣を倒した。
ギリムは一旦停止してすぐに再起動してフルーの盾をたたく。
フルーは、ギリムが殴る合間に腕を軽く振って、剣と叫ぶ。
フルーが四回叫んだところで、この回の演習は終わりとする。
「みんなお疲れ! フルー、ゴーレムが殴る間隔が短くなるとスドンが連続して攻撃受けるから、焦らなくていいけと、もう一呼吸早く踏み込んで斬りつけてもらえないかな?」
「ああ、なんとかやってみよう。」
「私もタイミング合わせて魔法使ってフルーに攻撃行かないようにするから。もう一回合わせてみよう。」
今度はフルーがゴーレム役のギリムの背後から近づくタイミングを早め、玲奈が土魔法で溝を作るタイミングにも気をつけておさらいした。
「今回はうまくかみ合ったように私は感じたよ。フルーが踏み込むタイミングもよかった。」
「そうか、ギリギリかという感じたが、マスターがそう言うなら今のタイミングで動いてみよう。」
「スドンはやりにくさとか感じなかった?」
「うん、僕は大丈夫だった。」
特に異論も出なかったので玲奈は演習を打ち切り、迷宮に向かうことにした。
もちろん訓練用の木製武器は鉄製の武器に持ち替えている。
ゴーレムの迷宮地下一階から四階階は石ゴーレムしか出ないので戦わずに通過する。
五階から金属製ゴーレムが出現し始める。
五階に降りた段階でギリムが周囲を見渡してゴーレムの分布を調べる。
「俺が見た範囲にゃ金ピカのゴーレムなんぞ一匹もいねえぞ。」
「今日は石ゴーレムを狩る予定じゃないから下の階行きましょ。」
そのまま五階を通り過ぎ六階に降りた。
ここも石ゴーレムが大半だが、ちらほら光沢を帯びた銅ゴーレムが混じる。
ギリムが五階でやったように周囲を見渡す。
「俺が見た限りじゃ金ピカ野郎は銅ばっかだぜ。レイナさん、どうすんだ?」
「もう少し進んでみよう。それで見当たらなければ七階に降りたいけど、六階までしか地図持ってないんだよね。」
「で、七階に降りるのか?」
玲奈は一瞬迷うが、このまま成果なく引き上げるのも残念なので、地図なしのリスクを考えた妥協策を考える。
「降りよう、七階に。ただし地図がないので、登り口が見える範囲内で鉄ゴーレムがいたら狩ろう。いなかったらしかたない、銅ゴーレムを狩って帰ろう。」
「じゃあ降りるんだな。」
「そうよ、行きましょ!」
玲奈たちは六階もそのまま通り過ぎ、初めて七階へと降りた。
六階までか暗い灰色のゴツゴツした岩の多い地形だったが、七階は赤茶けて石ころだらけの地質をしていた。
降り口から少し進んだところでギリムが隊列を止めて、周囲をぐるりと見渡す。
「いるぜ、銅じゃねえ金ピカが。」
「一番近くにいるのはどれ?」
「そうだな、あいつが近い、と思う。」
ギリムが指差す方向に玲奈が目を凝らす。
確かに鈍い光沢のあるゴーレムが動き回っていた。
玲奈の目では、それが銅ゴーレムなのか鉄ゴーレムなのかは判然としない。
「私の目では種類はわからないけど金属製のがいるね。試しにねらおうか。ところでギリム、登り口の階段は見えてる?」
ギリムが振り返って元の方向を指差す。
「あっちに見えてるぜ。だけど階段は魔物じゃねえから感知はできねえぞ。」
「そうなの?」
「マスター、私の眼はヒト属に比べて暗いところでも遠くまで見えるんだ。私が階段を視認できる範囲なら安全だろう。」
「なるほど、じゃあフルー、悪いけど隊列の最後尾で階段の位置を確認しながら進んでくれるかな。」
「ああ、まかせてくれ。」
先頭を進んでいたフルーが玲奈の後ろに回り、代わってギリムが先頭に出て隊列は引っ張る。
まもなく鈍く濃い銀色のゴーレムが間近になった。
「確かに見るからに鉄っぽいね。あれやろう! フルー、スドン、準備はいい?」
フルーとスドンがうなずく。
「ギリムはいつもどおり周辺と退路を見ていてね。」
ギリムがうなずくのを見て玲奈は三人に火属性の付与魔法をかけ、作戦開始の合図を送った。
スドンが歩調を速め、最後尾にいたフルーは大きく回り込んでスドンとゴーレムをはさみ込む位置に大股で移動する。
鉄ゴーレムは銅ゴーレムより歩くスピードが目測で二割は速いが、日々鍛えてきた現在のスドンなら難なく追いつける。
斜め後ろから鉄ゴーレムに接近し、フルーも定位置についた。
玲奈が手を振るとフルーも手を振って応える。
スドンの肩を玲奈がたたき、攻撃が開始された。
スドンが鉄ゴーレムの左斜め後ろから盾をぶつける。
気がついたゴーレムがスドンに向き直る。
ターンのスピードが銅ゴーレムより速いが、二倍にはほど遠い。
ゴーレムは右の腕を振り上げ、スドンは右足を引き重心を落として盾を構える。
ゴーレムの腕が振り下ろされスドンの盾を激しくたたく。
パンチのスピードも銅ゴーレムより一段速く、重い打撃音が響き、スドンの表情が歪む。
ゴーレムが再び腕を振り上げたとき、フルーが背後から踏み込んで大剣を振り下ろした。
肩口に炎を含んだ斬撃を受けゴーレムはふらついたが、立ち直るとフルーに向き直った。
ただし殴る間隔は銅ゴーレムと変わらない。
ゴーレムがパンチを繰り出すより早くフルーの大剣がゴーレムをとらえた。
ゴーレムはよろけたが踏みとどまり、フルーに向けて右手を振り上げた。
この瞬間を計っていた玲奈がスドンの背後から躍り出て、スドンの右隣りに位置どり土魔法を発動させた。
玲奈の右つま先から地面から陥没して溝がゴーレムの右足に向けて背後から伸びる。
土魔法はゴーレムの右足をとらえるかと思われたが、ゴーレムは攻防の中で細かくステップを踏んでいたため、狙いが足半分ずれてしまった。
ゴーレムの右足全体ではないが、かかと側の地面が崩れてゴーレムは倒れこそしないが上体がのけぞった。
左足を送って踏みとどまったものの、パンチを放つ機会を逸し、フルーの次の斬撃をもろに食らった。
体勢が崩れていたゴーレムはこれに耐え切れず、仰向けに倒れた。
フルーはすかさず立ち込めるホコリの中に飛び込み、倒れたゴーレムの胸、頭と二撃与えるとゴーレムは動作を停止した。
玲奈はゴーレムが動かないことを確認してからゴーレムをアイテムボックスに収納した。
「フルー、ごめん! 狙いがずれた。」
「私は反撃を受けなかったし大丈夫だ。」
「スドンは大丈夫?」
「ちょっと痛いし、手がしびれた。」
「治癒魔法をかけた方が良さそうだね。自分でできるかな?」
スドンは小治癒の呪文を唱えて、自分の左手を治した。
それでもしびれが残るのか、盾を地面に置いて左手を握ったり開いたりしている。
「作戦としてはよさそうだったのに、自分が魔法の狙いをはずしかけたのは悔しい。スドンの手が治ったら再戦したいな。」
「ちょっとだけ待って!」
スドン は手首をブラブラさせている。
しばらく繰り返すと改めて盾を持ち上げた。
「もう大丈夫、ゴーレムには負けない。」
顔をしかめていたスドンが真顔に戻る。
「スドン、キツかったらいつでも中止するから遠慮なく行ってね。」
「もう問題ない。」
「ねえ、フルー、火属性だと今一歩効いていないように感じたんだけど、どう?」
「確かにゴブリンのようにはいかなかったな。」
「やっぱりそうか。じゃあ今度は闇属性にしてみるよ。ギリム、近くに鉄ゴーレムはいる?」
「近くだとあそこにいるぜ。」
ギリムの指差す方向、二十メートル少し先に鈍い光沢を放つゴーレムがいた。
玲奈が三人に闇属性を付与すると行動を開始した。
今回玲奈はゴーレムの足の動きをよく見極め、ピンポイントで土魔法を命中させた。
ゴーレムの右足を溝にとらえて、ゴーレムはバランスを崩して横倒しになった。
フルーは既に二回斬撃を当てていたが、倒れて動けないゴーレムを一回斬りつけるとゴーレムは動かなくなった。
スドンは一回ゴーレムのパンチを盾に受けて顔を歪めていた。
今度は玲奈が治癒魔法をかけてあげた。
スドンのダメージも考慮して、二体目の鉄ゴーレムをアイテムボックスに入れると引き上げることにした。
帰宅するとちょうど昼どきだった。
庭で静的ストレッチでクールダウンして昼食にした。
「今日はみんなお疲れさまでした。特にスドンには負担をかけたね。」
「一晩眠れば大丈夫、だと思う。」
「うん、無理しないで今日はゆっくりして。明日もマイペースで鍛冶やっててね。」
「うん、わかった。」
「フルー、鉄ゴーレムには火属性より闇属性の方が効いたでしょ?」
「ああ、手応えからして一手少なくても倒せるな。」
「土魔法はあのタイミングでよかった?」
「私はやりにくさを感じなかったな。だが、スドンがダメージを受けるぞ。マスター、スドンが殴られる前に魔法を使う手はないのか?」
「あっ、そうか! やっぱりそうだよね。」
玲奈は小首を傾げる。
「作戦を練り直すから、うまくいきそうだったらもう一度事前に演習してから鉄ゴーレムを狩ろう。」
「それがいい。」
「ところでダダクラ。」
「はい、なんでしょう?」
玲奈は製材所のバクロリーに作ってもらった木製の球を取り出してダダクラに渡した。
「これと大体同じようなものを三つ作ってくれない? ここまでまん丸で丁寧に仕上げなくていいから。」
「これからですか?」
「明日の午前中でいいよ。」
「はい、承知しました。」
「フルーとギリムは今日ゆっくり過ごして。ギリムは明日午前中王都に連れていくけど、フルーは家で生産しててもらえるかな。」
「ああ、そうさせてもらう。」
「アメディアは家事の手が空いたら魔法の練習するからね。私は執務室かお庭にいるから呼んで。」
「承知しました、お嬢様。」
昼食後、玲奈は執務室に入り魔法に関するノートを開いた。
そして対鉄ゴーレムのページの中ほどに波線を横向きに引いて、その下に‘対鉄ゴーレム作戦その2’と記した。
そこに鉄ゴーレムと前後にはさむ形でスドンとフルーを配置した模式図を描いた。
その図を見ながら玲奈は、自分はどこにいてどう動くか脳内でシミュレーションを始めた。
スドンが攻撃されるのを防ぐにはスドンの近くにいる方が臨機応変に対応しやすい。
一方各種ゴーレムと今まで戦ってみて、ゴーレムは物理攻撃より魔法攻撃を脅威と判断するように見受けられる。
玲奈がゴーレムの正面で魔法を使おうとすれば、恐らくゴーレムはスドンより玲奈を脅威と認識して攻撃を加えようとするだろう。
今日見た鉄ゴーレムのパンチはパワフルで重そうであるが、単調で間延びしているので、よく見てかわせそうに感じられた。
しかし石ころだらけの地面で足を取られたり、スドンと交錯する恐れがないとは言えず、リスクは低くない。
またスドンの背後に隠れて魔法を発動させる手も考えられるが、土魔法だとスドンの足の脇ないしは両足の間に溝を通すことになり、スドンがスタンスを変えると間違って溝にはまってしまう恐れがありリスキー過ぎる。
溝状にせず、地下をトンネルで掘って相手の足元で地上に出るような魔法が開発できればいいのだが、これからの課題としたノートに書き記した。
次に風魔法について玲奈は考え出した。
風魔法を二つ同時に発動して空中の敵に対する魔法を開発しようとしていた。
朝の練習で、既に光魔法なら人差し指と中指の二箇所を光らせることができるようになっていた。
玲奈は風魔法を使うなら屋外の方がいいと思い、庭に出ることにした。
外に出てみると雨は降っていなかった。
雲が低く垂れ込め、日差しがないので日中でも肌寒い。
それでも風がなく地面が濡れていないので、魔法を使うならいい条件だと玲奈は思い直した。
さっそく人差し指と中指で光魔法を発動する。
日差しはないが昼間なので光はぼんやりとしか見えず視認しにくい。
魔力の感触もあわせると二本ともしっかりと光っていることは確認できる。
次に風魔法を試そうかと思ったが、水という実体をらがある水魔法の方が視認しやすいので、玲奈は水魔法を試すことにした。
属性が違う以外は光魔法と同じなので、同じように人差し指と中指の先から細い水流が流れ出る。
庭木の水やりついでに木の根元に水がしたたる。
今度は両方の指をバラバラにコントロールできないかと思って、中指の出力を固定して人差し指の水流を太くしたり細くしたりできないか試した。
最初は何も変化しなかったり、中指につられて人差し指も変化したりした。
しかし練習を重ねてふとコツをつかむと、中指の水量を固定したまま人差し指を変化させることができるようになった。
また人差し指を固定して中指を変化させることも問題なくできた。
さらに人差し指と中指を両方ともバラバラに変化させようかと考えたが、他の指でもできるようにならないか考え、親指、薬指、小指と一本ずつ水を出す練習をした。
それらがすむと、人差し指、中指と合わせて三本の指から同時に水を出す練習をした。
さらに五本の指すべてからも水を出す練習をして、おおよそ思いどおりにできるようになった。
ふと後ろを見るとアメディアが玲奈が水を出す様子を見ていた。
「上級者になると水でもずい分とできるものなのですね。」
「練習がてら水やりをしてたんだけど、見られてたと思うとちょっと恥ずかしいわ。」
「私がイメージしていた水の魔法はもっと勢いよく噴き出す感じだったのですが、お嬢様の魔法はずっと繊細ななんですね。」
「庭木はともかく、室内の鉢植えなら私の魔法の方がいいかな。そうだアメディアにも使えるように改良しておくよ。」
「はい、楽しみにしてます。」
「じゃあ続きから始めようか。」
アメディアは昨日やった水魔法のおさらいをして、手のひらから水を一筋湧出させた。
「昨日よりずっと安定してるし、水量も増えてるよ。アメディアはきっと魔法の才能があるんだと思うよ。」
「お嬢様、おだてても水しか出ないですよ。」
「それだけ水が出せるようになるなら、教えた甲斐があるってものだよ。火もだしてもらおうかな。」
アメディアは水魔法を止め、人差し指を立てる。
一瞬表情が険しくなるが、すぐに指先に火が灯る。
「火魔法も昨日よりよくなってるよ。屋外でたき火の種火とするなら十分なレベルだね。今度は指先から火でなく水を出せるかな?」
アメディアは一瞬キョトンとした顔をするが、すぐに気を取り直して指先に力をこめる。
まもなくアメディアの指先から火ではなく水がチョロチョロと湧き出した。
流れ出た水で袖口が濡れてしまったが、アメディアは満足そうだ。
「今やったみたいに練習を重ねれば、いろんな属性の魔法をいろんなところから使えるようになるよ。今度は手のひらから火をだしてみようか。」
「はい、やってみます。」
「あっ、手のひらは上に向けてね。」
アメディアは手のひらをくるりと回して魔力をこめる。
一呼吸おいて指先のときより一回り大きい炎が立ち上がった。
「火魔法と水魔法はもう大丈夫そうね。他の属性も試してみましょう。」
「何の属性をやるんですか?」
「風と土をやってみよっか。」
アメディアは玲奈の指導で風魔法に挑んだが、この日はうまくいかなかった。
続いて土魔法も試したが、土は実体があってイメージがしやすいためか、アメディアが土に手を触れて魔法を行使するとわずかに隆起するようになった。
「風魔法はともかく、土魔法は初日で手応えが得られたんじゃない?」
「土は触ってわかりますからなんとかなりました。でも風はまったくダメですね。」
「土がほんの少しだけど盛り上がったのはアメディアが集中して取り組んだからだよ。風も焦らずにこのまま続ければ使えるようになるはず。風を吹かせるイメージを大切にね。今日はこれくらいにしましょう。」
「はい、ありがとうございました。」
「疲れがひどくなければ、このあと一緒に買い物行こう! 気を張ってたから体を動かした方が早く回復するよ。」
「お嬢様にご一緒します。」
その後玲奈はアメディアとグレイナー城内に出かけて食料品を買い込んだ。
玲奈はアメディアに服を買ってあげようと古着屋に連れて行ったが、逆にアメディアは玲奈に多くの服を選んだ。
翌朝玲奈は朝食前にダダクラを王都の学園に連れて行き、グレイナーの自宅にとんぼ返りした。
ストレッチの後、玲奈は土魔法を試した。
土の中を掘ること自体は難しくないが、目で見てトンネル内を確認できるわけでないので、思ったとおりにコントロールできずに終わった。
朝食後アメディアが掃除をしている間、玲奈は再び庭に出て魔法を試みた。
昨日にやった光魔法で五本の指を光らせる方法を今度は風魔法で試みた。
この日は晴れて日差しが庭に降り注いでいたが、冷たい風が絶えず吹いて風魔法の練習をするには向いていなかった。
それでも光魔法の要領で五本の指から風を出してみた。
自分自身の魔力感知に合わせて、右手の各指の前に左手を持ってきて触覚で風が出ているか確かめた。
いずれの指からもほぼ同じ強さの風が出ていた。
この成果に玲奈は満足した。
次に、パルマの迷宮で飛ぶ昆虫用に考えている魔法をためした。
反対巻きの空気の渦を同じ軸上に二つ生成することを目指している。
まずは人差し指で風魔法を発動して、高速で回転する渦を撃ち出す。
地面に向けると渦が土ぼこりを巻き上げる。
次に中指で同じように風魔法を使う。
狙ったところに土ぼこりが立ち、直進性や威力は満足いくものだ。
しかし人差し指と中指から同時に同一軸線上の標的を狙うとうまくいかなかった。
二メートルも離れた地点を狙うと、両者が同一地点どころか十センチ以内に近づけることも至難だった。
練習を重ねると精度が上がるかもしれないが敵と対峙した場面でとっさに繰り出す技としては実用的でないと玲奈は判断して、複数の指を使った風魔法の開発は断念した。
ただし花の迷宮で空中の虫を相手にするなら、視認性の低さ、延焼の恐れがないことから風魔法が有効だと玲奈は考えた。
同一軸線上に風魔法で二つの渦を発生させるならシンプルに同心円がよさそうだとあたりをつけて試してみることにした。
同心円ならある程度面積が必要で、コントロールしやすさを勘案すると手のひらが好適だと玲奈には思われたので、さっそく手のひらに魔力を集めた。
そこにアメディアが現れ、手早く掃除と片付けを終わらせたとのことで、玲奈はアメディアの魔法をみることにした。
アメディアの練習をみつつも、自分は光魔法を使って手のひらに光の同心円を描く練習をしながらである。
アメディアは手のひらや指先から火や水を出してみる。
この段階は既に難なくクリアし、あまり力むこともない。
次にアメディアはしゃがみこんで地面に右手を触れ、土魔法を試した。
火や水と違って呼吸を整え集中してやっと地面が数センチ盛り上がった。
それでも昨日と比べるとずい分スムーズに発動できるようになった。
調子に乗ってアメディアは風魔法に挑戦したが、この日もできる兆しはなかったので早々に切り上げた。
玲奈は鍛冶場に行ってギリムに声をかけてから自室に上がり出かける準備をした。
玲奈が衣装部屋で着替えに取り掛かっていると、自分の着替えをすませたアメディアがやって来た。
「お嬢様、お邪魔します。お召し替えをお手伝いいたします。」
アメディアは玲奈の着替えを手伝うと言いつつ、昨日買ってきた服を玲奈に着せたい模様。
玲奈も目が届きにくい部分をフォローしてもらえるので喜んで手伝ってもらった。
「あれ、アメディアは侍女の経験はなかったんじゃなかったっけ? いつ覚えたの?」
「長く勤めているといろいろあるのです。」
アメディアの意味深な微苦笑を見て玲奈は突っ込んで尋ねるのを諦めた。
「私は平民中の平民だから貴族の奥方が求める水準は望まないんで気軽にやってもらえばいいよ。」
「お嬢様は寛大なのでありがたいです。」
「でもアメディアに手伝ってもらって助かるよ。家事と魔法のお勉強も他にあるんだから負担が重くならないか心配なほどよ。」
「どうぞお気遣いなく。お役に立っていると思っていただければ幸いです。さてお嬢様、できましたよ。」
昨日買ってきた薄緑色のワンピースを玲奈はまとい、アメディアにブラシをかけてもらった髪にはえんじ色のリボンを結んでいる。
「ありがとう、アメディア。このリボン、私の髪色にあってるね。私は服飾の世界に詳しいわけじゃないけど、このワンピースとはちょっと色が合わないんじゃない?」
「うんん、そうでしょうか。変えるのはかまいませんが、何色のリボンにしますか?」
「リボンを変えるなら黄色か青だろうけど、どうせなら服を変えない?」
「ではもう一度お召し替えをしますか?」
玲奈がクロゼットに入り黄色いワンピースを引っ張り出した。
「色味はこれがいいと思うけれど、丈がねえ。」
「お時間いただけるのなら仮縫いいたしましょうか?」
「そうねえ、今日は戦闘する予定はないし、長い距離歩くつもりもないからお願いしようかしら。」
アメディアは縫い物部屋から裁縫道具を取ってくると、手早く袖とスカートの丈を縫い始める。
手早くと言ってもいくらか時間はかかり、途中でいぶかしんだギリムがドアをノックした。
「なかなか降りて来ねえから、心配して見に来てやったぞ、であります。」
玲奈が顔を出すと中にアメディアもいたので、ギリムはあわてて敬語に変わる。
玲奈は思わず苦笑いする。
「ふふ、ごめんねギリム。すぐ終わるからもうちょっと待ってて!」
「レイナさんは衣装選びに時間をかけるタイプだったんですかい?」
「私一人なら衣装持ちになっても直観で選ぶから時間はかけないけど、他の人の意見を聞くとどうしてもねえ。」
話しているうちにアメディアの仮縫いも終わり、実際に着てみて大丈夫そうだった。
外は風が冷たそうなので玲奈は上に白いコートを着て、予定より少々遅れて三人で出発した。
王都に着くと、南に連なるクオンの丘はうっすらと雪をかぶっていた。
王都内は既に解けたのか雪はなく、ところどころぬかるみが残っていた。
冬の風はグレイナーより冷たい。
玲奈はギリムとアメディアを連れてスケルター教授の研究室を訪ねた。
「スケルター教授、こんにちは!」
「やあレイナくん、寒いねえ。」
「教授は風邪などお召しになってませんか?」
「なんとか無事にやってるよ。」
「ポーションは風邪に効くのでしょうか?」
「さあ、どうだろうねえ。実際に風邪でポーション飲んだって話は聞かないな。」
自分で訪ねておいて、ポーションがウィルス性感染症に効力があるとは思えなった。
玲奈は自分から出した話題を変えた。
「以前属性付与魔法で付与者の得手不得手で魔法攻撃力が変わるかもしれないというお話を伺いました。そこで私の他にもう一人付与者となり得る者を連れていました。」
「ん? そうなの?」
玲奈は背後に立っているアメディアを指し示す。
背もたれに寄りかかりくつろいでいたスケルター教授が身を乗り出す。
急に視線を浴びたアメディアが一瞬身を縮こませる。
「彼女は私の新しい奴隷ですが、魔法適性があります。アメディア、小さな火を出してみて!」
アメディアは小さくうなずくと右手の人差し指を立てた。
一瞬おいて指先にチロチロと小さな火がつく。
「ほう!」
スケルター教授の口から感嘆の息が漏れる。
「アメディアは火属性の他に、水属性と土属性が既に使えます。今は風属性と光属性を修行中ですよ。」
「それはなかなかだね。もっとも付与者による属性ごとの違いを明確にするなら、三つも属性を使えれば比較対象として十分だね。」
「もし今のアメディアで十分でしたら、彼女に付与魔法を教えていただけませんか?」
「うん、かまわないよ。攻撃魔法の教授に四元魔法とかの基本技能を教えてもらったらまたおいで。」
スケルター教授の内諾を得て、玲奈もアメディアも安堵した。
「教授、ありがとうございます。それとですね、実は、新魔法を登録しようかと思ってるんです。」
「おおっ、やるね! レイナ君ならやってくれると思ってた。」
「今考えているのはこんな魔法です。」
玲奈は部屋の奥、窓辺に歩み寄り、そこに置いてある鉢植えの薬草に手をかざす。
五本の指先からは細い水流がしたたり鉢の中の土を湿らせた。
何が飛び出すかと注視していたスケルター教授は、玲奈が魔法を使って水やりを始めたことに唖然とした。
「どうしたんですか、教授。私の魔法がそんなに驚くほどのことなんですか?」
「あっ、ああ、そうだね。確かに君のその精緻な魔力の扱いには驚くよ。でも攻撃魔法でも支援魔法でもなく、いきなり生活魔法を開発しようとしたことの方が驚きだよ。」
「そうなんですか、私なにも知らなくて。」
「まあレイナ君はまだ学生だし、知らなくてもしかたない。思ったとおりにやったらいいよ。」
「恐れ入ります。それでも登録をしたいと思うので、どうかお力添えください。」
「うん、このところ新魔法開発の話も聞かないし、魔法研究の分野の活性化につながりそうだし、いいんじゃない。僕でよければ手伝うよよ。」
「ありがとうございます。さっそくですが、登録の手順を教えていただけますか?」
短兵急な玲奈にスケルター教授は苦笑いする。
「いやいや、手順となると僕もわからないんだ。攻撃魔法の専門家が詳しいんじゃないかな。」
玲奈は、アメディアに四元魔法を教えてもらうのはロザラム教授からと考えていたが、他にツテもないので新魔法の開発もロザラム教授の指導を仰ごうと決めた。
玲奈はスケルター教授に礼を言って研究室を後にし、ロザラム教授の研究室に顔を出した。
ロザラム教授はお昼から出かけるところだったが、玲奈は頼んで少し時間を割いてもらった。
「お時間いただいて恐縮です。お支度しながら聞いてください。」
「少しなら時間を割くぞ。どうしたんだ?」
「はい、属性付与魔法で付与者の得手不得手で攻撃力が変わるかどうか検証したいというお話をしました。今日は私の他にもう一人付与者となり得る者を連れてきました。」
玲奈は後ろに控えるアメディアを指し示す。
アメディアはすかさず頭を下げる。
「教授、時間のあるときでかまいませんからこの者に魔法の基本技能や四元魔法を授けてくださいませんか?」
「ああ、その話なら以前聞いたな。次の機会には時間を割くことを約束しよう。」
「ありがとうございます。是非次の機会にお願いします。それともう一つお話聞いてください。」
玲奈がチラリとロザラム教授の顔色をうかがうと、教授が小さくうなずいたので玲奈は話を続けた。
「実は新魔法を開発しようと思っていまして、教授にご指導いただけたらと考えています。」
どこか慌ただしい空気をまとっていたロザラム教授の雰囲気が変わる。
ギロリと目を大きく開いて玲奈の顔を正面から見据える。
玲奈は教授の目の前で手を開いて五本の指先をひからせる。
「このように指先に魔力をこめて光魔法を発動させる代わりに水魔法を使います。と言っても生活魔法ですが。」
とたんにいつも気難しげなロザラム教授が破顔する。
「ハハハッ、レイナ君はときどき想像とつかないことを考え出すな! 攻撃魔法の派生ならともかく、初手から生活魔法とはなっ!」
「恐れ入ります。」
ロザラム教授はめったに見せない笑顔を引っ込め真顔に戻ると言葉を重ねた。
「元々魔法は魔物との戦いの中で発展してきたが、同時に災害から人々を救う役割も果たしてきたのだ。魔物を追い払うのも生活を改善するのも民を助けるという意味で同じ大きな役割を担っていると私は考える。生活魔法、大いに結構! 私なりに力添えしようではないか!」
玲奈はロザラム教授の申し出をありがたく受けた。
それだけでなく、教授の言葉の底に自分の魔法研究を人々の役に立てたいもいう思いがあることに感じ取り、玲奈は教授に深々と頭を下げた。
それを見てギリムとアメディアも玲奈に追随した。
ロザラム教授は慌てて目をそらし、机の上に置いていた手帳を手に取るとページをめくった。
「明日の午前中なら時間がとれるから、明日また来なさい。」
「また明日伺います。今日はありがとうございました。」
玲奈たちは再度お辞儀をしてロザラム教授の研究室をあとにした。
玲奈はギリムとアメディアを連れて、王都からパルマにポータルワープした。
時刻はお昼間近だった。
「思ったより時間がかかっちゃったんで、化粧品見てるヒマがないなあ。」
「レイナさんが着替えに手間取るからじゃねえか! 自業自得だろ!」
「そっか、化粧品店行くのと薬屋の新規開拓はやめとくよ。今日は冒険者協会で花の迷宮調べて、お昼食べたら帰ろう!」
玲奈たちはワープポイントのある街の中心部から、冒険者協会のある東門近くまで歩いていった。
中心部は化粧品店が立ち並ぶが、東門に近づくと酒場や道具屋が増える。
歩いている人も従者を連れたご婦人から皮鎧を着用したいかつい男が多くなる。
それでも道路沿いの空き地が小さな花壇になっているあたり、花の都パルマらしい。
冒険者協会の場所はギリムが把握していたので、迷うことはなかった。
同じ組織でも会社の事務所然とした皇都パルピナの本部と違い、パルマの支部はわい雑な雰囲気があり、冒険者の集う場所らしかった。
中は朝夕ほどではないが、午前で迷宮の探索を終えた冒険者が戻ってきてそれなりに賑わっていた。
パルマは王都エリュシオールや皇都パルピナと比べて魔法使いが少なく、剣士などの物理職がほとんどである。
さすがにフルメタルプレートを装備した冒険者はいなかったが、皮鎧に身に着けて採取してきた素材を持ち込む冒険者で買取窓口はごった返していた。
そこに大きなリボンを結わえ鮮やかな黄色いワンピースをまとった若い女性が入ってくると耳目を集めた。
ただし二人従者を連れていることからして依頼主側に見えたためか、幸い誰かに絡まれることはなかった。
「ねえギリム、窓口行って一階と二階の地図買ってきてくれない? あと魔物情報ファイルの閲覧もお願い!」
「ハイハイ、わかりましたよ。」
ギリムが地図を二枚とファイルを一冊持って戻ってきた。
玲奈は壁際のテーブル席にファイルを持っていき、一、二階に出現する魔物の情報を書き写した。
それとなく玲奈たちを気にしていた冒険者たちは、依頼者だと思った彼女が魔物情報のファイルを閲覧しているので意外な感に打たれた。
話しかけられるこそしなかったが集めた視線に気持ち悪さを感じて、玲奈は手早く情報を筆写するとギリムとアメディアに言って早々に冒険者協会から立ち去った。
「お昼は中心部まで戻ってとりましょう。」
「あれレイナさん、このあたりで肉料理を食うんじゃねえのか?」
「どっちみちワープポイントに戻るんだから経路は同じでしょ? 代わりにギリムは二人前とっていいよ。」
「それなら俺は異存ねえです。」
玲奈たちは中心部で高級まではいかないが手頃な食堂で昼食をとった。
食後すぐに王都にとって返し、食堂の仕事を終えたダダクラを回収した。
「ダダクラもそろそろ慣れてきて料理も任せられるようになったんじゃない?」
「いえ、俺はまだまだ下ごしらえくらいで、料理を一品丸々という段階にはいってません。」
「そっか、それならもうちょっと食堂で修行してもらおうかな。」
「そんなあ。」
「料理長には私から伝えておくから。ところで、頼んでいた木製の球はできた?」
「あっ、あの、不恰好ながら二個はできたんです。あとは形を整えて、もう一個作ろうと思ってたところでして。」
「ご苦労! そのままでいいんで帰ったら作った二個は受け取るよ。そのかわりもう一個追加するんで、帰って一休みしたらもう二個作ってね。」
「はい、かしこまりました。」
「やることやってくれれば、別にかしこまらなくていいから。」
玲奈は帰宅して着替え、お茶を飲んで一息入れると、フルー、スドン、ギリムと庭に集まった。
ダダクラはこの間に鍛冶場で木工で球作りである。
生成りの服を着た玲奈はフルーたちに語りかける。
「次はパルマで花の迷宮に潜る予定なので、飛ぶ昆虫対策の演習をします。」
一同がうなずくのを見て玲奈は続ける。
「ミツバチの例でわかるとおり、大剣やハンマーは空中の小さくて素早くて数が多い敵には有効ではありません。」
以前ミツバチの巣駆除を請け負った時のことを思い出し、フルーやギリムの表情が苦いものになる。
「そこで私は対策を二つ考えました。一つが私自身の魔法です。」
玲奈は足元から枯葉を拾うと空中に放り投げた。
空中を舞う枯葉目がけて玲奈の指先から空気の渦がほとばしり出る。
枯葉は打ち砕かれていくつかの破片となり吹き飛ばされた。
「火魔法も有効だと思いますが、できれば他の冒険者がいるところでは魔法を使いたくない。そこでもう一つの策です。」
玲奈は腰のベルトに引っかけた鉄製の道具を取り出す。
それはハエたたきのような、テニスやバドミントンのラケットのような形をしている。
ガットに相当する網目を含めてすべて鉄でできている。
「ではこの道具の使い方を実演します。」
玲奈は道具を軽く二、三回素振りをすると、テニスのサーブの要領で、ダダクラに作らせた木製の球を左手でロブを上げ、ラケットを握った右手を振り下ろした。
空中に浮かび上がった木の球はラケットのスイートスポットに当たり地面にたたきつけられた。
部活をやっていたころの感覚がわずかに残っていて初回からなんとか形になった実演ができて玲奈は安堵した。
「このように空中を飛ぶ昆虫をこの道具でたたき落とします。剣より当たる面積が広くて軽くて当てやすいはずです。みんなも練習してみよう!」
玲奈がロブを上げ、フルー、ギリム、スドンの順に練習してみた。
フルーはラケットが軽いこともあり、最初力みまくって空振りばかりだった。
玲奈はフォームから手取り足取り教え、よく見て引きつけてコンパクトに振ることを徹底させる。
すぐにフルーは空中で動く標的をとらえる感覚をつかんだようで、空振りの頻度は激減した。
ギリムはフルーの様子をよく観察して応用したようで、パワーはないものの器用に当てにいき、はずすことはほとんどなかった。
問題はスドンで、案の定うまくいかなかった。
玲奈がスドンの振る位置にタイミングを合わせるとラケットに当たり、なるほどとつぶやいて感触を味わっていた。
しかし玲奈が合わせない限り、スドン自身が合わせようとすると偶然以外では球をとらえられなかった。
前途多難ではあるが、明日には追加のラケットが完成するので、もう一日を練習にあてることにした。
その後玲奈は夕食までの時間、自分でも風魔法や土魔法の練習をしながらアメディアの練習を見た。
アメディアは土魔法で土を動かせる範囲が徐々に広がっているし、反応も速くなっている。
風魔法や光魔法はまだできるようになっていないが、毎日コツコツ練習を積めばいずれ開眼できるであろうと玲奈はアメディアに言い聞かせた。
玲奈自身は土魔法で自分のつま先から標的の足元へ落とし穴を掘る魔法で、地表に溝を掘るのではなく地中にトンネルを通す方法にメドがついた。
自分のつま先と標的を直径上の両端として地中に半円を描く要領でイメージすると狙いに近い場所に穴が掘れるようになった。
まだ精度は粗いし、高低差があると狙いにくいなど課題もあるが、ゴーレム戦はこの土魔法でほとんど対処できそうである。
夕食後、玲奈は執務室に引っ込み教皇庁関連の本を読みながら、また魔法の練習をした。
同心円の渦を二つ出す風魔法の前段階として、同じ形状で光魔法を発動することを目指して練習を開始した。
まず円の全面が均一に光るのではなく、円周のみを光らせるように練習した。
しばらく繰り返すと円の中心部がいくらか暗く、円周部がいくらか明るくなった。
かなり時間がかかり本もあまり読めなかったが、玲奈は成果には満足して眠りについた。
翌朝ストレッチの後、玲奈は土魔法の半円状トンネルを試してみたが練習を重ねれば精度や速度が向上しそうであった。
朝食後はアメディアの家事が終わるまで本を読んだ。
今日も学園に行き、ロザラム教授からアメディアが魔法の手ほどきを受ける予定である。
帰りに鍛冶屋のダイアンの所に寄り、追加で頼んだハエたたき状のラケットを受け取ることになっている。
鍛冶屋に行くのでスドンも連れて行って可能から作業の様子を見学させてもらう予定だ。
玲奈は昨日着なかった薄緑色のワンピースを着て、髪はアメディアに手伝ってもらい髪を結いアップにした。
今日も外で戦闘の予定はない。
玲奈はスドンとアメディアを連れて王都に飛び、昨日に続きロザラム教授の研究室を訪れた。
「たびたびお邪魔します。今日はよろしくお願いします。」
玲奈は連れてきたアメディアをロザラム教授に引き合わせた。
アメディアはロザラム教授から四元魔法を教わり、初歩的な魔法に関する技法も習った。
「これで一通りの基礎は教えた。あとは望む系統の応用技術を身につけていけば魔法使いとして伸びていけるだろう。」
「教授、ありがとうございます。それともう一つ、新魔法の件ですが。」
玲奈が切り出すとロザラム教授は片手を上げ、机の引き出しから紙を一枚取り出した。
「ここに学園で新魔法の登録を申請する際の手続きを記しておいた。今後の参考にしてくれたまえ。」
「ありがとうございます。参考にします。」
「ところで肝心の魔法そのものに関してだが、レイナ君は魔法の構成についてどれくらい知っているんだ?」
「お恥ずかしいことに攻撃魔法を取ってなくて、知識はさっぱりです。」
玲奈が軽くうつむくと、ロザラム教授はこめかみに
「そうか、それならごく簡単に説明するぞ。自分に内在する魔力は魔力操作によって形態を与えられ体外に放射される。その際に四元魔法によって属性変換が行われるんだ。ここまでは君の奴隷も習得したところだ。」
「私もきちんと覚えているのはここまでです。」
「知識だけでも備えておいた方がいいな。あとは自分の手から離れた場所で発動させるなら遠隔魔法、一点だけでなく一定範囲内で均一に発動させるなら範囲魔法が必要となる。これらの魔法を組み合わせて攻撃魔法は発動されるんだ。」
「なかなか複雑なものですね。」
「そう複雑なんだ、すべての過程をその都度手動で発動し制御するならね。でも既存の魔法は必要な細かい過程をすべて魔法言語で記述した魔法の命令式に従っており、この命令式を発声したものが呪文になる。」
「だから呪文を詠唱して魔法が発動するんですね。」
「まあ大まかに表現するとそうなるな。もし自分で作った新魔法を定義するなら、必要な全過程において魔法の作用を確定しなければならない。ぼんやりしたイメージから霧を払ってつまびらかにしなければならないんだ。」
ロザラム教授は書棚から一冊、二冊と本を抜き出して玲奈に渡した。
「その本は魔法の構成を構築する際の理論書とその実例集だ。読んでよく理解すれば今回だけでなく次回以降にも役立つだろう。」
「はい、よく理解して活用するようにします。今日はありがとうございました。」
玲奈は再び深く頭を下げて、ロザラム教授の研究室を辞した。
次に玲奈は図書館に立ち寄った。
司書のクローカは書棚で忙しく立ち働いていた。
玲奈は声をかけるのを一瞬ためらったが、棚を見渡そうとしたクローカと目が合ったので、手を振って近づいていった。
「クローカさん、こんにちは!」
「やあ、レイナさんも元気そうね。」
「お忙しそうですね、そのまま作業を続けてください。」
「悪いわね、昨日の午後、返却が多かったのよ。」
クローカは玲奈に軽く頭を下げると、あとはワゴンに積んだ本の背表紙と書棚の間を視線が往復している。
「スプリーン教授は無事戻られたんですか?」
「ええ、面白い発見があったのかご機嫌だったわよ。」
「状態のいい拓本ならいつか見てみたいです。それで、スプリーン教授のご予定はいかがですか?」
「そうねえ、ぼやぼやしてると教授はまたフィールドワークに出かけちゃうから早めにきめましょ。」
「それがいいですね。」
「そうしたら、来週のどこかで教授の予定を押さえるわよ。週末にまた来てちょうだい。」
「はい、是非お願いします。また来ますね。」
玲奈は図書室を出ると、スドンとアメディアを連れて王都からグレイナーに飛んだ。
グレイナーでは食料品などを買って帰る予定だが、その前に鍛冶屋のダイアンに頼んだハエたたきラケットの追加分ができる時分なのでそちらに向かう。
「ねえスドン。これから鍛冶屋さんに寄るから、あちらがよければ見学させてもらわない?」
「うん、見せてもらう。」
「そういえば、この前取ってきた鉄ゴーレムはどうなった?」
「一つはまだそのままで、もう一つは鋳つぶして小分けにした。」
「じゃあその素材で何を作ろうか?」
「ナイフと剣を作る。」
「うん、それでいいわね。ナイフは鋳造?」
「ううん、鋳型がないから鍛造にする。」
「一品モノならともかく、投擲用ナイフなら消耗品だから鍛造はもったいないね。私が土魔法で鋳型作ってみようか?」
「レイナさんが作ってくれると助かる。」
「じゃあ後で作れるか試してみるね。」
話しているうちにダイアンの工房に着いた。
今日はスドンとアメディアも伴って中に入る。
「ごめんください、玲奈です。」
返事がないので店先から奥の作業場に立ち入る。
「こんにちは! お願いしていたもの、できてますか?」
「おお、あんたかい。気合い入れて作っといたぜ。」
ダイアンは玲奈が入ってきたことに気がつき、ラケット三本を取って渡そうとする。
しかし、玲奈の後ろから入ってきたスドンとアメディアに気がつきギョッとなる。
「あっ、こっちは私の奴隷で鍛冶をやらせてる者です。もし差し支えなければ作業を見学させてもらえませんか?」
「おっ、おお、か、かまわないぜ。」
ダイアンはスドンを見やったが、一瞬かなり強くスドンをにらんだ。
ヒゲもじゃの大男が目をむいたが、マイペースなスドンは気がつかないのか気にした様子はない。
玲奈はダイアンからラケットを受け取ったが、自分に対するダイアンの視線が熱と粘り気を帯びている気がした。
当初玲奈はスドンと一緒に作業の様子を見せてもらうつもりであったが、予定を変更することにした。
「スドン、私とアメディアは買い物して先に帰ってるから、作業を見せてもらったら一人でお昼までに帰ってきてね。」
「うん、わかった。」
「ダイアンさん、私はこれで失礼します。」
玲奈はダイアンにお辞儀をすると、そそくさと工房から通りに出た。
外に出て玲奈は深呼吸した。
アメディアが心配そうに玲奈の顔をのぞき込む。
「大丈夫よ、アメディア。鍛冶屋さんの中は冬でも暑いね。」
玲奈は心配いらないとばかりに大仰に手を振り笑ってみせた。
「おいしいものを買ってお昼にしましょう。アメディアも学園で魔法を習って気疲れしてるでしょ?」
玲奈とアメディアはいつもより多く肉や果物を買って帰った。
玲奈たちが昼食の準備に取りかかると、間もなくスドンが帰ってきた。
「あっ、スドン、早かったね。」
「うん、鍛冶の人が今日はもうやらないからって追い出された。」
「そうなんだ! 頑固な人が多そうな鍛冶職人さんの割には融通きかせてくれてたのにねえ。しかたないからスドン、自分たちで工夫しながらがんばろ。」
「うん、そうする。」
「午後は演習の後、時間があったらナイフの鋳型作ってみるからね。」
「ありがと、レイナさん。」
昼食の後は昨日に引き続き、玲奈、フルー、スドン、ギリムの四人で庭に集まり、花の迷宮対策の事前演習を始めた。
今日はラケットも新調して四個となって各自に行き渡り、木製の球も四個に増えている。
昨日の時点でゆるいロブは確実に当てられたフルーとギリムは練習の内容を一段上に切り替えた。
玲奈が少し離れたところから四個の球を連続して投げ、それを打ち返すのだ。
玲奈がフルー相手に投げているときは、ギリムがスドンに簡単なロブを上げ、ギリム相手に玲奈が投げているときはフルーがスドンにロブを上げた。
要領をつかんだフルーとギリムは四連続でもすぐに対応できるようになった。
玲奈は球を投げる傍ら、ギリムないしフルーが相手をしているスドンの様子を気にしていた。
合間に見る限りでは昨日から進展はなく、限られたポイント、タイミングでしか球をとらえられないようだ。
スドンはギリムたちにまかせて、玲奈は投げるポイント、タイミング、スピードに変化をつけてみた。
ギリムはすぐに慣れて対応できるようになった。
フルーはやや苦戦し、バックハンドのコントロールがうまくいかないようだ。
玲奈が重点的にフルーの左手側に投げるうち、スタンスやフットワークを変えてなんとか対応できるようになった。
最後に玲奈はギリムに球を投げてもらい自分もラケットを振ってみた。
ギリムは投げナイフと同じように目一杯の力で投げてきた。
一球目は力み過ぎたのかあさっての方向に飛んでいったが、二球目からは玲奈の顔面目がけて飛んできた。
玲奈は素早く上半身をすらしラケットをコンパクトに振って球をたたき落とした。
思いのほか目も見え体も動き、玲奈は自分自身に関しては満足した。
ただしスドンは結局上達しなかった。
「さて、スドンをどうしよう? 神聖魔法で治癒ができるから連れて行きたいんだよね。」
「しかしマスター、今の状態のままのスドンが行っても標的になるだけだぞ。かわすこともたたくこともできまい。」
「そうなるとお留守番か。スドン、悪いけど明日はお留守番して鍛冶やっててくれないかな?」
「僕はそれでかまわない。」
「ありがとう、代わりに鋳型を作ってみるからね。」
演習の後、玲奈はスドンと鍛冶場にやってきた。
「あのね、スドン、ごめん、調子よく土魔法で鋳型作るって言ったけど、作り方わからないんだった。スドンは学園で鍛造習ったと思うけど、鋳型の作り方は聞いてない?」
「僕は工房で既にある型に流し込んだだけで、作り方は習ってないからわからない。」
「だよねえ。週末にまた学園行くから、そのとき一緒に工房で聞いてみよう。」
「うん、それでいい。」
「明日は留守番しててね。」
「うん、そうする。」
夕食後、玲奈は執務室にこもってロザラム教授から借りた本を読んだ。
理論書は無味乾燥で読み進めるのが苦痛で、頭に中に言葉が、理論が、概念が入ってこなかった。
ただ一緒に借りた実例集で初級魔法の構成と照らし合わせると、少し理解が進むような気がした。
翌日、パルマに向かう前に玲奈はフルー、ギリムと戦術の最終確認を行った。
玲奈は肝心の自分の魔法が完成していないことを思い出した。
「このために開発してた私の新魔法、まだ完成してないや。大丈夫かな?」
「他の魔法を使えばいいじゃねえか!」
「火や水の魔法でもいいんだけど、風魔法だと見えにくくっていいんだよね。昆虫からも他の冒険者からも。」
「マスター、大丈夫だ。新しい武器があるではないか。私もギリムも練習して使えるようになってきたし、魔法を使わなくても活路は開けるだ だろう。」
「なら私もラケットをメインにするよ。必要があればためらわず魔法を使うけどね。ギリムは周りを見張っていてね。」
玲奈はフルー、ギリムとの隊列を決め、前列のフルーの左後ろに玲奈、右後ろにギリムが並ぶ。
ギリムが周囲の監視をする分、玲奈がカバーする範囲を広くして、フルーが前、ギリムが右、玲奈は左と後ろを担当することにした。
「冒険者協会の支部で昨日調べたところでは、一、二階は手強い魔物はいないよ。アブやバッタ、蝶の類で毒は持ってないみたい。二階から蜂が出るけど毒性が弱いそうなので、刺された場合は私の魔法で対処するから。二階に生えてる半月草という薬草を採取したら引き上げるよ。」
三個のラケットを一度玲奈のアイテムボックスに入れて、三人はパルマに飛んだ
フルーはいつもの大剣ではなく予備の剣を腰に帯び、盾も持っていない。
ギリムも玲奈同様よろいなどの防具を身に付けず、短剣だけで軽装だ。
昨日通った冒険者協会の前を通り過ぎ、東門から城外に出る。
以前乗合い馬車で皇都からやって来たときの道だ。
門を出てすぐに十字路があり、右に折れる。
パルマの街を取り囲む城壁を大きく巻いて緩やかに下る坂道を進む。
朝一番でもなく昼時でもないためか冒険者の姿はない。
気温は低いが風がなく、日なたは暖かい。
パルマは西から南か急斜面となっており、東門から三分の一周市街地を大きく回った斜面下部に迷宮は大きな口を開けていた。
パルマは王家の直轄領で、花の迷宮は代官所と冒険者協会の共同管理となっている。
玲奈たちが訪れたときは王家の紋章から王冠を除いた紋を盾に付けた兵士が入り口の警備をしていた。
玲奈は魔法学園の学生証を提示して迷宮の中に入った。
中の通路は学園の迷宮より一回り広く、不思議なことに学園の迷宮より明るかった。
二十メートルも通路を進むと広い空間に出た。
屋外より暖かく、湿気がある。
ところどころ草木が生い茂り、その間に踏み固めた小道が続いている。
さまざまな花が咲いていたり、実がなっていたりで、『花の迷宮』の名に恥じない。
閉鎖された魔法空間で季節が不明だ。
空間の入り口で玲奈たちは立ち止まった。
玲奈がバッグから地図を取り出す。
ギリムが前に出てあたりを見渡す。
「思ったより虫はいねえな。もっとうじゃうじゃいるかと思ってたぜ。」
「ギリム、近くにいる?」
「そうですね、あそこの草むらに数匹います。バッタじゃねえかと思います。」
ギリムが約十メートル先の小道脇にある草むらを指差す。
「なるほど。じゃあ近くに冒険者はいる?」
「近くにゃ見当たらねえですよ。」
「それなら魔法は使えるけど、草むらの中ならラケットを使ってみよう。」
玲奈はアイテムボックスからラケットを三個取り出して、フルーとギリムに一個ずつ手渡した。
小声でフルーとギリムに注意事項を伝える。
「身を低くして足音を立てないようにそっと近づくよ。」
「わかった、マスター。」
先頭にフルー、その右後ろにギリム、左後ろに玲奈の並びでゆっくりとバッタのいる草むらに近づく。
あと一、二歩のところまでフルーが近づいたところで、一匹のバッタが気がついて、飛び立って逃げた。
連れて他のバッタ八、九匹も飛び立つ。
あわててフルーが踏み込んでラケットを振るが、最後尾のバッタがその鼻先をかすめて飛んでいった。
チッとフルーが舌打ちをして悔しがった。
「しかたないよ、フルー。小さな虫は向かってくるより逃げるんだね。」
気を取り直して玲奈は地図を開く。
「道なりで進めば下に降りる階段に行き着くよ。道沿いに虫がいたらたたきながら進んで二階まで降りてみよう。」
玲奈の言葉でまた一行は小道を歩き始める。
外の季節が関係しているのか、直前に通ったパーティが一掃したのか虫はほとんどいない。
道の両側に生えた草も枯れた色が増える。
しばらく進むと不意にギリムが立ち止まり、玲奈の肩をたたく。
指差した方向、やぶの向こう側にアブが数匹飛んでいた。
大きさは玲奈が知っているものよりは大きく十センチ近くある。
やぶの先は丈の低い草が茂り、白い小さな花がチラホラ咲いている。
アブはその花に集まってきたようだ。
近づくのにやぶを踏み分けると音がしてアブが逃げてしまうだろう。
ギリムが見て回ると数メートル先にやぶの切れ目があったのでそこから分け入る。
しらつめ草のような花が咲く草原がそこに広がり、地上四、五十センチの高さにアブが数匹飛んでいる。
フルーが素早く近寄りラケットを振るがアブは空中で素早く身をかわし逃げてしまった。
フルーは地団駄を踏んで悔しがったが、ギリムは他のアブの群れを見つけた。
「おいフルー、むやみと近づいてもうまくいかねえぞ。背後から接近すりゃいいんだよ。」
ギリムはアブの群れから一旦離れて大きく回り込み、それから体を低くして忍び足で近づくとラケットを一閃させた。
ラケットの中心でとらえられたアブは地面にたたきつけられて動かなくなった。
「こうやるんだ。虫のケツから近づけば見付からねえよ。」
「後ろと前ってどうやって見分けるの?」
「モジャモジャしてたりシマシマだったりするのが後ろで、ツノが生えてるのか前です。」
「なるほどね! 私もやってみるね。」
玲奈はあたりを見渡しアブを見つけると、ギリムに教わった見分け方によって後ろに回りそっと近寄る。
二メートルまで近づくと風魔法を発動し、空気の渦をアブにぶつけた。
アブは風の勢いに吹き飛び姿が見えなくなった。
「あっ、見失った! これじゃどのくらいダメージ与えたのかわからないね。」
「まあ素材を取るんじゃねえからかまわねえだろ。」
「そうだね。半月草は二階より下にしかないし、ぼちぼち先に進もうか。」
玲奈たちはやぶをかき分けて道に戻った。
それ以降は道沿いに目立った虫はいなかった。
ラケットを振る機会もなく二階に降りた。
二階から蜂が出る。
弱い毒を持っているので、できるだけ刺されないようにしたい。
この階から玲奈がフルーとギリムに闇属性の付与魔法をかける。
攻撃力を上げる効果のほか、金属製ラケットの光沢を消して目立たなくさせることも狙っている。
ギリムが周囲を警戒しながら進むので時間はかかるが不意打ちを受けることはない。
一階ではいいところがなかったフルーも向かってくる相手ならやりやすそうで、何匹か屠っている。
ギリムも、フルーの討ち漏らしを片付けているので玲奈の出番がない。
そうするうち半月草の群生地に着いた。
玲奈はポーチからナイフを取り出し、手早く数株を採取した。
「あまり戦闘しなくて物足りないかもしれないけれど、そろそろ引き上げるよ。」
「このような迷宮であり、魔物であるのだろう。しかたないことだ。」
「この迷宮の奥には人間よりずっと大きな昆虫の魔物がいて、もう何年も踏破されてないらしいよ。」
「そうか、うむ。いつの日かそんな魔物と戦ってみたいものだな、マスター。」
玲奈はフルーの願望が現状では夢物語に過ぎないとわかったが、巨大な昆虫に対峙する自分を想像すると、できれば実現してほしくない夢だと思った。
玲奈はフルーにあいまいな笑みを向けて半月草の株をバッグにしまい、上の階に向かった。
パルマの街に戻ったときには既にお昼だった。
玲奈は手っ取り早く、東門から一番近い薬屋で半月草の一部を売り払った。
二束三文にしかならなかったが、玲奈は言い値で買い取ってもらった。
「レイナさんには珍しく価格交渉しねえんだな。」
「元値が安いんだから少しくらい高く買い取ってもらったって大して変わらないよ。」
「そんなもんかよ。」
「うん、解毒薬の材料だから需要はあるだろうけど、浅い階に生えてるから深い階まで潜る冒険者も行き帰りに採取して供給が多いんじゃないの。」
「へえ、ずい分詳しいんだな。」
「いや、当て推量だよ。」
玲奈たちはパルマの露店や食料品店で食べるものを買い込み、グレイナーの自宅に戻って昼食をとった。
翌日、玲奈はフルー、スドン、ギリムとゴーレムの迷宮にやってきた。
鉄ゴーレム相手に玲奈の土魔法を試してみる予定である。
前回は魔法で地表に溝を掘ってゴーレムの足元を崩した。
しかしスドンないしフルーの足元を通って溝が伸びるため、スドンやフルーが動きの中で足が溝に落ちる恐れがあった。
この事態を避けるため、玲奈は地中を半円状にトンネルを通してゴーレムの足元にピンポイントで穴を開ける新魔法を開発していた。
午前中自宅の庭で試したところ、ゴーレムの足に見立ててギリムが地面に刺した短剣の鞘をほぼ正確にとらえることができ、試験結果は上々である。
ゴーレム相手の実戦でも使ってみることにした。
最初は三階の石ゴーレム相手に試してみた。
フルーやスドンがゴーレムの注意をひきつけることもせず、歩いているゴーレムの背後に玲奈は近づき土魔法を発動させた。
動きが遅く単調な石ゴーレムの足の運びに合わせることはたやすく、ゴーレムの右足にピタリと合わせて穴をうがち、ゴーレムは脆くも横倒しとなった。
フルーとギリムの口からホウと感嘆の声が漏れるが、スドンが近づきハンマーを振り下ろして石ゴーレムを砕いた。
スドンは手持ちのナイフでゴーレムから白い球をえぐり出し、玲奈に手渡した。
「スドン、油断せずに攻撃して、ちゃんとトドメを刺しました。」
「いや、マスターすまない。思わず見入ってしまったんだ。でもこれなら上位種のゴーレムにも反撃を受けずに倒せそうじゃないか。」
「どうだろう? 鉄ゴーレムは動きが速くて細かいから油断できないよ。フルーもスドンも念のため防御はしっかり頼むね。」
「ああ、心得た。この後は銅ゴーレムで試すのか?」
「いや、銅ゴーレムは石ゴーレムと動きが同じだから参考にならないよ。鉄ゴーレムを相手にしてこそ真価を発揮できると思うんだ。」
「そうか。」
玲奈たちは7階まで降りて鉄ゴーレムと戦った。
一回目、スドンが鉄ゴーレムに盾をぶつけゴーレムがスドンに向き直ったがタイミングよく玲奈が土魔法で足元に穴を開け、ゴーレムは横倒しになった。
そこに背後から近づいたフルーが大剣を二度、三度と振り下ろし、鉄ゴーレムは動きを止めた。
この結果に気をよくしてもう一度鉄ゴーレムと戦った。
しかし今度は、ゴーレムがスドンに殴りかかろうと右腕を振り上げた際に右足も素早く半歩後ろに引いたため玲奈が開けた穴の位置がずれ、ゴーレムの足は穴に落ちずスドンは盾に一発ゴーレムのパンチを受けた。
「スドン、ごめん! 大丈夫?」
「うん、一度攻撃を受けたことがあるから強さはわかってる。」
玲奈は念のためスドンに治癒魔法をかける。
「タイミングがずれちゃったみたい。今度は気をつけるよ。」
鉄ゴーレムは相手との距離や角度によってスタンスを微妙に調整してるらしい。
玲奈はゴーレムの動きを見極め、予測しながら対処しなければならないと肝に銘じた。
この後二回鉄ゴーレムと戦ったが、玲奈はゴーレムの動きや位置をよく見て慎重に狙い、いずれもピッタリのタイミング、位置に穴を開けてゴーレムを仰向けに倒し、フルーの大剣の餌食となった。
この成果は、玲奈が魔法をしくじらなければ鉄ゴーレムは安定して狩れる対象となったことを意味する。
玲奈たちは成果に満足し、玲奈だけは多少のプレッシャーを感じて帰路についた。
帰宅してから玲奈は、新魔法として登録を考えている水やり用の散水魔法を開発するため庭に出て、庭木の根元をびしょびしょに濡らした。
夕食後はロザラム教授から借りた魔法の理論書と実例集を読み込んだ。
理論書は無味乾燥なだけでなく、難解な専門用語が多く一文読解するのにも時間がかかる。
実例集と照らし合わせて既知の魔法から想像して、用語や文脈を類推した。
それでもわけらない用語は抜き出してメモし、後日ロザラム教授に尋ねることにした。
玲奈は睡眠時間を削り過ぎないよう適当なところで切り上げて自室に上がり床についた。
翌日午前中、玲奈はスドンとアメディア、それとギリムを連れて魔法学園まで出かけた。
最初にスケルター教授のところに寄り、アメディアに付与魔法を伝授してもらう。
「おはようございます、教授。アメディアが四元魔法をはじめとして主要な基礎的技能を習得しましたので、付与魔法を教えていただけませんか?」
「おっ、覚えたのかい? それなら問題ないね。」
アメディアはスケルター教授から付与魔法を伝授された。
これで四元魔法とあわせて火属性と水属性が付与できるようになった。
「アメディアが付与魔法を使えるようになったので、私が付与した場合との違いをデータとして集めてみますね。」
「うん、お願いするよ、レイナ君。付与者の違いによる効果の差異なんてデータ、今までどこにもなかったからね。それにしても一つのパーティに二人の付与魔法使いがいるなんて前代未聞だぜ。どういうつもりだい?」
「複数の付与魔法使いがいれば、属性の違う魔物と同時に戦う場合、対応しやすいんです。私は自分自身に付与することが少なくないですから。」
「理屈はわかった。でも自分に属性付与するってことは攻撃参加するってことだろ? レイナ君は、僕には想像もつかないタイプの魔法使いだな。」
「私も一言で説明するのは難しいですが、状況に応じて
できることをやってきた結果です。あらかじめ目指すべきタイプを思い描いていたわけではありませんし。」
「そんなものかねえ。まあ君のユニークな発想と行動力のおかげて僕の研究も未知の領域に及ぶわけで感謝しているよ。」
玲奈がアメディアに付与魔法を学ばせたのは、迷宮探索に魔法使いとしてアメディアを同行させることによって、その時間帯に玲奈が別行動であちこち出歩くことができるようにするためであった。
ただしこのことは玲奈の胸の内だけに秘められて、まだ他の誰も知らない。
スケルター教授の研究室を辞した玲奈たちはロザラム教授を訪ねた。
玲奈は借りた理論書からわからない用語について尋ね、新魔法の構成について教授の意見を求めたりした。
魔法の基本的事項について知識が欠落している玲奈に、ロザラム教授は苦笑を禁じ得ないが、付き合いよく求めに応じている。
新魔法に関しては腰を据えたじっくりやろうということで意見の一致をみた。
ロザラム教授との要件がすむと、玲奈たちは学園に非常勤でやってくる神官を訪ねた。
今日は週一回、王都礼拝所の神官が学園に顔を出す日である。
玲奈は自分だけでなく、アメディアとスドンに関しても
教えを請うた。
神官は各自の神聖魔法に対する習熟度を見定め、対応する魔法を伝授した。
その結果アメディアは小治癒が、スドンは小治癒に加えて解毒が、さらに玲奈は浄化の魔法が使えるようになった。
浄化はその神官が使える最高位の神聖魔法だそうである。
治癒魔法の使い手は複数いた方が安心である。
玲奈たちは安心を得られて、神官に深く頭を下げた。
次に玲奈たちは図書館に行き、司書のクローカと面会してスプリーン教授との拓本研究会の日程を調整した。
途中からスプリーン教授本人も顔を見せて、国外でのフィールドワークについて話を伺った。
最後に学園の工房に寄って、鍛冶の親方から鋳型について話を聞いた。
しかし親方が言うには自分で作っているわけでなく、外から買っているだけなので詳しいことはわからないそうだ。
やむを得ず鋳型師の所在を尋ねて、その工房を訪問することにした。
ずっと手持ち無沙汰にしていたギリムが張り切って聞き込みをして、王都にある鋳型師の工房をたずねあてた。
鋳型師は初老の小柄な男だが、無愛想、頑固、厳しいと鍛冶屋に似た特性を漏れなく備えていた。
玲奈は若干気後れを感じたが、意外にもスドンが気にもとめず鋳型師と話を進めてくれた。
しかし鋳型師は、玲奈たちが求める新しい型の製作や鋳型の製法を教えることを拒んだ。
しかたなく玲奈はナイフの鋳型を購入して帰宅した。
この日の夕方から天気が崩れ、グレイナーは雪となった。
翌朝目覚めると外は白銀の世界だった。
屋敷の母屋や厩舎、納屋の屋根に傾斜がついているのは理由のあることだった。
玲奈はパルマやクライドを越えて、もっと南や西に足を伸ばしたいと思っていた。
しかし深い雪と雪解けの泥濘のため、しばらくは逼塞を余儀なくされた。
逆にそうして得た時間は知識を習得し、技術を磨き、新魔法の開発をするために費やされた。
年が改まるまでひと月を切っていた。
この回で第一章本編は終わりです。
次回更新では人物紹介と小番外編を載せ、次々回から第二章となる予定です