1-9.アメディアがんばる
玲奈はスッキリ目覚めた。
睡眠時間が十分足りていたらしい。
まだストレッチの時間まではかなりある。
肌を刺す冷えた空気が大きく揺らいだ。
玲奈が庭に出て風魔法の練習を始めたのだ。
前日は二つの空気の渦を組み合わせようとしたが、左右両手を使うと軸がブレてうまくいかなかった。
なにか改善案がないかと玲奈が知恵を絞って片手で空気の渦を二つ出せないか試してみることにした。
まずは右手を前に突き出し、手のひらから前方に風を出してみる。
ここは問題ない。
次に出した風を時計回りにひねり渦を作る。
さらに風を反時計回り回りにひねり、逆向きの渦を作る。
ここも問題ない。
この向きが逆の二つの渦を同軸上で同時に出現させることを目標にして練習を開始した。
まずは片手で同時に二つの風、空気の束を噴射することを目指した。
最初にできるだけシンプルに手間をかけないようにして空気を直線的に一つ撃ち出した。
この状態を維持しつつ、もう一つ空気を撃ち出せないか試した。
手のひらの二箇所を光らせるように二箇所から風を起こせるだろうか。
一箇所から風を出しつつ、もう一箇所風を出すべく試みた。
玲奈は何度か試みたが、一箇所から吹き出た風が乱れるだけで二箇所になることはなかった。
魔力操作のイメージ、手のひらの形状や角度に変化をつけてみたが、うまくいかなかった。
このまま続けても打開できるように感じなかったので、玲奈は別な方法を考えてみた。
一つの風魔法を発動しつつ、もう一つ風魔法を加える手法てはなく、風魔法を二つ同時に発動する方法を試してみた。
手のひらに二箇所、手首側と指側からそれぞれ風が吹き出すイメージで魔力を練り、手のひらに魔力を集めた。
玲奈の脳内にあるイメージでは明確に二つの空気の奔流が手のひらから出ていたが、自身の魔力を探知したところイメージとはほど遠い乱れた気流が一筋あるのみであった。
右手のひらの前に左手をかざして感じたところでも、気流が二つに分かれているとは感じられなかった。
少しの間、力の入れ方や魔力の比重など工夫をしてみたものの、風魔法を二つ同時に同じ手で発動するのは困難だった。
風魔法が空気を扱うため視認性がよくないことも難しさを増している。
玲奈は風魔法でなく視認しやすい光魔法を使い、後から室内で練習することにした。
風魔法の練習は一旦終えて、玲奈は土魔法の練習をしてみることにした。
リンゴの木の下に行き枯れ枝を拾い、納屋の後ろの土がむき出しになったあたりに行った。
そして地面にリンゴの枯れ枝を刺して二メートル離れ、枝を目がけてブーツを履いたまま土魔法を行使した。
鉄ゴーレム戦に備えて、前日練習した土魔法で深さ、幅とも十五センチの溝を掘る練習を始めた。
玲奈は土魔法をブーツ越しに発動するイメージで行使し、できるだけ正確に制御して二メートル先の枝を倒すつもりだった。
しかし実際は発動までタイムラグがあり、狙いが左にずれて枝を正確にとらえられなかった。
それでも練習を続ければ素早く正確な制御ができそうな感触が玲奈にはあった。
その前に朝のストレッチの時間となった。
玲奈は屋敷に戻り、執務室に置いていた太鼓を取ってきた。
そしてストレッチが始まると玲奈は掛け声を発して太鼓をたたきリズムをとった。
マイペースで体を動かしていたスドンはダダクラは戸惑った。
「スドンもダダクラも太鼓に合わなくてもかまわないから体を動かすように。だんだん合ってくればいいからね。」
「でもお嬢様、これ難しいですよ。」
「自分のペースでやってかまわないけど、太鼓に合わせる意識は持つようにしてね。少しずつ合うようになればいいから。」
「できるかどうかわかりませんが、お嬢様の言うとおりやってみますよ。」
「僕もやってみる。」
やってみるといってもマイペースを崩さないスドンと違って、ダダクラは合わせようとするあまり太鼓のリズムを気にして動きがバラバラになった。
「太鼓の音は耳に入れるくらいで、無理に合わせなくてもいいよ。」
「ううむ、意外に難しいもんです。」
「ダダクラ、今日は太鼓に合わせなくていいから、いつもどおりやりなさい。」
若干チグハグにストレッチを終えると、玲奈はアメディアに近寄り声をかけた。
「ねえアメディア、昨晩は疲れててちゃんと魔法を見てあげれなくて悪かったわ。」
「疲れていたのならいいんですよ、お嬢様。それで疲れは取れましたか?」
「お陰で元気よ。お昼前に時間取れたらまた魔法の練習しよう。」
「はい、そのときはよろしくお願いします。では朝食の支度をしますので。」
アメディアは玲奈に一礼して屋敷に戻っていった。
玲奈は土魔法の練習をしてから、木剣の素振りをしていたフルーたちと屋敷に戻り、ミーティングをして朝食をとった。
朝食後、玲奈は執務室に入り机の上にノートを開いた。
そして新しいページの上端に‘対魔法使いの戦闘’とだけ書き、さらに一枚めくり‘鉄ゴーレムに対する土魔法’と書いた。
加えてもう一枚めくり‘飛行する昆虫に対する風魔法’と書いた。
ただしこれらの事項に関する考察や記述は今は置いておき、後で時間を割くことにする。
玲奈はノートをしまうと、学園の図書館から借りてきた本を開いた。
教皇が出した御教書の選集と教義に関する質疑応答集である。
前に借りた読本は一般信徒向けにわかりやすく書かれていた。
しかし今回の二冊は宗教組織の教主が傘下の聖職者向けに発した布告、もしくは君主が領内の行政組織に向けて発した通達なのでわかりやすさよりも厳密さや正確さを重んじた文書で、無味乾燥であることは間違いなかった。
それでも教皇庁が打ち出した綱紀粛正策が組織の枠を超え、領民や民間人に影響を与えた履歴とその根拠を見ていくには信頼できる資料だと玲奈は考えた。
無味乾燥であっても自分たちの利害に関わってくるなら調べておく必要を感じて読み進めた。
玲奈は聖職者でないにもかかわらず自分で神聖魔法を使うだけでなく、配下で奴隷のスドンにも神聖魔法を使わせ、さらにアメディアにも習わせようとしていることが問題視されないか懸念していた。
このため、異端、魔女、治癒、魔法ないし神聖魔法をキーワードな御教書を古い年代のものから見ていった。
初代と二代目の時代は組織がまだ小さく、修行者の道場といった雰囲気のためか、特に深刻な内容のものはない。
生活の訓示やささいなもめ事の仲裁が主なものだ。
ときどき素朴な神学的考えを示してもいる。
それが三代目になると質量とも変化が見られる。
組織も大きく複雑になったことを反映して指示内容が多岐にわたり、専門的になってきている。
代わりに神学的な見解を示すような文書はなく、神殿や巡礼などいくつかの単語を除けば世俗領主が出した文書と見分けがつかない。
その分、宗旨の違いで弾圧をうかがわせる記述はなく、第三代教皇パルピニオスは教皇庁や皇都を富ませることで求心力を高めた指導者だったのかもしれない。
続く四代目、五代目も同じ路線を踏襲している。
三代目よりも定型的な文言が増えたのは統治が安定したためか。
目につくのは五代目の後半に内部規律に言及したものが増えることだ。
次の六代目に原理主義的なコンポストゥスが登場したことから考えると、教皇の個人的資質や志向によるものというより、教皇庁内で派閥の力関係に変化があったと考えられる。
そして六代目に替わると一気に綱紀粛正策に切り替わる。
五代目までに見られた神殿を増築、改装するようものがなくなり、丹精込めて清掃するよう呼びかけるようなものが増える。
一方で教義に関する問題に触れることはまれで、六代目の時点で焦点となっていたのは教義上の問題ではなく戒律が主なものであった。
初代から六代目までの記録を見て、異端や魔女などの危険なワードがないことを確認して玲奈は胸をなでおろした。
玲奈は六代目までの御教書にしおりをはさんだ。
次に玲奈は教義に関する本を開いた。
神聖魔法の起源や伝承についての記述が見つけられれば幸いである。
治癒や浄化などの神聖魔法に関する新しい知見が得られる可能性もある。
仮に知見が得られなくても、魔法や魔法使いの成り立ち、教皇庁から見た認識、評価が分かれば、何かあったときに対処しやすい。
最悪でも天地創造の神話など、読み物として面白ければよし、面白くなくてもこの世界の住人が抱く世界観や死生観がうかがえればよし。
そう思って読み始めた。
しかし本書は、まず 信仰の本旨から解き始める。
これは信仰心の深化とともに心境、というより内面の宇宙がどのような変化を見せるかについて段階をおって解説したものである。
各段階にはそれぞれ呼称があり、その解説は専門用語のオンパレードで、集中力を維持しながら読んでいるつもりの玲奈でも目が紙面の上を滑っていくことを止められなかった。
しばらく暗闘を繰り返しても文字で表された内容が脳内で一向に明確な形を現さなかったので、玲奈は本の読み込みを中断した。
文字に埋もれた時間から顔を上げていつもの執務室に日常がら戻ってくる。
玲奈は放心してソファセットをながめた。
眼のピントがようやく合い、玲奈は自らの頬を張りながらイスから立ち上がった。
お昼が近づいてきていたので、それまで庭で魔法の練習をしようと廊下に出た。
廊下や階段にアメディアはいなかったが、きれいに掃除されていた。
玄関に回ると門の近くでアメディアが掃き掃除をしていた。
アメディアは玲奈がクライドで買ってきたお土産の赤いカーディガンを着ている。
「アメディア、お疲れ! カーディガン、似合ってるよ。」
「あっ、お嬢様! ありがとうございます。とても暖かいので外に出るとき重宝してます。」
「屋外も屋内もアメディアのお陰でピカピカだったよ。」
「お屋敷の拭き掃除が終わりまして、もうすぐ玄関先の掃き掃除も終わります。」
「じゃあ先にお庭に出てるからね。終わったらおいで!」
「はい、後ほど。」
玲奈は庭に回り、納屋の先で土魔法の練習を始めた。
また拾った枯れ枝を地面に刺して、少し離れたところから枯れ枝を狙って足元から溝を延ばす。
朝に少しだけやったので、感覚がつかめそう。
まず、つま先に素早く魔力を集める練習をした。
魔力を練ると、ブーツ越しに接地しているつま先を意識して、そこに素早く魔力を送り込む。
何度か繰り返すうちに、つま先を意識しただけで魔力を集めることができるようになった。
次の段階として、つま先の魔力を土属性に変えて標的の枯れ枝を正確に狙う練習に移行した。
実際にやろうとしたところでアメディアが現れた。
玲奈は自分の練習はひとまずおいて、アメディアの練習をみることにした。
「じゃあ、アメディア、昨晩の続きからいきましょう。」
「はい、お嬢様。」
「まずはゆっくり大きく息をしてみて!」
アメディアは半眼になりお腹に手を当ててゆっくり呼吸を繰り返す。
玲奈もアメディアにシンクロしてゆっくり呼吸する。
「次に自分の内側に感覚を研ぎ澄ませて魔力を感じるようにしてみて!」
アメディアは目を閉じて、お腹に当てた手に力をこめる。
「そうそう、魔力をよく練り込んだら手のひらに集めます。」
アメディアは大きく息を吐き出すと、半眼に目を開き右手を前に突き出した。
「手のひらに魔力が集まってきているのを感じたら、そこに意識を集中させます。そして手のひらから水が出てくるのをイメージしてみて!」
玲奈は手のひらからポタポタと水をしたたらせる。
アメディアはそれをチラリと見て手のひらを下向きにした。
そして前に突き出した手のひらをにらむと間もなく細い糸をひくように水が手のひらから流れ出した。
「昨日よりずっとよくなってるよ、アメディア。それじゃ呼吸を三回する間、魔法を維持すること。」
玲奈はアメディアと呼吸を同期させつつ、一つ、二つ、三つと数える。
「はい、止めていいよ。アメディア、実用レベルに近づいてるんじゃない? なにかを拭こうとふきんをちょっと濡らしたり、小さな鉢植えの植物に水やりをするなら十分だと思うよ。」
玲奈はアメディアが出す水流を見て、ジョウロの蓮口を連想した。
現在取り組んでいる風魔法を片手で二つ同時に発動させる魔法がうまくいったら水魔法にも応用ができると予想した。
細い水流をいく筋も繊細に放射できるようになれば庭の草木に水やりをするのに好適だろうと考えて、玲奈は笑顔になる。
「私もそう言っていただけると練習した甲斐があります。」
アメディアもニコニコ笑顔になり、達成感がありそうだ。
「疲れはない?」
「はい、大丈夫です、お嬢様。」
「そうしたら今の感覚を忘れないうちにもう一回やってみようか。」
玲奈もアメディアも再び表情を引き締める。
「今のは魔法で水を出すまでゆっくりと段階を踏んでいったけど、今度はそれを少し縮めてみます。」
玲奈の言葉にアメディアが小さくうなずく。
「では、よく集中して魔力を練ったら手のひらに魔力を集めます。」
アメディアは半眼になり手のひらを前に突き出す。
「手のひらに魔力を感じたら、そこから水を出すことをイメージします。」
すぐにアメディアの手のひらから細い水流が流れ出した。
一呼吸おいて玲奈が声をかける。
「うん、止めていいよ。一回で短縮を成功させたね。アメディアが集中して取り組んだからだよ。」
「いえいえ、お嬢様のご指導のお陰です。」
「それでも今までやったことのないことに取り組むのは大変だからね。着実にやっていこう!」
「はい、お嬢様!」
「じゃあ基礎固めのつもりでもう一回やってみよう! 私は声をかけないから、心の中で手順を確認しながらやってみてね。」
アメディアはうなずくと、手のひらに前に突き出した。
すぐに手のひらから水が流れ出した。
「安定してできるようになったね。もう私がついてなくても一人でできるんじゃない?」
「お陰さまでなんとかなりそうです。」
「ここまでやって疲れはない?」
「ええ、大丈夫です。」
「そうしたらお昼の時間まで火の魔法に挑戦しよう!」
玲奈は右手を軽く握り人差し指を立てて、その先に小さな炎をともす。
「途中までの手順は同じだよ。魔力を練って手のひらでなく、指先に集めてみて!」
アメディアはまた半眼になり、右手の人差し指を立てる。
「指先に魔力が集まったら、今度は指先に火がともるのをイメージしてみて!」
玲奈が指先の火をお手本として見せ、アメディアはそれを参考にイメージして火魔法を試みる。
ただ火は水のように直接触れられるものでないためか、水魔法ほどスムーズにいかない。
アメディアは眉間にシワを寄せてなんとかしようとしているが、指先から火が出る様子はない。
じっと見ていた玲奈が声をかける。
「うんん、そうだなあ、指先の魔力をロウソクに見立てて爪の先を芯と思ってイメージしてみてよ。」
アメディアは表情をいくらか和らげ深呼吸を一つすると、再び指先に意識を集中させた。
そして力みながら試みることしばし、無事に指先から小さな炎が現れた。
玲奈は手をたたいて喜んだ。
「火魔法習得おめでとうございます!」
アメディアの炎は、玲奈のお手本と比べて半分程度の大きさでチロチロと揺らぎ消えそうになるなど不安定な炎だった。
しかしそれは確かに火魔法が発動したあかしでもあった。
「そろそろお昼の準備にしよっか? アメディアは練習でお疲れだから、私が準備するよ。」
「いえいえ、いけませんお嬢様。食事の準備は私の役目ですから。」
「アメディアの責任感の強いところ、丁寧な仕事ぶりは信頼してるよ。でも疲れたり辛いときは私も負担するから、お昼の準備は半分こしよう!」
「お嬢様がそうおっしゃるのでしたら。」
玲奈はアメディアと屋敷に戻り昼食の準備を始めた。
昼食後、玲奈がアメディアと魔法談義をしていると、フルーが割り込んできた。
「マスター、ちょっといいか? 昨日ゴブリンと迷宮で戦ったときに私の剣から火が噴き出した原因について説明してもらえないだろうか。」
「うんん、実は私も剣が火を吹いた原因については確証がないんだ。火属性の付与魔法をかけたのは確かだし、原因は調べるつもりだよ。スドンはなんで私が原因だと思ったの?」
「僕はいつもと同じやり方で研いだ。違うのは研いだ場所が迷宮の中なのと、レイナさんが魔法で出した水を使ったことだから。」
「スドンは冷静によく見てるね。その二点と、使用者の魔力が大きいかどうかで差が出るか確かめてみましょ。フルーもそれでいい?」
「ああ、不安なく剣を振るために原因を確かめておきたかったんだ。手をわずらわせてすまない。」
「私も確かめたいから、フルーが気にする必要はないよ。スドン、あとでまだ研いでないナイフを二本用意してもらえるかな。水にこめた魔力の違いで差が出るか確かめるから。」
「うん、わかった。」
「じゃあ、一休みしたらフルー、スドン、ギリムは庭に集まって。ナイフで確かめること確かめたら、明日の鉄ゴーレム戦の予行演習やるから。」
食後一息ついた玲奈たちは庭に集まった。
スドンは二本のナイフのほか、砥石と金床を持ってきている。
玲奈は木桶に水を入れて持ってきた。
「スドン、この桶にはただの水が入っているから、まずこれでナイフを一本研いでみて。」
「うん、やってみる。」
スドンは桶を受け取ると、その水で砥石を濡らしながら手早く研ぎあげた。
それを見た玲奈は桶の水をすべて捨てて、魔力をこめながら桶に水魔法で水をだした。
「こっちの水にはかなり魔力をこめたわ。スドン、もう一本を研いでみて!」
「うん、研いでみる。」
スドンは桶の水をナイフと砥石にかけて、こちらも手早く研ぎあげた。
玲奈はスドンから二本のナイフを受け取り、そのうちただの水で先に研いだ一本の柄にハンカチを巻いた。
そしてもう一本の魔力をこめた水で研いだ方と一緒にフルーに渡した。
「じゃあフルー、ナイフをベルトにはさんだら火を付与するから一本ずつ取り出して振ってみてね。」
フルーはベルトに二本のナイフをはさんだ。
「準備ができたので魔法をかけてくれ。」
玲奈が火属性の付与魔法を詠唱する。
フルーがハンカチを巻いたナイフを掲げる。
庭にいた全員でのぞき込むが剣身に変化は見られない。
玲奈たちが立ち退いたところでフルーがナイフを振る。
ヒューと鋭い風切り音がする。
剣先からチロリと炎の舌が現れ、軌跡がオレンジ色に跡をひく。
「フルー、実際の斬撃力をみたいんで何か切ってみよう。枯れ枝でも拾ってくるからちょっと待ってて!」
玲奈は庭の西側にある木の下にかけて行き、数本小枝を拾い集めて帰ってきた。
「お待たせ! 小枝を投げるから空中で斬りつけてみてね。」
「よし、いつでも来い!」
玲奈がそろりと下手から小枝を投げると、フルーはいつもの大剣と間合いが違って戸惑うのか、気合いの割に慎重に引きつけて当てにいった。
カンッと軽く乾いた音がしてナイフは小枝をとらえ、小さく炎が吹き出して小枝は飛んでいった。
玲奈が飛んだ小枝を拾って衝撃の度合いを確かめた。
拾った小枝は真ん中が少しえぐれて、ほんのりと黒ずんでいた。
「斬った瞬間、炎は見えてしちゃんと魔法は発動したみたいだね。でも当たりが少々弱かったかもしれない。」
「間合いに慣れなかったのもあるが、振りが弱かったのも確かだ。今度はしっかりやるぞ。」
「今度はしっかり振ってね。じゃあいくよ!」
玲奈が下手からフワリと投げると、フルーは手元まで引きつけて思い切りナイフを振り抜いた。
ナイフをオレンジ色の光を残して小枝にぶち当たり、一瞬小さな火の玉が出現した。
小枝は真っ二つになって地面にたたきつけられてめり込んだ。
玲奈が片方を拾うと、表面が黒く焼け焦げていた。
「改めて見るとすごいわねえ。でも火の付与魔法をかけるといつもこれくらいのダメージは与えているよね。」
「ああ、私が得物を扱い慣れていないだけで、あとは通常どおりだな。」
「じゃあ、魔力をこめた水で研いだナイフでいってみよう!」
フルーはハンカチを巻いたナイフをベルトに差し込み、もう一本のナイフを引き抜き掲げた。
そのナイフは先ほどのハンカチを巻いたナイフとは異なり、手に持った時点で薄っすらと赤く光を帯びていた。
フルーが軽くナイフを振ると剣先から炎がこぼれる。
「なかなかすごそうだね。実際に小枝を斬ってみましょう。」
玲奈はフルーに小枝をふわっと投げる。
フルーは踏み込んで素早くナイフを振り下ろした。
炎の尾を引いたナイフは空中で小枝をとらえるとボッと一瞬燃え上がった。
小枝は炎に包まれ墜落した。
玲奈が水をかけて消し止めると、小枝は真ん中でへし折られ、全体が炭化してボロボロだった。
「スドンの推測どおり、研ぐのに使った水が原因だったね。」
フルーたちがうなずく。
「念のため残りの事項も確かめるよ。研ぐ場所が迷宮内かどうかは明日確かめるから、剣を使う人の魔力が関係するか確かめてみよう。フルー、ナイフをギリムに渡して!」
ギリムはフルーからナイフを二本受け取る。
「じゃあギリム、火の付与魔法をかけるからハンカチのついてないナイフを振ってみてね。」
「おお、やるだけやってみるぜ。」
玲奈が付与魔法を唱え、ギリムがナイフを高く掲げる。
一瞬剣先に火がついたが、その後も剣身が赤く鈍く光る。
ギリムがナイフを振り回すと剣先から火が噴き出して赤い軌跡を残す。
ナイフの軌道、スピードに違いがあるが、火の乗り方は様相がそっくり同じようだった。
「どうやら付与魔法の効力は付与される側の魔力量には関係しないみたいね。」
「すごい迫力だぜ。俺のナイフを全部スドンに研ぎ直してもらいてえな。」
「主武器の剣はともかく、ナイフは数も多いし少しは自分で研いだら? 水は私が出すから。」
「ハイハイ、自分でやりますよ。」
「一休みしてお茶にしよう。その後明日の鉄ゴーレム戦の予行演習ね。」
にぎやかにお茶を楽しんだ後、玲奈たち四人は再び庭に出てきた。
フルーとスドンは盾を持ち、木剣ないし木槌を下げている。
「はい注目! これから鉄ゴーレムと戦うときの作戦を伝えるよ。」
フルー、スドン、ギリムの視線が玲奈に集中する。
「基本は銅ゴーレムも一緒よ。スドンが注意を引きつけて背後からフルーが攻撃を加える戦法でいきます。」
フルーとスドンがうなずく。
「鉄ゴーレムは銅ゴーレムより硬くなっているので、今までフルーが二回斬りつければ倒せたのに、三回、四回と斬らないと倒せないかもしれない。余計な一、二回攻撃する時間をどう生み出せばいいのか?」
玲奈が言葉を区切って顔を巡らせると、フルーが難しい顔で首をひねった。
スドンはいつものとおり無表情である。
「そこで私が新魔法を使います。」
とたんにギリムが胡乱なものを見る目をする。
「えっ、なによ! 鉄ゴーレムは二本足で重くて動きが鈍いんだから、土魔法で揺さぶるんだって! こういう風にね!」
玲奈が半歩右足を前に出すと、ギリムの一歩手前まで溝が突如発生する。
「うおっ、レイナさん、なにやったんだ?」
「だから土魔法だって。後ろから相手の足元に穴開ければバランス崩すでしょ?」
「そんなにうまくいくかよ。」
「これから練習してうまくいくようにするのよ。ギリムは本番では周辺の警戒をしてもらうから、演習ではゴーレム役やってよ。」
「ハイハイ、わかりましたよ。」
「スドンは盾をかまえてゴーレム役のギリムと対峙して。」
「うん、わかった。」
スドンは盾を前に出してどっしりと重心を落とした。
ギリムはスドンの盾を軽くたたいてじゃれている。
「フルーはゴーレムの背後に回ってスドンに気を取られているゴーレムを攻撃して!」
フルーが、スドンと向き合ってじゃれているギリムの背後に近づくと、木剣の先でギリムの背中を突っつく。
ギリムが振り向いて今度はフルーの盾を軽くたたく。
玲奈はスドンのとなりに移動して、背後からギリムの右足ぎりぎりのところに土魔法で溝を掘る。
ギリムが自分の足元に目を落として、右足のすぐ脇が掘り崩されているのに驚く。
「そういうことかよ!」
「うん、こうやってゴーレムの足元から攻めるんだよ。倒れればよし、倒れなくてもバランス崩して反撃されないようにできればよし、ってことなんだ。」
「しかしマスター、私が剣を振り下ろそうとしたら目標のゴーレムが倒れて空振りとなっては困るぞ。」
「そこはタイミングを考えるよ。まずフルーが背後から一撃、ゴーレムが振り返るときにもう一撃。次にゴーレムが殴りかかってくるだろうから、そこを狙って足元を崩すよ。」
その後玲奈たちは適切なタイミングで各人が動けるように練習を重ねた。
うまくいかないと練習を止め、玲奈が細かい説明をしてタイミングの調整をした。
こうして夕方までに、玲奈の意図するようにフルーやスドンが動けるようになった。
「みんなお疲れさま! 今日の成果を出せれば明日は鉄ゴーレムを倒せそうね。」
「ああ、今から楽しみだ。」
「これからグレイナーまで買い物に行くけど、ギリム、つきあってくれない?」
「俺はかまわないぜ。」
二人はアメディアと誘いグレイナーの城内に出かけた。
露店でいつもの串焼きや揚げ物を買い、食料品店で野菜や果物を買った。
最後にダイアンの鍛冶屋に寄った。
「頼んでいたものを受け取るだけだから、二人は外で待っててね。」
玲奈は声をかけて工房の中に入っていった。
鍛冶屋でダイアンが玲奈を迎える。
「おお、あんたかい。注文の物はできてるぜ。」
さっそく先日頼んだラケット状の物を見せてもらう。
それは玲奈がイメージしたとおりのできだった。
「さすがですね。私が考えたとおり、頼んだとおりにできている。」
玲奈はラケットのガットに相当する網目をたたいて強度や弾力性を確かめたり、実際に振ってみて握り具合や重量のバランスを確かめたが、納得のいく仕上がりだった。
「ありがとうございます。とてもいいできです。」
「いや注文を受けたのは俺だから、礼を言うなら俺の方だ。」
玲奈は笑みがこぼれ、ダイアンも喜んでもらえて嬉しいのか、いかつい顔を崩して笑った。
かつてテニスをやっていた玲奈は、大きさも材質も違うこのラケット状なものに日本のことを思い出して感傷的な気分になった。
そして大事そうにぎゅっと胸に抱きしめた。
「ずい分と気に入ってくれたようだな。」
ダイアンの言葉に玲奈はわれにかえった。
「あの、できれば同じものをあと三つ頼めますか。」
「お安い御用だ。四日後に来てくれ。」
玲奈は代金を払いダイアンの工房をあとにした。
夕食の席で玲奈のテンションが高めなのを見て取ったフルーやギリムは、明日の鉄ゴーレム戦を楽しみにしているのだろうと受け取った。
ギリムたちに変に思われそうだと自覚があったので、玲奈は夕食後早々に執務室に引き上げた。
魔法の練習を見ることになっていたアメディアが片付けを終えて執務室を訪れた。
「お嬢様、なんか今日は幸せそうでしたね?」
「アメディアの目には変に見えなかった?」
「いえ、全然。見ていてこちらも幸せな気分になりましたよ。」
「おすそ分けになったかな。魔法の技術もおすそ分けするね。」
「お願いします。」
「室内では水を出したり火を出したりできないから、練習のときは光魔法を使うんだ。」
そう言って玲奈は右手の人差し指を光らせた。
「アメディアは今日たくさんのことをやったから無理しなくてもいいよ。今は火、水、風、土の四属性の次には光魔法と闇魔法があることを覚えといて。」
そう言って今度は指先を闇で覆う。
アメディアが目を見張った。
「今日は魔力を指先まで素早く動かす練習をしたら休みましょ。」
アメディアはしばらく人差し指を立てて、指先を見つめながら魔力を動かす練習を繰り返した。
「今日はありがとうございました。それではお休みなさい、お嬢様。」
アメディアが出て行った後、玲奈は光魔法を片手に二つ同時に発動できないから試みた。
しかし集中力が続かない気がしたので早めに休み、明日に備えることにした。




