1-8.ゴブリンアゲイン
朝食前にエリュシオール魔法学園の食堂にダダクラを連れて行った玲奈は、一旦グレイナーの自宅に戻りいつものルーチンに則り朝のスケジュールをこなした。
朝食後、きっちり武具をまとったフルー、スドン、ギリムを伴い、玲奈は再び魔法学園にやってきた。
出かける前、戦術の再確認を行なって万全の準備をしたが、その分フルーたちのテンションは高めである。
一方玲奈は普段着仕様のチュニックとレギンスにニットのカーディガンを着ただけで、髪を無造作に縛ってこちらもニットの帽子をかぶっている。
「あなたたち、迷宮に入る前からそんな張り詰めてなくてもいいんだよ。図書館で本返してくるから、楽にして待ってて。」
フルーたちには屋外の寒風にさらされないように学園本館の一階ホールで待っていてもらい、玲奈は図書館に向かった。
図書館のカウンターで対応したクローカに借りていた本を返した。
教皇庁関連の読本と年代記の二冊である。
「クローカさん、ありがとうございました。借りていた本をお返しします。」
週末が近いが、閲覧用の机がチラホラと埋まっている。
クローカはカウンターで何かノートに記録をつけていた。
「その年代記みたいな無味乾燥な記録の羅列をよく読んだわね。」
「読本と照らし合わせるのに使うんですよ。さらに他の読み物にあたったり現地を見てきたりすると、一つの書物を読んだだけでは見えない見えてくるんです。」
「本読みの極意を会得したかのようね。」
「そんなことないですよ。私は学園に入るまでほとんど本を読んだことがなかったくらいですから。」
「レイナさんは読書人というより研究者に近い読み方よね。学生よりも教授陣にそんな読み方をする人がいるわ。本の虫だった私とは大違いよ。」
「そうなんですか。確かに読むというより調べているといった方が近いかもしれませんね。メモをよく取りますし。」
「そんなレイナさんが次に調べたいのは何かしら?」
クローカはノートを閉じ、玲奈が返した二冊の本を抱えた。
「それでしたら、また教皇庁関連の本をお願いできますか? 教皇様の御教書をまとめたものか、教義について簡単に解説したものがあるとありがたいです。」
「神学者みたいね。いいわ、こっちよ。」
クローカは玲奈を神学や宗教学関連の書棚に案内する。
「なにせ私は教皇領に住んでますから。よかったら一度クローカさんをお招きしますよ。メイド役が一人加わったので家の中がきれいになったし、ちゃんとおもてなしできると思いますよ。」
「それは楽しみね。」
玲奈はクローカが選んでくれた教皇庁の説話集と御教書の選集を借りた。
「どうぞ、小さな研究者さん。さっきから思ってたんだけど、レイナさんの赤い服、あったかそうね。」
「毛糸のカーディガンです。クライドに行った折に求めたものです。毛糸と編み棒も買ってきたので、今度クローカさんに何か編みますね。」
「それは嬉しいわね。でも贈るならいい人になさいよ。」
「あはは、いればいいんですけどね。」
「ほら、この学園は男子学生が大半なんだから。」
「でも私、貴族ではないし経済力もないし目立つ容姿でもないし、相手されないですよ。」
「そうかな、レイナさんは行動力があってマメで胆力もあるし。胆力といえば迷宮入って魔物と戦うぐらいだもんね。」
「これからその迷宮に行ってきますよ。」
「えっ、やっぱり? スプリーン教授も待ってるから、無事に帰ってきてね。」
「ええ、もちろんですよ。」
「スプリーン教師はね、来週にかけて遺跡を見に行ってるのよ。よかったら再来週またやりましょ?」
「はい、私は週二回は学園に来てますから来週打ち合わせましょう。」
玲奈はカウンターで貸し出しの手続きをすませて本館に戻った。
「みんな、お待たせ。体は冷えてないかな?」
玲奈に連れられないフルーたちはぞろぞろと迷宮に向かって移動する。
迷宮近くで道をはずれて林の中に入り、動的ストレッチで軽く体をほぐした。
「四階でゴブリンにあいさつする前にヘビを何匹か捕まえましょ。フルーもギリムも四匹ずつ頼むよ。」
「ああ、心得た。」
フルーもギリムも張り切って剣を振って四匹ずつ狩り、玲奈も短剣を抜いて二匹狩った
ギリムはそうてもないが、フルーは狩りでテンションが上がってきた。
一方玲奈もヘビを二匹狩り、かなりの肉が得られたことでご機嫌になる。
一行は三階を素通りして四階に上がった。
上がったところで玲奈は全員と戦術を再確認した。
玲奈の言葉に三人は神妙にうなづき、付与魔法の呪文詠唱を受けてから通路を進んだ。
通路では散発的にしかゴブリンは現れず、二、三匹であればフルーは問題にせず斬り捨てて進み、広い空間に踏み入った。
薄暗く岩が点在する広い空間に吹く風に乗ってかすかに物音がする。
ギリムが立ち止まり神経を研ぎ澄ます。
どこからかゴブリンがたてたと思しき音が聞こえる。
「一番近い群れは五匹、そんな離れてねえです。」
ギリムの指差す方向を見ると四、五十メートル離れた先にゴブリン数匹がいるのが玲奈の目にも入った。
「ありがとう、ギリム。ゴブリンは五匹ならこのまま進んで殲滅しましょう。」
「よしきた!」
フルーとスドンが前に出て、それにギリムと玲奈が続く。
ギリムは前方だけでなく四方に神経を配っている。
まもなく小さなゴブリンの群れが見えてきた。
ゴブリンも玲奈たちに気がついたようで、耳障りな声でわめきながら近づいてくる。
「フルー、三歩か四歩の距離に入ったら攻撃開始するよ。ただし一人で突出しないように。」
「ああ、わかった。」
フルーは答えるとすぐに背中から大剣を引き抜き、間近に迫ったゴブリンの群れに詰め寄る。
先頭のゴブリンが振り上げた棍棒を振り下ろす間もなく、フルーが一気に間合いを詰める。
横から薙いだ一撃はゴブリンを二つに分かち、血しぶきとともに物言わぬ肉塊に変えた。
その様子を見て棍棒を振り回して騒いでいたゴブリンたちの動きが一瞬止まる。
そこをフルーがさらに踏み込み二匹、三匹と斬って捨てる。
ギリムと玲奈もそれぞれ左端と右端の個体目がけてナイフを投げる。
ギリムの投げたナイフは左端にいたゴブリンに命中し、ゴブリンはくぐもったうめき声を漏らして仰向けに倒れた。
玲奈の投げたナイフは右端のゴブリンに避けられ左肩をかすって飛び去った。
玲奈は投げナイフの射程を伸ばし威力を増大させるため、それまでのヒジを固定した精密な投げ方から腕を大きく振る投げ方に変えたため命中精度が落ちたようである。
ただしかすったといっても魔法攻撃を上乗せしているので当のゴブリンはそれなりにダメージを受けて身をよじっているところを残り三匹を片付けたフルーにあっさり斬られた。
玲奈は投げたナイフを拾った。
「みんなお疲れ。剣やナイフの汚れを落とすからね。」
玲奈はフルーの剣やギリムと自分のナイフに水魔法で血のりを洗い流し、風魔法で水滴を吹き飛ばした。
ギリムが玲奈を横目で見てフフっと鼻で笑う。
「なによ、ギリムだって二本投げて一本はずしてるでしょ。」
「俺は一本当ててるぜ。レイナさんは精度がおちてねえか?」
「ああ、ギリムにもそう見えるのか。指摘してくれてありがとうね。」
「そうかよ。なんか調子狂うぜ。」
「調子取り戻したらまた進みましょ。」
「ハイハイ、わかりましたよ。」
フルーとスドンが歩き出し、憎まれ口を叩きながらもギリムの足取りが軽い。
少しすると、その軽快な足取りが止まった。
「フルー、スドン、止まって! ギリム、どう?」
前方をにらんでいたギリムが口を開く。
「あそこの群れにゃゴブリンどもがずい分集まってやがる。」
「何匹いるか数えてみて。三十匹以上なら撤退するよ。」
ギリムが指を折る。
「二十三匹です。」
「体が大きい個体はいない?」
「見当たらねえです。」
「あの群れと戦うよ。」
玲奈はあたりを見渡して、五メートル後方左側にある大きな岩を指差した。
「フルー、スドン、あの岩の斜め後ろで迎え撃つよ。」
「ああ、承知した。」
フルーたちは大きな岩の後ろに下がる。
玲奈は岩につなげて高さ一メートル半、長さ三メートルほどの壁を土魔法で作って、左側面から回り込まれないようにした。
一方右側には水魔法で水をまいておいた。
「じゃあ、フルー、スドン、ギリム、打ち合わせどおりいくよ!」
ゴブリンの群れが近づいてくると玲奈はフルーたち三人には火属性、自分には水属性の付与魔法をかけ直す。
ゴブリンは間近に迫り、喚く声が耳を刺す。
「フルー、剣を振ってみて! スドンはハンマーをお願い!」
フルーが大剣を引き抜き二度、三度と素振りする。
力を込めるたび赤い炎が吹き出す。
それを見て、勢いよく接近していたゴブリンの足が鈍る。
スドンもハンマーを握り直し、横手から二度と振る。
炎こそ吹き出さないが、ハンマーが赤い軌跡を描く。
フルーが立ちふさがる向かって左側を避け、スドンのいる右側に回り込もうとしていたゴブリンたちの足が一瞬止まる。
ゴブリンたちは身をかがめ恐る恐る近づいてくる。
隊列を組むかのようなゴブリンの動きに玲奈は違和感を覚えるが、投げナイフの射程に入ったと見て号令をかける。
「スドンは盾を構えて! ギリムとフルーは攻撃開始!」
おおと叫んでギリムが待ってましたとばかりにナイフを投げ始める。
ナイフが命中するとその箇所が発火し、当たったゴブリンは悲鳴をあげ地面をのたうつ。
フルーは素早くダッシュすると、先頭を進むゴブリン三匹を立て続けに斬った。
さらにもう一歩踏み込んで後列にいたゴブリン二匹にも大剣を叩きつける。
またたく間に五匹が斬り伏せられ、さらに投げナイフでギリムによって二匹、玲奈によって一匹が倒され、ゴブリンたちは逃げ腰になった。
玲奈は念のためフルーを一旦引かせた。
ゴブリンたちにはおびえが見えたが、それでも隊列を組み直そうとしていた。
すると列を割って一匹のゴブリンが前に進み出た。
そのゴブリンは大きさこそ他の個体と変わらないが、ボロボロながら黒いローブをまとい、 粗末な杖を掲げていた。
「魔法使い?」
この群れに対する玲奈の違和感が大きく膨らむ。
ゴブリンたちは対峙している玲奈たちでなく、ローブを着たゴブリンを見ている。
玲奈の違和感がさらに強まる。
耳障りな甲高いゴブリンの叫び声に混じって、腹に響くような低いくぐもった声がする。
味方の声ではなく、意味が聞き取れない。
「魔法の呪文?」
玲奈が警戒してローブを着たゴブリンをにらんでいると、ゴブリンが右手に持つ杖の先端に魔力が集まる。
「火魔法がくるよ! フルー、スドンを盾を構えて!」
元々守り中心のスドンはともかく、フルーは攻撃に神経を集中させていたため盾の反応が遅れた。
ゴブリンの杖から火の玉が放たれフルーを襲う。
とっさに玲奈は空いている左手から勢いよく水を噴射させて、ゴブリンの火魔法を水魔法で相殺しようとした。
火と水がぶつかって激しく水しぶきが飛び散り蒸気が沸き起こる。
玲奈が水を勢いよく出し続けても火はまだ消し止められない。
チラリと玲奈がスドンと対峙しているゴブリンたちを見ると、いずれも魔法を使うゴブリンを見ていて動きを止めている。
ならばと玲奈は右手で持っていたナイフをはざと落とし、右手を左手と並べて突き出した。
魔力を思い切り振り絞り、一部を右手にも魔力を持ってくる。
そして右手のひらからも水を噴射させ、両手で火の玉に水を当てる。
心臓や胃をつかまれるような感覚があり、玲奈の顔が苦痛で歪む。
しかし水量が倍になり、火の玉はみるみる小さくなり、まもなく消え去った。
少し安堵した玲奈は両手からの水の放射を止めると思わずヒザに手をついた。
スパッツにしみた水の冷たさで玲奈は我に返り、一瞬気が抜けてきたことに気がついた。
顔を上げるとローブを着たゴブリンが今度は甲高い声でわめき散らしている。
魔法を放った玲奈に向け何度も杖を振りかざす。
しかし連続して発動はできないのか、火の玉が飛び出すことはなかった。
玲奈は意趣返しに、四メートルほど離れたローブを着たゴブリンの顔を目がけて水魔法を放つ。
大口を開けてわめいていたゴブリンはもろに水を吸い込み盛大にむせる。
玲奈がチラリと横目でフルーを見ると、彼は重心を低くして盾を構えている。
「フルー、あいつを斬りなさい。」
その言葉に鋭く反応したフルーは、低い重心のままローブを着たゴブリンに駆け寄り、袈裟懸けに剣を振り下ろした。
むせて反応できなかったゴブリンはそのまま剣で斬られ崩れ落ちた。
他のゴブリンは呆然とし、一瞬沈黙が訪れた。
まもなくゴブリンたちは再起動して騒ぎ出したが、玲奈たちと戦おうとするでもなく右往左往するのみだった。
玲奈は警戒を怠らずゴブリンたちをにらみながら、違和感の正体に思い当たった。
「魔法を使ったゴブリンが群れを統率してた?」
引き返してきたフルーが振り返ってうなずく。
「どうやらそのようだ。」
「だから進むにしても止まるにしても群れの動きが揃っていたのね。」
まとまりなくバラバラに動くゴブリンたちを見て、戦意を取り戻す前にカタをつけようと玲奈は判断した。
「フルー、ギリム、殲滅するよ。ただし慎重に確実にね。」
「心得た。」
ギリムがナイフを投げ始める。
フルーは一体一体正対し、確実に仕留めていっている。
玲奈も右側のゴブリンにナイフを投げる。
右側には立っているゴブリンがいなくなった。
玲奈は前で盾を構えるスドンよりもさらに前に出て短刀を鞘から抜き、倒れてうめいたりけいれんしているゴブリンののど元に短剣を突き入れてトドメをさす。
脈があったゴブリンからは血が流れ出し、玲奈のブーツを濡らした。
あたりには錆びたような、すえたような血の匂いが立ち込める。
玲奈は感情を押し殺し、作業を継続した。
作業が終わるころには、フルーが最後のゴブリンを斬り伏せる。
玲奈は水魔法で自分の短剣とブーツを洗い流した。
ギリムが倒れたゴブリンを確認してまわり、すべて確認し終わったことを告げた。
「みんなお疲れ。 血を洗い流すね。」
玲奈は水魔法で、フルーの大剣やよろい、ギリムの短剣にも水をかける。
近くで火の玉からの熱気を浴びたフルーには念のため治癒魔法をかける。
「マスター、すまない。でももう大丈夫だ。」
フルーだけでなく、ギリムも首をすくめる。
「一旦フルーを引かせたのは采配ミスかと思ったけど、結果的に安全策になったね。」
「私も守りがおろそかになっていたから、至近距離で火魔法を直撃されたら危なかった。」
「魔物にしても人間にしても魔法を使う相手がいることを忘れてはダメだね。フルーは疲れや痛みはない?」
「ああ、問題ない。」
「ギリム、周りの状況は?」
ギリムはぐるりと周囲を見渡す。
「後ろは何もいねえです。前は離れたところにちっこい群れがあります。」
「数はわからない?」
「こっからじゃはっきりしねえけど、十匹かそこらみてえです。」
「じゃあ、すぐにこっちにこないね、きっと。その間にナイフを拾おう。スドン、手伝って。」
「うん、わかった。」
「フルーは近づく個体がないか見張っていて。」
「ああ、まかせておけ。私の種族ドラゴニュートは眼がいいからな。」
ギリムも玲奈もかなりの本数ナイフを投げたので、拾い集めるのに少々骨が折れた。
回収したナイフは玲奈が水魔法で水をかけてきれいにしてポーチに収めた。
ギリムが手を動かしながら言う。
「レイナさん、さっきの群れのゴブリンどもが近づいてきやがった。数は、ええと、十四匹です。デカいのやヘンなのはいねえです。」
「それなら戦おう。ただし油断禁物だよ。」
ギリムは手早く残りのナイフをしまい、玲奈は念のためローブを着たゴブリンの死体と杖をアイテムボックスに収納する。
再び歩き出した玲奈たちは一分足らずでゴブリンの群れと行きあう。
少し手前で付与魔法をかけ直した。
こちらの群れは通常のとおり、わめきながら無秩序に突っ込んできた。
玲奈たちはいつもの役割分担でゴブリンの群れを迎え撃った。
相手との距離が五メートルを切るとギリム、続いて玲奈がナイフを投げる。
ゴブリンは直線的に突っ込向けだけなのでナイフを避けることができず、ここで三分の一は脱落する。
三メートルを切るとフルーが間合いを詰めて剣を振る。
フルーは軽快な動きで次から次へとゴブリンをほふり、危なげなく群れの制圧は完了した。
群れの個体数も多くなく、乱戦の要素もなかったのでナイフを投げた本数も膨らまず、拾い集める手間はそれほどかからなかった。
「さあて、この階にはもう一つ広い空間があるからそっちに向かうよ。そこを抜ければ五階はもうすぐだからね。」
玲奈は学園で入手した地図をポケットから取り出して確認する。
広かった空間はもう少し進むとすぼまり、狭く曲がりくねった通路に続いていた。
細い通路をはさんで、再び広い空間に出た。
奥が見通せないことは、さっきの空間と変わらない。
散発的に二、三匹のゴブリンが襲いかかってくるが、フルーが蹴散らして進む。
途中十二匹の群れが出現する。
ここも同じ戦い方でゴブリンの群れを一蹴する。
この群れは二匹が粗末ながら鉄の剣を持っていた。
ゴブリンは剣術と言えるような技量を持っていなかったので、フルーは委細かまわず相手の剣ごとへし折るように大剣を振り下ろした。
その際、ほんのわずかだが刃が欠けた。
「幸いにも砥石は持参している。スドンよ、すまないがこの場で研いでもらえないだろうか。」
「うん、わかった。」
玲奈は作業しやすいように土魔法で金床の代わりに土を盛り上げて固める。
さらに少量の水に魔力をたっぷり込めて大剣に注いだ。
スドンは意外に手際よくフルーの砥石を使って大剣を研いでいく。
ギリムが周囲を警戒しているが、近くにゴブリンはいないようだ。
十分ほどで目視では欠けた跡がわからないほどに大剣は磨きあげられた。
フルーが大剣を背中の鞘に収め、一行は先へと進む。
五分も進むとまたゴブリンの群れと出くわす。
今度は十匹の群れだ。
ギリムと玲奈が遠目からナイフを投げる。
フルーが突っ込もうと鞘から大剣を抜き放つと、剣先から炎が吹き上がった。
剣を抜いたフルー、すぐ後ろにいたギリムと玲奈は驚き、一瞬動きが止まる。
すきが生まれたわけだが、ゴブリンもひるんで足が止まったのでことなきを得た。
気を取り直したフルーが改めて剣を右手にゴブリンの群れに突っ込む。
ゴブリンたちは及び腰だ。
フルーは炎を帯びた剣を縦横無尽に振るい、ゴブリンたちをたちまち叩き伏せた。
「それにしてもこの剣には驚いたな。おいスドン、何をやったんだ?」
「僕は特別なことはしてない。多分レイナさんが込めた魔力が原因だと思う。」
「ええっ、私?」
玲奈はスドンから現象の原因だと指名されてしまった。
「まあいいわ。帰ったら再現性があるか、他の剣やナイフで試してみましょ。」
フルーはうっとりとした表情で剣に見入っている。
玲奈はポケットから再び地図を取り出して周囲を確認する。
「もうすぐこの空間は終わって通路よ。その先に四階への階段があるけど、上ってみる?」
フルーたち三人がいっせいに賛意を表す。
「そうしたら一回だけ戦って帰ろう。いい?」
『だけ』のところを強調した玲奈の提案に三人がうなずく。
「五階はコボルト階となっているね。コボルトは一匹一匹は強くないけど比較的知性が高くて連携が取れてるとのことだから、そうね、十匹以上だったら撤退するよ。」
狭い通路を抜けた先の階段を上がり、玲奈たちは五階までやってきた。
ここで玲奈が付与魔法をかけ直してから通路に足を踏み入れる。
通路の作りは四階と変わらない。
玲奈たちは五階が初めてということもあり、警戒しながらペースを落として進んだ。
「来る! 六匹だぜ、チクショウ!」
ギリムが鋭く叫ぶと、すぐさまフルーが大剣を抜き、玲奈はナイフに手をかける。
すると曲がり角からなにかが飛び出してきた。
コボルトは想像以上に犬だった。
コリーを思わせる顔立ち、毛並み、そんな生き物が二本足で直立している。
玲奈はあぜんとして一瞬固まる。
フルーは気にすることもなく踏み込んで、先頭の一匹に横手から斬りかかる。
コボルトは持っていた剣でそれに合わせるが、フルーは力まかせに跳ね上げ、返す刀で斬りさげた。
斬撃に火魔法の威力が乗り、コボルトは脆くも崩れ落ちた。
するともう一匹のコボルトがフルーの右横に回り込み、横合いから斬りつけてきた。
フルーは剣を手元に戻しつつ小さく動かしてコボルトの剣を受け流す。
すかさず下から剣を振ってコボルトの首筋を切り裂き倒した。
その後ろにもコボルトが四匹いたが、鳴き交わすとあっという間にきびすを返し逃げ去った。
フルーが追おうと一歩踏み出す。
「フルー、追わなくていいよ。」
踏みとどまったフルーの肩を玲奈が叩く。
「お疲れ、フルー。コボルトはどうだった?」
「そうだな、単体の力はゴブリンとそれほど違わないと感じたな。それを剣をただ振り回すのではなく斬りつけてきたぞ。」
「見てたよ。間合いに気をつける必要があるね。」
「そのとおりだ。それに私が敵と戦っているとき、もう一匹は横に回り込んだぞ。それなりに知性があり、連携を考えている証拠だ。」
「相手の数が増えたら要注意だね。今日のところは引き上げよう。」
フルーの剣に水をかけてぬぐうと鞘に収め、一行は元来た道を引き返した。
玲奈たちは迷宮を出ると学園まで戻ってきた。
「ちょっと気になることがあるから、買取り窓口に寄っていくよ。」
「さっきの魔法使ったゴブリンですかい?」
「そう。ゴブリンなどで上位種や特異種が出現したら学園に報告するよう規定されているはず。」
玲奈は本館にある買取り窓口までやってくると、担当の若い男に声をかけた。
「学生の玲奈と申します。買取りというわけではないのですが、ご報告したいことがあって参りました。」
「どういったでしょうか?」
担当車は平民の玲奈にも丁寧な対応をしており、てらいのない態度から魔法使いではないのかもしれないと玲奈は推測した。
「実は三階で火魔法を使うゴブリンが出現しました。私のパーティで倒し、死体を確保しております。」
玲奈の言葉に、柔和な表情を浮かべていた担当者の顔色が変わる。
カウンター横のスペースに置けるか確認をして、責任者を呼んでくると言って奥に引っ込んだ。
玲奈は担当者が戻ってくる前にローブをまとったゴブリンの死体と杖をスペースによこたえた。
担当者は二人の男を連れて戻ってきた。
そのうちの一人、白髪頭にあごひげを生やした小太りで初老の男は前置きもなく名乗りもせず玲奈に倒した。
「お前はこのゴブリンが魔法を使ったのを見たんだな?」
「はい、ファイアボールの魔法を使いました。私のパーティの剣士が斬り、死体をここまで運びました。」
その後玲奈はこの中年男ともう一人の痩せぎすの中年男から根掘り葉掘り質問を受けた。
二人とも黒いローブを着ていたことから魔法使いと思われる。
やっと解放された時にはお昼をかなり回っていた。
玲奈はフルーたちを連れてグレイナーに飛び、露店で食べ物を書き込み帰宅した。
買ってきたもので遅い昼食をとった後、玲奈はアメディアに夕食前に起こしてくれるよう頼み午睡をとった。
夕方起こされた時、玲奈は頭がまだ重かった。
食欲があまり湧かなかったが、一人前の量をなんとか食べた。
夕食後、話し合いに時間を割いてもらう。
「今日はフルー、スドン、ギリムはお疲れ! アメディアとダダクラは留守番ありがとう!」
そういって玲奈は全員の顔を見渡す。
「明日は午前中生産か自己鍛錬して、午後はまた演習に使おうと思ってるんだ。あさって鉄のゴーレムを狩ろうと思うんで、その予行ね。」
「マスターがそう言うなら、なにか策があるんだな?」
「そう、私の魔法も含めて試したいことがあるからね。みんなそれでいい?」
「ああ、それでいい」
その後玲奈は執務室でアメディアの魔法の練習を見ながら日記を書き、早めに就寝した。




