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迷宮世界に生きる  作者: panda
第一章 新生活の始まり
12/22

1-7.教皇庁について調べてみる

玲奈は夕食後、ギリムからグライド領について調べたことを聞き取った。


「先代の領主は王国の宰相を務めてたってんで、名門貴族みてえだせ。でも文官っていうより武に自信があるみてえです。」


「それは何か武勲をあげたって実績があるの?」


「なんでも十年前に東側が攻めてきたときに、王国で一番に駆けつけたのがグライドの騎馬隊なんだと。」


「私がパッと見ても、グライドの領軍の武具はなかなかの水準に見えたぞ。隊列の乱れもなく練度は高いな。」


「フルーは武人らしい見解ね。私とは目のつけどころが違うよ。」


「そうだな、これからも期待してくれ。」


「ギリムは他に治安とか近くの街とか何かわかった?」


「領軍が巡回してるんで治安はいいそうです。魔物もほとんど出ねえです。」


「牧場があるんじゃ魔物は近づけられないね。」


「そうゆうこった! 冒険者協会をのぞいて見たげど、魔物討伐の依頼はろくにねえんですよ。」


「依頼は生活系の雑用ばかり?」


「そんなのばっかです。あとは領内に『雛森の迷宮』ってヤツがあるそうです。」


「迷宮があるんだ?」


ここで初めて玲奈が身を乗り出す。


「迷宮ったって街から馬車で半日かかる割りには十階しかなくてしょぼいらしいぜ。」


「なんだ、往復で一日以上かかるのなら対象外だね。」


身を乗り出していた玲奈は一転してイスの背もたれに体を預けて目を閉じた。

それでも気を直して再び目と口を開く。


「ギリムはよく調べてくれました。実際に行く前に情報が得られると判断の助けとなります。」



玲奈は夕食後の話を話し合いを終えるとアメディア、ダダクラと片付けに取りかかった。

片付けが終わると、玲奈はアメディアに落ち着いたら執務室に来るように伝え、自分は執務室で今日行ったクライドの道中のことを書き記した。

買ったニットのことなど書いていると、その買ってきたニットのカーディガンを着てアメディアが執務室に入ってきた。

赤に黄色の格子模様が入ったゆったりした一品だ。


「よく似合っているわよ、アメディア。」


「わざわざありがとうございました、お嬢様。」


玲奈は自分用に、ワンサイズ小さいものを買ってきている。


「朝は荒療治が過ぎてしまったけど、気分はよくなったかしら?」


「はい、ご心配をおかけしました。もうなんともありません。」


「それはよかった! 私の見込み違いで無理させちゃったから心配してたんだ。」


「こちらこそ不甲斐ないことでして。」


「苦しいときやつらいときは遠慮なく言ってね。それで、魔法の訓練を続ける気はある?」


「自分としては魔法の才能があるとは思えないですが、

それでもお嬢様が見込みがあると思われるのでしたら、できる限りのことはやってみます。」


アメディアの真剣な面持ちに玲奈は少しはにかむ。


「私も修行中の身だよ。アメディアへの指導も自分自身の研究も試行錯誤を重ねるしかないんだ。それでもよければよろしくね!」


「はい、こちらこそ!」


「では朝の続きといきましょう。」


玲奈はこう言ってペンを机に置き、ソファのあたりに立っているアメディアに歩み寄る。

アメディアはピシッと直立する。


「じゃあ、自分の内なる魔力を感じ取るように感覚を研ぎ澄ませてね。さすがに今は魔力を注入しないから。」


思わずアメディアは苦笑いして、いい具合に力が抜けた。

一転して表情を引き締めると半眼になり、集中して魔力を練り始める。

玲奈も隣でアメディアと同調してゆっくりと腹式呼吸を繰り返す。


「魔力を感じ取ったら徐々に動かすことを意識してみて。」


玲奈は一旦退室して木の桶を取ってきた。


「どう? 動かせるようになった?」


「はい、なんとかシッポに手が届いたところです。」


「かなり進歩したね。あと一歩、二歩で魔法が使えるようになるからね。」


玲奈の言葉でアメディアが張り切る。


「無理しなくていいよ。今日はもう一段だけやってみようか?」


アメディアが深くうなずく。


「そうしたら、魔力をよく練って腕の先、手のひらまで動かせるかな?」


玲奈は少しズルして光魔法で手のひらを光らせて、魔力を手のひらに集めた様子を模した。

しかしそれを見てアメディアは、手のひらに魔力を集めるイメージがつかめたようだ。

時折んんっとうなりながら手のひらに意識を集中させていると、まだ量はわずかながら少しずつ魔力が手のひらに届き始めた。

玲奈は感心したが、魔法を扱ったことのない者に一日で多くのことを学ばせ負荷をかけ過ぎるものよくないと考え、この日はここで終了させた。


「アメディア、よくがんばりました。今日やった過程をしっかりできるようになれば、あと一段で生活魔法は使えるようになるからね。見てて!」


そう言うと玲奈は先ほど持ってきた木の桶を左手で持ち上げ、それに右手をかざす。

右の手のひらを光らせると、一転手のひら水を出して桶を半分ほど満たした。

アメディアは目を見開いてその様子を見ていた。


「こうやって手のひらに集めた魔力を今度は水に変えて放出するの。あっ、手のひらは光らせるとなくていいからね。これはわかりやすくやってるだけだから。」


「わかりました。」


「残りは明日やってみましょう。」


「はい!」


「あとは私が片付けておくからね。おやすみ。」


「おやすみなさい、お嬢様。」


アメディアが退室した後、玲奈は魔力を足、特につま先に集める練習をした。

連日土魔法の練習をしているせいか、特に苦労することもなくつま先に魔力を集めることができた。

試しにソックスを脱ぎ、床に置いた木の桶につま先を向けて水魔法を発動してみた。

難なくつま先から水が出て桶を満たした。

満足した玲奈は足をぬぐいソックスを履いて、桶の水を庭にまいて執務室に戻った。

後の時間は日記の続きを書き、教皇庁関連の本を読んだ。

第三代教皇パルピニオス以降の推移が現在にどのような影響を与えているか気になったからである。

パルピニオスの次代、次々代までは、読本を読むと教皇の事績、いかに信徒や領民思いであったか、そのためにどれだけ心を砕いたかが記されている。

年代記を見ても、パルピナ市民や巡礼のための施策が多く、あとは祭礼の大規模化を行なっている。

ところがパルピニオスの三代後の教皇コンポストゥスの代になると読本の記述が一変する。

信徒と聖職者、神殿のために努力したとは書かれているが、具体性がなく淡々とした記述に終始している。

対称とする年代記では、査察を度々実施したり、公会議を開いて綱紀粛正に努めていたことがうかがえる。

また教皇の選任を枢機卿の表決によることにしたのもコンポストゥスであった。

玲奈は教皇庁内の勢力図、派閥争いに関してもっと知るべきだと思い、まだまだ読み進めたいと思ったが、夜も更けてきたので就寝することにした。




翌朝ストレッチの前、玲奈はアメディアに体調を尋ねた。


「お陰様ですっかり元気になりました。」


「それはよかった。ストレッチは慣れた?」


「はい、ひととおりできるようになりました。」


「それはよかった! 一つ二つ種類を増やすけど徐々に覚えていってね。」


時間になり全員集まってストレッチを始めた。

いつもやってるメニューをこなすと、玲奈は新しい動きを二つ提示した

ゆったりと肩幅の広さに足を開き、上体を大きく前にも倒して左右にひねり、肩から腕を回す動きがもう一つ。

片足を大きく後ろに下げて体を深く沈め、両腕を上に高く突き上げる動きがもう一つ。

玲奈はこれらで左右のひねり、足の配置に関する柔軟性を高めようとした。

実際にやらせてみると、フルーとギリムは玲奈がやって見せただけですぐに再現できるようになった。

他の三人はそうはいかなかったので、玲奈が手取り足取り指導した。

三人ともすぐにはできなかったが、毎日少しずつやってゆっくりとマスターを目指すことにした。


玲奈は朝食までの間、庭で魔法の練習をした。

このときは風魔法を攻撃に転用できないか試した。

火魔法や水魔法でやっているように細く絞り回転させることで直進性と遠達性を持たせようとした。


風を勢いよく強く撃ち出す。


さらに強くひねる。


十分ほど試して、水魔法の応用で一メートル半の距離まで空気の渦を作り空中の小さな敵を叩き落とすか吹き飛ばすことができるようになった。

花の迷宮で虫の魔物が飛んでくるところに対処し、動くのが空気なので視認性が低いメリットがある。

玲奈は第一歩として満足がいくできになったとして屋敷に引っ込んだ。


朝食前のミーティングで玲奈は、この日は午前中生産にあて午後から訓練を行うと決めた。

フルー、スドン、ギリムと玲奈自身が対象である。


朝食後玲奈は製材所に行くダダクラを見送った後、執務室にこもりメモを取りながら再び教皇庁関連の本を読み込んだ。

第六代教皇コンポストゥスの次代も気になるが、現在との関わりも気になるので、本を後ろから読んでみることにした。


まず年代記を開くと最後の記述は現在から三十年前となっている。

教皇の平均在位年数が二十年弱であることから推測すると、先代か先々代の教皇だと思われる。

この教皇の選任と初期の布告類で記述は終わっている。

一方読本のもう一代前の教皇が最後の記述となっている。

玲奈はこの教皇について、年代記と照らし合わせながら読み込み、主な事績はメモした。

読本をみるとこの教皇アドミリウスは、遠方からの巡礼者にも気さくに声をかけていたわり、足をくじいた老人には自ら『癒しの泉』の水を汲んでかけてあげたと言う。

また、高位聖職者がかぶる黒い豪奢な帽子を普段はかぶらず、雨の日に外出する際も傘を従者に持たせるようなことはせずに巡礼がかぶる質素な編笠をかぶっていたと記されている。

さらにそうして出かけた折、小さな礼拝所に破損した箇所があれば自ら点検して補修を指示を出し、枢機卿モンドリオンがこうした補修工事の指揮監督を行ったとされる。

これらの記事から読み取れるのは、アドミリウスという教皇は思いやりがありきめ細かな人柄であったことであるが、同時に玲奈の感性では人気取りのポーズであるようにも思われる。

同時期の年代記によれば、こうした業績のほかに、綱紀粛正の教書を何度も発していたり、若手の神官を抜擢しており、よく言えばバランスが取れた、悪く言えば派閥均衡型のリーダーだと思われる。

この時代には、教皇庁内の権力構造が安定してきたのであろう。

また年代記を見ると、神殿や礼拝所の補修を手がけた枢機卿モンドリオンが次代の教皇になっていることから、読本のモンドリオンの記事は後から挿入されたことが推測されて、宗教権力の生臭い匂いを嗅いだ気になる玲奈であった。


読書と書き物で気疲れを感じた玲奈は、庭で体を動かし魔法の練習をしようと執務室を出て廊下を歩いた。

ちょうどモップをかけているアメディアと行きあった。


「やあアメディア、精が出るね。」


「あっ、お嬢様、どうぞお通りください。」


廊下の端に寄ろうとするアメディアを玲奈は押しとどめ、自分が端を通りながら振り返って呼びかける。


「これから私は庭に出て魔法の練習をしようと思ってるの。アメディアも手が空いたら一緒にどう?」


「はい、時間が取れましたらお供いたします。」



玲奈は庭に出ると体を動かして軽くほぐし、おもむろにサンダルとソックスを脱いで素足になった。

足で土魔法を習得しようと考えたのである。

まずはつま先に魔力を集める練習から始める。

昨晩やったことなので、難なく魔力がつま先に集まった。

今度は集まった魔力を土属性に変換して、つま先と接する地面に向けて陥没するように魔力を操作してみる。

するとボコっと地面がへこみ、十センチ足らずの穴となった。

概ね狙いどおりの成果が得られた。

今度は魔力を逆に作用させて隆起させようと魔力を操作した。

ポコンっと十センチ余り地面が盛り上がり、隆起も思ったとおりにできた。

さらに盛り上がった地面に魔力を流し込み、硬く締まらないか試してみた。

おにぎりをギュッと握る要領で土に魔力を作用させてみた。

はじめは形が崩れたりするだけでうまくいかなかったが、何度か試すうちに何とか土を引き締めることができた。

盛り上げた土の塊は大きさこそ半分くらいになったが、うまい具合に硬く締まった。

これに気をよくした玲奈はしばらくの間、土をさまざまな大きさ、形、硬さに変形させることに熱中した。

三十分ばかり土魔法の操作をつま先でやってみて、手ほど細かく素早くは制御できないものの、それなりに思ったとおりできるようになった。


玲奈は足をぬぐいソックスとサンダルを履くと、一旦屋敷に戻りブーツに履き替えて、今度はブーツの上から土魔法を使えるか練習してみた。

迷宮に潜って実戦で土魔法を使用するならブーツを着用しているので、この練習は必須と言えた。

はじめは魔力をうまく操作できず、単に土を吹き飛ばしたりするだけだった。

ソックスの中に土が現出しないだけマシだった。

何度か試行錯誤しているうち、ブーツの底から魔力を射出するイメージで操作を行うと、思ったものに近い感触が得られた。

このイメージを元に、迷宮でゴーレムやゴブリンと戦うことを想定して、相手の足元を陥没させたり隆起させたりで障害物を作るよう魔力を操作してみた。

しばらく試すうち、長さ二メートル近くにわたって、幅と深さ十五センチほど陥没させた細長い穴をうがったり、土手状に隆起させることができるようになったなった。

実戦で後衛から対峙するゴブリンの足元を狙うならもう少し遠くまで届くよう長さを確保したいところであったが、この日は幅や深さ、高さと両立ができなかった。

気分が変わればブレイクスルーのいいアイディアが浮かぶかもしれないので、このときは土魔法はひとまず終わりとした。


次に玲奈は、今朝やった風魔法の改良に取り組んだ。

これはパルマの花の迷宮で、飛行する昆虫型魔物に対応するためである。

朝と比べて、より強く勢いをつけ、より強くひねることを意識して風魔法を行使する。

試しに足元な枯れ草をちぎり空中に放り投げて、それに向けて風魔法を撃ち出す。

風が当たると枯れ草は勢いよく渦巻いて飛んでいった。

魔法の作用のさせ方としては満足できる。

かつて駆除したミツバチを想定すると、吹き飛ばしたり平衡を失わせて墜落させたり、一時的に足止めには有効だろう。

ただしミツバチより強力な魔物が相手となれば、単に吹き飛ばすだけでなく、ある程度損傷を与えたい。

そこで玲奈は、風を強く吹かすのとは別の方法をいろいろ考えながら試してみた。

まず足元から左手で土をひとつまみすくい、右手で撃ち出した空気の渦の中に放り込んでみた。

パッと土ぼこり状に拡散して視界をさえぎった。

一時的な目くらましには好適であるし、土の粒が当たればいくらかは痛そうだ。

ただし昆虫の外骨格を貫く威力はなく、痛覚のない昆虫には損傷を与えられないだろう。

そこで砂つぶよりは大きい小石をいくつか拾って、土と同じように空気の渦の中に投げ込んでみた。

土よりも威力は上がりそうであったが、重力で下に落ちたり遠心力で渦の外に弾け飛んだりすることが多かった。

後衛がやると前衛にも被害が及びかねないので、前衛越しには使いにくいと玲奈には感じられた。

やむなく玲奈は再び土をつまみ、今度は土魔法で土の粒を少し大きくした上で星状に周囲に突起を生やしてみた。

粒が一回り大きくなり尖るので威力は大きく上がるはずである。

玲奈は作業を始めて気がついたが、一粒一粒作るので実用となる分量を作るのにとても手間がかかる。

事前に準備して袋などに入れておく手もあるが、今の時点では保留にして他の方法を考えることにした。


玲奈は発想を変え、空気そのものでダメージを与える方法がないか考えた。

たとえば急激な気圧の変化で瞬間的局所的に強い気流が発生すれば、その箇所に強い力がかかればいいのではないか。

二つの速度が違う空気の流れが接すれば、その面に気圧差が発生するはずである。

そこまで考えて玲奈は、左右の手で向きと速度の違う空気の渦を二つ作り、一つの渦として組み込むことを考えた。

まず左手で時計回りに速く渦巻く空気の流れを作る。

次にその渦の外側を取り巻くように右手で時計の反対回りの渦を作る。

玲奈は実際に二つの渦を組み込もうと、左手で作った渦の外側に右手で反対巻きの渦を形成しようとした。

ところが、射出位置が異なり同一軸線上に存在しない二つの渦が一メートル先で激突して乱気流を巻き起こした。

気流の一部は玲奈の顔面も打ち下ろしていた髪を巻き上げ、出血こそしなかったがチクリとした痛みが残った。

試みはうまくいかなかったが、我が身で威力の片鱗を確認したようなもので、玲奈は顔をしかめながらもご機嫌であった。

あとはどうやって二つの渦を一つにするかである。

全速力でやるとまた激突を起こした場合危険なので、ゆるやかな速度の気流で試してみることにした。

両手の向きや角度をさまざまに変えて試しているところで、アメディアが庭に出てきた。


「お待たせしました、お嬢様。お屋敷の掃除が終わりましたので差し支えなければ私に教えてください。」


「お掃除お疲れ。アメディアさえよければ、今から続きをはじめようか。」


昼食の時間までは三十分もなかったが、短時間でもできることはやりたいと思い、玲奈はアメディアと魔法の練習を始めた。


「じゃあ昨日の続きで、まず魔力をよく練り込んで、次に魔力を動かして右手のひらに集めるよ。」


アメディアが半眼になってあごを引き右手を前に突き出す。

玲奈が光魔法で右手のひらを光らせる。


「実際には光るわけでないけど、こんな具合に魔力をあつめてね。手のひらに魔力を感じる?」


アメディアが半開きにしていたドングリまなこを見開きうなずく。


「そうしたら今度は手のひらの魔力を水に変えるよ。」


玲奈は手のひらの光をおさめるとすぐに水魔法で水をほとばしらせる。

その勢いにアメディアが一瞬息を飲む。


「魔力が水に変わって手のひらからしたたるイメージでうまくいくかな。」


アメディアがうなずいて、改めて右手のひらに意識を集中させる。

うなったりはしないものの、何分か集中しているうちにアメディアの顔が赤らんでくる。


「こんな感じで水が浸み出してくるかな。」


玲奈が右手のひらからポタリポタリと水をしたたらす。

チラリとそれを見てアメディアは小さくうなずき、再び右手のひらに意識を集中させる。

するとほどなくしてアメディアの手のひらに水が浸み出し、ポタリポタリとしたたった。

思わずれが拍手する。


「おめでとうござます! 無事に水魔法習得です。」


アメディアは濡れた右手をエプロンでぬぐい、シワがいくつも刻まれた顔をくしゃくしゃにして笑う。


「ありがとうございます、お嬢様。まさか私が魔法を使えるようになるとは夢にも思いませんでした。」


「でも現実に使えるようになったんだよ、アメディア。練習すればもっとうまくなるし、家事にも大いに役立つはずだよ。」


「ええ、そうでしょうとも。」


玲奈はアメディアの肩を叩き祝福する。

高揚した気分のままこの日の練習は終了として、二人は屋敷に戻って昼食の準備に取りかかった。


昼食の席でアメディアが魔法をマスターしたことが報告されて、食堂は沸き返った。



食後一服して、玲奈とフルー、スドン、ギリムの四人が庭に集まった。

フルーたち三人は胴体に皮よろいを身につけ、木剣ないし木槌を右手に握っている。

フルーとスドンは左手に盾を持っている。


「明日迷宮に潜るとして、今日はその準備で演習にあてます。迷宮の選択肢は三つ。」


そう言って玲奈は人差し指を立てる。


「一つ、学園の迷宮でゴブリンの群れ二十匹以上を倒すこと。」


今度は指を二本立てる。


「二つ、ゴーレムの迷宮で鉄ゴーレムを撃破すること。」


さらに指を三本立てる。


「そして三つ、花の迷宮に入って虫の相手をしてみること。以上よ。誰か意見はある?」


玲奈が三人の顔を見渡すと、フルーが一歩前に出て口を開いた。


「最終的に決定はマスターに一任するが、私の意見を言わせてもらえばゴブリン以外ありえない。」


玲奈だけでなくスドンやギリムもふるーの言葉にうなずく。


「やはり前回、敵を眼前にしながら撤退したことはどうしても心に引っかかってんだ、マスター。これを乗り越えなければ別の迷宮を攻略したとしても心は晴れない。」


「前回撤退したことは、決断した私がすべての責めを負うよ。」


「いや、マスターを責めているわけではない。前回は私も熱くなって冷静ではなかった。そのことは謝りたい。ただ、冷静になって考えても前回の敵は撃破できたろうと考えているんだ。」


「謝罪は受け入れるよ、フルー。おそらくゴブリンの群れをあのまま撃破できた可能性が高かったことは私も同意見だね。」


「ああ、そうだろう。」


「でもね、きわどい状況だったことも確かで、もしかしたらフルーやスドンが指をケガして剣やハンマーが握れなくなったかもしれない。私としては臆病と言われても万全を期したかっただけなんだ。」


「マスターの心情は理解した。」


「ありがとう、フルー。」


玲奈は軽く頭を下げる。


「そうしたらゴブリン対策を考えるよ。並びは前回同様、前衛左にフルー、右にスドン、後衛は左がギリム、右が私でいいかな。」


「私としては若干窮屈に感じなくもないが、特に不都合はないな。」


フルーの言葉にスドンとギリムがうなずく。


「攻撃面ではフルーが大活躍してくれることを前提として、スドンと私の側がどれだけ守りで持ちこたえられるかよね。」


玲奈はスドンに近づいて肩をたたくと、フルーとギリムに話しかける。


「そこでスドンと私で前衛と後衛の連携を確認したいから、フルーとギリムには悪いけど敵役をやって欲しいんだ。」


「敵役ってどうやるんだ?」


「ええっとね、スドンが前で盾を構えて、私が後ろでナイフ代わりに小石を軽く投げる構えをするから、フルーとギリムはゴブリンになったつもりで襲いかかってくること。ただしケガしないように剣は軽く振ってね。」


「ああ、わかった。」


「ハイハイ、やってみますよ。」



四人で配置につき、玲奈はスドンに指示を出す。


「スドンは相対する二人のうち、手近と思う一人に盾を向けて守ること。もう一人は私が相手するから、スドンは一人に集中するように。」


「うん、やってみる。」



スドンが玲奈の前に出て盾を構え、フルーとギリムが剣を持ってスドンに近づく。


「スドン!」


玲奈が声をかけるが、スドンはフルーとギリムのどちらを相手するか決めかねて構えが中途半端になる。

顔をギリムに向けた瞬間にフルーは反対側にステップをとって横手から軽く剣を振り、スドンの胴をたたいた。


「うんん、スドンが決めると問題ありか。私が判断して指示を出さないとダメか。」


首をひねりながら、玲奈がスドンに次の作戦を伝える。


「そうしたらスドン、私が『右!』とか『左!』とか声をかけるから、スドンは指示した側の相手に盾を構えて守ること。もう一方は私が相手するから自分の側だけに集中するように。」


「うん、わかった。」



こうして玲奈が判断して指示を出す形に改めて演習を再開した。

最初はどちらをスドンに相手させるか玲奈の判断が遅れたり、スドンがまごついてフルーやギリムに一本取られていた。

しかし慣れてくると玲奈は迅速に的確と思える指示を出し、スドンもらその声でスムーズに動けるようになった。


「なんとかなりそうね。フルーとギリムも付き合ってくれてありがとう。一休みしましょ。」


四人は食堂に引っ込み、玲奈がお茶を入れてクッキーを出す。


「そうだギリム、ダダクラを呼んできてくれない?」


「おお、まかせろ。」


まもなくギリムが二階からダダクラを連れてきた。


「ダダクラ、悪いんだけど手伝ってもらいたいことがあるんだ。」


「なんでしょう?」


「私たち四人で明日迷宮に入るんだけど、その事前演習に参加して欲しい。」


「えっ、俺は戦えませんけど。」


「戦う必要はないよ。フルーとギリムと一緒にゴブリン役としてスドンに歩いて近づいてくるだけでいいんだ。スドンからは攻撃しないし、私は足元に軽く小石を投げるだけだから痛いことはないよ。」


「それだけなんですか? それなら俺は構いません。」


「じゃあ決まりね。ダダクラもお茶飲んでって。」



一服した後、今度は五人で演習を行った。

玲奈の前でスドンが縦を構えて、フルー、ギリム、ダダクラが横に広がり木剣を持って近づく。

玲奈は攻撃役の三人から状況を見て素早く判断を下し、スドンは指示に従ってスムーズに動けた。

相手が三人に増えても問題なさそうに見受けられた。


「そうしたら今度は三人でタイミングをずらしたりバラバラに攻めてきてみて。」


玲奈の指示でフルー、ギリム、ダダクラは何やら相談をしてから密集して寄せてきた。

それでも玲奈が素早く左を指示し、左端のギリムにスドンが盾を向け、残りのフルーとダダクラに玲奈が次々と小石を投げてしのいだ。

攻撃役の三人は左右に広く分散したり、一人が後ろに下がってフェイントをかけたりしてが、玲奈が冷静に判断してさばいた。

ただ、一人が前、二人が後ろに下がったとき、どう指示するか玲奈はとっさに思い浮かばず、フルーに一本入れられてしまった。

玲奈は一旦攻撃を止めてもらい考える。


「どうしようかな。そうだスドン、今みたいに前に一人だけ出て残りは後ろに下がっている場合は『前!』って指示するね。そうしてら一番前の相手をしてね。」


「うん、わかった。」


その後パターンをいくつか変えてみたが、玲奈が冷静に対応してしのぎ切った。


「ダダクラもありがとう。事前にいろいろ試せたから自信が持てるよ。」


「敵役だった私にはわからないが、マスターがそう言うなら心配いらないだろう。明日は気兼ねなく戦わせてもらうつもりだ。」


「期待してるよ、フルー。」


「今にしてみれば、なんで私の以前のパーティは冒険者として失敗したかよくわかるな。一人でもマスターのように先を見通す者がいればよかったんだ。」


「私はフルーやお仲間のように力が強いわけじゃないから、その分頭を使わなくちゃならないだけ。事前に準備できることはできるだけやっておけば不安もなくなるからね。」




まだ夕食まで少し時間があったので、玲奈はギリムを誘って皇都に行ってみた。

午前中読んだ教皇庁関連の本から、パルピニオスやコンポストゥスの箴言集や、現教皇に関する本でも手に入らないかと思ったからである。


皇都パルピナの中心街は夕方が近づくと一段とにぎやかな様子だった。

人混みをかき分けて玲奈とギリムは本が置いてある店を探した。

ギリムが目ざとく土産物屋の一画に案内書が何冊も置かれているのを発見した。

玲奈は何冊か手にとってパラパラとめくってみたが、目的とする本はなかった。

やむを得ず、歴代教皇の名言集と皇都の観光案内書を買った。

するとギリムが真剣な顔で話しかけてくる。


「レイナさん、できたらでいいんだけどお願いがあるんだ。この本を買ってくれないか?」


玲奈が手渡された本を見ると、カナや簡単な漢字を草書体よりももっと崩して書いた、書道のお手本のようなつづりだった。


「どうしてこの本を?」


「俺は装飾細工をやってるだろ? 彫り込む模様の参考になるし、何やら効能がありそうじゃねえか。」


それなりの値段はしたが、持ち合わせはあるし、ギリムの日頃の働きにも報いたい。


「うん、いいよ。その代わりこの本を活用してね。」


「レイナさん、ありがとうございます。」


ギリムは珍しいくらい真剣な顔をして深々と頭を下げた。



本の他にも、土産物屋で玲奈は面白いものを見つけた。

チャチなおもちゃのようなものであるが、木製の横笛とボンゴのような小ぶりの太鼓である。

動的ストレッチのリズム取りに使えるかもしれない。

それに日本ではピアノを習い音楽に親しんでいた玲奈には、音楽のまったくない日々はいささか寂しいものであった。

玲奈は思わずニマニマとした笑いがこぼれるのをギリムに気味悪がられながら帰宅した。


夕食後、執務室に入った玲奈はさっそく横笛を取り出して吹いてみた。

ブラスバンドをやっていた友達にフルートを借りて何度か吹いたことのある玲奈には、特に困難もなくきれいな音色を響かせることができた。

幸いにも音階はなじみのあるペンタトニックだった。

ただチューニングがかなり甘く、気分よく吹くには至らなかった。


ひととおり吹いて満足した玲奈は、教皇庁関連の本の残りの部分に目をとおし、明日に備えて早めに寝室に上がり眠りについた。


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