最終話 二つの月の元で
いよいよ、今夜は満月の晩。私の結婚式当日だ。
結局、昨日は私は殆ど眠っていたし、レスターには会えずじまいだった。エドワード様以下、皆にずっと睨まれていたし。
最後に会って話しておきたかった。
でも、もう直接会えるのは式になってしまう。
ドレスに着替えて、髪をロレッタがセットしてくれた。
「お綺麗です。キアラ様」
彼女は何か言いたげだったけど、口をつぐんでしまい、そのまま私のベールを下げてしまった。
一体どうしたのだろう?
他の侍女にはない、首のチョーカーが気になった。
何かが脳裏に引っ掛かる。
「どうされました?」
「大丈夫」
私は準備を整えて、部屋を出た。
廊下には、ずっと私に付き添ってくれていたヴィクター王子が正装で待っていた。
「姫ちゃん、すごい綺麗!!」
「ありがとう」
迎えに来た衛兵に付き添われながら、私は王城を出て、庭園の再奥へ向かう。
エドワード様の姿は、夕刻から見かけなくなっていた。
準備に忙しくて、彼を探している暇がなかった。
解毒薬を取りに行ったのだろうか?
このまま間に合わなければ、レスターと結婚することになってしまう。
私はどうしたいのだろう?
レスターのことは決して嫌いではない。
でも、エドワード様をもう裏切りたくないのが本音だった。
そしてレスターを放っておけない気持ちもまた、真実。
私は最低だ。二人を天秤に掛けている。
「姫ちゃん、顔色悪いよ、大丈夫?」
心配でずっと付き添ってくれているヴィクター王子が、手を引いてくれた。
「心配しなくても、大丈夫だよ。エドワード様がきっとなんとかしてくれるからね」
庭園の再奥が、こんな風になっているなんて!
そこに広がるのは、広大な湖。海から遠いこの首都に、王城の敷地内にこんな湖があるなんて。
満月が湖面に移り、二つの月を照らし出す。
湖の前に祭壇が作られている。そこで結婚式を挙げるのだ。
衛兵達は、私をこの場所へ送り届けると、皆来た道を戻っていった。
この場所は神聖な場所。
新郎新婦と、それを見届ける司祭のみ、存在を許されるらしい。
ヴィクター王子は、少し離れた場所で控える。
私はただ一人、祭壇まで敷かれた白いバージンロードの手前に立った。
レスターも、エドワード様もまだどちらも現れない。
突如、背後に気配がして振り返ると、キース王子が転移魔法で現れた。こちらも正装姿だ。どこかの軍服のようで、剣とマントを付けている。
「すみません、遅くなりました」
「兄上、エドワード様は? 解毒薬は出来たの?」
キース王子にヴィクター王子が駆け寄った。
「まだです。月光草が、なかなか開花しなくて」
そんな!! このままだと間に合わない。
もうすぐ月が南中にのぼる。
「エドワード様は必ず来ます。それまで時間を稼いで下さい」
時間を稼ぐってどんな!?
私が困った顔をすると、キース王子が少し笑った。
笑った!? この人が笑うの始めて見た。
「待たせたかな?」
静かな沈黙を破るかのように響く声。
悠然と現れたのはレスターだった。
息を飲むくらい、その白い正装姿は美しかった。
思わず見惚れてしまうほど。
「エドワード王子は、間に合わないか。ちょうどいい。キース、お前が花嫁をエスコートしてくれ」
キース王子が身動ぎし、私に小声で囁いた。
「時間を稼いで」
「司祭がまだ来てないけど?」
レスターは、柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「司祭は要らないんだ。この満月が私達の結婚の証人なんだ」
えー!? どうしよう。
私はキース王子の顔を窺う。彼は心底困った顔をしている。
「あ、お腹が!!」
私はその場でうずくまった。
「お腹が張って痛いの」
レスター王子含め、皆固まっている。
「演技下手過ぎです、姫」
キース王子に言われて、私は仕方なく立ち上がった。
時間を稼げって私には無理だよ。彼に目で訴えた。
「往生際が悪いよ、キアラ。さあ、早くおいで」
どうしよう?
「仕方ありません。ギリギリになって間に合わなければ、私が転移魔法で逃がします」
キース王子がエスコートの腕を差し出した。私は仕方なく、彼の腕に自分の腕を絡めた。
ゆっくりと、二人でバージンロードを歩く。
祭壇の前でレスターが待っている。
このまま結婚の誓いをしたら、エドワード様とはもう。
月明かりに照らされて、私は自分の心を見つめる。
たとえ記憶を奪われていたとしても、洗脳されていたとしても、私の心の奥の本心はただ一つのなのだから。
「エドワード様」
「呼んだ?」
頭上から響く、彼の声。
大きな、黒い影が私達を見下ろす。
湖面に映る月と一番高い場所の月をバックに、大きな黒い翼を広げたエドワード様が、宙に浮かんでいた。
しかし、その髪はいつもの白金髪だ。
そのまま、私達の前にゆっくりと降り立つ。
「ごめん、この場所は来たことがなくて、飛んで来た方が早かったから」
私は首を横に振った。
彼が来てくれた。それだけで。
「では、後は任せます」
キース王子が、エドワード様に私を引き渡した。
エドワード様は私の手を取り、レスターを振り返った。
「約束だ。彼女の記憶を取り戻したら、身を引くと」
そのまま彼は、ベールをめくり私にキスした。
何か飴のようなものを、舌で口の中に押し込まれた。
甘い味がして、それは瞬く間にさっと溶けて消えた。
瞬間、走馬灯のように膨大な記憶が一気に蘇って、私の中を走り抜けた。
次の瞬間には、全てを思い出していた。
「エドワード様」
「キアラ、君が心から愛しているのは誰だ?」
私は彼のアイスブルーの目を見つめて、はっきり答えた。
「それはあなたです」
そのまま彼に引き寄せられて、思い切り抱き締められた。
「僕もだ、君を誰より愛してる」
レスターはそんな私達を、黙って見ていた。
やがて私達に向かって、こう言った。
「そのまま、祭壇の前まで進んで」
エドワード様が、私に目配せしながら言った。
「行こう」
彼と共に祭壇の前に辿り着く。
レスターは祭壇の正面に立って私達に向かいあった。まさか?
「私が司祭を務めよう」
「レスター」
彼は私に優しく、けれど哀しげに微笑んだ。
「彼と約束したから。負けた方は潔く身を引くと」
私達は、粛々と彼の宣言により式を進め、誓いの言葉を述べた。
「では、指輪の交換を」
指輪? 私はエドワード様をチラリと見た。
彼は少し笑って、懐から指輪の箱を取り出した。
持ってたの!?
中に入っていたのは二つの銀色の指輪。
なんの宝石も嵌ってはいなかったけど、その銀がただの銀でないことは明らかだった。
「まさか、ミスリル銀?」
「そうだよ。大師匠から、銀鉱を貰ったから作っておいた」
エルフの里の貴重な品なのに。
「君はエルフ族だ。だから相応しい」
そして、私の薬指に彼はその指輪をはめた。
私も同じようにして、彼の指に指輪をはめた。
「誓いのキスを」
もうベールは上がっていたけど、彼はそのまま私にキスをした。
レスターの咳払いがするまで、エドワード様はキスをやめなかった。
「長すぎる」
「やっと、彼女を取り返せたんだ。文句言うな」
「それにしても、その姿のまま結婚するなんて」
エドワード様の背からは、相変わらず黒い翼が生えたままだ。
「でも、どうして髪がそのままなの?」
「ただ、コントロールが上達しただけだよ。黒い髪の方が良かった?」
「ううん、あなたはあなただから、どちらでも」
私達は、二人で顔を見合わせて笑いあった。
やっと、ようやく結婚出来た。
これで誰に邪魔をされることもなく、彼の妻になったのだ。
「ロレッタの呪縛は、解いておく。もうとっとと国へ帰るといい。ていうか、顔も見たくない」
レスターは少し笑って、
「あなたには、本当にすまないことをした」
私は首を横に振った。
「いいえ、あなたの気持ちは伝わった。ただやり方が間違っていただけ。お願い、もしあなたが国王になるなら、敵対勢力だからと粛清なんてしてはダメ」
「約束しよう。でも、私が国王になることはもうない」
どうして? 最有力候補なんじゃ?
「黒狼の村で、死者を出してしまった。あれは私の咎だ」
確かにこの人の罠のせいで、死んだ人がいた。
「これからは償いの為に働く。母上には散々文句を言われるだろうが。やはり国王には、一番相応しい人物がいるしね」
「まさか、キースさん?」
レスターは頷いた。
「彼の呪いは深刻だが、それを上回る愛があれば、おそらく」
「キースの呪い自体は解けないのか?」
レスターは難しい顔をした。
「あれは、母上の怨念の塊だ。彼と、彼の母への憎悪で満ち溢れている。母上の顔の傷がある限り、決して消えない」
顔の傷? だから顔をベールで覆って隠していたんだ。
「まさか、王妃の顔に傷を付けたのは、キース自身なのか?」
「そうだよ」
キースさんの事を含めて、この国はこれから大変だろう。
けれど、私達には国で待ってくれている人達がいる。
「僕達はこのまま帰る」
「分かった。キアラ、さよならだ」
「さよなら、レスター、元気でね」
祭壇の前で私達を見送る彼。
二人で、キースさんとヴィクター君の元へ歩く。
──それから数ヶ月後、太陽宮で私は無事に女の子を産んだ。
くるくる巻き毛の白金髪、アイスブルーの目をしたかわいい子だ。
「本当にエドワードそっくりだな」
「天使みたいだ、僕のお嫁さんにしたい」
アーサー様と、ヴィクター君、それぞれのコメントが面白い。
キースさんは一時帰国していて今はいない。
結局、次期後継者には、リチャード王子に決まったらしい。キースさんはそのうち戻ってくるそうだ。
「アリスはどこだー?」
エドワード様が公務から戻るなり、叫びながら部屋に入ってきた。
「アリスがいないと死ぬ」
「アリスちゃんなら、ここにいますー」
ヴィクター君が娘をエドワード様に差し出した。
「やあ、アリス、僕の天使」
うわぁ、親バカだ。あの姿を見たら、国民みんな幻滅するんじゃ?
「お父さん、娘さんをください」
「お前はアホか? アリスは嫁にはやれない」
二人のやり取りが毎度コントみたいに面白くて、私は爆笑してしまう。
「エドワード、王太子になってさらに忙しくなったな。あと親バカ過ぎる」
アーサー様と、二人の様子を眺めながら私は言う。
「でも、仕方ないですよ。自分でやるって決めたんだから」
「アリス、お腹が減ってるみたいだ」
エドワード様が、ちょっとぐずりかけた娘を連れてきた。 私はいつものように号令をかけた。
「あ、じゃあ、みんな部屋から退散でお願いします」
仕方ないと、みんなでゾロゾロ出て行く。
入れ替わりに、ドロシーさんが入ってきた。
「キアラ様、ミルク用意します?」
本当に色々あったけど、今は本当に幸せだ。
娘も生まれて、彼がいて、アーサー様とヴィクター君もよく遊びに来るようになった。アーサー様は、たまにローレン嬢も連れて二人でやって来る。彼女はこちらの王都のアカデミーに留学中で、アーサー様も同じ学校に通い始めた。二人はとても仲良くしているみたいだ。
田舎の育てのお母さん達も、王都へ引っ越してきて、新しくパン屋を開店して繁盛している。
ルシア様もシエルさんもお師匠様も元気だ。たまに娘を連れてエルフの里へ遊びに行く。
そして、私達が王都に戻って一年後。
王太子夫妻のやり直しの結婚式は、盛大に行われ、王女であるアリスはその愛らしさから一躍人気者になった。
この世界に転生して、賢者になって、結局は王太子妃になりました。
エドワード様は、相変わらず忙しくしているけど、彼がたまに仕事をさぼって、息抜きしているのを私はもう知っている。
だって、その息抜きの場所はいつも私の隣だから。
(完)
いつもありがとうございます。
今回で最終回完結となります。
はじめは、自分でいつか読み返せたらと、第三者のことを考えずダラダラ書いたものをなんとなく興味本位で載せてみたのですが、少数ながらも読んで下さる方がいて、とても励みになりました。
長々お付き合い下さった方々に心から感謝の意を。本当にありがとうございました。
この物語は一旦ここで終わりますが、同じ世界観の続編ぽいもののストックが多少ありますので、機会があったら載せるかもです。
次回作はコメディで軽くさらっと読めるものを執筆中です。こちらもよろしければ、またご一読下さい。




