第三十九話 三人の令嬢
縁談の交渉に出掛けたキースさんが戻ったのは、翌日の昼を過ぎてからだった。
なんと、相手である白狼族のお嬢様を伴って。
──しかも三人も。
これにはリチャード王子も面食らったようだ。
「どういう事だ、キース?」
リチャード王子は令嬢方に聞こえない声で話し掛けた。
「どうもこうも、族長のお嬢様方が是非、直接会いたいと仰るので」
私達の前に現れた、三人のお嬢様。
白狼族と言うだけあって、三人とも髪が真っ白だ。
「白狼族は我々黒狼族と、第二王子らの銀狼族とはまた別の一族です。銀狼族とは一応中立を保っていますが、現王家の主体が銀狼族なので、一線を画している一族です」
キースさんがこっそり教えてくれた。
つまり対立はしてないけど、距離は置いていると。
「お初にお目にかかります。シルヴィア・ヴィヴィアン・ローウェルです」
そう言って、一番年長そうな白い髪のお嬢様が一歩前に出てお辞儀をした。
真っ直ぐのサラサラストレートにの琥珀色の瞳。なかなかの美少女だ。
「こちらが第四王子のリチャードです。黒狼族の次代の長になります」
リチャード王子も丁寧な対応で、第一印象としては良さげに見えた。
「妹のローレン・ジュリア・ローウェルと末の妹のミリアム・シャロン・ローウェルです」
お姉さんのシルヴィア嬢の紹介で、妹さん達も丁寧にお辞儀をした。
ローレン嬢は、ショートカットでボーイッシュな感じで、ミリアム嬢は髪をツインテールで結び、一番可愛らしい印象だった。
「あちらの族長の意向で、気に入った者同士で結婚すれば良いと。お嬢様方三人とも、年が近いので」
キースさんが補足した。
つまり、三人の中から気に入った相手を選ぶ訳か。
お嬢様方は、後方に控える私達に気付いたようだった。すかさずキースさんが紹介してくれた。
「あちらはヴァレンヌ国のエドワード王子とお妃のキアラ様です。客人として、当家に滞在中です」
「初めまして。お目にかかれて光栄です」
丁寧にお辞儀され、私達は軽く会釈を返した。
「たまたま居合わせただけなので、どうか我らのことはお気になさらず」
エドワード様はいつもの笑顔でそう言った。
さすがにここでは猫被るのね。
「まず、当人同士でお茶でも飲みながら、お話しをしたらどうですか? どなたと気が合うか分かりませんし」
キースさんが、リチャード王子に提案した。
四人でどうぞ!! てな具合かな?
「我々はここで失礼します。また夕食の時にでも」
空気を読んだエドワード様がすかさずそう発して、私達はさっさと退散しようとしたのだけれど、
「お待ちを!」
ローレン嬢の鋭い声で引き止められた。
「何か?」
ローレン嬢が、ずいっと私達の前に進んで一言。
「エドワード王子、失礼を承知でお願いがあります」
「何でしょう?」
彼女は一度私の方をチラ見しつつ、意を決したようにして言った。
「どうか、私を側室にお迎え下さい!!」
「ええっ!?」
思わず声を出してしまい、私は興奮を隠せなかった。
な、側室? どういうこと?
肝心のエドワード様は、ちょっと驚いたものの、すぐいつもの冷静な彼に戻り即答した。
「申し訳ないが、それはお受け出来ません」
「なぜですか?」
それでも彼女は食い下がった。な、何で?
「僕は、キアラ以外を娶る気はないのです。妻の前で、そういった話をすること自体遠慮して頂きたい。なんせ大事な体なのでね」
そう言って、エドワード様は私の体を引き寄せた。
はっきりきっぱりの拒絶だった。しかも何気に私を盾にしてる。
「失礼だが、初対面で他国人にそのようなことを申し出るとは、余程の事情が有りと窺える。相談にならいくらでも乗りますが?」
リチャード王子がすかさずフォローに入った。ナイスだ!
「……いえ、別に。驚かせてすみませんでした」
「申し訳ありません。妹がバカな事を言い出しまして」
シルヴィア嬢が、私達に頭を下げた。
何か彼女達にも事情があるんだろうか。
私はエドワード様の顔を盗み見た。
彼の表情はもういつもと変わりない。
「後は任せたよ」
エドワード様がキースさんにすれ違いざまに声を掛けて、私達は部屋を出た。
部屋に戻り、私達はようやく微妙な空気から解かれて、一息ついた。
「側室にだなんて、びっくりしました」
「あれは僕が好きだとか、そういう事ではないよ」
そうあっさりと彼は言い切った。
「腹が立ったのは、僕を目的の手段の一つとして使おうとしたからだ。本当に何様なんだ? あの娘は」
「どういう事なんですか?」
彼は溜め息をついて答えた。
「理由は知らないが、どうやら我が国へ来たいようだね」
何なのだろう? その理由は。
「ここで推理してもいいけど、そんなにあの娘が気になる?」
「うーん」
気になるといえばそうだけど。
あの場でリチャード王子でなく、エドワード様に、しかも側室にって言うくらいだから、やはり何か事情があるのだとは思う。
「アーサーの母君の事を、知らない筈がないんだよな」
「アーサー様の母君って、確か国王陛下の第二妃だった方?」
確か、実質の国王陛下の奥様で、アーサー様が幼い頃に病で亡くなられたとしか、知らないけれど。
「その母君と同じ立場に立ちたいだなんて、普通ならあり得ないんだよ」
エドワード様は、うーんと唸った。
「僕の推理聞きたい?」
「はい」
「結論から言うと、あの娘の目的はおそらく僕でなくてアーサーだ」
「え? なぜアーサー様?」
エドワード様は、
「アーサーが、昔ちょっとだけ白狼族の村に滞在した事があってね。アーサーの母君は、現国王の妹君だが、先王の正妃である祖母が白狼族出身だったんだ。おそらく、あの娘はその時にアーサーと面識があったんじゃないか? 好意でも持たれたんだと思う」
「なるほど。でもアーサー様が好きなら、どうしてエドワード様の側室になりたがるんです?」
これにエドワード様は、眉根を寄せ難しい顔で答えた。
「アーサーとはどう頑張っても結婚出来ないからさ」
「え? なぜですか?」
「忘れたのかい? 我が国は亜人を差別する国だ。父王は、それでもアーサーの母君を第二妃、つまり側室に迎えたけれども、結局正妃には出来なかった。アーサーは王太子になるだろうけど、人狼には変わりない。正妃は必ず国内の有力貴族の娘か、国外の王女、しかも相手は人間じゃないと認められないだろう」
「でも、結局は子供も人狼ってことになりませんか? だったら最初から相手が人狼でも」
人狼は優先遺伝だと聞いていた。
これにエドワード様は首を横に振った。
「そうはうまくいかないんだよ。難しい問題だけど」
「だったら、どうしてエドワード様の側室になりたがったんです? アーサー様が好きならおかしくないですか?」
「だから、あくまで近くに行く為だけの手段なのだろうね。僕の妻になったとしても、アーサーに会うことは可能だろうし。現状、アーサーが王太子になったら、人狼国へ行くなんてもっと難しくなるからね」
そこまでするのか。なんだか一途過ぎる。
「アーサー様の側室にとかじゃダメなんですかね?」
「人狼の花嫁なんて、今後は認められないだろう。アーサーの母君は、あまりの差別に結局精神を病んで亡くなってる」
何てことだ。それはさすがに知らなかった。
そんな死に方をされたら、さすがに人狼の花嫁なんて不可能だろう。
「でも、これはあくまで僕の推理だから、真実は分からないよ? ただ単に僕に一目惚れして、側室にしてくれって言っただけかもしれないしね」
それだったら、私はもっとイヤなんだけど。
エドワード様が、私の他に側室や愛人とか作ったら、私は我慢出来そうにない。
「側室とか愛人とか、絶対に嫌です」
エドワード様はちょっと笑った。
「僕が君以外と浮気とかすると思う?」
私はエドワード様を、じっと見つめて言った。
「本当にしませんか?」
「しない。君以外興味がない」
彼はそう言うと、私をぎゅっと抱き締めた。
そして私の額にキスをしながら、そっと呟いた
「こんなに君が好きなのに。君以外は本当にいらないんだ」
私は彼に腕を回してしがみついた。
ローブ越しにでも分かる。細身だけどよく鍛えられた体。世界一安心出来る場所。彼が私のここでの生きる理由。
「じゃあ、子供は? 」
私は意地悪な質問で返す。
「それはいるに決まってるじゃないか!」
エドワード様が、少し取り乱すのが可愛くて、私は声を立てて笑った。




