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猫様の下僕日記  作者: 鮎川 了
Q太郎様の下僕日記
47/65

Q太郎の最期の二日間



 この二日間と云うサイクルは、猫に……特にQ太郎にとって特別なサイクルだったのではないかと思う。

 居なくなっても二日で帰ってくる。 

 怪我をしても二日もあれば大抵回復する。

 ……そして、その逆も。


 それは、五月三十日の夕方だった。

 仕事を終え帰宅した私は、玄関で待ち伏せしていたクロぶっちゃんと共に家に入った。

 Q太は台所の食卓テーブルの椅子で寝ていた……というか起きていた。

 すっかり肉が削げて逆三角形になった顔の大きく見開かせた目を爛々と輝かせ、あたりを見回していた。

 痩せてきたのは解っていたけど、このように輪郭まで変わる程あからさまなのはその日初めてだったし、その目が大きくぱっちりとして愛らしく見えたのに、何故か言い様の無い違和感を覚えた。

 そして、息苦しいのか、呼吸する度大きく波打つ痩せた体。

「Q太?」

 呼んでもいつものように返事をしてくれない。

 何か食べさせなきゃ! 無理にでも食べなきゃダメだ、ほら、マグロのうんと良いところをあげるから!

 マグロの柔らかい、筋の無いところを指でつまみ、Q太郎の鼻先へ持って行ったが、彼は、汚物でも突きつけられたかのように厭そうに顔をそむける。

 それでも自分で椅子を降り、水を飲みに行った。

 暫く歩いたり座ったりしていたが、疲れるのか直ぐに横になる。

 そして苦しそうに呼吸するのだ。

 見ると、口の中が腫れている。だから、物を食べなかったのか。

 少し位の腫れなら……いつものQ太だったら、食欲の方が勝つのだろう。

 匂いにすら反応せず、あまつさえ不快な顔をする。

 これはつまり……

 そして、帰ってからずっと気になっていた違和感。

 Q太郎の目は瞳孔が開きっぱなしだったのだ。

 だから妙に可愛らしく見えたのだ。

 その夜は心配で何度もQ太郎の様子を見た。

 その度に瞳孔の開ききった目が私を見る。

 いつ見ても起きているのだ。それは自分がこれから去る世界を目に焼き付けているように思えた。

 翌朝、Q太郎に“おはよう”を云えるだろうか?

 そんな不安の中、なんとか私も眠り翌朝を迎えた。

 

 三十一日の朝、恐る恐るQ太を見ると昨夜と変わらない状態だった。

「Q太、おはよう」

 やはり、返事は無い。

 仕事をしている間に、Q太が旅立ってしまう不安に駆られながら出勤し、業務の手が少しでも空くとQ太の今までの事を思い出し涙が出た。

 Q太がいなくなってしまったら私は泣くんだろうな。気がどうにかなりそうな位、悲しくてたまらないんだろうな。と思った。

 

 「Q太、ただいま」

 いつものように、玄関で待ち伏せしていたクロぶっちゃんと家に入ると、Q太郎は朝と同じ状態だった。

 ただ違うのは開けた勝手口からのそのそと出て、暫く車庫のアスファルトの上に寝そべっていた。

 暑いのか、それとも単に外の空気に当たりたいのか、度々場所を移動しながら寝そべり、裏の余所の家の庭にも寝そべっていた。

 暫くしたいようにさせていたが、更に余所の家の庭の奥を越え、あらぬ所に行こうとするので慌てて連れ戻した。

 Q太郎のしたいようにさせてやろうと思ったがコレだけは譲れない。 

 人間のエゴと云えばそれまでだが、私は私の目の届かない場所でQ太郎に最期を迎えて欲しく無かったのだ。

 連れ戻す為に抱きかえると、余程外へ行きたいのか、体が痛いのか酷く暴れた。

 家に戻ると弱りきっているにも関わらず、出産直前の母猫みたいに落ち着かずにウロウロしていたが、居間の窓辺のQ太郎専用の長座布団の上で窓に顔を向けて横たわり、相変わらず苦しそうな息をしていた。

 今死んでしまうのも悲しいが、このままこの状態で何日も苦しそうに生き続けるのを見るのも辛い。

 せめて症状を軽くしてやる事は出来ないか? と、スマホで猫の様々な病気を検索していたら、気になるフレーズを見付けた。

 Q太郎の病気はこれだったんだ。

 でももう、何もかも遅かった。

 今までQ太郎は“二日間帰って来なかったせいで体がおかしくなった”と思っていたが、その逆だったのだ。

 “病気が突然発症してしまい帰って来る事が出来なかった”のだ。

 それでも帰って来てくれたのだ。


「んー」

「んー」

 Q太郎がとても小さい声で、何時もの鳴き方で鳴いている。しかし撫でてやると、痛いのか、何処かへ行こうとするので声を掛けてやるしか出来ない。

「Q太郎、大丈夫だよ。ここにいるよ」

 夜の八時半ごろだった。

 Q太郎の苦しむ姿を見るのが辛くて、子猫の頃の写メなどを見ていたら、急にQ太郎が変な声を上げた。

 それは何とも形容し難い声で、「ガハッ!」

でも「ギャッ!」でもない。

 当のQ太郎は上半身を起こし、目を見開いてあり得ない程口を大きく開けていた。舌は紫色になり、駆け寄って体をさすってやっても、何かを吐き出すような声を出す度体が硬直し、何か熱いものが私の左手に勢いよく当たる。それはQ太郎のオシッコで、スプレーの時のような凄い匂いがした。それを出しきって、体がケイレンし、治まった時、Q太郎がこと切れた事が解った。

 不思議と、悲しいとか怖いとかよりも、ああ、これでQ太郎は楽になった。と云う安堵で体中の力が抜けた。


 “眠るように死んだ”だの“目を離した隙に死んでいた”だの、本やテレビで聞き齧った安らかな最期とは程遠い壮絶な最期だったが、私はQ太郎の臨終に立ち会った事を後悔していない。


 Q太郎はその日のうちに故ぷー太郎の墓の隣に埋葬した。

 ケイレンして硬直したせいか、死んで数分しか経っていないのに、墓穴を掘っている間に、固くなりつつあったが、抱き上げると物凄く熱い。

 こんなに熱が出る程辛かったんだな。


 好物のマグロをひと切れと、庭に咲いていた花を一緒に埋葬している間、クロぶっちゃんが周りを走り回っていた。

 かつて、ぷー太郎が死んだ時のQ太郎がそうだったように、“死”を理解出来ない彼の天真爛漫さが唯一の救いだった。



 ※Q太郎の話を読んで下さっていた読者の皆さん、今までありがとうございました。

 Q太郎は亡くなってしまいましたが、この作品はまだまだ続きます。

 クロぶっちゃんやシロスケも元気ですし、書ききれなかったQ太郎の楽しかった思い出を書くかもしれません。

 

 どんな形になるかはまだ未定ですが、私の周りに猫様がいる限りこの作品は続く予定です。

 お付き合い頂けると幸いです。


 2016.6.1 鮎川 了


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