◆10 薄命男の残酷な記憶
※オールト視点
オールトは港に反して静かな海を、一人漂っていた。
どうやらオールトの命はそう長くは無いらしい。体力がないのは自覚しているが、今のところそんな兆候はないから、気にもしなかった。
このまま船に合流することが無ければ漂流確定だ。飲み水もない船上では、このやせっぽちの体で一日も保たずに死ぬだろう。ちょっとばかり死期が早まるだけだ。
そうなったらルージュを恨み倒してやると、オールトは半ば自暴自棄になっていた。
なっていないと、やっていられない。
何故自分は先が短い命だというのに、ふらふらと海賊に捕まったのか。どうしてこんなにもルージュに執着しているのか。
彼女を本当に信頼しなければ、こんな行動には出られなかった。
港の方から爆発音がした。気にはなったが、見つかって連れ戻されることを避けたかったオールトは、布を被ったまま起き上がることはなかった。
しばらくして、船が何かに押される感覚がした。流れに逆らうようなそれは、確かに抵抗があり、意思を持っていた。
岩礁に乗り上げたのかと、さすがにオールトは布を除けて起き上がる。
幻だったのかも知れない。
月明かり照らされた水中に、大きな魚の尾びれが見えた気がした。こんな巨大な魚が現れるとは珍しい。つい、底の黒い海をのぞき込もうとしたときだった。
「無事ですかあ? あれえ、にいさんだけ?」
頭上から声をかけられ、縄梯子を落とされる。オールトはいつの間にか海賊船に着いていたらしい。
もたつきながら、オールトは下ろされたそれを登ると、梯子を下ろしてくれた男が手を貸してくれた。無駄に触れてくるのが鬱陶しい。
「にいさんって俺のことか?」
「そうですよう。お頭の思い人なんですから。愛の逃避行をした仲なのに、つれないですね」
「やめろ、きもい」
「えー」
乙女のように体をくねらせて不満を体現する男に、二重の意味を込めて言ってやった。たくましい体で内股にならないで欲しい。
「にいさん、お頭と一緒じゃないんですか? てっきりぼくは一緒に合流するのかと」
「後で合流すると言っていた。まだ来ていないのか?」
気持ちが悪いと言ったのに、その呼び名をやめるつもりは無いらしい。気にすることも不愉快なので、オールトは無視をした。
それよりも、あの時の轟音にルージュは巻き込まれたのかと、オールトは不安に駆られる。
彼女が居るから、オールトはここにいるというのに。
「大丈夫ですってにいさん。お頭は絶対に捕まらないことで有名なんですから。そんな迷子みたいな顔をしないでくださいよう、かわいいなあもう」
乙女の言葉に怖気が走り、違う方向でオールトは不安になった。そうだ、ルージュが居なければ己の貞操が危ない。
迷子みたいといわれ、ふとオールトはルージュの顔を思い出した。
「せ、船長!?? 何でそんな所にへばり付いているんでやすか!?」
オールトがいる反対側から中肉中背の声が上がった。見つかってしまったと、低い女性の声が聞こえる。
「ついでにフジツボとか、海藻が付いていなかったか点検してたんだ」
「そんなの今しなくても良いでしょうに。脱出したときにはもう乗っていたんですね。いらない心配をしましたぜ。……具合でも悪いんでずか?」
甲板に降りたルージュは水が滴る服もそのままに、中肉中背に頭垂れていた。
「ねえ……わたしはこの船に戻って来たけれど、わたしが船長であなた達は本当に納得しているのだろうか。アスターシの元にいた方が満足できたんじゃないのか?」
嫌がる彼女を言いくるめて船長にしたのはオールトだ。強引に話を進めすぎていたかと、オールトは反省する。
項垂れる少女が、いつもより数段小さく見えた。
「船を下りなかったあなたが言う言葉ですか」
中肉中背は呆れたように大きなため息をついた。
「……それもそうだね」
「海軍に捕まった時、おいら達は抵抗しませんでした。それはね、戦わないという船長命令を守るためだったんですよ。船長見たく、逃げることは出来ませんでしたがね」
「おーい、船長が帰ってきたぞ-! 脱出成功、にいさん奪還、船長生還を祝って酒を用意しろ」
「いいねー!」
一人の船員の呼びかけに、他の船員達は騒々しく動き出した。名目はともかく、ただ酒が飲みたいだけのようにも見える。
楽しそうな船員達を中肉中背は見ると、彼らしくなく微笑んだ。
オールトは、中肉中背が笑ったところをはじめて見た。隣にいる乙女もそうなのか、口に手を当てて、らんらんと目を見開いている。暗闇でも輝くその目が怖い。
「誰も傷つかずにすむのは良いものですね。本当に戦わなければならないときまで、力を温存するのも悪くないでしょう。……つまり、あなたが船長の方がましって事ですぜ」
顔をあげたルージュの頭を中肉中背は軽く撫でると船内へと入っていった。横目でこちらを見たのは気のせいか。
ルージュが船長として、改めて認められたと言うことなのだろう。オールトは、あの平凡な男はアスターシの副船長ではなく、真の船長だったと見ている。海賊は薄情だと言いながら、船員達に頼られているのが証拠だ。
面白くない。ルージュを慰めるのはオールトの役目だというのに、良いところを取られた気分だ。
自分を無様に感じて、オールトは目を閉じた。浮かぶのはルージュの困り顔。
ルージュの手を求めたとき。屋敷から連れ出せと言ったとき。ルージュを信頼して一人、小舟に乗ったとき。
オールトはルージュに助けられてばかりいた。お荷物になっている。
「新たな出発を祝って-!」
主役ぬきに、勝手に始まる酒宴。
祝杯を挙げる声に、どさくさに紛れて乙女に抱きつかれたオールトの気分は、海賊達とは反対に海に落ちる月同様、下がるばかりだった。
穏やかな夜の海を、賑やかな船は行く。
記憶が戻りつつある男を、残酷な運命へ連れて行くために。
次で一区切りです。
※登場人物紹介(ネタバレ有り、キャラ崩壊、読み飛ばし推薦、以降追記有り)
*乙女
たくましい体でも、心は乙女な海賊。オールトとは愛の逃避行をした仲。
船長と愛人を微笑ましく見守る会、副会長。オールト派。




