◆09 薄命男の残酷な記憶
「オールトは木登りをしたことが無いって事はないよな?」
「……この俺にその質問とは、さっきの仕返しのつもりか」
「じゃあ今日が木登り初体験か!」
快活に言うルージュに、オールトは頬をひくつかせた。
「待て、人払いさせてあるって言ったじゃないか。廊下を通って裏口からでも出られるだろ」
「庭を通った方が人に見られにくいし、近道だ」
「? あんたどこからやってきた? 庭の向こうは海しかない。浜辺を通って来たとしても途中に海軍の基地があったはずだ。……その肩につけているのって」
「あ、取り忘れていた」
ルージュは、オールトに指摘されて、止血のために巻いたままの海藻を取り外した。生臭く感じるはずのそれは、気づかぬうちに乾ききって干からびている。血はとうに止まっていた。
「何で海藻なんか巻き付けている!? まさかやってきたのは」
「海からしかないだろ。船が用意してある。急ぐよ」
「お前は魚かっ!」
間違ってはいないつっこみを無視して、バルコニーから降りるルージュに、オールトはぎこちなくも後に続いた。
ローブを鬱陶しそうにする彼と共に、ルージュは庭を駆け抜けた。
「だれかー!! オールト様がっ!」
赤毛の侍女が戻って来たのか、バルコニーの方角から女性の叫び声が聞こえた時には、屋敷を抜けて砂浜に出た所だった。
「船に乗ったら布を被って横になっていればいいから。無人船と思われて怪しまれることはないだろう」
「お前はどうするんだ? それに漕がなければ船は進まないだろ」
「わたしは後で合流する。離岸流にのせるから、何もしなくても船は沖に行くよ。必ず拾い上げるから、信じて待っていてほしい」
「りがんりゅう……?」
「こればかりはわたしを信じて貰わなければならない……信じられないなら、屋敷に戻っても構わないから」
「わかったよ」
最後に逃げ道を与えたつもりだったのに、オールトは舌打ちをして船に乗り込んだ。
ルージュが失敗をしたりすれば、オールトは漂流するかもしれないのに苛々しつつも彼はルージュに従う。信じてくれる。
どうして?
浮かぶ疑問を頭から振り払って、ルージュは船を沖へと出してから海軍の基地へと向かった。
海軍基地へは案外簡単に忍び入ることができた。海を迂回しなくても、屋敷へ行けたかもしれないと思えるほどに、見張りの兵が少ない。
酒の話をしていたから、夕刻時に売った成果があったようだ。海賊を捕らえたと、祝いに酒を酌み交わしているらしい。アスターシは名の知れた海賊の一人だ。軍にとっては大きな手柄だろう。
「ここか。半分といったところかな? 火はどこから調達しよう」
ルージュが居る場所は弾薬庫だ。大事な軍の戦力だというのに、見張り番は一人きり。しかも鍵を持っていた。こんな小さな町に海賊が来ること自体希なのだろう、あまりにも警備が甘い。
「おい、おまえ! そこで何をしている!!」
と、思っていたが見つかってしまった。
ルージュはすかさず現れた兵士に突進し、兵士が持っていた明かりを弾薬庫に投げ入れた。
地面が揺れ、視界が炎に埋め尽くされる。
爆風に受け身を取って、転がるようにしてルージュは物陰へと走り出した。
すぐに兵士達が集まり、怒号が飛び交った。中には赤ら顔の者も混じっている。
「隊長-! 海賊船が逃げ出しました!」
「大砲を撃て! 逃がせば軍の名折れだぞ!?」
「駄目です! 弾薬庫がやられています。間に合いません!」
彼らはどうやら上手いことやったらしい。ルージュからも港を離れる海賊船が見える。
船を追うべく、ルージュは集まってくる海兵達とは逆方向へ進んだ。
広場に出れば、そこで酒宴を開いていたのか千鳥足の兵達が残っていた。
そして、口ひげの男が鎖に体を巻かれて座っていた。捕まえた海賊を肴に酒を飲んでいたのだろう。
騒々しい中、アスターシは正確にルージュを視界に捉えてきた。ルージュも何気なく立ち止まる。
「生きていたのか、こざかしい奴だ」
「そういうあなたは不運な男だね」
「うるせえっ! 元はと言えば全てお前が悪い。あの宝石を売るなんざ馬鹿なことをしたもんだぜ」
「わたしには必要無かったから」
ルージュにアスターシを助ける気は無い。アスターシもルージュに助けられることは望んでいない。海軍に捕まった海賊がどうなるか何て誰もが知っている。
「お前に船長は務まらないぜ。奴ら、おれに素直に従ってきたぞ」
「……そうだったのか」
「戻ったって、お前は奴らに受け入れられないだろうな」
だから、船員達は無抵抗にだったのか。……海軍相手にも?
「おい、海兵共! 酔っている場合じゃねえ。“尻尾巻きのルージュ”がいるぞ!」
アスターシの叫びに、酔いのあまりルージュの存在に気が付かなかった兵士達が、ふらつきながらも集まってくる。遠くから素面の海兵達が走る姿も見えた。
「あのルージュが仲間を助けるために戻ったのか!? 本物か?」
「捕まえたらアスターシ含め、大手柄だぞ! 海賊達に逃げられた事なんて帳消しにできるっ」
「オールト様が! きっとあの海賊達に連れ攫われたのですわ。どうか助けてください!!」
男の声に混じるのは、あの赤毛の女性だろうか。胸も大きかったから、オールトの好みだったのかも知れない。
「道連れも悪くないな」
「残念だけど、わたしはまだ捕まる気は無いよ。短い間、あなたには世話になった」
「裏切ったくせに、戯けが」
アスターシの叫び声を聞き流し、ルージュは桟橋から海へと飛び込み、深く深く潜っていった。
「お前だって奇跡を願いたくなるときもあるだろうよ!!」
※登場人物紹介(ネタバレ有り、キャラ崩壊、読み飛ばし推薦、以降追記有り)
*アスターシ(=口ひげ)②追記
右腕は負傷中。船に密航し、つかの間船を乗っ取った不運な男。二章の元凶である。
初ボスが復活する王道を速くも展開した悪役。次はあるのか!?




