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51 カーライル公爵家と花屋の少女 1

いつもありがとうございます!


結婚に向けての次の壁が立ちはだかります!


お楽しみ下さい!

社交界の朝刊は、いつだって下世話で大げさな噂話の宝庫だ。


しかし、今朝の『ロンドン・デイリー・ポスト』社交欄のトップを飾った見出しは、ノアの自宅兼事務所に流れる空気を一瞬で凍りつかせるのに十分すぎる破壊力を持っていた。


『冷酷なる解剖室の天才卿、下町の淑女へ激重な独占欲を発揮!? 舞踏会で繰り広げられた壮絶なる愛の宣戦布告!』


「……下品で無価値なインクの無駄遣いだ」


ビリッ、と紙を裂く鋭い音が部屋に響く。


黒髪に碧眼、知的で整った顔立ちに眼鏡を光らせた青年――ノエル・カーライルは、冷ややかな吐息と共に破り捨てた朝刊を屑籠へと放り投げた。そこに普段の冷静沈着な天才解剖技師の面影はなく、ただただ機嫌を損ねた猛獣のような威圧感を撒き散らしている。


「やあ、ノア。朝から随分と新聞に情熱的な八つ当たりをしているね?」


ノックもせずに軽やかな足取りでドアを開けて入ってきたのは、内務省の若きエリート官僚であり、チェスター伯爵家の次男であるオリバー・チェスターだった。


「『言葉では「邪魔だ」と冷たく突き放しつつ、彼女が離れようとすると爆速で服の裾を掴む』……ふふ、実に克明で素晴らしい観測記録じゃないか」

「オリバー。僕の思考領域に余計なノイズを混ぜるな。今すぐ退出するか、あるいは僕の解剖台の上で静かに臓器の構造について語り合うか、二つに一つを選べ」

「相変わらず物騒だなあ。だがね、煽りでも何でもなく事実だろう? あの場にいた全員が察していたよ。『ああ、あの冷酷なカーライル卿は、あの子が大好きなんだな』ってね」


優雅に肩をすくめるオリバーへ、ノアが殺気の籠もった碧眼を向けた――その時だった。


トントントン、と控えめだが元気なノックの音が聞こえた。


「ノア、お昼ご飯持って来たよ!」


ガラリとドアが開き、ふわふわとした癖っ毛の栗色髪を揺らして入ってきたのは、アリシア・エヴァンス――アリスだった。その手には、重そうな木箱のバスケットが握られている。


「アリス、タイミングが悪い。この男がいない時に来い」

「何を無茶な事言ってるのよ。 オリバー様、こんにちは。よかったらどうぞ」


不機嫌そうに言い放つノアだったが、その手はすでに無意識のうちに、アリスが差し出した自分用の小さな包みを受け取っていた。 アリスはあっけらかんと笑いながら、オリバーにもサンドイッチを差し出す。


「ありがとう、アリス嬢。慌ただしくて言えてなかったけれど、パーティでの君は女神のように光輝いていたよ。ねえ、ノア?」

「……」


 アリスを褒めるオリバーをジト目で見つめながら、ノアは無言で包みを開けた。


「あ、ありがとうございます……。その、ビクトリア様はどうなったんですか?」

「うん、ヴァルモント子爵と同じく、証拠が無いからね……。厳重注意をしておいたから、しばらくは大人しくしているだろうけれど。彼女、なかなかしぶとそうだからねえ……」


 ――ぶっ! ごほっ!!


老執事バロウズが淹れてくれた紅茶を一口含んでいたノアが、盛大に吐き出してむせ返った。


「……やめろ……! あの女の名前など、聞きたくもない……!」

「まあ、そうなるよね。いくら美人でスタイルが良くてもね……」


 心底から同情した目をノアに向けるオリバー。


「何を他人事のように……。僕が結婚したら、次のターゲットはお前かもしれんぞ」

「……勘弁してくれよ」


ハンカチで口元を拭いながら深々とため息をつくノアと、げっそりとした顔で見つめ合うオリバー。二人の情けないやり取りに、アリスが腰に手を当てて仁王立ちになった。


「二人とも大丈夫よ! またモーリスやビクトリア様が何か企んでも、私が返り討ちにしてやるわ! 私、バティツの体術も習い始めたの。先生にも『筋が良い』って褒められたんだから!」


えっへん、と胸を張って構え(型)をとってみせるアリス。(……これ以上強くなるのか……?)頼もしさを通り越した無邪気な拳法アピールに、男二人は思わず顔を見合わせて冷や汗をかいた。


「ぼっちゃま、お話し中失礼いたします」


そこへ、老執事バロウズが重厚な装飾の施された一通の手紙を銀盆に乗せて運んできた。 差出人は、カーライル侯爵家――ノアの母、エウラ・カーライルからであった。


「……母上からか」


ノアが手紙を広げ、目を通す。


『ノエル。社交界での不躾な騒ぎは耳に入っています。あなたが本気でその娘を望むというのなら、私は口を出しません。……ただし、カーライル家名を預かる現当主、あなたの兄エドガーが認めるならば、ですが』


冷淡だが、大貴族の理屈として筋の通った短い文面。  


無事に社交界デビューを果たしたアリスが、いよいよ向き合うべき難攻不落の巨大な壁――「カーライル侯爵家」。


「……さて。あとはあの偏屈兄だな」


静かに手紙をたたんだノアと、まっすぐな瞳でノアを見つめ返すアリス。  


二人は深くうなずき合い、決意を胸にカーライル本邸へと向かうのだった。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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