第23話 「享チー」店はスイーツ店?それともカオスな人間の巣窟?
「長松、いちごケーキとチーズケーキを買ってきたよ。
一緒に食べよう?」
長松の目がぱっと輝いた。
嬉しそうにケーキを自分のそばへ引き寄せる。
私は頬杖をつきながら、さっきの曾広の言葉を思い返していた。
「自分は不幸を呼ぶ」なんて噂が公会で広まったら、
正直、私の計画にとって都合が悪い。
何か対策を考えないと。
記憶系の魔法、とか……?
「玉秀、怒ってるの?」
長松がいちごケーキを一口かじり、
口いっぱいにクリームをつけたまま、
小声で聞いてくる。
「怒ってないよ、長松!」
……私、そんなに暗い顔してる?
私は横を向き、壁に掛けられた鏡で自分の顔をじっと確認した。
「だって……玉秀、
さっき紙袋を受け取ってケーキを出したとき、
急に魔力が強くなった。
それから長松のケーキを見てたから、
何かあったのかなって思って。」
長松の感知能力は、私の予想以上だ。
でも驚きはしない。
ヘフィスが言っていた。
夢魅族は、生き物の内側の魔力や、
周囲の気の流れの変化にとても敏感な種族だって。
「はは!プレゼントをもらえて嬉しかっただけだよ!」
「でも、長松には玉秀の魔力がすごく冷たく感じた。
もし楽しくないなら、長松に言って。長松は気にしない!」
長松は目を大きく見開き、答えを待っている。
「もう.......私、
苦味のあるスイーツはあまり好きじゃないの。
長松の隣にあるそのケーキのほうが、
たぶん私の好みかな。」
私は仕方なく、
長松の横に置いてあるマフィンみたいなケーキを指さした。
ふんわりとしたミルクの香りがしそうな、
ごく普通のプレーンケーキ。
口当たりは、
春風に落ちた花びらみたいにやわらかい感じを思い出す。
長松は理解すると、すぐに手を伸ばし、
さっき私にくれたケーキと交換した。
「わかった。
このプレーン焼き肉を玉秀にあげる。
玉秀、誕生日おめでとう!」
......今、
すごく不思議な味の説明を聞いた気がする。
私は目の前の地味なスポンジケーキをじっと見る。
どう見ても、ただのマフィンなんだけど?
「長松、さっき何味って言ったの?」
「プレーン焼き肉!
この店が数週間前に出した新商品!
長松、ショーウィンドウを通るたびに気になってた。
玉秀すごい、もう食べたことあるんだ!」
.......さっき、
迷いなく交換なんて言うんじゃなかった。
完全に、私が経験者だと誤解されてる。
私はぎこちなくケーキを持ち上げ、
なるべく平静を装いながら、小さく切って口に入れた。
.......え?
これ、ケーキ?
言葉にできない。
本で読んだことのある骨人族の伝統料理を思い出す。
まさか本当に存在するなんて。
炭火で焼いたミディアムレアの牛肉みたいな感覚。
中からあふれる褐色のフィリングは肉汁のようで、
口の中に甘い焦げ香りが広がる。
さらに炒ったナッツの香ばしさまで混ざっている。
.......衝撃的すぎる。
でも、スイーツなら甘くあってほしい。
私は長松を見る。
彼は口を少し開け、今にも一口ほしそうな顔をしている。
「.......すごく不思議な食感だよ。
長松も食べてみる?私、一人じゃ食べきれないかも。」
「うん!長松、食べてみたい!」
私はケーキを渡す。
長松は嬉しそうに拳を握ってぶんぶん振り、
それからスプーンでケーキを切り始めた。
私はさっき買ったチーズケーキを四等分して、
ゆっくり食べ始めた。
「玉秀は、どんな味が好き?」
長松は数口食べたあと、
黒曜石みたいに光る目で私を見る。
「チーズ味かな。私、けっこう好きなんだ。
やわらかくて、少しなめらかで、
塩味の中に濃い発酵の香りがあるでしょ。
なんだか懐かしい気持ちになるの。
あと、いちごケーキの甘くてちょっと重たい感じも好きだよ。」
「長松、覚えた。チーズケーキ、
いちごケーキ。」
長松は小声で繰り返しながら、指を折って暗記している。
私はチーズケーキを食べ終え、いちごケーキを六等分に切り分けた。
「長松は黒鉱ケーキが好き。
あの味、大好き!
ママが作り方を教えてくれた。
長松、ちゃんと作れて、ほめられた!」
長松はブラウニーみたいなケーキを、
慎重に少しずつ食べている。
「長松、ケーキ作れるの?」
「作れる。
でも今住んでる場所にはキッチンがない。
長松、キッチンが好き。ケーキを作っていると、
『穏やか』になれる。」
長松は淡く笑った。
.......キッチン。
正直、私はあまり必要だと思っていなかった。
でも“穏やか”という言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が少しだけ揺れた。
祖母の家から母の家へ戻ったあの頃。
放課後、暗い台所を一人で開けて、
コンビニの温めた食べ物を、
がらんとした机に置いていた。
「こんな成績でどうやっていい大学に入るの?
私はちゃんと勉強できる環境を用意してるのよ!
テレビを見る時間はあるの?」
母の言葉は、忘れない。夕方の薄暗い台所。
沈んでいく夕日の色の中で、
私の心も静かに“穏やか”になっていった。
「玉秀?長松、
キッチン借りられる場所見つけたら、
ケーキ作る。チーズケーキ?」
長松の声が、思考を断ち切る。
私ははっとして顔を上げ、笑った。
「うん。ねえ長松、引っ越すとき、
キッチン付きの家にしない?」
「うん!」
.......しまった。
勝手に物件条件を増やしてる。
でも、長松が必死にうなずく姿を見ると、
毎日外食ばかりも良くない気がする。
キッチンがあれば。
設備があれば。
.......私も、使うかもしれない。
私はゆっくりといちごケーキをすくって食べ終え、
最後の百盞花茶を飲み干した。
長松のカップも空になっているのを見て、
私はもう一杯いれたくなった。
「長松、ここで待ってて。百盞花茶のティーバッグ、
もう一回お湯を入れてくるね。」
そう言って、私は陶器のカップを持ち、
レジカウンターへ向かう。
曾広隊長がそこでテーブルを拭いていた。
その途中、ふと横の一人席が目に入る。
灰白の短髪の男が、ひとり静かに茶を飲んでいる。
.......公会長の張燕導だ。
公会ではいつも穏やかで優しい。
でも明らかに仕事中毒気味。
救援要請があれば、
隊の編成は驚くほど早い。
判断も的確。
ただし、その後が地獄だ。
事故後の検討報告、定期的な進捗確認。
あの一週間、私は本当に倒れそうだった。
だから皆、できるだけ慎重に行動する。
無鉄砲な隊員は、隊の中では毒みたいな存在だ。
武僧モーリの件を思い出す。
彼を公会から退かせたことに、
私は後悔していない。
それにしても、あれほど忙しい人が、
こんなふうにのんびり茶を飲んでいるなんて。
隣には、坊主頭の中年男が座っている。
気のせいかもしれないけど、彼は真剣な顔で長松の方を見ている。
二人の背後には、乾ききった銀百合の木の絵。
枝はひび割れ、黒く枯れた花が咲いている。
少し離れた席には、「魔力が満ちている」感じの女性が本を読んでいた。
.......冷静に周囲を観察すると。
この空間、どう考えても、変な人が増えている。
ちなみに、公会長の張燕導は現在六十一歳。
前任会長からの強い要請を受け、その座を引き継いだ人物である。




