職人と見習いと護衛
馬上から見下ろす麦畑は、余計に閑散として見えた。収穫して乾燥させていた麦は回収され、今頃は町のどこかで脱穀、製粉されている。残った麦わらは馬や牛のために使うので、畑には何も残っていない。
アルトロワから隣のザイユ村への道は、畑と平原しかない。口が悪い者はリール領のことを田舎と馬鹿にしているようだが、領民の生活に対する満足度は高い。魔獣や盗賊の被害が驚くほど少なく、街道の安全が保たれていることから、物流が途絶えることがないためである。
領主が元帝国騎士であり、一部の領民も戦い慣れている移住者だ。並の脅威では平和は揺るがない。フェリクスが赴任した途端に、盗賊被害が目に見えて減ったという。
ユーグの予想では領主としての仕事で疲れたフェリクスが、ストレス発散のために盗賊を片っ端から片付けたのだと思っている。血気盛んな元騎士を引き連れて襲撃してくる領主に、盗賊たちはさぞ肝を冷やしたことだろう。
秋の街道は商人の馬車も行き交っていた。冬の備えにと厚手の毛織物や砂糖などの南方の食材を売り、収穫を終えた作物を仕入れる。リール領では森で魔石を手に入れられるため、毛皮と一緒に買われることもあった。
「自分から言うだけあって、馬もお前も慣れてるようだな」
問題なく乗馬をこなすユーグに、テランスが感嘆している。
「結局、領主様に借りたのか」
「ええ。護衛につくなら軍馬が向いているからと、この子を」
ユーグは自分が乗っている栗毛の馬を見下ろす。この雌馬は賢くて度胸もある。よく躾けられているので、合図をすると勝手に屋敷へ戻ってくれるらしい。
駅馬車の馬も走りは悪くはないが、背中で刃物を振り回されることには慣れていない。刀を抜いただけで驚いて暴走するような馬では困るのだ。
先頭は旅慣れているテランスが務め、リリィを真ん中に進むことになった。街道の途中から村へと通じる脇道へ入ると、草原が広がっていた。隠れている脅威はなく、のどかな田舎道だ。
前を行くリリィは珍しくズボンを履いていた。結い上げた長い髪は、日差しを遮る帽子の中に隠れている。丈が長い上着はリリィの膝のあたりまであるが、乗馬の邪魔にならないよう深くスリットが入っていた。
馬に乗る姿に不安そうなところはない。出張へ連れて行ってもらうために、暇を見つけては練習していたのだろう。ただ弓と矢筒を持ったまま乗るのは慣れていないようで、乗馬の振動で肩から矢筒の紐が落ちかけている。
――うん、今日も可愛い。
末期だなとユーグは自覚する。リリィなら何をしても好意的に見えてくるから不思議だ。
しばらく道なりに進み、馬を停められそうな広場に出た。テランスが合図をして入っていく。後に続いて馬を降りたユーグは、手頃な木に手綱を繋いだ。
「リリアーヌ、大丈夫か?」
馬を休ませている間、テランスはリリィに声をかけた。
「うん、まだ平気。カネルも機嫌いいよ」
カネルはリリィが乗っている馬の名前だ。彼女の家で飼っていて、農耕に荷車の牽引にとよく働く。テランスが出張によく使っているため、人を乗せることにも慣れていた。初仕事のリリィには最適だろう。
「乗馬の疲れは後から出てくる。疲れてないと思っても、しっかり休んでおけよ」
テランスは続いてユーグを見たが、お前は問題ないなと尋ねることなく結論を出した。答える手間が省けて楽だ。
「ここらの草原にいる魔獣は、基本的に襲ってこない。馬みたいなでかい生き物がいると、向こうから逃げていくんだよ」
言っているそばから小さな魔獣が広場から離れていった。大型の魔獣も見当たらず、拍子抜けするほど平和だ。
一言で魔獣といっても、人を襲う生き物ばかりではない。体内に魔石を持っていて、人間と意思の疎通ができない生き物を魔獣と分類しているだけだった。
「森から出てくる個体もいるが、馬で逃げればまず追いつかれない。今回はユーグがいるから平気だと思うが」
「見つけ次第、始末しておきます。僕が離れても気にせず進んでください」
言外にリリィが見ていない所で片付けると伝えると、テランスは短く頼んだと言った。
「あとはまれに盗賊が出る」
「出るんだ」
リール領は犯罪者には厳しい土地だ。一度も盗賊のような人間に襲われたことがないリリィは、驚いてテランスを振り返った。
「大抵は食うに困った外国人だな。帝国に来れば仕事にありつけると思って不法入国して、どこにも雇ってもらえずに落ちぶれるらしい」
「まだ国土が回復していない国が多いからね。そんな人が運悪くリール領に流れてくることがあるらしいよ」
領内で起きる問題については、フェリクスから一通り聞いている。ならず者は捕縛が基本。やむを得ない場合は始末しても構わないと、領主直筆の免状を渡されてしまった。
フェリクスにとって大切なのは領民であり、その生活を脅かす者は容認できない。むしろ捕まえて裁判をしてやるだけ、ありがたいと思えと考えているだろう。
「帝国は確かに栄えているが、無制限に難民を抱えることはできない。俺も移民してきた口だから、あいつらの境遇には同情するが……それでも自分の生活を犠牲にはできん。盗賊を見つけたら、可能な限り逃げる。それから領主様に報告して、俺らの仕事は終わり。そっから先は領主様が判断されることだ」
テランスはリリィに血生臭い話を聞かせたくないのだろう。彼らの最期について、曖昧な言葉で誤魔化した。
――人生二周目のリリィなら、聞いたところで平気だと思うけど。
娘を大切に思う親心に、無粋なことはしないでおこうとユーグは黙っていた。
その後、何度か休憩を挟んでザイユ村へ到着した。テランスが言った通り、魔獣は馬の気配を察して逃げて行き、護衛としての仕事は用がなかった。
馬を降りて日が沈み始めた村を歩くと、テランスを待っていた村人たちに好意的に迎えられる。
「テランス! よく来てくれた」
「よう、ダミアン。手紙で知らせた通り、今年は娘も一緒なんだが」
「ちゃんと休めるように個室を用意してる。リリアーヌだったね? 歓迎するよ」
「初めまして。まだ未熟者ですが、仕事はしっかりさせていただきます」
営業職だった前世の影響か、全く人見知りしないリリィにダミアンは微笑んだ。テランスと同世代の彼は、村をまとめる立場の一人だという。
「それで、そちらは見ない顔のようだが」
「ああ、こいつは護衛だよ。移動間のな。速達で知らせただろう?」
「俺はてっきりアルトロワの人間だと……わざわざ外の人間を雇ったのか? 言ってくれたらヴィクトルを残したのに。合同訓練に出てたんだ」
「ダミアンさん、魔石の搬入終わったよ! 遅れてごめんよ!」
テランスがユーグへの誤解を解こうとしたとき、村の集会所から若い男が出てきた。男はダミアンに手を振っていたがユーグの顔を見ると、笑みを浮かべて走ってくる。
「ユーグ! 何してんだよ、こんな所で」
「やあ。訓練以来だね」
「ヴィクトル、知り合いか?」
驚くダミアンに、ヴィクトルと呼ばれた若者は頷いた。
「この前の訓練で知り合ったんですよ。領主様の……えっと」
「顧問兼、雑用係」
ユーグは簡潔に答えた。
「森で魔獣の間引きをしてこいって言われたので、テランスさんに同行させてもらったんです。まだこの辺りの地理には詳しくなくて」
ユーグのことを知っている村人がいたことで、ダミアンの警戒心は解けたようだ。更に面倒な魔獣の間引きを引き受けてくれると知り、分かりやすいほど態度が軟化する。
「そりゃあ助かる。集会所にはあんたが使うベッドも用意しているよ。他に必要なものがあったら、言ってくれ。魔獣用の罠とかな」
馬はダミアンとその家族が世話をしてくれるという。彼の家へ連れて行くと、初めて見る軍馬をしきりに褒めていた。馬の世話にも格差があるらしく、軍馬を任されることは名誉なことだそうだ。
「これで俺も死ぬまで自慢できる話が出来たな! 死んだ親父が聞いたら、きっと悔しがるぞ」
「世話は他の馬と同じでいいそうですよ。特別扱いすると気を使う性格の子だからって」
「へぇ。優しい子なんだなぁ」
馬を見守る様子から、ダミアンなら大丈夫だろうと思われた。
ユーグ達は用意された魔石を確認しに集会所へと入った。広い部屋に長机が置かれ、魔石を入れたカゴが並んでいる。一応は貴重品に該当するので、見張りの男達が近くに立っていた。
「荷物を置いて、さっそく始めようか。俺とリリアーヌは終わるまでここから出ないが、お前はどうする?」
「ヴィクトルに森のことを聞いてこようと思います。訓練に来ている村の人なら、間引きのことも知っているはずだから」
「ダミアン、鍵を」
「ああ、これだ。間違いが無いように、テランスが数を確認したら扉を施錠する決まりなんだ。出入りするのは最小限にしてる」
出張してくるテランスの負担が減るように、食事の手配も村で負担してくれるそうだ。いつもほぼ徹夜で作業をして、仮眠を取って次の村へ行く。ゆっくりしていては雪が降る前にアルトロワに戻れないそうだ。
裏口は使用不可。用がある者は鈴を鳴らしてテランスに知らせる。用事といっても食事の上げ下げぐらいで、それも出入り口付近で渡すだけだ。今は中にいる見張りも、確認が終われば出て行くらしい。
「面倒かもしれんが、従ってくれるとありがたい」
「僕は構いませんよ。何なら寝泊まりも屋根がある場所なら、どこでもいいし」
「間引きしてくれる兄ちゃんに、粗末なことはできんよ。しっかり食って寝て、領主様に任された仕事をしてくれ」
冗談と受け取ったダミアンは、ユーグの肩を叩いて笑う。本気だったのだが、あえて修正することもないだろう。
荷物を奥の小部屋に置いてきたリリィが、集会所を出て行こうとするユーグを引き止めた。
「ちゃんとご飯の時は戻ってくるのよ?」
「期待に応えられるように頑張るよ」
「信用できないから、何か連絡を取れる道具を出して」
「悲しいなぁ」
ユーグは折り紙の鳥をいくつか手渡した。
「私、生活に関することは信じてないの。これ魔力を入れるだけで使える?」
「そう。あとは勝手に飛んでいくから。窓は閉めたままでもいいよ」
「文字は書いてもいいの?」
「うん。折り目を崩さないなら大丈夫」
「ありがと。また後でね」
上着のポケットに入れたリリィは、テランスと魔石の確認をしに作業台へ行った。
仲が良いユーグとリリィの関係に、見張りに来ていた若い村人から複雑そうな視線を向けられる。外から若い娘が来て嬉しい気持ちは察するが、リリィは絶対に譲らない。
――……お義父さんがいるから大丈夫だね。
わざわざ出張に来てくれる魔石職人を敵に回してまで、手を出そうとする村人はいないだろう。それ以前に、一人前と認めてほしくて仕事をしているリリィが相手にするとは到底思えないが。
ユーグは集会所を出て村全体を検索にかけた。脳裏に地図が広がり、ヴィクトルはワインの醸造所にいると表示されている。
森のこともある程度は分かるが、やはり地元の人間に話は通しておきたい。円満に仕事をしたいなら根回しが大切だ。
「ついでにワインも買いたいなぁ」
今年の冬は領主の屋敷に滞在することが決まっている。冬の備えをする必要はないが、酒肴品まで世話になる気はない。酒の味にうるさいあの男も、自分の領で醸造されたワインなら付き合うだろう。
白か赤か。できれば魚に合う白がいいと思いながら、ユーグはヴィクトルがいる醸造所へ向かった。




