ザイユ村
ヴィクトルを訪問すると、ちょうど醸造所から出てきたところだった。間引きのことを聞くとすぐに話してくれた。
「間引きは初めてだけど成果は出しておきたくてね」
「そりゃ頼もしい」
殲滅なら得意なんだけど、と心の中で付け足す。ある程度の数を残して生態系を崩さないようにするなら、間引きの種類にも決まりがあるのだろう。
「間引きといっても、ここは森から離れているから被害は少ないんだよ。大型の魔獣を罠にかけて狩ることが多いね。元騎士の人達は剣で倒してるらしいけど。俺は無理」
「森に入るのは誰かの許可が必要?」
「いらないよ。夜とか、一人で入るのは禁止されてるだけ。あ、でもユーグは村長に話しておいた方がいいよな」
ヴィクトルは家の中にいる家族に、出かけてくることを告げた。
「案内するよ。今日のうちに面会しておけば、明日の早朝から動けるだろ?」
「助かるよ」
村長の家では、すでにユーグが間引きに来たことは知れ渡っていた。馬を預かってくれたダミアンから聞いたのだろうか。田舎は噂が広まるのが早い。
「話は聞いているよ。領主様からは人を寄越すと言われていたからね。夏の終わりに一度間引きをしたが、また増えているだろうなぁ。今年は少し多いようだ」
柔和な顔の村長は、老人特有のゆっくりとした口調で言った。
「知っているとは思うが、あまり奥へは行かないようにな。森の深い所には厄介な魔獣がいるからね」
ヴィクトルが好意的に紹介してくれたお陰か、余所者のユーグにも森へ入ることが許可された。続いて誰が一緒に行くかという話になる。
「俺でよければ森を案内するけど、どうする?」
そう申し出たのはヴィクトルだった。彼は弓を扱うので、前衛のユーグにとっても守りやすい。
「僕は構わないけど、仕事は? 確かワイン造りをしてるって言ってたよね?」
「今は果汁を絞り終わって発酵させてる段階だから。ずっとそばにいなきゃいけないわけじゃないんだよ。一日中は厳しいけど、半日ぐらいなら」
村長の家を出てから、ヴィクトルは己の家について語った。
「合同訓練が終わってすぐは忙しかったけどな。夏に親父が腰を痛めたせいで男手が足りなくてさ。村を守るために訓練してこいって追い出したくせに、ワイン造りがあるから、終わったらさっさと帰ってこいなんて言うんだ。思わずどっちか一つにしろって喧嘩したよ」
「でも訓練に参加して、急いで帰ったんだ?」
「そりゃあ……どっちも楽しいからさ。みんなと訓練に参加して、アルトロワの酒場で飲んで騒ぐなんて滅多にできないし」
「ワイン造りは?」
「毎年、似たようなことの繰り返しだけどさ、ワインっていつも同じ味のものが出来るとは限らないんだ。ブドウの質もそうだけど、醸造してる時の環境も影響されて……どうすれば美味しいのが出来るのか、考えて造るのが面白いんだ」
ヴィクトルが本気でそう思っていることは、喋る声音でよく分かった。
明日の朝から行動を始めようと約束をして、集会所へ向かう。ヴィクトルの家までは通り道になるので、途中までは一緒だ。
「ところでヴィクトルのところは造ったワインの販売をしてる?」
「お、何だ、ワインもイケる口か? イイ女の口説き方を教えてくれたら割引してやるよ」
「んー……じゃあ定価のままでいいよ。おばちゃんに商品をオマケしてもらえるコツなら喋るけど」
「それじゃ意味ねーんだよ」
いいワインを選んでおくと言うヴィクトルと別れ、ユーグは集会所の鍵を開けて中へ入った。ちょうど夕食が届いたところだったらしく、作業台とは別の机に鍋が置かれている。そちらを食卓として使うのだろう。
「お帰りなさい。そろそろ呼ぼうと思ってたところだったのよ」
リリィは手に持っていた折り紙を見せた。魔力を流す前だったため、形は変わっていない。
「お父さんも、中断して夕飯にしない? 早めに鍋を洗って返しておかないと」
「そのまま返してもいいって言われているが……」
「それはお父さん一人の時でしょ。女の私がいるのに、汚いまま鍋を返したら陰で何を言われるか」
こちらの世界ではまだ家事は女の仕事という考えが根強くある。家電に相当するような魔導器が増えれば、こうした考えも変わっていくかもしれない。
「とにかくお父さんはその魔石をカゴに戻して。ほら、ユーグも……入り口で固まって、どうしたの?」
「いや……リリィに『お帰りなさい』って言ってもらえる日が来るとは思わなくて、ちょっと感動してた」
「もう。大袈裟」
「お前な、俺がいるってことを忘れてないか? どさくさに紛れて新婚気分を味わってんじゃねえよ」
テランスに睨まれたが、心が浮ついている今は全く効果がない。むしろ同行を許してくれたことに心から感謝をした。
村人が用意をしてくれた夕食は、黒パンとスープの組み合わせだった。味付けは塩と胡椒だけのようだが、食材と調理をした人の腕が良いのか最後まで飽きない美味しさだ。
「森の話は聞けたのか?」
夕食が終わる頃、テランスが尋ねてきた。
「ええ、問題なく。夜は入るなと言われたので、明日の朝から行ってきます。魔石の作業はどれくらいかかりそうですか?」
「この量なら徹夜で続けて、明日の夜には終わるだろうな。リリアーヌも、それでいいな?」
「もちろん。村を出るのはいつ?」
「明後日の早朝にダミアン達を呼んで、納品したら出発する。ただ、リリアーヌは初めての作業だから、深夜まで続けたら仮眠を取りなさい」
「どうしても?」
「寝不足は作業の質にも影響する」
有無を言わせない口調だった。リリィは素直に返事をする。職人としての腕はテランスが遥かに上だ。その熟練者がやれと言うのだから、反対する理由などなかった。
食事を終えてリリィと協力して皿を洗っていると、またテランスに微妙な顔をされた。きっかけを見つけてはリリィの側にいることなど、とっくに見抜かれている。だが、やっていることは雑用や手伝いなので文句は言えないらしい。
「お父さん、鍋返してくるね」
「じゃあ僕は荷物持ちで」
「リリアーヌ、手伝ってもらえ。外はもう暗い」
「子供じゃないんだから一人でも運べるのに」
子供じゃないからこそ番犬が必要なことをリリィは分かっていない。前世が男だったことを忘れたのだろうかとユーグは疑った。集会所まで送ることを口実に、言い寄られるとは考えていないのだろう。幼馴染の家にお裾分けをしに行くこととは違うのだ。
「おい、分かってるな?」
「もちろんです。さっさと終わらせて帰ってきますから」
男同士で意思の疎通をし、ユーグは鍋と黒パンが入っていたカゴを持つ。子供扱いされていると勘違いしているリリィを急かし、食事を分けてくれた家へと向かった。
*
夜中に集会所を抜け出して森の入り口に偵察用の道具を使ったこと以外は、何も起きなかった。夜行性の魔獣が引っ掛かるかと思っていたが、野生動物が見つかっただけ。この様子なら大型魔獣の数もそう多くないだろう。
仮眠用に用意してくれた部屋はテランスと相部屋だ。明け方に眠り始めたテランスを起こさないように、ユーグはそっと部屋を出る。食卓に茶器が置いてあるのが見えたので、手持ちの茶葉を異空間の収納から取り出した。
「おはよう。もう起きたの?」
朝食向けの銘柄を選んでいると、リリィが起きてきた。質素なシャツとズボンに袖がない上着という、ほぼ男装に近い格好だ。髪は三つ編みにして背中に垂らしている。
「おはよう。飲む?」
湯と茶葉を入れたポットを見せると、リリィは頷いた。
「久しぶりにユーグが淹れたお茶を飲む気がする」
「転生してからは初めてじゃないかな?」
食事が届けられる頃にはテランスも起きてきた。短い睡眠だったにも関わらず、しっかり目が覚めている。だが冷たい水で顔を洗った後に、当然のように作業を始めようとしてリリィに咎められていた。
「食ったらまた作業を再開するか」
「はーい」
「じゃあ僕はヴィクトルと森へ行ってきます」
朝食と同時に昼の分も届けられていたので、リリィが取り分けて薄紙に包んでくれた。丸く焼いたパンに肉や野菜が挟んである。森で活動するユーグにも食べやすい形だった。
村の広場で待っていたヴィクトルと森へ入り、大型の魔獣を探す。森の中に設置した魔獣避けの結界を目印に付近を探してみたが、午前中で仕留めたのは三頭だけだった。
「毎年、こんなもんだよ。ザイユ村の付近には魔獣が嫌う植物があってさ。ブドウ畑の周囲にも植えてんの。だから他の地域ほど被害は出てないってわけ」
「その植物は他の地域にも植えてるの?」
「いや、土が合わないらしくて、上手く育たないんだってさ」
植物が合わない地域は、また別の方法で魔獣の被害を防いでいるのだろう。
ヴィクトルの勧めで、その植物の近くで昼の休憩をすることにした。棘がある枝に気をつけて座ると、独特の香りがした。削った木材とスパイスを合わせたような匂いだ。この香りが魔獣を寄せ付けない原因らしい。
「一緒に来た職人の女の子とは仲が良いのか?」
「どうしたの、急に」
座るなり遠慮なく聞いてきたヴィクトルは、何となくと続けて言った。
「村にいるとさ、他所から来る人が珍しいんだよ。しかも可愛い子が来たから、俺たち若い男としては気になるわけ。恋人がいるのかな、とか」
「喧嘩なら受けてたつよ?」
「落ち着けよ相棒、俺はまだ死にたいなんて言ってない。それに俺の好みは白馬亭のシュゼットちゃんだ」
冗談めかした口調で軽く脅すと、ヴィクトルも大袈裟に首を横に振った。
白馬亭はアルトロワにある酒場だ。軽く検索をすると従業員の一人がシュゼットという名前だった。
「それならいい。それで、君が他の男を牽制してくれる見返りに、僕は何を望まれているのかな?」
取引の気配を察して先回りをした。ヴィクトルは本音を見抜かれて苦笑いを浮かべる。
「シュゼットちゃんとお近づきになりたいので何かいい案を授けて下さい! 頼む。来週、ワインの納品に行くんだよ」
「仕方ないなぁ。素直に白状したことに免じて許す」
今も昔も、この手の相談をよく受ける。普段の言動から人の心に詳しいと思われて、頼りにされることがほとんどだ。
別に恋愛には詳しくないんだけど――ユーグはそっと息を吐いた。
自分の心すら持て余しているのに。わざわざユーグが教えなくても、彼らの中に答えはあるのだ。無意識で蓋をしている事実を気付かせるだけ。
――他人から見れば、僕も似たようなものなんだろうな。
自己分析も兼ねてヴィクトルの話に付き合うのも面白いかもしれない。そう考えたユーグは村へ戻る道中、ヴィクトルから『普通の』恋愛について聞き出すことにした。




