短編 妖精王の腕輪 中編
領の境界にある山道は雪深くて危険だ。山を越えた麓まで一気に移動し、街道を進む。木々を切り拓いて作られた道は、足首の辺りまで雪が積もっていた。
――魔獣はフェリクスに任せて、魔力の回復に専念するか。
一時間もあればアルトロワの入り口に帰れるだけの量が溜まるだろう。
特に問題もなく歩いていると、進行方向に発光する物が漂っていた。近づくと道の先へ飛び、その場で留まっている。まるで二人を導いているかのようだ。
進むにつれて数が増える発光体からは、敵意のようなものは感じなかった。
「……何だあれは」
「何だろうね。地元の伝承とか伝わってないの?」
「聞いたことがないな」
魔獣などの危険なものなら、真っ先に領主のところへ報告が上がっているはずだ。
「領内で見慣れないものを見かけたら、ちゃんと調べておかないとね」
「ああ。街道に影響が出ると困る」
突如として現れた正体不明の光に、ユーグとフェリクスは興味を惹かれた。冒険心というものは幾つになっても衰えないようで、少しぐらいなら寄り道をしてもいいだろうと判断を下す。
発光体は街道から外れる様子はない。先へ先へと二人を誘う。導かれる先に何があるのかと、徐々に期待が高まっていった。
無言のまま緩やかに曲がる街道を進んでいくと、雪の上で動く物が見えた。
ふとよぎった嫌な予感を無視して歩いた二人の目の前に、荒縄で亀甲縛りにされた裸の中年男性が転がっていた。
「ああ……良かった、私が見えるんですね。どうかこの戒めを解いてください」
見た目の怪しさとは裏腹に、丁寧にお願いをされてしまった。
「……ねえ。たしか、この先に少し大きな川があったよね?」
「ああ。ちゃんと海まで流れるようにしろよ」
「じゃあ舵を付けておくか」
「ちょっ……水に流して無かったことにしないで!?」
見なかったことにしようとしたユーグ達に対し、男は雪の上で暴れて抗議してくる。あの発光体も助けを求めるように、二人の周囲に近寄ってきた。やはり敵意はなく、焦りの意志が伝わってくる。
「助けてあげなよ。君の領民でしょ」
フェリクスは男から目を逸らした。
「あんな領民がいてたまるか。汚物は自然に返せ」
「気持ちは分かるけど、色々な趣味の人がいるからねぇ……頭ごなしに否定するのもどうかと」
ユーグは仕方なくフェリクスを説得し、話だけでも聞いてやることにした。男は感動した面持ちで二人を見上げ、やがてぽつりと話し始めた。
「私はこの辺りを統治する妖精の王なのですが」
「妖精……?」
どう見ても特殊プレイ中の人間の男にしか見えない。怪訝を通り越して不審者を見る目になった二人に対し、男は慌てて付け足す。
「い、今は悪しき魔法で姿を変えられているだけなんです! 本当はもっと、こう、光り輝く姿なんですよ!」
妖精王を自称する男によると、一部の妖精が反乱を起こして力の象徴を奪い取ったらしい。そのため男は王としての力を失い、拘束されて雪の上に捨てられてしまった。
「あれがないと、私は妖精たちを統治できません。このままでは人間の世界にも影響が出てしまいます」
人間と妖精は住む世界が違う。伝承があっても姿を見たことがないのは、次元の違いなのかとユーグは解釈した。稀にお互いの世界が交差して、迷い込む個体がいるそうだ。
妖精の王は人間の世界に迷い込んだ仲間を探して、連れ戻すために次元の扉を開く力を持っているという。妖精の世界に入ってしまった人間も、王の力で生還させている。
「反乱者達は故意に扉を開いて、人間の世界に進出するつもりです。今までは少人数ゆえに小さな悪戯しか出来ませんでした。ですが本格的に介入できるようになったら……人間を誘拐することもあるでしょう」
「昔はその手の逸話もあったようだが」
「こちらの世界に瘴気が渦巻く以前ですね。当時は気まぐれに扉を開いて悪戯をしていたようです」
瘴気とは、人を魔王に作り替えていた魔力のことらしい。魔力の流れが不安定になり、妖精は長い間こちらの世界に来ることが難しくなった。
同時に、悪戯に困った人間によって、大規模な妖精狩りが行われたそうだ。妖精は定期的に自分達の世界へ戻らないと、力を失って消えてしまう。人間を脅威とみた妖精は反撃する派閥と、扉を閉じて干渉しない派閥に分かれた。
「――最終的には無干渉派の私たちが勝ちました。そのため長い間、人間の前には姿を現さなかったのです」
妖精狩りの伝承が途絶えていたのは、彼らが自分達の世界で大人しくしていたからだろう。
人間側にしてみれば、得体の知れない力で危害を加えられた挙句に、逆恨みされている状態だ。妖精を避ける手段もない今は、一方的に攻撃されてしまう。
「こちらとしても無駄な争いは避けたいが……」
フェリクスは妖精の王を見下ろす。
「この縄を切ってほしいのです。これは私達の力では断ち切れません」
「危険度は?」
「僕達にはただの縄だね」
触れても害はない。ユーグはナイフで荒縄を切ってやった。解放された妖精の王は蝶の羽を広げて空中に浮かび上がり、漂う発光体を呼び寄せる。発光体の一部は男の体を覆い隠して服になった。
――あれ? どこかで見たことあるような。
ユーグの脳裏にうっすらとした記憶が浮かぶ。
この世界に来て間もないころ、リリィが作り出した幻とよく似ている。ただの偶然か、それとも何らかの法則が働いているのだろうか。
「ああ……ありがとうございます。ここから先は私達で解決いたします」
恍惚とした顔で空を見上げる妖精の王に、フェリクスが後ずさる。あまり物事に動じない性格の彼だが、未知との遭遇で根幹が揺らぎつつあった。
このまま別れて忘れてしまいたい――そんな心情が透けて見える。
「ねえ、この周りで光ってるのは何?」
光の中心は見えそうで見えない。
妖精の王が一つをユーグに向かわせた。光が収まり、小さな人型の生き物が現れる。緑色の目はほとんど白目が見えず、トンボに似た羽が生えている。顔は全体的に起伏に乏しく、体も細かった。
寄ってきた他の個体を見比べてみても、雌雄の差は分からない。針金に粘土を貼り付けたような彼らは、背中の羽で飛ぶというよりも、漂うといった表現が似合う。
「妖精ですよ。王と側近のみが私のように大きく変化するのです」
「その外観は自分で選んだのか?」
誇らしげに体の大きさを示す王と、中性的な外見の妖精。両者を見比べてフェリクスが問いかける。
「いいえ。王の姿は世の流れに大きく影響されます。かつては人間ではなく動物の姿に似た時代もあったとか。私に代替わりした時は、ある強固な意志の力が流れ込んできました」
「強固な、意志?」
「必ずや物事を成し遂げるという、真っ直ぐな意志でした。ああ、妖精は他の世界から『呼ばれる』こともあるのですよ。滅多にないことですが。召喚の導きによってこの世界に呼ばれた私は、そこでこの姿を得ました」
ユーグは色々と察してしまった。
「その、召喚した人は?」
「残念ながら、私達には人間を見分けることができません。幾度か召喚していただいたということは、何らかの目的があったようですが……」
「いや……たぶん、何も考えてなかったと思うよ……」
彼女の意見を代弁したユーグに、フェリクスが怪訝そうな視線を寄越す。後で教えるとだけ言って、妖精の王に改めて尋ねた。
「それで、君達は自分の世界へ帰るのかな?」
「ええ。妖精はこの世界に長く留まると衰弱死してしまう。この子達が消えてしまわないよう、急いで帰ることにしましょう。残された私の魔力でも、帰還のための扉なら開くことができます」
妖精の王が両手を広げて呪文らしき言葉を呟いている間に、発光体が一箇所に集まって震え始めた。
「今度は何だ?」
「これは……いけない! すぐに離れてください!」
焦る妖精の王が、ユーグ達に逃げるよう促す。
「戒めを切ったことで、あいつらに気づかれました! このままだと巻き込まれます!」
すぐに転移で逃げようとしたユーグの目の前に、青紫の発光体が湧き出てきた。
最初に遭遇した光とは違う。
逃げ道を塞がれた焦りが一割、これが敵対勢力かと観察する意識が三割。残りの意識は防御に割り振って、領主の近くに移動した。




