後始末
戦いが終わって獣の脅威が去ると、今度は戦闘に参加していなかった領民が主体となって復旧作業が始まった。
畑で死んでいる獣を移動させるため、馬車や荷車を持ってきた領民は、獣の体が一回り小さくなっていることに気がついた。どうやら最初に倒された個体ほど縮んでいるらしい。
「魔石は……やはり無いようですね」
獣の解体作業をしていたカミーユが、切り開いた腹部を広げた。領主をはじめ、内部を見た全員が言葉を失っている。
調べれば調べるほど不可解な獣だった。見た目は魔獣と変わらないのに、生命活動に必要な臓器が一つもない。体の中にあるものといえば、黒く硬い骨と炭のカケラのような石だけだった。骨の周囲についている黒く弾力がある塊が筋肉の役割を果たしていたようだが、縮んで消失し始めた今となっては想像することしかできない。
「四つ足で走り回るだけかと思いきや、壁に登るし鳥にもなれる。別の生き物に擬態する魔獣はいるが……こいつはどうやって生きてるんだ?」
別の獣を解体して調べていた団員が、黒い塊を指先でつまみ上げた。塊は少し力を入れただけで割れ、粉々になってしまった。
「その炭みたいな石が魔石の代わりだったのかもね。わずかに魔力が残ってる」
ユーグは他の個体から回収した石を太陽の光にかざした。光を通す魔石と違い、全く透明感がない。
――勇者として選んだ人間を魔王化させる擬似核と似てるけど……賢者の技術に比べると無駄が多いなぁ。
技術も魔法式も長い歴史の中で無駄を省き、あるいは不足しているものを付け足し、洗練されていくものだ。この石には賢者が削ぎ落とした部分が残されているような印象を受けた。
「……やはり荒野に集めて浄化するしかないか」
フェリクスが無表情のまま言った。
聖職者が使う浄化の力は、なぜか黒い獣の死骸にも有効だった。本来なら呪いや悪霊の霊障を消すために使う。だが大通りに落ちた黒い鳥を調べていたミケーレ司教ら聖職者数名から、悪霊と似た力を感じると報告があった。試しに浄化の力を使ったところ、鳥の片翼が消失したという。
――あの気味が悪い魔力が原因で、亀裂が発生して獣が出てきた。あの獣自体も魔力の塊だったってことかな。じゃあ、その魔力を生み出しているのは?
かつて負の想念を人間から吸収していた免罪符は、もう作られていない。財源として作っていた教会が、責任をもって製法を根絶させたためだ。
外側から森を見る限り、魔力の吹き溜まりはあっても『何か』を生み出せるような地形をしていない。もし魔王がいると言われていた山のような場所だったなら、リール領にいる魔獣はもっと凶悪な種類が多かっただろう。
落胆した領民たちは、獣の死骸を荷車に乗せていった。
せめて普通の魔石が回収できたなら、彼らの戦いの疲労も違っていただろう。魔獣から剥ぎ取った毛皮や肉、魔石は財源になる。そのまま復興費用として、あるいは怪我をした領民への治療費に充てることができたはずだ。何かしらの『報い』がない戦いは虚しい。
――死人が出なかったことは幸運だったな。
獣を排除した畑では、荒らされた箇所の点検と手入れが始まっていた。教会からもらった聖水を撒き、畑にいるらしい精霊に固形肥料の貢物をして祈る。
ミケーレ司教によると、畑にいる精霊は獣に対して怒りを感じているそうだ。自分たちの魔力を奪い、棲処を荒らしたことが原因だった。だが他の生き物に荒らされることは植物の日常だからか、その種類の怒りが長く続いた試しがない。
枝を切り落とされても、葉を食いちぎられても、自然の一部だから仕方ない。植物の精霊とは、そういう思考をしているらしい。
畑や荒野に転がっている獣を回収し、一箇所に集めていると、森の結界を点検していた自警団員が戻ってきた。大量の獣がアルトロワに集結したため、異変があったのではないかという疑いがあったためだ。
団員たちはフェリクスを見つけると、すぐに近づいて報告を始める。
「結界が一つ壊されていました。例の印を付けられたものではなく――」
作業をしながら盗み聞きしたユーグは、壊された結界の位置を脳内の地図上で確認してみた。あの遺跡からアルトロワまでの直線上に、その結界はあるらしい。
遺跡から移動した獣が何らかの方法で破壊したのだろうか。そして弱くなった結界を越えて大量の魔力が流れ、森の出口に亀裂を発生させるに至った。ユーグ達が到着するわずかな間に、大量の獣が防壁に群がっていた理由も、これなら筋が通る。
「現在、壊された結界は例の雑貨屋の店主に見てもらっています。おそらく土台ごと交換することになるかと」
きっとエルフの雑貨屋店主のことだろうとユーグは思った。あの結界はエルフにしか作れない。
「結界には自己防衛する機能があると聞いているが」
「壊れた結界の周囲に、大量の獣の死骸がありました。数にものを言わせて破壊したのでは」
「しばらくは森への立ち入りを禁止するしかないか。生き残った獣がいる可能性もある」
「街道はいかがいたしましょうか」
「移動の制限はしないが、必ず護衛をつけることを条件とする。森に近い村にも通達を。必要なら、アルトロワに避難場所を確保する」
もともと冬は他の町や村への移動が減る時期だ。雪が降る地域なので行商も途切れがちになる。結界が設置されるまでの間、領民への影響はほぼ無いと思われた。
森を警戒しなければならない自警団の負担は増えることになるが、夜間の警戒に参加すると申し出てくれる住民もいるらしい。防壁の上から森を監視して、異常があれば知らせる、必要だが退屈な仕事だ。どこに振り分けようかと、ジルベールら上層部が悩んでいた。
森は不気味なほど沈黙している。
――瞳を探せって言ってたよね。
防壁で侵攻を止められた獣が、目的を達成したはずがない。亀裂を生み出すほどの魔力がたまるのを待っているのだろうか。
――あの遺跡を捜索して発生源を見つけないと、たぶん終わらない。一人で勝手に行くわけにもいかないし、どうしようかなぁ。
リール領全体の安全にも関わる問題だ。町の備えが不十分なまま、遺跡の調査に乗り出すことはできない。不愉快な魔力に影響されて、探索に必要な魔法が使えないことが障害になっている。
ユーグは獣の死骸を荒野に降ろしながら、準備しておくべき道具をリスト化していった。




