優先順位
転移門で移動した先は、森の出口だった。防壁の内側ではないのかと思ってフェリクスの顔を見ると、険しい顔で妨害されていると言った。
「座標が安定しない。これでも近くへ寄せたのだが」
「領主様、防壁にあの魔獣が」
ネストリの声に、全員が街の方向を見た。
防壁に張り付くように黒い影が動いている。松明に照らされた姿は、遺跡で戦った魔獣に間違いないようだ。
「あれからすぐ移動したのに、もうあんな所まで……?」
信じられないとカミーユがつぶやく。肩に乗せた猟犬を背負いなおし、ただ困惑していた。
試しに転移の魔法を展開させてみたが、フェリクスが言う通り転移先が設定できない。磁石のように反発され、無理にねじ込もうとしても要望とは別の場所へ飛ばされそうになる。
「森の中に魔獣が出てくる亀裂が発生してるみたいだね。魔力の流れが不安定になってるせいで、座標が狂わされてる」
「一人だけなら、消費魔力を増やせば転移できないこともないが」
「ならば、領主様がお使いください。今は防壁で持ち堪えておりますが、戦況が悪化する可能性も」
ネストリの進言に、カミーユとレオンも同意した。彼らは領主に安全な防壁の上から指揮をとってもらいたかったようだが、肝心のフェリクスには届かなかった。
「却下だ」
「しかし」
「このような事態が起きた時のために、ジルベールを自警団の頭に据えた。俺とは比べ物にならないほど経験豊富だ。防壁で持ち堪えてくれている間に、森の中に発生している亀裂を消しに行くぞ」
亀裂を消してしまえば、魔獣が供給されなくなるので戦いが楽になるというのは、誰もが理解できる。だがそれは領主が行うことではないと、皆の態度が物語っていた。
「ユーグ、お前からも何か言ってやれ」
領主の意見を変えられそうにないと踏んだネストリが、ユーグにも説得をするよう促す。
「むしろ逆効果だよ。僕が言って聞くような、カワイイ性格してないでしょ」
可能性があるとすればモニカだろうが、彼女は戦いに詳しくない。理詰めで説明されたら、逆に納得をして従うだろう。
「ユーグ、ネストリに渡した道具はまだあるのか? 森の中なら俺が一番詳しい」
直接の説得を諦めたカミーユが尋ねてきた。彼は領主が動く理由を無くして、大人しくしていてもらう作戦にでたようだ。
「あるよ。でも全部の亀裂を消すには足りないかな」
「あの紙なら、まだ余ってるぞ」
ネストリが出した札を合わせても足りそうにない。やはりフェリクスが持つ剣の力が必要だった。
正確な亀裂の場所を探知できるのは、ユーグとフェリクスぐらいだろうか。カミーユなら魔獣が移動する音や気配を察して、亀裂の位置を割り出して発見できるだろう。ただカミーユは動けない猟犬を担いでいる。移動速度が落ちることは明確だ。
やはりフェリクスと二人で消して回るしかないのかと考えていると、風もないのに周囲の木々が大きく揺れた。落ちた枝や雪の下に埋まっていた枯葉が集まり、小さな人の形を作り上げていく。
現れたのは森に住んでいる精霊たちだった。警戒もせず人間に近づいて、袖を引いてどこかへ誘導しようとする。
「亀裂がある場所を教えてくれるのか?」
モニカの影響か、精霊の仕草から目的を読み取ったフェリクスが聞くと、彼らは頷いて肯定した。森の中に現れた異物は、精霊にも害があると感じているようだ。
「道案内がいるなら、それぞれ動いて消せばいい。転移門はカミーユの猟犬に使おう」
黒い獣が共有され続ける限り、領主が戻ったところで戦況は変わらない。そうフェリクスに説得され、カミーユ達も従うことにした。猟犬をアルトロワのどこかへ転移させてから、ユーグが提供した札を受け取る。
精霊に導かれた仲間がそれぞれ森の中へ散っていくと、フェリクスは満足そうに精霊を肩に乗せた。
「これでようやく好きに動ける」
「亀裂を消したら、防壁に転移しなよ。カミーユ達は僕が移動させるから」
「魔力が足りない。犬を転移するのに使い切った。あちらは元騎士団長がうまくやってくれるだろう」
「君が常習犯だってことは理解した。盗賊狩りをするたびに、そんな風に立ち回ってたんでしょ。君の部下は大変だね」
ユーグはフェリクスに回復用の魔石を投げつけた。危なげなく受け取ったフェリクスは、すぐに砕いて己の魔力を回復させる。
「お前はどこを回る?」
「一番、遠いところから」
「終わったら下の魔獣狩りだ」
「防壁の上へ帰る気はないと?」
「当然」
フェリクスは抜き払った剣を肩に乗せた。
「上からの攻撃だけでは限度がある。矢も無限にあるわけではない。尽きる前に獣どもを一匹でも多く始末する」
「まさか自分を囮にして、防壁の前にいる魔獣を引きはがすつもり?」
「門の前が手薄になれば、弓以外の戦力を投入できるだろう。元騎士団長へ、こちらの動きを知らせておいてくれ」
防御するしかない戦いから、攻撃へと転換させて一掃するつもりのようだ。魔獣を町に入れずに門を開けるには、防壁に張り付く獣は少ない方がいい。今は多すぎるために硬く閉ざされたままだった。
亀裂がなくなれば獣は補充されなくなる。とはいえフェリクス一人にかかる負担は大きい。
「ここの領主は俺だ。領地を守るために前線に出て、何が悪い」
「次の領主が苦労するでしょ。君みたいに、最前線で活躍できる人材ばかりじゃないんだよ」
「先代のやり方を全て倣う必要はない。合わなければ変えればいい。変化を恐れているようでは、取り残されるだけだ」
そう言ってフェリクスは精霊と共に森の奥へと消えていった。
「すぐに対応できるような、器用な人ばかりでもないんだけどねぇ。まあいいか」
領地を発展させていく開拓期だからこそ、フェリクスのような強引さが求められているのだろう。本人もそれを理解している。己に向けられる期待に応えるため、いくつの無茶をしてきたのか。
ユーグはフェリクスの伝言を紙片に走り書きし、防壁の上にいるジルベールへ向けて投げた。
「頼んだよ、白菊」
真っ白な紙は命令通り、白い鳥に変化して羽ばたいていった。ユーグは残った精霊を頭の上に乗せ、座標の近くへ転移した。




