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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
5章 移り変わる境界

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赤い目の獣


 索敵の魔法はすっかり使い物にならなくなっていた。辺り一面に粘度の高い魔力が満ちていて、息苦しささえ覚える。


 魔力がひときわ濃くなった場所に、歪みが生まれた。ねじ曲げられた空間が黒く染まり、縦に亀裂を発生させる。鋭い鉤爪を持った腕が亀裂を押し広げ、こちら側に這い出ようとしていた。


 獣の咆哮が聞こえる。


「出てくるぞ!」


 目の前にも現れた亀裂へ向かって、ネストリが戦斧を振り下ろした。亀裂から出ていた獣の前腕が切断され、どす黒い血が石畳の上に落ちる。傷つけられた痛みで獣が亀裂から飛び出し、ネストリへ向かって牙を剥いた。


 四つ足の獣だ。毛並みは黒く、目が赤い。狼の頭をしているが、前足は猿の手になっていた。


 ネストリは獣のあごに戦斧を引っ掛け、亀裂から引きずり出した。獣の巨体が宙を舞い、硬い石の上に叩きつけられる。素早く戦斧を外したネストリが先端を巨体に突き刺し、とどめを刺した。


 身体強化を全く使わずに、これだけの力技を成す技量にはいつも感心する。


 それぞれが亀裂から生み出された黒い獣と交戦する中、フェリクスが前面に出た。襲いかかってくる魔獣の間をすり抜け、亀裂に接近する。魔法すら断つ両手剣は、頭を覗かせた魔獣ごと亀裂を消滅させた。


「予想通りだな」

「絶対ウソだ。魔獣が出てくるのがウザくて、叩き斬っただけでしょ」


 満足そうに己の仕事を誇るフェリクスに、ユーグは冷静に告げた。戦うことに関しては天賦の才能を持つフェリクスだが、帝国人はたまに力技で解決しようとするから油断できない。濁った魔力が亀裂を発生させたことに早くから気がついて分析していたものの、戦いながら考えるのが面倒になったに違いない。


「消滅させたから、良いだろう」

「結果論って知ってる?」


 ユーグは魔法式を記述した札を亀裂に叩きつけた。札は亀裂を吸い込んで桜色に染まり、花びらとなって散る。亀裂を発生、維持している魔力を札に吸い取られて消滅したようだ。代わりに札は無害な魔法を発生させて役目を終えた。


「二人とも、言い争いは終わってからお願いしますよ!」


 向かってくる魔獣を叩き伏せ、ネストリが叫んだ。フェリクスの近くで発生した亀裂を長い柄で殴り、出てくる最中の魔獣を気絶させる。ネストリに亀裂を消滅させる力はないが、わざと出口を詰まらせて妨害することに成功した。


「魔獣だけを片付けても意味がない。この亀裂を消滅させなければ」

「護衛としては、大将には後ろで大人しくしていてもらいたいんですが」


 やる気に満ち溢れたフェリクスに対し、ネストリはごく当たり前のことを言った。放っておいても死にはしないが、そこは護衛としての意地が許さないようだ。


「俺以外にもこの剣が使えるなら、そうしよう」


 護衛と同等か、それ以上に強いというのも考えものだ。フェリクスは軽く魔獣を斬り伏せて、次の亀裂へと向かっている。


 ユーグはネストリに亀裂を消滅させる札を渡し、諦めろと諭した。


「主を守りたいなら、さっさと亀裂を消す方が早いよ」

「危険を元から断てと。なかなか難題を言ってくれる」


 戦場を自由に走り回る領主とは逆の方向にネストリは駆けていった。


 比較的、亀裂が少ないところでは、動けない犬を守るようにカミーユとレオンが奮闘していた。ユーグが亀裂を消して回ると、助かったと疲れた笑みを浮かべる。


「悪い、足手まといにはならないつもりだったんだが」


 猟師のカミーユは魔獣の集団に慣れていない。ショートソードを手に立っているのもやっとだ。


 彼は猟犬を使って獲物を追い込み、弓で仕留めるような、待ち伏せ型の戦いなら本領を発揮できる。弓も携行していたが、囲まれた状態では使えない。獣の攻撃を受け流すか、牽制するのが精一杯のようだった。


「この数の魔獣から、自分の身を守れるだけでも大したものだと思うがね」


 カミーユがいるところに後退してきたレオンは、魔獣の動きを見ながら剣を構え直した。仲間と猟犬が攻撃されないよう、獣たちを惹きつけながら戦っていたらしい。左腕の袖が引き裂かれている。幸い、傷は浅いようだった。


「動きが犬と同じだからな。まだ俺でも先が読める」

「さすが猟師だ。あの前足に捕まるなよ」

「もうすぐ領主とネストリが全部の亀裂を消すから、休憩してるといいよ」

「いや、領主様が戦っているのに、そんな」


 カミーユは申し訳さなそうに拒否したが、問答無用で猟犬ごと小さな結界に閉じ込めておいた。


「じゃあ俺とユーグは獣を片付けに行くか――どうした?」


 黒い獣たちが一斉に動きを止めた。ピラミッドの方向に頭を向けて、無防備な姿を晒している。


 最後の亀裂を消滅させたフェリクスとネストリも、異変に気がついた。





「違う。ここには無い。探せ、私の瞳」





 またしても、あの声がする。


 獣たちが一斉に動いた。声に導かれるように、全ての個体がピラミッドから遠ざかっていく。まるで放たれた猟犬のようだ。


「領主様、あいつらはアルトロワへ向かっています!」


 獣が去った方向を戦斧で示し、ネストリが叫ぶ。フェリクスは頷いて、カミーユを守る結界まで走ってきた。


「町へ戻るぞ」


 転移門が持ち主の要望に応じて展開された。


 あのピラミッドに何があるのか気になるが、アルトロワに迫っている危険を放置してまで調査することではない。


 ――瞳って何だろう。


 声の主は黒い獣に命じる力がある。魔法的な意味合いを持つ象徴なのか、それとも声の主の一部なのか。いずれにしても声の主がそれを手にした結果が、自分たちにとって良くない結果になるのではとユーグは思っていた。

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ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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