生まれ変わる家
冷めてしまったスープはユーグが魔法で温め直し、二人だけで昼食を食べ始めた。美味しそうに食べるユーグを見ていると、こちらまで幸せな気持ちになってくる。
――持ってきて良かった。
食べられるなら何でもいいと本人は言うものの、やはり体のことを考えた食事をしてほしいとリリィは思う。ただ外食産業が盛んだった前世に慣れていると、自炊が面倒だという気持ちも分かる。
「この家、外観はだいぶ綺麗になったわね」
「うん。雪が降る中で漆喰を塗りたくないからねぇ」
「手伝ってもらったのは壁だけ?」
「そう、間取りは自分で決めたかったから」
「間取り?」
ユーグは微妙そうな顔で空になった皿を片付けた。
「風呂とトイレが同じ空間にあるのは、やっぱり嫌だから……」
「ああ……そういうことね」
転生して何年も経っているリリィは、もう慣れてしまったので特に不便を感じていなかった。だが日本で過ごした記憶の方が長いユーグには、風呂とトイレが分かれている方が快適だろう。
「私は掃除が楽な方がいいな」
「任せて。素材を厳選してるから汚れが付きにくい家になるはず」
他にも細かい部分で妥協したくないらしく、アルトロワの一般的な住宅とは違う造りになりそうだ。
「リリィは他に要望とか、ある? 今ならまだ変更できるよ」
本当はもっと早く聞いておけば良かったんだけど――ユーグは目を逸らして言った。ほんのりと耳が赤い。
ここに二人で住むのだという現実が、目に見える形になりつつある。具体的な話はユーグが生活の基盤を整えてからと言われているが、そろそろリリィも先を考えた行動をする時期に来ていた。
「要望ねぇ。ユーグの好きにしていいわよ」
「……書斎、とか作ってもいいの?」
欲しいのは魔法の道具を作るための作業場だろうか。彼は魔導器とは違う理論で道具を作る。道具を作るにあたり、他人には知られたくない技術などもあるのだろう。
ユーグはそわそわと落ち着かない様子だ。断られるかもしれない不安と、要望通りになるかもしれないという期待が混ざっている。リリィの返事を待っている様子が、ボールを足元に置いて見上げてくる子犬のようで、不覚にも心がときめいた。
――落ち着こう、私。男の人に可愛いは禁句だから。
書斎を作ることは反対ではない。むしろ自分が修繕をして住む家だからこそ、好きな部屋を作るべきではないだろうか。リリィはそこまで考えて、カゴに収納した鍋を見た。言っておかなければいけないことなら、一つだけある。
「ちゃんとしたキッチンを作ってくれるならね。ワンルームのアパートにありがちな、お湯しか沸かせないようなのは嫌」
「普通のキッチンから勉強してくるね……」
「あっ駄目だこの人」
任せっきりにしておくと、いつまで経っても家が完成しないことは明白だ。
リリィは実家のキッチンを参考に、必要な広さと設備を伝えた。木箱の上を片付け、ユーグが設計図に描いていく。もともと必要な面積は確保されていたので、細かい部分を修正するだけで終わった。
「この家、私が生まれた時にはもうすでに廃墟だったけど、ユーグが手に入れるとは思わなかったわ。どうしてここにしたの?」
「立地、かな。中心地に近い方が生活には便利かもしれないけど、静かなところに住みたくて。あとは広さとか。ここまで荒れてると好き勝手にリフォームできるし」
家に対して、何かしらの理想があるようだ。やはりキッチン以外は好きにしてもらうのが良いとリリィは思った。反対にリリィは家へのこだわりは薄い。狭すぎるのは嫌だが、最終的に住めるならそれでいいという考えだ。
「ここ、領主様が封印してたよね? 理由は何だったの?」
「事故物件だったからね」
「事故物件」
良くない霊がいたのだろうかとリリィは身構えた。それとも誰かが殺されるような、陰惨な事件があったという意味の事故物件なのか。
そんな家に住んで大丈夫なのかと不安になったリリィに、ユーグは慌てて訂正した。
「悪霊がいただけだよ。締め切った空き家によくあることだから!」
「よくあるんだ……」
「ちゃんと除霊したから、もう害は無いよ」
幽霊屋敷という別名は、比喩ではなかったということが証明された。住み始めてから聞かされるより良かったのかもしれない。
「悪霊が棲みついた家を片付けたい領主の思惑と、手頃な家が欲しい僕の希望が合った結果、二人で除霊をする羽目になったけどね」
「除霊って何したの? それ以前に、領主様なら教会の巫女に除霊を依頼することも出来るはずよね」
「どこから話そうかなぁ……発端は家を探してるってフェリクスに話したことなんだけど」
少し間があった。話す内容を整理するためか、ユーグは茶器を出す。長くなるからと前置きをして、慣れた手つきで茶を淹れ始めた。
こうしてリリィは家にまつわる一連の騒動を聞くことになった。




