報酬の種類
間引きで倒した魔獣は村の財産になる。今回はユーグとヴィクトルが行ったので、少し事情が異なった。持ち帰った魔獣を村長の前に並べると、解体して換金しやすい部位を渡すと告げられた。
「僕は領主様から報酬を頂いているので、素材も魔石も必要ありませんよ」
「そうは言ってもね、半日で終わらせてくれたのに何もしないのは……」
「村長もこう言ってることだし、受け取ってもいいんじゃないか?」
かかった労力に対し報酬を払おうとする村側と、領主からまとめて受け取るので必要ないと拒むユーグで意見が対立していた。報酬の二重取りを避けたいのだが、感情で動いている相手に規則を押し付けるのは悪手だ。
どうしたものかと悩んでいると、ヴィクトルが名案を思いついたかのように明るく言った。
「そうだ、じゃあ報酬分のワインを受け取ってくれよ。俺が個人的に贈り物をするならいいだろ?」
「また微妙に断りにくいことを言ってくるね」
「ついでにうちのワインを宣伝してくれてもいいぞ」
「分かった、僕の負けでいいよ」
商売熱心で強引なヴィクトルに押されて、ユーグは根負けした。渡すワインを宣伝費扱いにして罪悪感を持たせないよう、気を遣うところが慣れている。実家でワインの販売も手がけているからだろうか。
話が纏まって上機嫌の村長に魔獣を渡し、ヴィクトルとはその場で別れた。選別したワインは明日の早朝、集会所へ届けてくれる。加工が終わった魔石を取りに行くついでと言うので、任せることにした。
時刻は昼を少し過ぎたあたりだ。集会所へ帰るにはまだ早い。ユーグは暇潰しがてら、ダミアンに任せていた馬を見に行った。厩に繋がれた馬は丁寧に世話をされていて、旅の疲れは全く残っていない。明日からの移動にも十分に耐えられそうだった。
近くで薪割りをしていたダミアンに断りを入れてから、厩の掃除を済ませる。ダミアンには恐縮されたが、間引きが終わって暇だからと言うと納得された。
「集会所に戻っても居場所に困るので」
「門外漢がいてもやることは無いよなぁ。俺も魔石の加工をしてみようと思ったことがあったんだが、基本から全く分からん」
魔導器と名称が改められてから、ユーグもまだ内部を解析したことがなかった。今度、手頃な品を手に入れたら分解してみるのも楽しいかもしれない。アルトロワに帰ったら一つ買ってみようと決めて、ダミアンと別れる。
日が沈み始めたので集会所へ戻ると、テランスとリリィは黙って作業に没頭していた。
邪魔をしないよう食卓でフェリクス宛の報告書を書き、紙飛行機にして空へ放す。例年通りの数を間引きしたという簡素な内容だが、報告しないよりはましだ。
忙しい二人に代わって雑用を片付けている間に夜になり、ザイユ村での一日が終わった。緊張感は全くなかったものの、初仕事だったのでこれぐらい緩い方がいいのかもしれない。
次の日、朝早く目が覚めたユーグは転移で森へ移動し、偵察用の道具を回収した。警戒網には無害な動物しか引っ掛からない。今年もザイユ村は平和な冬になりそうだ。
魔石を村人に引き渡している間に、ユーグはヴィクトルからワインをもらい受けた。彼は一緒に間引きをしたことで、ユーグが異空間に物を収納できることを知っている。馬の背中に乗せる必要がないので、瓶詰めされたワインを数本、木箱に入れて持ってきた。
「足りないなら追加するぞ」
「むしろ多いんじゃないかな。こんなに貰って大丈夫?」
「いいって。去年までは数日かけて間引きしてたから。俺達はワインで時間を買ったようなもんだよ」
無事に引き渡しが終わり、次の村へ向けて出発した。村人に見送られ、収穫が終わったブドウ畑を抜けていく。
次に訪れた村でもテランスとリリィは用意された作業場に引きこもり、ユーグは自由に動き回っていた。森に面していないので間引きは必要ない。転移の力でアルトロワに戻って自宅予定の家を修繕したり、馬車道の様子を見に行っていた。
道中の護衛としての仕事は、狼型の魔獣を二匹始末しただけだ。獲物を探して平原に出てきたところを遭遇したと思われる。アルトロワに戻った時に商人の馬車が襲われたと聞いたこと以外、物騒な話題は出てこなかった。
商人は商品ごと馬車を奪われ、道端に斬り捨てられていたそうだ。それを聞いた領主が犯人の行方を探させているが、相手の顔も人数も明らかになっていない状態では難航していた。
最後の目的地、ル・ノーブル村への道すがらテランスが半ば呆然としたように言った。
「しまった。ザイユ村でワインを買おうと思ってたんだった……」
「ワインなら間引きの報酬に何本か貰いましたよ。一本いかがですか?」
「……いや、それはお前のものだろうが」
テランスはかなり迷った様子だったが、はっきりと断る。
「宣伝代わりに知り合いに配ってくれって頼まれたので、受け取ってもらえると助かります」
「そ、そうか……? まあ、そんな事情なら仕方ないな。だが対価は支払わせてもらうぞ。護衛の報酬に上乗せするからな」
貸し借りはしたくないのだろう。ユーグとしてはリリィと行動できるだけで、十分すぎるほどのものを受け取っているのだが。
「赤の十二年ものと十五年もの。どちらがいいですか?」
「どっちも当たり年じゃねえか……お前、なんてものを天秤にかけてくるんだよ」
テランスが言うには、ザイユ村で長期熟成されたワインのうち、美味しいと評判の年代らしい。本気で悩む父親に、リリィが呆れて声をかける。
「そんなに悩むなら、ユーグを家に呼んで一緒に飲んだらどう? どうせ冬の間は、みんな家に篭りがちになるんだから」
「あ、それ楽しそう」
「う……それは……」
テランスはワインを天秤にかけられた時よりも動揺して悩んでいる。
「僕はどちらでも構いません。決まったら教えて下さい」
長い冬の間に一度でも訪問できれば上出来だろう。静かになったテランスを先頭に、村への道を進んだ。
*
小高い丘の上にあるル・ノーブルに到着しても、魔石職人の二人がやることは同じだった。量が多いので数日は引きこもることになるとテランスが予測する。
「ここはリール領の村では一番大きい。人が多いし森も近いから、魔石がよく集まるんだよ。余剰分を俺が買い取る時もある」
売買に必要な大金と貴重品の魔石を持ち歩くから、護衛が必要なんだとテランスは言う。
「お前が護衛についてくれたことは礼を言う。鎧を付けてなくても、武器を持って軍馬に乗ってりゃ、盗賊どもにはいい牽制になる」
毛並みのいい軍馬を所有している者を襲えば、本気で報復してくると盗賊は考える。背後にある武力を恐れているのだ。だから襲われるのは一般庶民が多い。
荷物を置いて作業場を出て行こうとすると、リリィが入り口の鍵を持ってきた。
「ユーグは森へ行くの?」
「うん。元騎士の一人が住んでるって聞いたから、まずは挨拶に行ってくる」
「もう分かってると思うけど」
「ちゃんとご飯と寝る時間には帰ってくるよ」
時刻は夕方だ。
作業を始めた二人を残し、フェリクスから教えられた家へ向かう。アルトロワを出発する日に、彼が所属していた白狼団の元団員へ手紙を出したと言っていた。ユーグについて問題がない範囲で知らせたそうで、訪ねて行っても偽物だと疑われることはないだろう。
夕日が照らす広場を商人の馬車が通り過ぎた。保存食を作ることを見越して、大量の塩を運んでいる。
赤い扉の家を叩くと、中から会おうとしていた本人が出てきた。
「驚いた。本当に変わってないな」
元帝国騎士のパトリックだ。騎士を退職して何年も経つが、自警団員として活動してきたためか体格の良さは変わっていない。人懐っこい笑みを浮かべてユーグを家の中に招いた。
「呪いだか何だか知らんが、あんたも大変だな」
「流石にこれ以上は何も起きないと思うけどね」
「合同訓練で領主とやり合ったんだって? 俺も参加すれば良かったなぁ」
「見せ物じゃないんだけど」
パトリックはもともとル・ノーブルの出身だ。騎士を退職して、すぐに幼馴染と結婚をしたらしい。
「もうすぐ孫が生まれるもんで、嫁が手伝いに行ってる。冬支度を一人でやることになったのはいいが、どうにも要領が掴めなくてなぁ」
「孫? 早くない? まだ四十代だよね?」
「田舎はそんなもんさ。俺は結婚してすぐに一人目を授かった。俺の息子も成人してすぐに結婚した、それだけだ」
おかげさまで平和に暮らしているよとパトリックは言った。
「あの時、俺が回されたのは市街戦だった。お前らが聖堂に突入して勝ったから、今の生活があると思ってる。だから今度は、何かあればお前らを助けるよ」
「好意的に接してくれるだけで、僕は十分助かってる」
間引きのことを尋ねると、いつもより魔獣の数が増えていると教えられる。
「そろそろ夜行性の魔獣を狩ろうと計画していたところだ。他の団員には話をつけてあるから、日が沈んだら森へ行かないか?」
昼間はまた狩る種類が異なるそうだ。ユーグは快く引き受け、夕食のついでにリリィ達に出かけることを告げた。二人は自警団の団員と出かけるなら大丈夫だろうと、特に心配している様子もない。
パトリックと合流して街道とは反対方向から村を出る。しばらく丘を下ると森の入り口へと到達した。
「魔獣を見つけたら知らせてくれ。群れで行動してるから下手に突っ込むと危険だ。なるべく遠くから仕留めよう」
パトリックは剣の他に弓を携えていた。森の中を歩いても、ほとんど音がしない。元騎士ではなく狩人と言われても違和感がないほどだ。団にいた頃は優れた斥候として重宝されていた記憶がある。
森の中を検索すると、すぐに幾つか魔獣の反応があった。パトリックに方向を教え、発見しては射抜いていく。
魔獣は角がある黒い狐に似ていた。単体ではそれほど強くないが、群れで連携して襲ってくるので中途半端に手を出すと大怪我を負わされる。
「……いつもより魔獣が多いな」
群れを四つほど片付けたあたりでパトリックが呟いた。ユーグは仕留めたばかりの魔獣を異空間へ放り込み、続きを待つ。
「群れ同士の距離が近いんだ。こんな短時間に四つも見つかるなんて……」
「……縄張りを奪い合っている最中のような?」
「そうかもしれん。森で餌が不足しているのかもな」
回収した魔獣は明るくなってから仕分けようと話し合い、一旦は村へ戻ることにした。歩き慣れているパトリックの後ろについて出口を目指す。
月明かりが差し込む獣道を進んでいると、それは唐突にやってきた。
――あれ?
ざわりと胸騒ぎがする。
背後から微かな揺らぎが来た。過去にどこかで邂逅したような、けれど懐かしさを覚えるほど昔ではない何か。
ユーグが正体を探ろうとした時には霧散して、元の静かな森へと戻る。
前を歩くパトリックは何も感じなかったようだ。振り返ることなく進んでいく。
「……富嶽」
ユーグは足元に折り紙を落とした。淡い光を発した紙は、地面に落ちる寸前に一匹の犬へと変化する。
そっと頭を撫でると、犬は深い森の奥へと駆けていった。




