後編
----
無事に部屋に到着し、花を適当に机に置いてベッドに転がり込む。後で食べよう。なんか美味しいって店員さん言ってたし……。
いやー、精神的に大打撃を受けてしまった。減ったお薬を作ろうかと思ってたけど、とても無理だ。もう不貞寝しよっかなーと目をつぶると、またノックの音がした。ん、もしやランスロットが報告に来たかな?
はいはーいと声をかけながらドアを開けると、そこに立っていたのはアベルだった。
「あ、アベルかー。なんか用?」
「………………」
メラメラと焔が燃え盛るように輝く眼で、アベルが僕を睨み付ける。これは、一番怒ってるときの眼だ。
思わず固まった僕を押し退け、アベルが部屋に入ってきた。カチャリ、と鳴ったのは鍵の音か。逃がさないという意思を感じて恐い。
「ア、アベル……?僕何かした?」
「…………誰を出迎えようと思ったんだ」
「え、………………ランスロットだけど」
普通に答えると、さらにアベルの眼が怒りに輝く。なにっ!?僕なんか燃料注ぐような事言った!?
無言でベッドに腰かけるアベルを見て、ちょこんと床に座る。正座だ。まぁ伝わらないだろうけど、一応誠意って事で。
「……何やってんだよ?」
「なんか怒ってるから、床に座ってみました」
「横にこい」
「でも……」
「あ゛?」
「ア、ハイ」
即座にアベルの横に座る。長いものには巻かれるのが一番だよねッ!!
僕が座るとアベルは黙った。それから、しばし重苦しい沈黙が続く。ジリジリと圧力で追い詰められるようだ。アベルはいつもキレたらすぐに理由を言ってくるので、こんな精神に来るような怒り方は珍しい。
なんでこんなに怒られてるのかわからず必死に原因を探るも、心当たりがない。前は不用意に動いて魔物に軽い怪我を負わせられた時だったか。今回はそれはない。かといって、他も思い付かないし……。もしや甘い物食べたいとねだったから?いや、アベルはそこまで器小さくないはずだ……。わからない。
が、ここは先手必勝!とりあえず謝っとこう!!
「ご、ごめんねっ?」
「………………あ゛ぁ゛?」
こわっ!?恫喝するような、低い声を出すアベルに思わずビビる。てか柄悪いよ勇者様!!
だがここで黙ったらまた重苦しい沈黙が続くわけで。嫌なら頑張るしかないのだ。
「僕が何かしたから、怒ってるんでしょ?」
「…………理由わかってんのか?」
わかってないです、と言う勇気はなく、黙って眼をそらす。それで伝わったようでため息をつかれた。さすが幼馴染、嫌なときでも以心伝心だね!
「でも今回は本当に心当たり無いんだよ……。怪我もしてないし、迷惑かけるようなことはなにもしてないよ?」
「…………………………………………チッ」
勇者様マジ柄悪い。舌打ちしてきましたよ。
ガシガシと髪をかく仕草が段々不良に見えてくる。まさか、反抗期かしら?
僕がバカな事を考えているうちに、アベルの考えがまとまったのだろうか、ゆっくりと口を開いた。
「……ランスロットと何してた」
「ランスロット?」
予想外の言葉に、きょとんと首をかしげる。
何って、テスタロッサのための買い物だけど……。何が聞きたいんだろ?
「頼まれて、ちょっと一緒に買い物行ってきただけだよ?」
「……ふーん、お前、ランスロットとそんなに親しかったか?」
「まぁ旅の仲間だからね、それなりに親しくしてるよ?」
さらに童貞仲間ということも発覚したわけで、僕の心の距離はそこそこ縮まった。
テスタロッサのことを好きっていうのは……。繊細な問題だし、伏せといた方がいいかな?野次馬よろしく話しまくるのはよくないだろう。相談相手に選ばれたわけだしね。
「何買ったんだよ?」
「まぁ、色々」
「ふーん……」
それにしても、今日のアベルはやたら突っかかるなぁ……。
は、もしや、これは僕という友達が勝手に他の奴と出かけたのが面白くないってことか?さすがにそんな幼稚な嫉妬心ではないと思うけど……。ランスロットはアベルも知ってるわけだし。
「…………花束」
「へっ?」
「その花束は?」
アベルの視線を辿ると、さっきランスロットからもらった花束があった。状況を思い出して、少し顔が熱くなる。ほんとあれ食用じゃなかったらやばかったわ……。
その様子を見てさらにアベルの顔が恐くなったのを、僕は非常に残念ながら気づかなかった。
「あれは今日付き合ってくれたお礼だってさ」
「お礼に花束、か……」
確かになんか意味深だけど、ランスロットには全く他意はないと思う。美味しい食べ方聞いてた花だし。
それにランスロットはテスタロッサの事が好きだからね!おっと、これはナイショだった。
「………………宿の裏で渡されてただろ」
「あ、そうそう。よく知ってるね」
「俺の部屋からよく見えた。ランスロットの真剣な顔も、花をもらって顔を真っ赤にするお前も、よぅく見えたよ」
「へっ見てたの」
うっかりランスロットのイケメンオーラに負けたのを見られてたのか……。うぐぐ、これは恥ずかしい。なんか幼馴染に見られるって、だいぶダメージ受けるね。
のんきに恥ずかしがってる僕の横で、アベルのまとう雰囲気はどんどん重苦しく、どす黒い物になっていく。
「男に興味がなさそうだったお前のあんな顔、初めて見た……なんでだ?なんでランスロットなんだ?俺の方が、ずっと一緒に居たのに。ずっとずっと一緒に居たじゃねーか」
「ア、アベル……?」
ぶつぶつと呟くアベルの様子は、明らかにおかしい。
恐る恐る声をかけるが、聞こえているのかどうかすら怪しい。
「勇者になって、お前と離れるのが嫌でずっと一緒に居たくて連れてきて、でもお前が他を見ないようにパレードもなんもかも断った。お前に興味を持った奴は全員始末してお前の眼に触れないようにした。一緒に旅する奴だっていらなかったが、おしつけられた中から一番良さそうなのを選んだ。お前が、俺以外見ないようにってずっと!」
え、言ってること重くない?だいぶ重くない?
てかアベルに好かれてるとは思ってたけど、思ってたよりだいぶ好かれてるんじゃ。確かに、アベルの友達は僕位だったけど、それにしたってこれは……。
「お前がアイツに惚れるなんて、思ってもみなかった。お前が好きなのは俺だろ?なんでだよ?なんで、俺にはお前しかいない、いらないのに、お前はなんで俺以外を見てるんだ?」
「アベ…………わっぷ」
ドサッとベッドに倒れ込む。いや、アベルに押し倒された。僕の上に乗ったアベルの眼が、怪しく光る。
てか闇落ちしそうな程雰囲気暗いよアベルさん!?勇者ってか魔王っぽくなってるよ落ち着いて!!
「ア、アベル……僕らの間には誤解があるようだ。話し合おう?」
「最初から、こうすればよかった……。お前が好きだから遠慮して、一緒に居られればと……。それでかっさらわれてんだから、笑えるよな」
「僕この状況、笑えないんだけど……。それより話し合いをだね?」
「お前の話はもう聞かねぇ。お前は俺のものだって刻み付けてやる」
「不穏すぎる……落ち着い、んッ!?」
僕の台詞は途中で遮られた。アベルの唇で。
僕の唇とアベルの唇がくっついて、マウストゥーマウスだっけ。つまりなんだ、キスされてる?
「んんん!?」
ふざけるなファーストキスですよ!?という抗議の声はなんだかよくわからない音にしかならない。
開けた口から何か入って、ってこれアベルの舌!?ディープな奴じゃん!待ってファーストキスでそこまでってかまず僕たちそんな関係じゃなかったよね!?
「ん……んんっ」
しかも、アベル上手い、んだと思う。舌を絡めとられ、歯をなめられ、ぞくぞくした物が背筋を伝う。必死に逃げようとしても容易く捕まるばかりか、さらに口付けが深くなる。息が出来なくて苦しいからか快感からか、目にじわりと涙が浮かぶのを感じた。
さらにアベルはそこで止まらない。やんわりと胸を揉まれた。僕のささやかにしか育たなかった慎ましいバストがやわやわとセクハラを受けている。待ってやめろくださいそこ繊細なんだよ!?
このまま流されるととんでもないことになると直感し、まだ理性が残っているうちに行動を起こす。つまりは、アベルの舌を噛んだ。
「っつぅ!?」
「……いひゃく、ひたからにぇ」
ああくそ、呂律が回らない。荒い息をつきながら、舌を噛まれとっさに離れたアベルと距離をとり睨み付ける。なんてことしてくれるんだこのバカ勇者!!僕、こういうの初めてだしもっと優しく……じゃない、まず前提、僕たち親友だよね!?
「アベル……とりあえず、話し合いが必要だ」
「嫌だ、お前が俺から離れる話なんて聞きたくない。それなら無理矢理にでも俺のものにして」
「そこ!別に僕君から離れる気無いよ!!」
「…………あ゛?」
ゴホン、と咳をする。ごめんランスロット、君の恋心ばらします。童貞仲間よりも自分の貞操のが大事なんだ、許してくれたまえ。
「ランスロットからテスタロッサに贈り物がしたいって言われて、それで選ぶのに付き合っただけ!ランスロットが好きなのはテスタロッサ!僕も別にそういう意味でランスロット好きじゃない!!わかった!?」
「あ、お、う……」
よし、アベルはポカンとしてる。今のうちに畳み掛けよう!!
「そもそも、僕たち親友だよね?友達だよね?く、口付けとかする関係じゃないしそれに僕初めてですよ!?何てことしてくれるの!!」
「………………親友じゃねぇ」
アベルから睨み付けながらそう言われて、ピシリと固まる。……ぼろぼろと涙が溢れるのを感じた。
「な゛、な゛ん゛でぞん゛な゛ごどい゛う゛のぉ」
「あぁっ!?なんでそこでそんな泣くんだよ!?」
なんて酷い奴だ。親友だからこそ、幼馴染の大切な存在だからこそ、僕はこうやって危険な魔王討伐の旅になんて付き合ってるのに。
嫌なら拒否する機会なんていくらでもあった。村を出る時も、お姫様と勝負する時も、初めて魔物と遭遇して怪我した時だって、拒否しようとしたら出来たのだ。
それをせず、なんとかついてきたのは僕が見たいと言ったせいで聖剣を抜いてしまった幼馴染に対する罪悪感と心配と、後は幼い頃からずっと一緒で、こんな変わった僕を受け入れてくれた存在と離れる事が嫌だったからだ。
本当は魔物に襲われるのは恐かった。アベルが守ってくれても、結界の中で絶対安全だとわかっていても、目の前に殺気を振り撒く存在がいるのだ。最初のうちはガクガク震えていたけど、それをアベルにばれないよう、必死に取り繕っていた。
何より恐かったのは、アベルが怪我をする事だ。僕の目の前でもし万が一があればと思うと、本当に恐くて眠れなかった。少しでも効果の高い薬を作ろうとしたり、ヒールより効果の高い魔法をこっそり習得しようと練習したのは、この勇者に選ばれてしまった幼馴染の親友を助けるためだった。なのに、親友じゃないとか酷いことを言われて、僕は完全にパニくっていた。
混乱しながらそんな気持ちをぶつけ、ポカポカとアベルを叩く。バカとかボケとか思い付く限りの罵倒をぶつけ、わんわん泣く。まるで子どものようだ。
「あぁくそっ!色々ちげーし落ち着けっ!!」
ぎゅっとアベルに抱き締められ、背中をぽんぽん叩かれあやされる。今までしたことがないからか、ひどく不器用な手つきがちょっと笑えた。
涙とかで色々酷いことになっている顔をアベルの服に擦り付ける。嫌がらせだ。ざまぁみろばーかばーか。
頭を優しく撫でられ、少しずつ落ち着いていくのを感じる。こんなに引っ付いたのはいつぐらいだろうか。アベルの匂いはなんだかとても落ち着く。
「………………ねぇ、アベル……」
「……んだよ」
ぐりぐりともう一回顔を擦り付けて、アベルの顔を伺う。
なんだか眉間のシワがすごいことになっているが、もう眼は普段通り、落ち着いた綺麗なものになっていた。
じーっと見つめると、さらにシワが増えるのが面白くてふにゃりと笑う。
「僕たち、親友だよね……?」
「………………お前が、そう望むなら」
嫌そうな顔だったが、そう言ってくれた。
嬉しさのままぎゅっとアベルにくっつく。なんか色々あったしファーストキスは奪われちゃったけど、まぁいいか。親友同士なのだからノーカンって事で。
あーよかった。安心したらなんか眠くなってきた。これもアベルの匂いと体温がこんなに落ち着くのが悪いし、疲れた理由もアベルだし……。ちょっと枕になってもらう位いいんじゃないかな?うん、いいよね。
そう思って体から力を抜くと、瞬時に眠気が意識を連れ去っていく。慌てたような声が聞こえたが、無視だ無視。
親友だし、いいよね?
「この状況で、寝るかよ……」
俺は、ゆっくりとため息をついた。
俺の腕の中で健やかな寝息をたてている愛しい幼馴染--クリスは、俺がさっきこいつを襲った事を覚えているんだろうか。
覚えてはいるんだろう。が、多分深く考えていない。こいつは、面倒になると思考を放棄するところがある。
手慰みに頭を撫でると、んふふふという笑い声が聞こえて思わず頬が緩む。のんき過ぎるだろ。
「しかし……誤算だったな」
クリスが俺の事を嫌っていないのはわかっていた。なんだかんだ文句を言いながら着いてきたり、俺が怪我をしたら少し泣きそうになりながら手当てしてくるのだ。わからない方がおかしい。
だが、それが俺がクリスに向けているような感情かと言われるとそうではないだろう。
だからこそ、ランスロットと二人きりで出かけ、花をもらって顔を真っ赤にするクリスの姿を見て、今まで感じたことが無いほどの激情を感じたのだ。
ランスロットを殺してクリスを閉じ込められたらどれだけいいだろうと思って、クリスの返答次第では実際にやっていたかもしれない。それくらい、俺の執着は深い。
だが、こいつもどうやら、俺に執着しているようだ。幼馴染の親友として、だが。それは予想外だった。そこを拠り所にしているとは思っていなかった。
クリスがこんなに大泣きしたのは、俺が勇者に選ばれたのが自分のせいだと泣いた時以来だろう。
別に、クリスのせいじゃないんだがな。いつからか聖剣にはずっと呼ばれてうるさいくらいだったし、自分が勇者だろうというのはわかっていた。
俺は小さい頃から力が強い上に頭がよく、他の子どもは愚か親にすら不気味がられ、遠ざかれる位だった。
そんななか、唯一普通に接してくれ、笑顔をくれたクリスに、俺が執着するのは当たり前の事だった。それこそ、聖剣の声を無視し、勇者になるのを拒否するくらいには。そんな危ない旅に連れていきたくはなかったが、クリスなしでは俺はきっと生きていけない。世界よりクリスの方がずっと大事だし、重要だ。
一方通行の思いだと思っていたが、クリスも俺に執着している。それは、俺に歓喜をもたらした。
俺がクリスに執着し、クリスが俺に執着する。なんと喜ばしい事だろうか。二人で完結した世界、それはきっと素晴らしい。
「ぼけー……」
「………………なんだ、その寝言」
むにゃむにゃ言っていたクリスが、気の抜ける寝言を言う。危険な方向になっていく思考に絶妙に水を差され、ため息をついた。
そうだな、とりあえずはクリスが俺に執着しているということで満足しておこう。
方向性は、これからいくらでも変えていけばいいだけだ。クリスが俺から離れられないように、俺をもっと好いてくれるように。
ぶるりと震えたクリスに毛布をかける。そんな寒くはないと思うんだが……。まぁ、抱き締めたクリスはとても温かい。きっと、体温が高いんだろう。
「逃がさねぇからな」
「うぇっ」
ふっと笑いながらクリスに囁くと、また震えた。
----
多分ランスロットとテスタロッサのが先にくっつく。
アベルはもっとヤンデレになるはずだったんだけど、クリスがアホ過ぎてなれませんでした。クリス……。