表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒のレーヴァテイン「旧版」  作者: 山崎 樹
一章・ミッドガルドは回る
15/15

朱花は舞う・三

和人街―――


「へへへ……助かったぜ、魔術士の爺さん」

「爺さんじゃねえよ……俺はこれでも十代だ」

「そうか、それは済まなかったな」


 料亭から逃走したエドワードに巻き込まれる形でカイトは和人街を逃げ回っていた。

 正直言って、カイトにはなぜ自分が逃げなければならないか理解できない。

 カイトは料亭内での密談を知らず、来栖が取引相手であるエドワードを裏切り、和人街のゴロツキどもが身代金目当てで彼らを捕えようとしていることも分からない。


 カイトの中では、エドワードらガーフィール一家は未だ商売相手のままなのだ。


「Junge Kopf……come asshole !!(若頭……奴ら来やがったぜ)」

「Keep the enemy in check(ここは我らで食い止めます)」

「No desert family…… go together( 俺に家族を見捨てろってのか……一緒に逃げるぞ)」


 グラナート語でしゃべられても何を言っているのか俺には分からないだけど。

 ただ、だいたいは理解できるようになってきた。

 俺らが盾になるからお逃げください?

 いや、部下を見捨てられるか……ってとこか。


 うん、手下が涙ぐんでいるし……まあ、当たりだな。


「さて……頑張ってもらうぜ魔術士のえっと……」

「カイトだ」

「カイト……」

「とりあえず、小脇に抱えて運ぶのは止めてくれ……荷物じゃねえんだからよ」


 カイトはエドワードにまるで荷物のように小脇に抱えられてここまで来たのだ。

 二メートルのエドワードにとって160くらいのカイトなど子供も同然、歩幅が合わないだろうとの判断もあったのだろうが、あまりいい気はしない。


「ただ、この状況は悪くないけどな……敵がいっぱいだ」


 地面に降ろされたカイトが後ろを見ると、ワラワラと武装した男どもがこちらに駆けてくるのが見えた。

 街角、建物、そして屋根からこちらを狙う賊ども。

 いずれも武装している。


 カイトは身体に呼びかけた。

 銃弾は三つ……それが次々と装填され。

 リボルバーは回転……。

 魔弾を射出する。


「ダーク・メサイア・トルネード!!」


 カイトが呪文を唱えると向かってくる集団の先頭を走る五人の真下に幾何学模様……紅の魔法陣が出現する。

 賊どもはそれに慌てるが、退避する暇を与えず、法陣は瞬時に琥珀色の炎へと変わる。


「ぐわぁぁぁ!!」


 炸裂する炎の嵐……。

 一人は瞬時に黒焦げになり、地面に倒れる。

 一人は体の各所に火傷を負って地面にのたうち回った。

 そして一人は服を焼く炎を消すのに躍起になり、もはや戦闘どころではない。

 ただ残る二人は少々、威力が低かったようだ……見た目は派手な火傷だが、痛みに耐えながらもそのまま向かってくる。


「ちっ、やっぱ俺の魔術はまだ雑だな……この前もキッチンに穴を開けたしよ」

「後は任せろ、カイト」

「いや、大丈夫だ……すぐに二発目を撃つからよ」


 再び銃弾がカイトと言う名の銃に装填される。

 カイトは人ではない……人であることを止めた人外の魔術士。

 その弾丸は外から入れるのではなく、内に全てがある。

 故に「外に働きかける」詠唱を必要としない。

 彼が恐れるのは弾切れのみ……弾が切れかけたならば魔導書より補充しなければならない。


 その時ばかりは時間を有するが、そんな内部事情を他者は知らない。

 故にカイトは少なくとも外から見れば……無限の術士に見えるのだ。


「シングル・アクション(無詠唱)……化け物め」

「そうだぜ……俺は化け物だ」

「ひっ……」

「へへへ……化け物を倒せるぐらいの強い奴、募集中だぜ、愉しませてくれよ」


 口元に愉悦と期待をにじませ、カイトが再び魔術を編む。

 手より放たれる火球は先程の法陣より単純で威力も低いが、負傷している二人を倒すには十分であった。


「どっかーん!!」


 無邪気な声とともに、爆風がスラムの闇夜を席巻する。

 悲鳴すら聞こえぬまま無力化された賊は死んだのか、気絶したのか。

 カイトにはどうでも良かった。


「……ん、後続が来ねえぞ」

「あんな物を見せられたら普通の奴は諦めるさ……金は欲しいが、命あっての物種だ」


 エドワードがカイトに状況を伝える。

 さすがに震えたり怯えたりはしなかったが、顔からは血の気が引いていた。

 エドワードは目の前の仮面の術士を確かに恐怖していたのだ。

 だが……。


「お前、ガーフィール家に仕えねえか」

「あん……?」

「月に300……いや500万だしてもいい」


 エドワードと言う男は……自身が恐怖する存在を、遠ざけるのではなく仲間に引き入れるらしい。

 まあ、それは味方になりそうと言うのが前提なのだろうが。

 ただそれにしてもエドワードと言う男、人を見る目がない。

 俺はただ暴れて遊んでいるだけ……そんな危険人物、雇ってもトラブルの素だろうに。


「足りねえのか……金髪の姉ちゃんもつけるぜ、抱くなり愛でるなり何をしても自由だ」

「……」

「……少し、心が動いたな」

「……先約済みだぜ、悪いな」


 炎術と不死身の肉体。

 それが大きな代償で手に入れたものだったとしても。

 与えた者がどんな打算を裏に秘めていたとしても。

 

 今、それを使い……愉しいのならば、それは紛れもない「恩」だ。

 正直、秋水やら来栖やらには大きな不満があるが、さすがにもう用はないと捨て去ってしまうには抵抗がある。

 まあ、こんな異世界でまったく新しい場所に行くのが不安で面倒くさいのも事実ではあったが。


 ただ……カイトの耳はエドワードがそれでも女は送るぜ、との小さく言ったのを聞き逃さなかった。

 金髪のお姉さんだぜ……来て欲しいに決まっている。


*****


「Aimost there……hang in there!! (もう少しだ、頑張れ!!)」


 再び走り出したガーフィール一家の面々とカイト。

 彼らが向かうのは和人街の出口たる詰所だ。

 そこまで行けば、ネズミ隊長こと、彼らと同じグラナートの兵士が出迎えてくれる。


 橋までおよそ十分くらいだろうか。

 歩幅の大きいエドワード(がカイトを抱えて行けば)ならばさらにその時間は早まる。

 

「何か聞こえねえか……魔術士」

「いや、何も……」


……カッ。


 今はもう……彼らを狙うゴロツキどもは後ろにはいない。

 カイトが放った魔術に恐れをなして追うのを止めたのだろう。

 だとすれば、この音は……?


カッ……。

 

「なんだよ、この音?」


 何か、木槌か何かで石を叩いたような音。

 いやに澄んだ音で、不思議と耳に心地よい。


カッ……。


 再び聞こえる澄んだ音。

 さっきよりも少し近い、いや追いかけてくる。

 

「走れ魔術士!!」

「あ、おい……」


 その音に追い立てられるように、全速力で走りだすエドワード。

 明かりもないスラムの深淵の闇を、にもかかわらず凄まじいスピードで駆けていく。

 いつの間にかカイトは再びエドワードに手荷物よろしく、小脇に抱えられて運ばれていた。


 俺は荷物じゃねえよ、とカイトは抗議の声を挙げるが……。


カッ……。


(音が……追いつてきている)


 エドワードのまるで豹のような全速力……にもかかわらずその音はどんどん間を詰めていく。


 脇に抱えられたカイトはその体勢のまま、後ろに目をやるとそこにはそこには浅黄色の鳥がいた。


「穂乃香さん……?」


 足には一本歯の下駄。

 それで地面を蹴り、浅黄色の鳥は宙を舞う。

 

 その羽……にも見える吹きすさぶ着物には見事な朱色の花があしらわれていた。

 無論、それは柄ではない……ガーフィールらを斬った時に跳ねた返り血だ。

 返り血で着物が汚れるから、地味な着物を着ていたのかと、カイトは得心がいった。


「Crazy……」


 震える舌を動かし、エドワードが絶望の声を挙げるのをカイトはどこか他人事のように聞いている。

 およそ数百メートル前方……ようやく和人街の出口たる粗末な橋が見えてきた。

 本当にわずかな距離。

 だが彼らの中で……このまま何事もなく逃げ切れるとは楽観視する者はいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ