-3- デイドリーマー・シンドローム
反復される日常。
時間はただ流れていく。
一瞬の積み重ねに彩られた記憶、それが生きた証。
過去が幻想だが、体験は事実だ。
半壊した駅の構内。
誰もいないプラットフォームのベンチに、カゲヨとムジナが隣り合って座っている。
「電車のこない駅って、淋しいね」
「……」
「少し、思い出してみようか」
思いを馳せれば、大都市の駅の光景が蘇ってくる。
ドヤドヤ。
雑踏の発する雑音で、プラットフォームが急に騒がしくなる。
電車が到着し、乗車する人間と降車する人間がすれ違う。
出勤先か、あるいは登校先に向かっているのだろう。たくさんの人が急ぎ足で往来する。
ベンチに腰掛けている二人を気に留める人間など、その中には一人もいない。
他人のことなど眼に入りもしない。これが人間の往来というものだ。
「みんな道を譲らないけど、かえって不便になるだけだよね。なんでわからないのかな」
我先にと道を急ぐ人々。衝突はあっても、譲り合いは無い。カゲヨは不思議そうに、そんな人の流れを眺めていた。
「ねえ、ムジナ。君には、この光景が白昼夢に見えていたんだね」
そうかもしれない。
目の前に膨大な人の流れがあると、まるで幻を見ている感覚に陥ることがあった。
それは自分と同じ人の波なのに、何か違う。
「自分と関係の無い人達の流れだからだね。人だけど、どこまでも他人だから」
人間と人間の関係性において、それらは完全に無関係で存在しているわけではない。
しかし、表面上にそれは現れてこない。
それが孤独を助長する原因にもなる。
──だが、それでいい。
人は、自分の人生を創造しながら生きている。
創造とは、孤独な作業だ。
カゲヨは言う。
しなやかな心で生きること、自分だけの世界を創造することは、慣れるまでが難しい。
しかし一度そのコツを掴めば、どんな白昼夢も恐れるに足りない。
──やがて、君は気付くだろう。
孤独の中で見出したものの価値を。
カゲヨはベンチから立ち上がる。
ベンチと、カゲヨと、ムジナを残した全てが真っ暗になって、周囲が闇に包まれた。
「私は知ってるよ。君は臆病なんじゃなくて、寂しがりやなだけ」
見えないものなど何も無い
全てが見えている 気付いていないだけ
だが 気付かなければ 望むものは手に入らない
知らないことなど何も無い
全てを知っているということに 気付いていないだけ
でも 知らなければ 望むものは手に入らない
自分を信じることを取り戻した 君は
闇を抜け
霧を越えて
その先へ
解き放たれれば そこに迷いや不安はない
そして 君は恐れなくなる
自分が 元々完全であることを知るんだ
「ムジナ、何か顔つきが変わってきたね」
「……」
「きっと、何かに気付き始めたんだね。うん、ちょっとかっこよくなった」
そう言うと、カゲヨは足元に置いてあった空き缶を拾い上げ、ゴミ箱に投げ込んだ。