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解呪バッター  作者: 鎹々
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不登校仲間 1

 およそ一ヶ月、修学旅行という青春の一大イベントがある高校二年生の十月一杯を不登校のまま終えてしまった俺からすれば、態々(わざわざ)十一月の頭から改めて高校に行く気にもならないのは明白であった。

 修学旅行の前後で学校を休んでいたのは何故か、野球部でもない人間が学校カバンに金属バットを刺しているのは何故か。クラスメイトに説明を求められた時に何と答えようか、何と逸(はぐ)らかそうか……良い言い訳が思いつく迄、俺は最近すっかり寒くなった朝の通学路を、寄り道を繰り返しながら少しずつ進んでいた。

 錆びた道路標識、掠れた商店の看板、空き地に茂る雑草……いつもは気にも留めないような街の細かな風景に目を向けて歩いていると、不思議な……いや、不気味な、不可解なものを見つける。

 血痕。それも上に。

 普段は滅多に通らない高架橋の下を通る道で何気なく見上げた時に、まだ酸化しきっていない鮮やかな血の跡が、丁度真上の位置にある血溜まりを起点にして点々と続いているのが見えた。

 (何で天井に血が……どういう経緯で付いたのか全く想像がつかない。地面に垂れている訳でもないし、乾いてもいないよな、あれ……どう見たって液体にしか見えないし)

 そんな事を考えながらフェンスを攀(よ)じ登り、血の跡を辿ってみることにした。好奇心、と言うよりは、寄り道の良い理由が見つかった程度に考えていた。考えていただけだったが、そこにあったのは常識外れた光景、今でこそそこまで驚きはしないが、不登校期間を過ごす前だったら到底理解ができなかったであろう普(・)通(・)ではない光景がそこにはあった。

 フェンスを越えてから五つ目の柱の裏に回った所に、彼女は居た。そう、彼女は天井に居た。

 制服姿の彼女は血が流れた頭をハンカチで抑えながら、柱に寄りかかるようにしてぐったりと天井に座っていた。俺と、俺の周囲にある全ての物、彼女以外の物体に働いている地球の中心に向かう重力に、彼女一人だけが逆らうように。


 「わっ! あ、えっと……あぁ、不見渓(みずたに)龍(りゅう)さんですよね、同じクラスの。ごめんなさいこんな状態で……何と説明したら良いか」

 「龍でいいよ。えっと、御巫(みかなぎ)さんだよな、久しぶり。つってもそんなに面識無かったけども」

 「ふふっ、そうですね。龍さんはもう学校に行けるようになったんですね。私が学校を休み始めてから間も無く、龍さんも学校を休むようになったと友達から聞きました。席順で順々に休んでいくものですから、樹(いつき)さんが次は俺の番だーって騒いでいたらしいですよ。ふふっ」

 怪我をして座り込んでいたのは、俺と同じクラスの御巫真白(ましろ)。俺らのクラスは出席番号順で席順が決められており、彼女は俺の前の席に座っていた。

 人の顔と名前を覚えるのが苦手な、と言うか覚える努力をしないだけなのだが、そんな俺でも彼女の名前はしっかり覚えていた。彼女はそのくらい印象に残る存在だった。

 品行方正でクラスメイトにも丁寧な口調、秀麗な顔立ちで背丈も男子の平均程はあり、男女問わず人気を集めている、そんな存在。俺が不登校になる半月前辺りから彼女も不登校になり、「美人」「優等生」「大人びた雰囲気」に加えて「儚い」なんて属性が付き始めていた。女子として最強格である。

 「丁度今日から復帰……まぁあんま行く気になれなくて、こうやってぶらぶらと寄り道してたんだけど。御巫さんはいつから学校行き始めたの?」

 「……真白、で良いですよ。苗字で呼ばれるのに慣れていないもので。それか、ましろちゃん、とか、ましろん、とかでも良いですよ?」

 「真白……さん、にしときます」

 流石に面識の薄い女子をいきなり愛称で呼ぶのは気が引けた。

 しかし、御巫真白とはこんな人間だったのか。差しで話す機会が今まで無かったものだから勝手にお堅いイメージを抱いていたが、会話中も基本笑顔を崩さずに、冗談も挟んでくれて、何というかとても話しやすい。

 「……私が今、逆さになっている事には驚かないのですね」

 「あぁ……いや全然、内心驚いてはいるよ。真白さんも真白さんで普通に談笑してくれるし、触れなくても良いかなーって」

 「この状況で触れない選択肢が取れるんですね。気を遣っての事でしたら、お優しいんですね」

 ……別に気を遣ってとかでは無かったが、ここはそう言う事にしておこう。

 「……因みに事情とかは、お伺いしても? 全然、聞かれたくない事だったら無視してくれて構わないけど……」

 「いや、特に隠す事でもないし、こうやって見られちゃったから……あ」

 と、話している途中で突然、彼女の身体が浮き始める。いや、正確には沈み始めると言うべきか。上下逆様の彼女が、腰を下ろしている天井から少しずつ離れ始めて……落ちる。

 その時、俺がとった行動といえば、ダイブだった。考える暇もなく、咄嗟に彼女の真下、落下地点に飛び込んだ。

 女子高校生の平均体重凡(およ)そ52kgが、4m以上の高さから自分の背中の上に落ちてくるなんて事が起これば、只事で済まない事くらい想像に難くないであろう。

 女子高校生の下敷きになる事を自ら買って出た男子高校生の背骨は、鈍い破壊音を高架橋の下の空間中に響かせた。

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