第13話 【我、魔獣コントローラーを貰う】
「《ホメ猫》よ、お前ってもしや、生前はもの凄く強かった系の魔獣なのか?」
我の脳内チャットじみた問いかけに対し、視界の端に表示されたログが凄まじい勢いで更新されていく。
「ニャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャ!
ニャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャ!!
ニャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャ!!!」
よほど主を得たこと、そして己の力を肯定されたことが嬉しかったのだろう。実に三行に渡る歓喜の雄叫び(テキスト)が脳内を埋め尽くした。耳元で直接鳴かれたわけではないのに、なぜか鼓膜がビリビリと震えるような錯覚すら覚える。
何はともあれ、これでゴブリンへのお仕置きという、我にとっての「初依頼」は完全に達成された。
時刻は昼過ぎ。
用件が済んだ我は、拠点である都市イーゲルへと徒歩でトボトボと引き返そうとしていた。いくら行きが馬車だったとはいえ、帰りの数時間を徒歩で、しかもこの照りつける太陽の下を歩くのはなかなかの苦行だ。
そんな我が背中に、背後から慌てたような声がかけられた。
「お待ちくだされ、ジョニー殿!」
【イメージです】
振り返ると、息を切らせたキャロライン村の村長がこちらへ走ってくるところだった。
手には何やら、古びた、しかし妙に重々しい袋を抱えている。
(……村長からの呼び止め、か。まさかとは思うが、報酬を値切られるとか、さらなる追加の厄介事じゃないだろうな?)
内心で身構える。我としては、当初の約束通り「都市イーゲルまでの帰りの足(馬車)」さえ手配してくれれば、それで十分すぎるほどだったのだが。
「はぁ、はぁ……間に合って良かった。この度のご活躍、村を代表して感謝してもし切れません。まさかあの凶暴なゴブリンどもが、さらっていった家畜を自ら大人しく返却してくるとは……! 貴公には一体、どうお礼をして良いのやら、言葉もございません」
村長は深く頭を下げ、今にも涙を流さんばかりに感激していた。どうやら本当に感謝されているらしい。我の邪推はただの現代人特有の猜疑心だったようだ。
「いえ、無事に家畜が戻ったのなら何よりです。……それでしたら、もし可能であれば、都市イーゲルまで馬車で送って行ってもらえないでしょうか? もちろん、正規の乗車賃はお支払いしますので」
「お金なんてとんでもない! むしろこちらからお願いしたいくらいですじゃ。それと、もしこれで良ければ……我が家に代々伝わる、この『先導者』様が下さったという家宝も差し上げます。ぜひ、有効にご活用くだされ」
「家宝、ですか?」
村長はガサゴソと抱えていた袋に手を突っ込み、中から「それ」を取り出して我へと差し出した。
手渡された物体を見た瞬間、我は我が目を疑った。思わず脳の処理が数秒ほど停止する。
黒を基調とした、左右に突き出たグリップ。
中央にはいくつかの小さなボタンと、親指で操作するための十字キー、そしてアナログスティックらしき突起。
(……これ、どう見てもゲーム機のコントローラーじゃねえか。しかも某有名ゲーム機の、あの人気シリーズのやつ……)
プラスチックの質感といい、手に馴染む独特の形状といい、紛れもなく我が前世で見慣れた現代文明の産物だった。
異世界にこんなマニアックな精密機器を持ち込んだ先人(同士)がいたとは驚きだ。しかし、電源もゲームハード本体もないこの世界で、果たしてこれに一体どんな使い道があるというのか。文字通り「文鎮」にしかならないのでは、という否の結論が脳裏をよぎる。
「あの、村長さん。これって……コントローラー、ですよね?」
「こんと……ろーら……? おお、それがこの家宝の正式名称なのですな! いやはや、さすがは知識あるお方。わしらの間では古くから『魔獣操縦機』と呼ばれておりましてな。なんでも、これと接続した魔獣を、己の手足の動きから、強力な『業』の発動に至るまで、完全に思い通りに操ることができるという伝説の道具なのですじゃ」
村長は誇らしげに胸を張った後、すぐにがっくりと肩を落としてため息をついた。
「ただ……残念なことに、わしらには操るべき肝心の『魔獣』がおりませぬ。宝の持ち腐れとなっておったのです。ビーストテイマーの称号を持つ貴公にこそ、これを持っていてほしい」
「魔獣操縦機。所謂、魔獣コントローラー、ね……」
我は手の中のプラスチックの塊を見つめた。
もしこれが本当に村長の言う通りの機能を果たすのだとしたら――我の眷属となった《ホメ猫》をこのコントローラーで操作することで、新手の異世界格闘ゲーム、あるいは対戦アクションゲームがリアルで楽しめるということになる。
(……いや待て、しかし『接続』ってどうやるんだ? 有線か? それとも無線か?)
コントローラーの先端を見回してみるが、どこにもケーブルの類は見当たらないし、プラグを挿すような穴もない。疑問は尽きないが、タダで貰えるというのなら拒む理由もなかった。何かしらの隠し機能があるかもしれない。
「村長さん、わざわざ我のために、このような貴重なものをありがとうございます。有難く頂戴します」
「ホッホッホッ、困ったときはお互い様じゃよ。お助け精神じゃ。ジョニー殿のような義に厚い御仁に出会えて、この村は救われましたわい」
村長は白い髭を蓄えた顔を綻ばせ、からからと笑った。
その人懐っこい笑顔を見ていると、ふと思う。このキャロライン村の人々なら、我の育てる《野菜》の価値を偏見なく理解し、快く受け入れてくれるのではないだろうか、と。いずれ収穫期を迎えたら、ここに売り込みに来るのも悪くない。
「野菜の件は、また次の機会にするとしましょう。……では、お言葉に甘えてイーゲルまで」
「うむうむ、今すぐ一番良い馬車を手配させますじゃ!」
村長は割とジョークも通じるし、話していて面白い老人だった。
異世界に放り出されて以来、孤独な戦いが続くかと思われたが、こうして繋がった縁はやはり大事にすべきだな。前世の誰かが言っていたように、友達や信頼できる知人は大切にするものだ。
◆◆◆◆
村長が手配してくれた馬車に揺られ、我は昼過ぎには無事、都市イーゲルへの帰還を果たした。
行きのように川沿いの危険な獣道を進むのではなく、今回はしっかりと開拓された正規のルートを通っての行軍だった。道が舗装されているおかげで揺れも少なく、非常に快適な道中だった。
(――イーゲルの大地よ、我は帰ってきたぞ)
御者にお礼を言い、キャロライン村へと引き返していく馬車を小さくなるまで見送る。
やはりこの時期の外気は、肌を刺すように熱い。ジリジリと照りつける太陽から逃れるように、我はいつもの拠点兼、宿代わりの喫茶店《常盤木亭》へと足を踏み入れた。
カランカラン、と涼しげなドアベルの音が響く。
いつもなら昼過ぎのこの時間帯は、ガテン系の冒険者や地元の人々で大盛況……のはずだった。しかし、店内の広々とした空間には、まばらに数人の客が力なくスプーンを動かしているだけだった。静まり返ったフロアに、心なしか寂しげな空気が漂っている。
不思議に思いつつ、我は厨房の奥で忙しなく、いや、どこか浮かない顔で調理をしているエルフの少女――ミツハに声をかけた。
「ただいま戻りました、ミツハさん。……なんだか今日は一段と客足が少ないですね。どうしたんです?」
ミツハは我の姿に気づくと、お玉を握ったまま、困ったように眉を下げた。
「あ、ジョニーさん、おかえりなさい。無事で良かったです。……ええ、そうなんです。実はこれ、この時期に毎年起こるウチの致命的な問題なんです。とにかく暑い日は、誰もお店に来てくれないの」
「暑さ、ですか。まあ、確かにこの気温じゃ食欲も落ちますよね」
「それもあるんですけど、一番の原因は『メニュー』なんです」
ミツハはふぅ、と小さくため息をつき、お皿に盛られた料理を指差した。
「ウチだけじゃなくてこの世界の定番なんですけど、どうしてもメインが肉や魚だけだと、焼く、煮る、炒める……といった、在り来たりで重たい料理しか作れなくて。この猛暑の中で、油ぎった肉の塊を好んで食べたい人なんて、一部の元気な冒険者くらいでしょう?」
確かに、彼女の言う通りだった。
出されている料理はどれも茶色一色で、見ているだけで胃がもたれそうなボリュームのものばかりだ。さっぱりとした清涼感や、食欲をそそる鮮やかな色彩が致命的に不足している。
(――やはり、この世界は何かがおかしい)
我は改めて、この世界の歪な食文化に対する違和感を強く抱いた。
かつて我がいた地球という星では、《野菜》は原始の時代、それこそ文明の黎明期から人間の命を繋いできた絶対的な礎だったはずだ。人は常に野菜と共に生き、農の発展と共に文明を築き上げてきた。それなのに、この世界には「農」の基本たる野菜が決定的に欠落している。
我がこの世界に《先導者》として招かれたのだとしたら――。
この貧困な食の世界を、我が手で劇的に変えなければいけないのではないか。そんな、妙に熱い使命感が胸の奥底からむくむくと沸き立ってくるのを感じた。
「ミツハさん、それなら、もうしばらくしたら我が裏庭で実を付ける予定の『夏野菜』を使って、新しいメニューを開発してみてはどうでしょうか?」
「えっ? ジョニーさんの育てている、あの不思議な植物を料理に……ですか?」
「ええ。暑い夏だからこそ、シャキシャキとした食感や、ピリッとした辛み、酸味が活きるんです。例えば……」
我は懐からお馴染みのメモ帳を取り出すと、前世の記憶を頼りに、大人気の中華料理や夏向けの定番レシピをさっと書き殴った。
「これは『回鍋肉』、シャキッとしたキャベツと肉を濃いめの味噌で炒めるんです。こっちは『青椒肉絲』、ピーマンと肉の細切りですね。それから、油との相性が抜群なナスの揚げ浸しなんかは、冷やして食べるとこの時期最高に食欲をそそりますよ。どれも子供から大人まで、一瞬で虜にする万能メニューです」
『回鍋肉』
『青椒肉絲』
我のメモ帳に描かれた、拙いながらも美味そうな料理のイメージ(と、我が口頭で説明する味の概念)を聞くうちに、ミツハの大きな瞳がキラキラと輝き始めた。
「回鍋肉に青椒肉絲、それにナスの揚げ浸し……! 想像しただけで、なんだかお腹が空いてきちゃいました。そんなに色鮮やかで美味しそうなものが作れるなんて凄いです!」
「ふふ、それじゃあ……我が裏庭の野菜、正式にメニューとして取り入れてくれますか?」
「はい! 喜んで!」
ミツハは満面の笑みで大きく頷いた。
これで《常盤木亭》への野菜の販路は完全に確保された。我の農業ビジネスの第一歩としては、これ以上ない好スタートだ。
と、ひとしきり盛り上がった後、ミツハはハッとしたように人差し指をツンと顎に当て、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて我が顔を覗き込んできた。
「あ、そういえば。すっかり忘れるところでした。今日のゴブリンへのお仕置きの件、結局どうなったんですか? 怪我はありませんでした?」
「あ、それなら心配いりませんよ。我が新しく使役した魔獣の《ホメ猫》がさー、ちょっと小突くというか、拳骨を一発入れてやったら、それだけで改心しちゃって。村長さんの言った通り、ゴブリンたちが自分から大人しく家畜を返しにきたんです」
「ええっ!? あの凶暴なゴブリンを拳骨一発で……!? ホメちゃん、実はもの凄くお強いんですねー。さすがはジョニーさんの魔獣です、お見それしました!」
ミツハはパチパチと手を叩いて称賛してくれた。
脳内でそれを聞いていた《ホメ猫》が、再び「ニャャャャャ」と誇らしげなログを流したのは言うまでもない。
「……おっと、お喋りが過ぎましたね。私はまだお仕事の真っ最中でした。仕込みに戻ります!」
「ああ、お邪魔してすみません。我はちょっと自室に戻って、部屋で休んでくるよ。今日の任務のために早起きだったからね」
「はい、ゆっくり休んでくださいね」
我は、お仕事熱心なミツハの邪魔にならないよう、そそくさと厨房の前線から離脱し、2階にある自室への階段を上った。
◆◆◆◆
自室の重い木製のドアを閉め、ベッドにどさりと手荷物を置く。
我はまず、村長から譲り受けた『魔獣コントローラー』を机の上に載せ、じっくりと観察してみることにした。
どこからどう見ても、前世の家庭用ゲーム機に付属しているコントローラーそのものだ。プラスチックの成形跡まで妙にリアルである。
(……やっぱり、線はどこにも付いてないな。ということは、やっぱり無線仕様か?)
ひっくり返してみたり、ボタンをいくつかカチカチと押してみたりするが、当然ながら液晶画面があるわけでもなく、これ単体では何の反応もない。
(――それとも、前世の技術でいうBluetoothか何かの電波(あるいは魔力)を発信して、魔獣の脳内に直接接続するのだろうか? 接続のペアリング設定はどうやるんだ?)
謎は深まるばかりだ。説明書がないのがこれほど恨めしいことはない。まあ、次の機会に《ホメ猫》を召喚して、目の前で色々とボタンを試してみるとしよう。
思考を切り替え、少し汗ばんだ体を休めようとベッドに横になろうとしたその時、ふと、壁に張り付いているカレンダーらしきものが目に留まった。
「ん……? あれって、前からあったか?」
近づいてソレを凝視する。
紙製の日めくりカレンダーのようなチャチなものではなかった。表面が薄っすらと光を放っており、どう見ても一種のデジタルディスプレイ、あるいは魔導液晶のような代物だ。画面に指を触れて上下にスワイプしてみると、滑らかな挙動で次の日付が現れた。
現在の画面には、こう表示されている。
【春期 15日】
「……それだけか?」
我は画面を隅々まで確認したが、肝心の《年》に該当する数字(例えば、西暦〇〇年といった記述)が、どこにも見当たらないのだ。
(西暦とか、あるいはこの世界独自の『〇〇暦』みたいな概念は、存在しないのだろうか……?)
ふと、恐ろしい、そして突拍子もない仮説が頭をよぎる。
この世界には、先ほどの《野菜》の歴史が失われていたのと同じように、もしかして《年》という、時間を積み重ねていく概念そのものが存在しないのではないか。
非科学的にもほどがある仮説だが、この世界は、まるでゲームの世界のように『今』という瞬間、あるいは『1年』という短いサイクルが、永遠に引き延ばされ、ループし続けているのではないか――という奇妙な感覚。
我は、少し前にミツハが何気なく言っていた言葉を思い出す。
『ここの店、建ててからもう十数年なんだよねー』
エルフという種族の寿命がただ長いから、彼女の時間の感覚が狂っているだけなのか。それとも、本当にこの世界の時そのものが、どこかで歪んで止まっているのか。あるいは、果たして――。
「……いや、まさかな。深く考えすぎだ」
頭を振って変な妄想を振り払い、気付けば妙に重くなっていた思考をリフレッシュするため、我は気分転換を兼ねて、裏庭の野菜たちの様子を見に行くことにした。
◆◆◆◆
部屋を出て裏庭へと向かい、家庭菜園のスペースに足を踏み入れた瞬間、我は声を失った。
「……おいおい、嘘だろ!?」
野菜たちは、芽が出ているどころの騒ぎではなかった。
昨日までほんの小さな双葉だったはずの植物たちが、驚くべき速度で急成長を遂げ、すでに立派な【苗】という段階へとその姿を豹変させていたのだ。異世界の魔力を含んだ大地の力なのか、それとも我の持つ《先導者チーター》のスキルの恩恵なのか。成長スピードが常軌を逸している。
「危ない危ない……! 小さなポリ鉢のまま放置していたら、栄養が行き渡らなくて一晩で枯らしてしまうところだったぞ」
幸いにも、我が血と汗を流して耕した裏庭の空き地は、すでに立派な『畑』へと開拓されている。しかし、この育ち盛りの苗たちをただ土に埋めればいいというわけではない。まともな収穫を得るためには、いくつか重要な農業の手順を踏む必要がある。
「急いで畑に植え付け(定植)をしないと……」
我はメモ帳を開き、これからの作業スケジュールを頭の中で組み立て直す。
まず、当初予定していた本格的な『ビニールハウス作り』は、資材と時間の関係上、来年に回すことにしよう。ハウスがなくても、この世界の気候と成長速度なら十分に野菜は作れる。
それに、魔獣コロシアムの開催も迫っている。
あちらはとりあえず、優勝はともかくとして、上位に入賞さえすればいい。金貨3枚ほどの手に入れば、今後の活動資金としては十分すぎるほどだ。
(今一番優先すべきは、この愛おしい夏野菜たちを無事に実らせることだ。これらを枯らしてしまったら、全ての意味がなくなってしまう)
苗を畑に植えた後は、寒さや乾燥、害虫から守るために、ハウスの簡易縮小版である【トンネル(不織布やビニールを骨組みに被せる作業)】を施してやる必要がある。
さらに、トマトやキュウリのようなナス科・ウリ科の野菜の苗は、これ以上大きく成長して自重で倒れる前に、一本一本『支柱』を立てて、ビニールひもで優しく固定してやらなければならない。
「……はは、やることが本当に山積みだな」
嬉しい悲鳴を上げつつも、我はドッと押し寄せてきた強烈な疲労感に気がついた。
よく考えれば、今日のゴブリンお仕置き任務のために、朝の4時起きで行動していたのだ。肉体も精神も、すでに限界を迎えている。
「とりあえず……だ。今は、全てを忘れて寝よう」
裏庭から自室へと戻り、衣服を着替える気力すら惜しんで、我はベッドへと文字通り転がり込んだ。
枕に顔を埋めた瞬間、抗うことのできない強大な睡魔が、我が意識を一瞬にして引きずり込む。真っ暗な心地よい暗闇が、我の精神を優しく包み込み、深い眠りの底へとそっと堕としていった。
その日、我はこうして、心地よい充実感と共に眠りについたのだった。
魔獣コロシアムの開催まで、あと3日。
つづく。




