第12話 【我、初めてギルド依頼を発注する】
傭兵のベルリンさんから聞いた話が、ずっと頭の片隅に残っていた。
がっしりとした体躯の格闘家である彼は、酒場の片隅でこう言っていたのだ。
「まとまった金が欲しけりゃ、ギルドの依頼で報酬を稼ぐのが一番手っ取り早い」
彼が言うには、ギルドが扱う《依頼》には大きく分けて二つの種類があるらしい。一つは自ら望む条件で発注する《クエスト型》、もう一方は誰かからの要請を頼まれる方の《請負型》。
さらにギルドで扱う《依頼》の幅は驚くほど広い。一から十までの難易度が存在し、命がけの凶悪な魔獣退治から、一般の主婦や主夫の手が回らないような些細な家事代行まで、およそ人が求めるあらゆる困り事が勢揃いしているのだという。
――我は一度、ギルドというものに手を出すべきなのかもしれない。
「日が暮れる間にでも、ちょっとギルド屋に立ち寄ってみるか」
ぽつりと呟いた言葉は、誰に届くこともなく、夕暮れの街の虚空へと寂しく消えていった。
ふと、居候先のお店のことへと意識が飛ぶ。ミツハは今頃、お店の来客用に自慢の料理の支度をして居る頃だろう。肉、肉、肉、ときて、アクセントの魚、魚、そしてまた肉。そんなオンパレードの豪華絢爛なメニューを毎日せっせと作り、バリバリと稼ぎまくっているに違いない。
――働く少女というのは、実になんともカッコいい響きだ。
そんな考え事をしながら歩いていると、無意識のうちに足がいつもに増してやや駆け足になっていく。
通りを行き交うストリートの人々の喧騒を、器用に左右へかき分けながら、私は足早にギルド屋へと急いだ。
そもそも【ギルド】とは何か。
一般的に言えば、中世より近世にかけて西欧諸都市において商工業者の間で結成された、各種の職業別組合のことだ。英語ではGuild、ドイツ語ではZunft、イタリア語ではArtiなどと呼ばれる歴史ある組織である。
そしてそこで扱われる《依頼》とは、基本的にはギルドマスターから日替わりで受注できる職人仕事、単に「職人依頼」とも呼ばれるシステムのことだった。
たどり着いたギルド屋は、建物の半分が酒場――それも大衆居酒屋のような雰囲気を兼ね備えており、昼夜を問わずワイワイガヤガヤと騒がしい場所だった。
あちこちのテーブルから、自分の武勇伝や自慢話などの英雄譚を大声で語る声が聞こえてくるかと思えば、もう一方の隅では日々の何気ない日常をのんびりと愚痴混じりに話す輩もいる。
酒は頼めば、給仕服を着たウエイトレスっぽい人がすぐに席まで運んでくれるシステムのようだ。基本的に酒場は大人たちが集う場所であり、子供が喜ぶような甘いジュースはメニューに存在しない。
しかし、中には頼み方次第、あるいは裏メニューの交渉次第では、ジュースのような味わいのノンアルコールチューハイも出してくれるらしい。
意を決してギルド屋の重い木製の扉を開くと、頭上でチャリーンと涼やかな鈴の音が鳴り響いた。
常に誰かしら客が来るのはここではいつもの光景のようで、店内の荒くれ者たちは新顔のこちらには目もくれない。私は少し緊張しながら、木製のカウンターの奥に座る受付のお姉さんに歩み寄った。
お姉さんは私を見るなり、プロフェッショナルな満面の笑みを浮かべる。いつもニコニコと愛想よくしているのは、やはり商売柄なのだろうか。――思わず裏の顔を勘ぐってツッコミを入れたくなったが、初対面なので大人しく止めておくことにした。
誰にだって、他人には聞きたくない、あるいは聞かれたくない秘密の一つや二つはあるものだからな。
「あの、すみません。依頼を発注……ではなく、受けにきたのですが……」
「あら、初めての方ですね。ようこそ! では、まずはギルドへの登録を行うので、この羊皮紙の書類に必要事項を記入してくださいね」
手渡された書類に、私は自分の現状をありのままに書き込んでいく。
【名前:ジョニー(男)】
【手持ち魔獣:《ホメ猫》】
【得意武器:魔獣召喚】
【強さ:一般人】
書類を回収し、目を通した受付のお姉さんは、ふむふむと頷きながら言葉を返してきた。
「なるほど、強さは『一般人』の方ですね。でしたら、今ご紹介できる適切な依頼はこちらになります」
お姉さんがカウンターの上に、現在募集中だという依頼の一覧表をパッと見せてくれた。
《初心者向け》
・イヌの散歩(大型犬含む) 銅貨2枚
・庭の垣根の剪定 銅貨4枚
・演劇舞台裏の照明係(要体力) 銅貨3枚
・酒場裏の皿洗い 銅貨1枚
《中級者向け》
・近隣の村に出没する悪戯ゴブリンをこらしめる 銅貨7枚
《上級者向け》
・山脈に巣食うワイバーンの討伐任務 銀貨9枚
一覧を眺めると、《初心者向け》は、やはり想像通り日常系の雑用が多いのがよく分かる。誰にでもできる安全な作業だが、そのぶん、やっぱり稼ぎとしての報酬はすこぶる少ない。
一方で《上級者向け》に目をやると、ワイバーンとかもう完全に竜の眷属じゃないか! もしそんな危険な場所に行けば、我が手持ちの《ホメ猫》など一瞬でブレスの炎に巻かれ、消し炭にされかねない。場合によっては、一般人の私がどうやって討伐しろというのだ。無理ゲーにもほどがある。
だが――我が相棒であるホメ猫は、そんな、世間一般が想像するような、か弱い《概念魔獣》ではないことを、私はもう少し後になってから身をもって知ることになるのだが、この時の私はまだ知る由もない。
私の視線は自然と、その中間に位置する《中級者向け》の項目で止まった。ゴブリンを「懲らしめる」とある。正確には「討伐」ではないらしい。あくまでも、マイルドに懲らしめると書いてあるのが妙に気になった。
「あの、このゴブリンを懲らしめる、というのは具体的にどういった内容なのでしょうか?」
「あー、それね。ここから少し離れたところにある近くの村での話なんだけどね、夜な夜な、あるいは早朝に洞窟からゴブリンの群れが現れては、村人が大事に育てている家畜をさらっていく事件が度々発生して困っているのよ。だから、ちょっと一発ぶん殴って痛い目をみせて、二度と来ないように懲らしめてください、的なニュアンスの依頼だよ。……もしかして、それを受けるのかい?」
ゴブリンか。
事前の知識として、個々の戦闘力は大した事はないと聞いたことがある。――しかし、奴らは小賢しく、非常に頭が良いらしい。鬼と魔獣の中間のような存在で、ただの爪や牙だけでなく、棍棒や粗末な石剣などの武器を多用するみたいだ。
でも、まぁ……我が《ホメ猫》の実力を実戦で測るためには、これ以上ない丁度いい小手調べの相手かもしれないな。
「よし、その依頼、私にやらせてください!」
ゴブリン。それはどれほど小さく見えようとも、正真正銘の『鬼』の類なのだ。
どんなに簡単なクエストであろうと、【いつなんときも油断してはならない】。
それはギルドに生きる者たちの常識であり、生き残るための当たり前の鉄則なのだ。
依頼を受理されると、ギルド屋から準備金としての前金と、初心者用のレンタル装備(身体を保護する鎖かたびらや、護身用の鉄の剣など)が支給された。
詳しい依頼内容は、この都市イーゲルから西へ街道を進んだところにある《キャロライン村》に度々現れるゴブリン共を、きっちり痛い目に合わせるというものだった。
お姉さんの話では、奴らは早朝の薄暗い時間帯に家畜をさらいにくる傾向があるらしい。となれば、夜が明けないうちに早めに出発するしかなさそうだ。
支給された装備を抱えて家に帰ると、居候先のミツハがちょうど美味しそうな夕ご飯の用意をして待ってくれていた。二人でテーブルを囲み、賑やかなご飯タイムが始まる。
明日の朝は早い。早寝早起きをして絶好調の体調で任務に向かわなければいけないので、私はミツハが「ねえ聞いてよー」と始めたお酒を飲みながらのだべり(愚痴)には付き合わず、「悪い、明日は早いんだ」と言ってさっさと寝室へ引き上げて寝ることにした。
ちなみに、後になって知ることになるのだが、ミツハは毎晩楽しそうに飲む割にはあまりお酒が強い方ではないらしい。そんな彼女の微笑ましい一面を思い浮かべながら、私は泥のように眠りについた。
翌朝。これはゴブリン討伐ではない、正確には懲らしめるだけ作戦だ。
当日の朝の目覚めは、驚くほどスッキリしていた。昨日ストリートの露店で怪しげに売っていた《朝起きができる漢方薬》という怪しい粉末を半信半疑で飲んだおかげか、驚くほど身体が快調だ。
目的地である《キャロライン村》は、ここから大人の足で歩いて1時間ほどの場所にある。一応、村へと続く道はあるのだが、整備された街道というよりは、草が生い茂る細い獣道のような風情だ。
事前の地図によれば、流れる川沿いをひたすら真っ直ぐ歩いていけば、迷うことなく到達できるらしい。このあたりに出現する野生の魔物は、比較的大人しいシカやウサギ程度なので、こちらから刺激しない限りは襲ってくる心配はほとんどない。
私は早朝の冷たい空気の中、川沿いをテクテクと歩いた。ひたすら、テクリテクリと歩いていく。
周囲には、川のせせらぎの音だけがさらさらと心地よく聞こえてくる。しかし、あまりにも静かすぎて少々退屈だな、とも思えてくる。
――あぁ、こういう時、前世のように音楽でも聴きながら歩きたいものだが、この異世界にMP3プレイヤーなどという便利な文明の利器は存在しない。自分の足音をリズム代わりに進むしかないのだ。
受付のお姉さんが言っていた通り、川を頼りに歩き進めると、おおよそ1時間ほどで予定通り前方に《キャロライン村》が見えてきた。
村の入り口や広場には、所々に放し飼いにされたヤギやウシ、小さなニワトリなどがのんびりと徘徊している。
――いわゆる、古き良き放牧スタイルの村だ。
その村は、周囲の豊かな自然と完全に共存しているような、実にゆったりとした、のどかな印象の場所だった。
しかし、のんびりしている暇はない。私は支給された羊皮紙のメモをもう一度確認する。
「ええっと……『北東の方角からゴブリンが複数現れるから、痛い目に合わせろ!』だったな。よし、さっそく《ホメ猫》で盛大にぶん殴ってやるか」
とりあえず、村の外れにある大きな大樹の根元へと移動し、その太い幹の陰に隠れてゴブリンが現れるのを待つことにした。現在の時刻は朝の5時。夏の時期とはいえ、日の出の時間にはまだ少し早く、辺りは薄暗い。
木の茂みに身を潜め、息を潜めてゴブリンが現れるのをじっと待つこと約15分。
僅かな時間が経過したその時、前方の茂みの中でゴソゴソと不審な音が立ち、緑色をした不気味な人影がいくつか姿を現した。身長は子供ほどだが、醜悪な顔つきをしている。下半身に粗末な藁のようなものを身にまとって、手にはトゲのついた棍棒らしきものを不格好に持っている。
間違いない、ゴブリンだ。
奴らは周囲をキョロキョロと見回しながら、のんきに草を食んでいたウシの一頭にちょっかいを出し、ロープで縛って無理やり連れて行こうとし始めた。
「おい、《ホメ猫》。お前、あいつらのゴブリン語は話せるか?」
私の影からぬっと姿を現したホメ猫は、小首を傾げて鳴いた。
「ニャー!”#$%&’()」
言葉として伝わったのか伝わらないのか、文字通り文字化けしたような奇妙な音だったが、どうやらこちらの要件(あいつらを止めろ)自体はホメ猫にしっかりと伝わったらしい。意外と賢く、意思疎通ができる、実に扱いやすい良い子だ。
「よし、いけ《ホメ猫》!! ゴブリンどもを死なない程度、瀕死まで追い込め!」
「!”#$\%&’()!”#$%&’()」
ホメ猫は短く一鳴きすると、素早い動きでウシを囲んでいたゴブリン軍団の真ん中へと突っ込んでいった。しかし、野生で生きるゴブリンたちの反射神経は、想像していたよりも一枚上手だったようだ。突如現れた謎の猫型魔獣に対し、ゴブリンたちは素早く反応し、瞬く間にホメ猫を包囲してしまった。
そして、ここからゴブリンたちによる、一方的なフルボッコタイムのお時間が始まろうとしていた。
「ゴブゴブー! ゴブ、ゴブ~ッ!!」
ゴブリンたちが一斉に耳障りな声を上げる。奴らの持つ重い棍棒が、闇雲に突っ込んできた《ホメ猫》の頭部を狙うかのように、容赦なく上からブッ叩かれた。凄まじい衝撃のせいで、ホメ猫の身体が地面にめり込む。
さらに、ゴブリンたちは完全に優位に立ったと確信したのか、地面にめり込んだ《ホメ猫》を何重にも囲んで、集団でお殴りのお時間を執拗に続けている。
――絵に描いたような集団リンチ。世間一般で通称、弱いものいじめと呼ばれる光景である。
普通なら目を背けたくなるような惨状だ。だが……我が《ホメ猫》は、そこらの野生にいる普通の魔獣ではない。
その形状こそ、愛らしい猫のような魔獣の姿を模しているが、その本質、中身はただの『概念』に過ぎないのだ。その肉体の大半は、現実の物質ではなく、魔術的に『虚数』と呼ばれる特殊な影のエネルギーで構成されている。
よって、物質的な打撃であるゴブリンたちの棍棒攻撃に対し、全くと言っていいほどダメージは通っていないのだ。
――つまり、ゴブリンたちが幾ら必死になってボコボコに殴ったところで、物理的には一切無意味である。
ひとしきり殴り続け、完全に標的が死んだと勘違いしたゴブリン共は、ハァハァと息を荒くしながら棍棒を収め、再び目的のウシへとちょっかいをかけ始めた。
しかし、《ホメ猫》の真のターンはここからだった。
ゴブリンたちが背を向けた瞬間、地面に深くめり込んでいた《ホメ猫》の身体が、何事もなかったかのようにズブズブと這い出てくる。
その瞬間、周囲の空気が一変した。ホメ猫の全身から、狂気と言っていいほどの凄まじい殺気が立ち上り、辺りを支配していく。その漆黒のオーラは、どんな深い闇よりも昏く、底の見えない深海よりも深い。
「ニャーゴゴゴゴブゴー―――――!”#$%&’(」
背後の異常な気配に気づいて振り返ったゴブリンたちは、さっき完全に叩き潰したはずの《ホメ猫》が生きて、それどころか禍々しい姿で立っていることに驚きを隠せないでいる。ホメ猫は、ゴブリン語のような、あるいはそれを超越した何かでゴブリンたちに向けて宣言したようだった。
恐怖に駆られたゴブリンが先手を取ろうと棍棒を振り上げたが、変幻自在の《ホメ猫》の方が断然疾かった。
ホメ猫は自身の影の形状を瞬時に変形させ、大人の胴体ほどもある巨大な「拳」を作り出した。そして、群れを率いていた一体のボスゴブリンに向けて、頭上からその巨大な拳骨を一発、凄まじい勢いで叩きつけた。
ズドォォォンッ!!
――その名の通り、見事な一撃を喰らったゴブリンは、白目を剥いてその場に派手に気絶した。
どうやらその一撃は、ゴブリンたちにとって文字通りの致命傷(精神的な意味も含めて)だったらしい。
一瞬にしてリーダーを無力化され、自分たちでは到底敵わないという本能的な身の危険を感じた残りの奴らは、泡を食って気絶したボスゴブリンの身体を大急ぎで抱え上げると、蜘蛛の子を散らすように一目散に山の洞窟へと逃げ帰っていった。
こうして、私は一歩も動くことなく、ゴブリンを完璧に懲らしめることに成功した。
やったぜ。ホホホ~イ!と心の中で快哉を叫ぶ。
その後、ちょっとした素晴らしい後日談がある。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた《キャロライン村》の村長さんからは、家畜を守ってくれたことに対する涙ながらの有難いお言葉と、村で採れた新鮮な特産品などの謝礼をたくさん貰うことができた。
さらに、都市に戻ってギルド屋へと報告に赴くと、受付のお姉さんから「やるじゃない」と褒められ、無事に依頼報酬である銅貨8枚もしっかりと稼げたのだった。
大活躍した我が相棒のホメ猫には、その日の夜、稼いだお金で奮発したボーンチキンの大盛りステーキがたんまりと与えられた。ホメ猫は影の身体を揺らしながら、実においしそうに肉に齧り付き、ご機嫌な様子で喉を鳴らしている。
初めてのギルドの依頼は、大成功のうちに幕を閉じた。
しかし、私とホメ猫の異世界での冒険は、まだ始まったばかりなのだ。
つづく。




