第1話:死地へ捨てられた装備職人
初めて投稿をします。
マーゴンです。
小説家になろうは読むばかりで投稿は初となります。
最初の3話分は同時に投稿し
1部完結までは毎日投稿します。
その後は執筆ペースを見ながら再度検討します。
「用済みだ、レオン。我が『白銀の獅子』は、これより神話さえ到達していない領域へ足を踏み入れる。
魔力も持たぬ日陰者の職人が、栄光ある我らの歩調に合わせられると思うな」
標高8000メートル。
長きにわたり人類を拒絶し続けてきた永久凍土、ガラルド帝国最北端にそびえる大断絶山脈の標高5000メートル地点のベースキャンプ。
重厚な防魔テントを外側から叩く極寒の暴風の音に負けじと、朗々たる傲慢な声が響いた。
声の主は、勇者アルベール。弱冠二十一歳にして、ガラルド帝国最高のドミネイト(魔獣に魔力を流し込み、精神や肉体を縛るテイムの主流魔法)を操る天才テイマーだ。
洗練された白銀のライトアーマーを纏い、腰には国宝の聖剣。
手入れの行き届いた金髪を気高く揺らすその姿は、確かに大衆が熱狂する「英雄」そのものだった。
だが、その美しい青い瞳の奥には、自分以外の生命を等しく見下す冷酷さが宿っている。
彼の背後には、同じく若き天才と謳われる二人のパーティメンバーが控えていた。
一人は、帝国最高峰の魔術学校を首席で卒業した宮廷魔術師、ルクレツィア。
紫のローブに身を包み、贅沢な魔導書を胸に抱いた彼女は、爪先をいじりながら退屈そうに目を細めている。
もう一人は、エリュシオン教国の聖女であり、このパーティの回復役を務めるエレノア。
純白の法衣を着たその美貌には、弱者への憐れみという名の侮蔑が浮かんでいた。
この若き天才たちの視線の先に、三十七歳のパーティの荷物持ち兼装備メンテナンス要員であるレオンはいた。
レオンは使い込まれているが、よく手入れをされていることが見ただけで分かる防寒外套を羽織り、テントの隅のランプの下で、静かに右手を動かしていた。
テントの中には、鼻を突く機械油特有の匂いが澱みなく満ちている。
彼は愛用する漆黒の鋳鉄製手回しミシン『ウルフマークⅠ』の可動部に一滴の油を注し、綿布で丁寧に金属の肌を拭いた後、長年の針仕事によって親指と人差し指にできた硬いタコがある右手で、鈍い銀色の針を丁寧に磨き上げている。
「……クビ、ですか」
レオンは手を止めず、掠れた低い声で言った。眼鏡の奥の瞳は驚くほど静かで、感情の起伏がほとんどない。
「そうだ。お前が仕立てた防魔の装備やハーネスは、我が従魔たちの能力を十全に引き出していない」
アルベールは忌々しげに、足元で横たわるアースドラゴンの脇腹を、甲冑の硬い靴底で無慈悲に蹴りつけた。
巨躯を誇るアースドラゴンは、悲鳴を上げる気力すら残っていないのか、ただ瞳を赤く血走らせ、尾の先端を自ら噛みながら丸まり、身を縮めた。
本来、アースドラゴンは一般のテイマーでは使役はおろか、近づくことすら叶わない奇跡の魔獣だ。その精神は強靭で誇り高く、常人の魔力など一瞬で跳ね除ける。
勇者アルベールの帝国最高峰の魔力があって初めて、無理やりその精神を縛り付けられる暴虐の化身なのだ。
レオンは前世の記憶をもつ、わかりやすく言えば転生者だ。
地球という、こことは全く異なる世界で「動物行動心理学」の先駆者として名を馳せた、愛犬家で家族(犬)たちの洋服を作るのが趣味な研究者だった。
三十七年前にこの世界へ転生し、趣味であった裁縫を軸として技術を突き詰め、装備技師・職人として生計を立てていた。
だからこそ、魔法で魔獣を縛り、暴力で従わせるこの世界のドミネイトによるテイムに、激しい嫌悪感を抱いている。
個人では憂いている現状を変えることが難しく、人より少し秀でた技術で勇者パーティに参加し、名を上げることで少しでもそんな状況を改善しようと、職人として生きてきた地位を捨て、今回の大断絶山脈制覇を目指す勇者パーティ『白銀の獅子』への参加を決めたのだった。
豊富な現代の知識を持つレオンの目には、アースドラゴンが発している言語なき絶望が、完全に視覚化されていた。
(……なるほど。低酸素、極度の低体温症、さらに休息なしで人を背に乗せての三日連続強行軍。アースドラゴンのこの瞬膜の異常な充血、および尾への自傷行為は、過酷な環境とドミネイトによる典型的な学習性無力感と深刻なストレスだ。それを、装備のせいにするとは。魔法による強制洗脳に頼り切った天才たちには、命を脈動させるためのメンタルケアという概念が根底から欠落している)
レオンは静かに綿布をポケットに収め、重量二十キロを超える鋳鉄製のミシンを慣れた手つきで片付け、旅の道具も一緒に入った、人が持つとは到底思えない大きさのカバンを背負った。
「分かりました。私の仕立てた道具があなた方の誇りに障るというのであれば、これ以上、可哀想なアースドラゴンの虐待に加担する気はありません。今すぐに失礼いたします」
「フン、負け惜しみを。魔力も持たないおっさんが、たった一人でこの猛吹雪の雪山を無事に下りられると思うなよ。麓に辿り着く前に、凍ったオブジェになるのがオチだ」
アルベールの冷笑にルクレツィアがクスクスと下品な笑いを重ねるが、レオンは振り返りもしなかった。
ただ、右手の掌の中に、前世から使っている手のひらサイズの金属板と同じ作りの『クリッカー』と呼ばれる動物との意思疎通を行うための道具をそっと忍ばせ、極寒の暴風の中へと身を投じた。
補足説明
・大断絶山脈
《ガラルド帝国最北端》にそびえる標高8000m級の永久凍土。
「標高五千メートルのベースキャンプから上部(標高8000m級の頂へ続く領域)は、常に深いもや(霧や吹雪)に覆われた未踏破地帯となっている。
・クリッカー ペットのしつけ道具
ボタンを押すと「カチッ」と音が鳴る小さな器具。正しい行動をした瞬間に音を鳴らし、「今の行動が正解だよ」とペットに分かりやすく伝えるトレーニング(クリッカー・トレーニング)に使用されます。




