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砂漠の紅華  作者: 馬来田れえな


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20/58

夜の脱走と声の主

 その夜、私は行動に出た。


 王宮から脱出するのだ。

 

私が床に就けば、侍女たちは下がる。


こちらが呼ばない限り朝まで部屋に入ってこない。


夜の闇に紛れるよう、黒装束に着替えた。

 

経路は把握している。


中庭の鉄柵を越えれば城壁に沿って歩けばいい。


鉄柵は私の頭二つ分高い。

 

いつかこうなる日が来るかもしれないと、

踏み台になるような大きめの石を事前に隠しておいた。

 

難なく、柵は飛び越えられた。


城壁を伝い、一番近い門の兵士の交代時間に外へ出る。

 

簡単だ。


もし捕まっても、侍女の振りをして

勤務を終えたとだけ伝えれば何も疑われない。

 

正門以外を警備する兵士は、

夜中は気を抜き酒を飲んで

酔いつぶれていると侍女たちから聞いた。

 

思った通り、

兵士はぐーぐーいびきをかいて眠りこけている。

 

私は音もなく門をすり抜け、

メーレの都の闇めがけて飛び込んだ。

 

とにかく私はメーレを離れ、

シュメシュから脱出する必要がある。

 

私がいなくなったことに気づくのは、

朝陽が昇った頃だろう。


私の不在が発覚した時のみんなの顔を

思い浮かべると罪悪感が湧く。


特にアディスを想うと

胸がきゅっと痛んだ。

 

感傷的になっている場合ではない。


とにかく馬を調達しなければ。

 

私は入り組んだ路地を走り、

街の厩へ向かった。

 

本来旅人がお金を払い、

馬を買う場所だが致し方ない。


ごめんなさい。盗みます。

 

でも私、馬扱えるかな……。


いや。できないなんて言ってる場合じゃない。

 

一頭の馬と目が合う。


「さぁ。あなたよ。私と一緒に来てくれる?」


馬はイヤイヤをするように、顔を振るわせる。


「そうだよね。嫌だよね。

でも、お願い。助けて欲しいの」

 

馬が暴れ始めた。


誰かが異変に気付くかもしれない。

 

一旦ここは引くべきか。


「おい。女。なにやってんだ」


「馬泥棒か?訳ありのようだな。

ちょっと顔見せろ」


やばい。


見つかった。


男が三人、私を背後から取り囲む。

 

声の様子から憲兵ではない。


ただの平民だろう。


酒臭さが鼻を衝く。

 

振り向いては行けない。


「こっち見ろって言ってんだよ!」

 

思いっきりケープを引っ張られた。

 

私の赤い髪の毛が露になる。


「やだ!」


「こいつ…赤毛……まさか!」


「まちがいない!噂のマリナだ。

なんでこんなとこにいるんだよ!

王の手付きだぜ」


「離して!!!触んないでよ!!」


「いい器量じゃないか。王はいいご身分だな。

毎晩王にいい事されてんだろ?」

 

「んなわけない!!!この変態!!!」


「うぶな振りしてんじゃねーよ。

楽しませてもらってから、売り飛ばそう。

なんせあのアディス王の侍女なんだからな!

異国の成金共がよだれ出して買いたがるぜ」


こいつら、ただの酔っ払いじゃない。


人売りだ。

 

血の気が引く。

 

「おい、でかい声出すな。

気づかれるぞ。早く馬に乗せろ」


「やめて!気持ち悪い!」 


男三人には敵わない。


諦めかけたその時だった。


「お前ら!そのお方をどなたと心得る!!」


「この不届き者が!!」


王宮の憲兵だった。

 

その後ろに、血相変えて馬にまたがり

こちらに向かってくるアディスがいた。

 

「アディス!助けて!!!!」 


私は無意識にアディスの名前を叫んでいた。


統率の取れた憲兵は、男たちをものの数秒で縛り上げる。


「マリナ!怪我はないか!?

そのゴミどもをを切り刻め!!!」


アディスは痛いぐらいに私を抱きしめて怒鳴った。


怒り狂ったアディスは誰も手を付けられない。


「アディス!アディス!!‥‥怖かった~!」


安心して涙がこぼれ落ちる。

 

「なぜ王宮から出た……」


「ごめんなさい!私、私……!

もう……これ以上、アディスのそばにいちゃダメだと思った」


アディスは整った眉を下げ

困ったような泣きそうな表情でつぶやいた。


「……もうどこへも行くんじゃない」


私を抱くアディスは震えていた。 


アディスに抱かれたまま馬に揺られ、

憲兵たちと宮殿へ戻ってきた。

 

帰ると侍女たちが私を取り囲んで号泣した。

 

私の浅はかな考えでみんなを悲しませてしまった事に

今更罪悪感がこみあげる。

 

「ごめんなさい」と伝え彼女たちを抱きしめた。

 

もう私の為に誰の涙も流させないと決めたのに、

私はなんてバカなんだろうか。

 

落ち着いた事を確認すると、

アディスは「よく眠れ」とつぶやき

私の額に軽く口づけをして去っていった。


初めてされた。


寝床についても、

目が覚えてしまって眠る事などできない。

 

諦めて起き上がり、窓辺から夜空を眺める。

 

満月だ。

 

そういえば、

シャフィが「王の為に死にたい」と瞳を輝かせて

私に語ったあの夜も満月だったな。

 

私が、アディスを愛してしまった事を

シャフィは怒らないだろうか。

 

アディスを慕い、心から尊敬し

シュメシュ人であることを誇りにしていた青年。

 

国に仕える軍人の息子として、

彼の散り際は不名誉だったのかもしれない。

 

でも、シャフィは忠誠を誓っていた。

 

それは噓偽りない事実だ。


彼はアディスに命をささげる覚悟をとっくに決めていた。

 

シャフィなら今の私にこう言うだろうか。


「マリナ、怖がらずアディス様のおそばに行くんだ」


都合が良すぎるかもしれない。

 

けれどシャフィが私の背中を押してくれているように感じる。


月を眺めてシャフィのことを想うと、

涙がとめどなく流れてくる。

 

ああ。いつになったら私は

シャフィのことで泣かなくなるんだろう。

 

シャフィに会いたくてさびしくて

たまらない気持ちは変わらない。


しかし

アディスへの憎しみの気持ちはもうなくなっている。

 

いつからか、私は気づいていた。

 

これはもう怒りの涙ではない。


ただひたすらシャフィに会いたいという涙であると。

 

「シャフィ。私、素直になっていいのかな?

私、あの人のそばにいていいのかな?」

 

泣きじゃくりながら、私は問い続ける。

 

月は何も答えない。

 

私はそのまま泣きつかれて眠ってしまった。

  

ーー 

夢を見ていた。

 

光に満たされたなにもない空間にシャフィがいた。

 

屈託ない笑顔で、こちらを見て微笑んでいる。

 

呼びかけてみるが、私の声は届かないようで

ただ微笑み続けるだけだ。

 

伝えたいことはいっぱいある。


話ししようよ。


「さぁ。こちらに来るのです」


!?

 

この声!私、聞いたことある。

 

…………!!!


そうだ。あの時…………


…………思い出せない。

 

すごく頭が痛くなって、

そのあと、私……

 

「さぁ。こちらに来るのです」

 

「さぁ。こちらに来るのです」

 

この声に、導かれて……

 

シュメシュに来たんだ…………

 

私が声の主の存在を思い出すと

シャフィは微笑んで頷いた。

 

あ、夢が覚めていく。


もう目覚めてしまう。

 

「シャフィ……」


寝室には、やわらかい朝陽が差し込んでいる。

 

涙が目じりを伝う。

 

シャフィ、怒ってなかった……。

 

あの声の主、一体なんなの……。

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