再会
侍女たちは昨夜の事件もあり不安な顔をしているが、
当事者である私は気もそぞろだ。
いや。確かに怖い思いはしたし、
みんなに心配をかけてしまった。
でもそれ以上に、
自分にとってとても大切なことに気づく事ができた一夜だった。
アディスへの本当の想い、
シャフィとの再会、
そして声の主の存在を思い出したのだ。
調べる必要がある。
でもどうやって?
変な声が聞こえて、
頭痛くなってそしたら砂漠で寝てたんです。って
誰が信用してくれるの?
頭おかしくなったって思われて、
牢屋に放り込まれたりするんじゃない?
アディスが私の事気持ち悪いって思い始めるかもしれないよね。
深く思案している私に、
侍女が努めて明るくたずねてくる。
「マリナ様、いい天気ですよ。
朝ごはんを中庭で召し上がりませんか?」
「あ、うん。いいね。そうするよ」
中庭での食事は気分が晴れる。
日光に当たれば、少し考えもまとまるかもしれない。
侍女たちも気分転換ができればいい。
朝ごはんはいつも、丸い焼き立てパンと卵。
そしてナツメヤシ。
私はこれが大好きで、毎朝食べている。
ねっとりした触感に、あっさりとした甘みが癖になるのだ。
アディスは、毎朝私に宴会のような食事を用意させていたが
やめろと一度キレたら、
ちゃんと私の好みに沿った食事が出るようになった。
侍女たちと話していると、
アディスがハビエルを連れてやってきた。
「アディス様、ハビエル様。おはようございます」
侍女らが一斉に頭を垂れる。
「アディス、ハビエル。おはよう。
朝ごはんまだ?一緒に食べよう」
パンをかじる私に
二人は安堵した表情を見せた。
「良く眠れたか?食事はいい。茶をくれ」
アディスにお茶を注ぐと、侍女たちは下がった。
「うん。寝たよ」
「食欲もあるようだな。
もう少したまごも食え」
めちゃくちゃ気にされている。
そりゃそうだ。
売られかけたのだ。
普通の女子ならショックで
口もきけないかもしれない。
「あ……昨日はごめんなさい。
また私一人で考えて突っ走ってしまって」
「もういい。昨夜のことは忘れろ」
アディスはそう言うと、両手で私の頬を包み込む。
鷹の瞳がまっすぐに私を捉える。
「ただ、これだけは覚えていてくれ。
お前はずっとこの場に……俺の側にいろ」
いつもの傍若無人なアディスの姿はなかった。
自信に満ち溢れるアディスじゃない。
ただただ、
大切なものを失う事を恐れている少年のようだ。
そうか。
アディスも怖かったんだ。
アディスは私がいなくなることが恐ろしかったんだ。
アディスの手に自分の手を重ねて私は言った。
「はい。私はもうどこにも行かない。
ずっとここにいます」
アディスを安心させるように、私は伝えた。
そうして自分も安心した。
食事を終えると、
アディスが「見せたいものがある」と言って私を連れだした。
部屋を出ると、そこには懐かしい人たちとの再会が用意されていた。
「ライリカ!!!ナダ!!」
二人は私を見ると、頭をたれ挨拶を述べた。
「ご無沙汰しております。
マリナ様におきましてはますますお美しく、
ご健勝のことと存じます」
「やめて!ライリカは私の侍女長!
ナダは私の大先輩!!
そんな口の利き方許さない!!」
「いえ、しかし…」
「よい、ライリカ。ナダ。
マリナがそう言っているんだ。
昔の様に接してやってくれ。
王の命令だ」
アディスの援護がはいると、
二人とも「それでは…」と肩の力を抜いてくれた。
「でもどうして二人がここに?」
「申し遅れました。
この度、私ライリカとナダは
マリナ様にお仕えさせていただくこととなりました」
「よろしくお願いします!」
「え!?じゃあずっと二人と一緒にいられるの!?
最高なんだけど!!」
「アディス様のアイデアだよ」
「アディス様がどうすればマリナ様に元気が出るかな、
笑顔になれるかなってハビエル様と考えてくださったの。
私たちが一緒なら、マリナ様もうれしいんじゃないかって」
思わずアディスとハビエルの顔を見た。
二人とも知らん顔で我関せずといったところ。
「だから、これからお世話させていただきます」
「今のお付きの侍女たちは変わらず一緒だから安心して。
みんなで仲良くしよ」
シャフィを失って、
絶望していた私を支えてくれたのは紛れもなくこの二人だ。
本当にうれしい。
涙が出そうになるのをこらえる。
「……ねぇ!アディス。
見せたかったものってこのことだったの?」
「ああ。それともう一つある。
出かけるぞ。二人もついてこい」
アディスはそう言うと、私の手を引き歩き始めた。
ハビエルに促され、ライリカたちもついてくる。
王宮を出て、西の外宮までやってきた。
ここまで来るのは初めてだ。
私は閉じ込められているようなものだから
行動範囲も限られる。
噴水や動物の彫像で装飾された庭園を望める。
その奥に進むと、開けた空間があり
土がいくつも盛り固められている。
「ここ…」
私がささやくとアディスは答えた。
「墓だ」
アディスは二つのお墓の前で歩みを止めた。
「お前の、母と弟が眠っている」
「え?まさか…」
「ミアとシャフィの墓だ。
もうじき父イルマンの墓もそばに移設する」
「うそでしょ…………お母さんまで…」
「あの晩、親族に守られ都を出たらしい。
そこから病が悪化して、早かったそうだ。
息子が死んだことは知らない」
アディスの話が全く入ってこない。
どこかで生きていてくれると、希望をもっていた。
持病があることも分かっていた。
シャフィが罪人として処刑されて
ミアは無事でいられるのか自信がなかった。
それでも、私はわずかな可能性を信じていたかったのだ。
でも世界は残酷だ。
涙も出ない。
私はひざからすとんと地面に座り込んだ。
慌てて、ライリカたちが駆け寄ってくる。
「お母さん…………でも…………
シャフィが罪人になったことは知らないまま旅だったんだね」
「…そうだ」
「そう。じゃあ最後まで
ミアにとってシャフィは自慢の息子だ」
「…そうだ…………俺を恨んでいるか?」
私が黙っていると、ライリカが口を開いた。
「マリナ様、シュメシュにおいて
罪人として処刑されたものは埋葬などさせてもらえません。
遺体は砂漠に投げ捨てられ、
そのままハゲタカの餌になり肉をついばまれる。
砂漠の照り付ける太陽に焼かれながら肉体が腐るのを待つだけなのです。
その遺族も同じです。
葬られる権利を失います。
しかしマリナ様の母君、弟君は
王宮内の墓地でこうして安らかにお休みになられています」
知っていた。
ハビエルに一度聞いた事があったから。
処刑された者はどこでどのように弔われるのかと。
その時ハビエルは顔色一つ変えず淡々と、
ライリカが今言った事を私に話した。
だから、まさかシャフィのお墓があるなんて。
思ってもみなかった。
これは異例中の異例だということは私にだって分かる。
何かにつけて、伝統。慣例。
それしかないシュメシュで、
こんな異例のことが起きているとはただ事ではない。
「……恨むなんてできない。
むしろ……感謝してる」
大粒の涙を流しながら私はアディスに言った。
アディスは黙って、力強く私を抱きしめた。
私はアディスの腕の中で、大声で泣いた。
アディスは、いつでも私が来たいと思った時
シャフィとミアを参るといいと言った。
それから、ここに来ることが私の毎朝の日課になった。




