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第21話 カブト虫 

 父が吉田深雪さんのお通夜に行っている時間、僕は福島県郡山の深くて広い山の農家からやってきた芋虫たちを眺めていた。いつもおこなっている霧吹きによる水撒き、糞を取り除いてから食われて少なくなった腐葉土を足す。

 餌となる腐葉土が足りないと芋虫たちは出会い頭に共食いを始めてしまうので手抜きはできない。

ベランダから見上げる夜空にはきっと多くの星々が光を放っていると思う。この頃になると僕の視力は星々のひとつひとつを認識することは出来なくなっていた。季節を問わず西の空に輝く金星と月の光は僕の目にも届いていたが、二等星よりも光が薄い星は闇に消えてしまった。


 父が作った手製の飼育箱もたったの二ヶ月で薄茶色い木目が朽ち始めて濃く黒ずみ、いつ壊れてもおかしくない状態になっていった。湿気と腐った葉っぱを入れているのだから木材も腐って朽ちていく。そんな飼育箱の端っこに腐葉土を持ち上げて、霧吹きの水を嫌がってクルンと一回転する場所があった。


 「あっ、動いた」


 再び、同じ場所に霧吹きを当てるとまたクルンと動く。目を近づけてよく見ると黄色ともピンク色とも言えないゴムでできたようなカブト虫のサナギが土を割ってツノを出しているのが見てとれた。人差し指でツノの先端の左右に分かれているところを『ツン』と触るとカブト虫のサナギは不機嫌になって、またクルンクルンとツノを三回転させて動きを止めた。


 「サナギになっちゃった」


 ベランダには僕しかいなかったが、つい声に出してしまい、階下にいる母にも見せたくなって、さらに声を出して呼んでみた。


 「母さん、芋虫がサナギになっているよ」


 芋虫の時には雑木林に捨ててきてと言っていた母ではあったが、台所からベランダまで急ぎ足で上がって来て、僕の後ろから箱の中を覗き込んだ。


 「どこ、どこにいるの?」


 僕はもう一度、霧吹きをクルクル動く場所に向かって噴霧した。不機嫌なカブト虫のサナギはさらに不機嫌を露わにして頭の部分をすっかり土から出し切り、怒りのクルクル回転を連続させた。


 「カブト虫のサナギってゴムで出来ているみたい、気持ち悪い」


 母の素直な感想だった。女には解るまい、このカブト虫のサナギがどれほど珍しいものなのか。成虫だったら百貨店でも売っているけれどサナギを置いている店は見たことがない。


 「父さんと姉ちゃんが帰ってきたら報告しなくっちゃ」


 僕はこんな子供じみた体験に胸が躍った。実はカブト虫のサナギを見たことがなかったからだ。幼少の頃、雑木の山で捕まえられるのはみな成虫だけであり、腐った倒木を脚で蹴って避けた下に埋もれている柔らかい土をほじくり返すと、幼虫を見つけ出す事は出来たが、形態変身する前に死んでしまうのだった。


 「可愛いって思わないの?」


 母に聞いたつもりの言葉だった。


 「へぇ、カブト虫ってこうなるんだ。格好良いかもね」


 いつの間にか母の隣に姉が立っていた。


 「いつ帰ってきたのさ?」


 「今だよ、良雄とお母さんの声がベランダから聞こえてくるなんて珍しいからね」


 「姉ちゃんはカブト虫のサナギが格好良いって思えるんだ」


 「うん、芋虫よりは遥かに格好良いと思う。初めて見たし、珍しいなぁって。オモチャみたいだね。それにこのカブト虫のサナギ、変だし」


 「なにが変なんだよ」


 「ツノが曲がっているよ。途中から左側に直角に曲がっている」


 「ツノが曲がっているの?奇形なのかな」


 「お父さんが帰ってきたら聞いてごらんよ。こんな変わっているカブト虫、図鑑では見たことがない」


 吉田深雪のお通夜から戻ってきた父は葬儀の事は一切、喋らずにカブト虫を眺めていた。

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