第17話 灯篭流し 後編
「畑の端にあった土の中にいっぱいいたから持って帰ってきたんだ。五十匹以上はいるぞ」
父は両方の手にカブト虫の幼虫を持って、僕に得意げに見せた。
「へぇ、カブト虫の幼虫なんて久しぶりだね。珍しいし懐かしいね」
手に取るとブニョブニョしているが、少しだけあたたかい。黄色い斑点と連動して、いくつもある脚が動き出し、背伸びをするようにしながら僕の指の間を掘り始めた。
「成虫にしてみよう。ものすごく大きい飼育箱を作って、腐葉土をいっぱい入れて、三ヶ月も経てばきっと大きなカブト虫になるぞ」
「いやよ、そんな汚いモノを家の中に入れるの。臭いし、裏の雑木林に捨ててきてよ」
母は間髪入れずに飼育を拒否した。姉を見ると目が合って、ちょっと微笑んでいるように思えたが、姉が虫好きなんて聞いた事がないから、きっと作り笑顔だったのだと思う。
「家の中で飼うんじゃあないよ。ベランダだよ。ベランダの端っこに木の箱を作って、そこで育てるんだ」
日曜日、父はどこから調達してきたのか、木製のリンゴ箱を三箱と金網を組み合わせて縦、横共に一メートル以上もある飼育箱を自作してしまった。上部には網が貼られていて、真ん中あたりからスライドして開け閉めができるように工夫された戸も付いていた。改めて父の器用さを思い知った。
僕は毎晩、霧吹きを使って水を撒き、腐葉土を乾燥させないようにしながら糞も取り除いた。きっと三ヶ月後にはものすごく大きい角を上下に揺さぶりながら、僕の腕をよじ登ってくるカブト虫を想像していた。今は土の中だけが唯一の生きる場所である白い芋虫が角を振って樹を登り、羽を大きく広げて、僕の知らない世界へ飛び立つ羽音が聞こえてくる空想の世界に誘ってくれるのだった。
この年の夏、僕は母に伴われて福島県の郡山へ行っている。それは僕の人生における最後の旅になった。
夏の朝一番に蝉の声が絶えない樹木で囲まれた境内の奥深くにあるお寺へお札を貰いに行き、その夜、ミエちゃんのお父さんと一緒に阿武隈川の岸辺に降り立った。蝋燭に灯される小さな紙でできた舟にお札を乗せ、川べりの端に浮かべて手を放し、流れに任せて見送った。
「ミエ、ちゃんと海までたどり着くんだぞ。途中でつまずくんじゃあないぞ」
白い和紙で包まれた灯籠の小舟は途中、クチボソらしい小魚に突かれても、行く川路を遮る笹の葉や小枝をかわしながら小さく小さくなって消えていった。
遠い夜空の向こうに打ち上げ花火の大輪があがり、阿武隈の下流の水面に映えては散っていく。たった十七歳という若さの娘を亡くしてしまった叔父は自宅に戻ると日本酒を浴びるほどに呑み、わめき散らし、泣きじゃくりながら眠りに落ちていった。
単身で郡山へ行った父の話によれば、まだ未成年だった年頃の娘を亡くした叔父は告別式が終わると神、仏、その類のすべてに火を放ち燃やし尽くしたそうだ。
僕は姉から習い始めていたエレクトーンも芋虫たちの成長と共に、ある程度まで習得できていた。毎晩の習慣が二つになってみて思えたことは『なんでもやってみるもんだなぁ』である。初めて覚えたビートルズのレット・イット・ビーは一ヶ月ほどで弾けるようになり、次なる課題曲であるドント・レット・ミー・ダウンに取り組み始めていた。この曲はリハビリセンターで知り合った吉田深雪さんたちのレパートリーなので僕が選曲したものではない。
この曲のメイン楽器はピアノではなくギターであり、僕が覚えるパートは少なく、レット・イット・ビーの半分もない。ただ担当するパートが少なくて、中途ばかりになると自宅での個人練習には限界が生じる事がわかった。独りだけの練習では物足りなさを募らせていくばかりで、音を合わせてみたい衝動が強く生まれてくる。 そう、あのメンバーに会って一緒に演奏がしてみたい。僕の中で新しい心の変化が生まれてきていた。それはあの生意気な吉田深雪に会う事にもなるのだが、いつしか会わざるを得ない女性から会いたい女性に変化していたんだ。きっと彼女の気丈さに触れていたかったのだと思う。
そう、水曜日が待ち遠しくなっていったんだ。




