第16話 灯篭流し 前編
高校三年生になる前の最後の春休みだった。
僕の視力は隙間から覗き込むような感覚でまだ残されていた。ただ、もうじき盲人と呼ばれる人間になるカウントダウンを止めることはできなかった。
あと一年、たった一年でいいんだ。光の差し込む方向が見えていてくれますように、そう願いながら高校生活の最後の学年を迎えようとしていた。
学生生活の途中で全盲になってしまえば、二年間通い続けた普通高校での卒業を断念せざるを得ない。卒業日まででいい、盲学校への編入をせず、今いる同級生たちと同じ場所で卒業したい。ただ、もし願い叶わず盲目になった時、僕は編入せずに学校を辞めるつもりでいた。中途退学をする意思を両親には話してはいない。
そんな事を考えながら最上位学年の四月に入った。
母は街が主催するフランス人形製作スクールに通い始めて一ヶ月も経たないうちに成果を出した。母が作り上げた人形は透明な円形のケースに入れられて、自宅に運び込まれた。直径五十センチはありそうな丸いケースの中のフランス人形は手足が極端に細くて顔が横に広い。衣装のブルーと瞳のブルーが印象的だった。
ー 吉田深雪という女性とは似ても似つかないなぁ。彼女、童顔じゃあないし ー
母が自分で作ったフランス人形の置き場所に苦慮している時だった。自宅の黒電話が鳴り響いた。
「もしもし村尾です。あぁ姉ちゃん、元気にしている?」
母の声のイントネーションから察すると電話の向こうの相手は福島県の姉からであろう事がわかる。
「え、嘘でしょう。急に、なんで・・・」
電話の内容は母より三つ歳上になる叔母さんの実の子であるミエちゃんの死を知らせるものだった。
「わかった、今日中に行く。お父さんが帰ってきたら、そのまま上野駅から郡山へ向かう。郡山駅に着いたら電話する」
母は動揺を隠さずに支度を始めた。
「良雄、ミエちゃんが今日、学校で倒れて病院の待合室で亡くなった。今夜、お父さんと一緒に福島に行くから、良雄はお姉ちゃんと留守番していて」
「うん、わかった。なんでミエちゃん、急に亡くなったの?」
「わからない。午前中は高校に行っていたって、具合が悪くなって、叔母さんが学校に呼ばれて自宅近くの診療所に連れて行ったんだけれど、診察に呼ばれる前に座ったまま息を引き取ったって」
「そんなことってあるの?」
「わからない、全然わからないの。具合が悪いなんて聞いていなかったし、病気とも聞いていない」
その日の夜、七時くらいだったと思う。父は帰宅すると事の詳細を玄関で聞き、母から喪服一式を手に取ると居間にも上がらずに踵を返して単身、郡山駅に向かった。この時、なぜ母が同行しなかったのか、郡山へ一緒に行かなかったのかは今だから判る。二人分の特急列車『ひばり号』の代金がなかったのであろう。きっと僕の治療費が生活を窮させていたのだと思う。
父が福島県郡山市の外れにある山里から帰宅できたのは訃報の電話が鳴って三日が経った夜の九時頃だった。喪服の上下には不釣り合いな縦に長い、おそらくは日本酒の一升瓶が四本入れてあった段ボールの箱を持って帰ってきた。段ボールは決して途中で開けられないよう、縄でグルグル巻きにされていて一体、なにが入っているのだろうかと思った。
縄をほどいて段ボールの上口を開くと、中には腐った葉っぱと、むせるような匂いがする土だった。
「良雄、ちょっと見てごらん」
父は玄関先から僕を呼び、段ボールの中の腐った土の中に手を突っ込んだ。僕のうしろにいた母はひっくり返りそうになりながら叫んだんだ。
「キャー、なにそれ。なんでそんなもの持って帰ってきたの!」
母の悲鳴に続く罵声に姉も二階から降りてきて、僕の背中に身体を隠すようにしながら覗き込んでいた。父の手にあったものは丸まっても大きく見える全長十五センチメートル位ある白い芋虫だった。




