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09 アルファ地球はなかなか大変なことになっているということ

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09 アルファ地球はなかなか大変なことになっているということ


「将軍、ここには内戦なんかで国が割れた時のための予備の指揮所とその資金があるって話だったと思うんですが。」

 そう言って兵士はバイザーを拭うがその曇りは内側からのものでなんの解決にもならなかった。制服の上から防護服を着ているため揮発した汗と自分の息で中は熱帯と化していた。昼のチリビーンズにガーリックパウダーをかけたのは明らかに失敗だったなどと兵士が思っていると、やっと将軍から返事が返ってきた。

「ミスター・ナガハラを呼んでくれ。インチキ学者たちが帰ってくれたのでな。」

 兵士は敬礼をして乗ってきたバギーへと急いだ。ミスター・ナガハラを案内するときは冷房のきいた車両で連れてくることができる。この立入禁止区域内で冷房が使えるのは車の中だけだ。今兵士の頭の中は九割が冷房で一割がガーリックパウダーへの後悔だ。

「まったく日本という国は次から次へとやってくれる。」

 この将軍と呼ばれた人物が目の前の黒い球体について報告を受けた時には日本の報復ではないかと真っ先に疑った。というのも日本が官民合同プロジェクトで開発した空気で発電する装置について、政府よりも先に情報を得ようと送り出したチームが全員消息を絶ったばかりであったからだ。現在この立入禁止区域に詰めているのは全員彼の部下である。正式な国軍の兵士ではあるが政府を解体し各州を国家として独立させることを目論むグループの構成員である。

 この黒い球体について考えられる政治的可能性について思案を巡らせていると、悪路を噛むタイヤの音が聞こえ彼の背後で止まった。しばらくすると彼の背後から昨日も聞いた低い声が話しかけてくる。

「将軍、この度は遺品回収にご協力いただきありがとうございました。」

 振り返ると低い声には似合わぬ小柄で柔和な日本人がそこにいた。将軍と呼ばれた男は表情を動かさないように注意しながら答える。

「お気になさらず。我が国で不慮の事故に遭われた同盟国の方々に改めて哀悼の意を表します。」

「ありがとうございます。昨日回収した遺品を整理していましたら、こちらの職員のものではないものが何点か含まれていたのでお返ししようかと思いまして。」

 そう言いながらミスター・ナガハラと呼ばれる人物が小さな布袋を取り出す。将軍は先ほど兵士を目配りで下がらせると場つなぎのための決まり文句を言いながら袋を受け取る。

「それよりも念のために防護服を着用なさった方がよろしいのでは。」

「大丈夫ですよ。それについてもお役に立つかは分からないのですが、急ぎ日本から資料を送信させました。」

「おお、それはありがたい。」

 その間に将軍は袋の中身に目をやる。一つはこちらが遺品の中に紛れ込ませていた超小型の発信機。そしてもう一つは金貨だった。彼は一つ目については無視し、もう一つの方への懸念を口にした。

「賄賂にしては少し古風すぎやしませんか?」

 声に出して笑ったナガハラはそれに対してこう返した。

「私は専門家ではないのですが、それはパルティア金貨。博物館で展示されるべき代物です。FBIから貸していただいていたセーフハウスに何故そんなものがあるのか私には分かりませんが、ひょっとするとこの住宅街そのものに何かしらの意味があったのかもしれませんな。まあ、そんな娯楽映画のような話、あるわけないですかね。」

 そして二人でひとしきり笑った。だがナガハラの言ったことは事実であり、将軍と呼ばれた男はその首謀者だった。ありもしないテロ警戒のために住民を避難させ、金目のものや電子マネー、電子証券等のデータが入った端末や外付けディスクを回収し、一帯を爆破して証拠を消す。政府も彼らのそうした大それた不法行為を把握してはいるのだが、組織の規模が不明である今は手が出せないでいる。一説では陸海空三軍の半分近くがこの組織に関係していると言われている。ミスター・ナガハラはそのことを知ってはいるが触れずに置いてやると将軍に釘を刺したわけである。

「ところで先ほどの資料とは?」

 将軍は不愉快さを隠そうともせず、ただ話の先を急いだ。

「外付けディスクでは色々とご懸念もあるでしょうから、送らせた資料をプリントアウトしました。」

 ウィルスチェック等々面倒でしょうから紙で持ってきてあげましたよ、ナガハラはそう言っている。ナガハラは続けて中身の概要を語る。

「医療記録のコピーです。その男性は神秘主義者で作家で魔法使いです。」

「魔法使い?これはこれは・・・」

 将軍はそう言って笑い飛ばそうとしたが、目の前にいる小男の眼力に捉えられ頬を引きつらせることしかできなかった。

「信じられないのも当然です。どういう経緯でそうなったのか詳しいことは分かりませんが、その男性は空間を切り取って隔離する手段を身につけた。道具も科学技術もなしに。私が防護服を着ないのはこの黒い球体がこの世界に存在していないことを知っているからです。どんな計測機器を使っても何も測れなかったでしょう?触れることはできても、傷つけることはできなかったでしょう?それはこの黒い球体がこの世界から切り離された存在だからです。見えているのに存在していない、そういうものです。」

 あまりに荒唐無稽な話に将軍は言葉が出なかった。かと言って自信に満ちたナガハラを否定することもできなかった。

「何故そう断言できる。」

 将軍がやっと絞り出せたのがこのセリフだった。

「それはもう少し親しくなってからにしましょう。少々悲しい思い出になりますので。その資料を熟読いただければ最終的には将軍も周囲の方々も信じざるを得ないでしょう。」

 ナガハラの小さな体のどこにそれだけの胆力があるのか、将軍は食い下がることができない。

「この男は拘束できるのかね?」

 すぐに答えが返ってくる。

「できません。百年前に死んでいます。」

「百年前!」

 そろそろ将軍の精神は悲鳴をあげつつある。荒唐無稽ながらこの小男の迫力のせいで信じてしまう自分がいる。

「将軍、その球体の中は時間が止まっているのです。もしあなたがそれに閉じ込められれば出ることはかないません。数百年後に偶然出られたとしても、あなたはその瞬間に大切なものも培ってきた知識も全て時間という化け物に食い尽くされて失うのです。そんなものに関わりたいのですか?」

 これがトドメだった。翌日黒い球体は埋め戻されることが決まった。そしてミスター・ナガハラは特別に用意された軍用機で帰国した。




 両親を亡くしたグレッグや日本に帰化してまで日本文化を学びたがったイヨタを見守り続けてきたこの永原という男は稀代の詐欺師だった。





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