第十三話 命令
「はー、結局あの宝箱は一体だけだったんだな」
「そうみたいですね」
あの大金を見て、俺は認識を改めた。あれは・・・正真正銘の宝箱だったのだと。
その後、あたりの宝箱を開けまくったが、どれも普通の宝箱ばかり、入っているのも薬草や毒消し草といったものばかりだった。ヒメ曰く、二束三Gだという。
「まあ、これでしばらくの生活の目途が立ったわけだ。とりあえず、今はシャルを助けることに集中しよう」
「完全にシャルのこと忘れてましたよね」
「そんなことない」
人のこと言えなかった。
「オーマって意外とお金を気にするタイプなんですね」
しばらく宝箱探しを手伝わされたヒメが呟く。言われてみれば完全に我を忘れて宝探しにふけっていた。それに付き合わされた王族のヒメにとってはお金など湯水のようにあるのだろうが。いや、今は財政難だったか。
「お金は大事だ。文句あるか」
開き直ることにする。
「いえ、知らなかったオーマを見れて大満足ですけど」
「・・・・・・そうか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「照れてます?」
「たちが悪いな」
そうだとわかった上で言っていることが。
宝箱探しを終えて、再び山頂を目指し始めたとき、それは起こった。
突然地響きが起こる。上方からだ。
見上げれば轟音とともに大量の岩が頭上から降り注いできた。岩崩れと言うには明らかに岩の量が多い。人為的なものなのか、それとも地響きの原因がそれ程激しいのか。
しかし、今はそれよりも避難が先だった。
「ヒメ!!」
「わっ!?」
突然の出来事にヒメの手を引っ張って走り出す。何故その掴んだヒメの右手がクロを抱えることに使われず、中空を漂っていたのか考える余裕もなく。
突然手を取られたヒメは態勢を崩すも、流石のバランス感覚で俺の後を走り抜ける。
が、岩の落下範囲が広く間に合わない。
「っ・・・くそ!」
振り返り、引っ張っていた手をさらに引き寄せヒメを胸もとに受け止める。
「ひゃわ」
二人分の重み。そのまま後ろに態勢を崩しながらも空に手をつきだし魔法を唱える。
「『物理障壁』!」
魔法。知らないまま使うのは躊躇われるが、緊急事態だ。それにこの名称ならおかしな事態にはならないだろう。
俺たちの真上に張られるバリア。それにいくつかの大岩がぶつかり弾かれていく。岩がぶつかるたびに衝撃が走るが、どうやら耐え切れそうだ。
衝撃は絶え間なく繰り返される。
やがてようやく岩のなだれが収まる。何とかうまくいった。うまくいかなかったらと思うとぞっとする。
「ふう、ヒメ、大丈夫か・・・?」
俺の胸に顔面をぶつけるような形になってしまったが。
「ほゎー」
「ヒメ・・・?」
「は、はい、大丈夫です!オーマのおかげです・・・」
手を掲げる形で障壁を保ったままヒメに問いかけると、返ってきたのは慌てつつも無事を知らせる声だった。
胸に抱き締めているヒメとクロ。何とか守れたらしい。ほっと息をつく。
障壁の上にも、道の前後そして左右にも岩が積みあがるようにふさがれていた。つまり。
「閉じ込められた・・・か」
しかも上の方につみあがった岩は障壁を解けばすぐにでも落ちてくるだろう。ちょっとまずい。
確認すれば、時間と共にMPが800台から少しずつ減っている。ヒメとの修行で、MPを使わなかったおかげでまだ余裕はあるものの、このままいつまでもバリアを張り続けるというわけにはいかない。
焦っている俺の懐でヒメはもぞもぞ動く。いつの間にかヒメの聖鎧は消え、そして背負っていたクロを自らの正面に抱え込むように移し、自分は俺の胸に背中を預ける。
そして、
「ふぅ」
一仕事終えたかの様に、ひと息ついた。
「おい」
「どうかしました?」
「脱出のために動いていたんじゃないのか」
「え、何でですか?」
「何でって、ここから出たくないのか」
「今はいいです・・・。むしろこのまま時が止まって欲しいぐらいです」
「あのな」
態勢としては、ヒメが俺の脚の間にすっぽりと収まり、俺の体を背もたれ代わりにしている。一方でクロを抱え、いわばサンドイッチ状態。そして声はまるで天国にでもいるかのように弛んでいる。
このままだと命の危機だと言うのに、のんきなものだ。
「オーマに怒られたくないので先に言いますが、ここから脱出するのは簡単なので安心してください」
「なら早く脱出したいんだが」
「まあまあ、そう言わずに」
「言うわ!!」
「ここから出たいなら、そう命令してください」
「は?」
突然何を言い出すんだろうこの王女は。
「オーマの命令なら私は逆らいません。私が出来ることならなんでも叶えてあげます」
ヒメの手が俺の太ももをさすり、つーと撫でていく。
「その前に何故俺がお前に命令するなんて話になるんだ」
「オーマが勇者だからです」
「・・・・それでなんでも誤魔化せると思ってないか?」
「なら、私がオーマのことを好きだからです」
「理由になってない」
「そうですか?」
とぼけるようにまた身を預けてくるヒメ。体を擦りつけるな。
「私はですね、オーマに求められたいんです。オーマに必要とされたい。オーマに占有されたい。オーマに依存してほしい。そんな欲求が命令されることで満たされるんです。一石三鳥です。実にお得です」
凄い事を言っているがそれは極端にまとめると、命令されると喜ぶということで・・・。
「そういう趣味の人なのか?」
「んふ~ノーコメントです。オーマ次第とだけ言っておきます」
「そんなに好きなのか?俺のこと」
「それはもう世界で一番」
「・・・・・・・・」
これってもしかしなくても告白だろうか。いや、もともとプロポーズされてたんだった。
見下ろせば岩の隙間から差し込む薄明かりの中、ヒメのつむじが巻いている。体中から伝わるヒメの柔らかな肢体の感触。鼻腔を満たす女の子特有の甘いにおい。
今は見えないが顔だって美少女と言って差し障りがない。愛くるしい瞳は一度目が合うとしばらく逸らすのをためらうほどだ。美しい金の髪、耳、鼻、唇その全てに何度触れたいと思ったことか。
性格は・・・どうなんだろうか。最初は世間知らずながらも芯の強いところが有る心優しい王女、といったイメージだったが、何故か今は俺に懐いてくる変な王女になってしまった。しかし、それがマイナスになることもなく、ただただ魅力的だ。
そのヒメがこんなにも好意を示してくれる。それは嬉しい以外の何物でもない。
――でも。
「ヒメ」
「・・・・・はい」
俺の呼びかけに少しの沈黙を空けてヒメが答える。
「ここから脱出させてくれ。お願いだ」
「命令でなく、ですか?」
「ああ。俺はお前の望みには応じられない」
「そうですか。仕方ないですね」
「納得してくれるんだな・・・」
遠まわしにヒメの気持ちを拒絶した。
「実を言うと、昨日の時点でわかってました。オーマが私のプロポーズを断った時点で」
「誰でもいきなりは断ると思うんだが」
その俺の言葉にヒメは微かに首を振り、俺にクロを預け、俺の足元から抜け出す。
なんとなく、今、ヒメの期待に応えるわけにはいかないと、そう主張する何かが、俺の中にあった。
向かい合うヒメと俺。
「まあ、今はここまでにしておいてあげます。でも、諦めません。それはそうと報酬の件、よろしくお願いしますね」
「報酬?報酬ってなんだ」
「報酬は報酬です。労働に対する正当な対価。・・・お願い、なんですよね?」
そんなことを笑顔で言われた。それはつまり命令には無条件で従うが、お願いなら報酬が必要だと。
「・・・何をすればいい?」
「オーマに任せます。それとは別に、関係ないことなんですが、オーマが愛の言葉でも囁いてくれたら、私の秘められた力が解放されて、脱出できるかもしれませんね」
関係ない事なかった。それと何でやたらと区切るんだ。
「嘘だな」
「何がです?」
「・・・・・秘められた、と、解放されてのところ」
もう完全に解放されているだろうと。
「まあ、そうですけど」
「認めるなよ」
「良いんですか?ここで足止めされている間にもシャルが窮地に陥っているかもしれませんよ?」
・・・・・何で俺は仲間に脅されてるんだろう?
「ここは思い切って心の内の私への愛情を高らかに叫ぶべきじゃないでしょうか」
「囁くんじゃなかったのかよ」
「どっちでもいいです。オーマの愛がほしいです。キスだと+100ポイントで逆転勝ちです」
何に負けているのだろうか。
「・・・・・・・はあ・・・」
「?」
ため息が出てしまう。
ヒメは今の状況を打破する方法を持っている。だが、それを発揮しようとはしない。ならそれを手っ取り早く使わせるには。
~選択肢~
→「愛してる」と愛をささやく
「このままだとヒメのことを嫌いになる」と脅す
キスをする
「お前が欲しい」と高らかに叫ぶ
何故か選択肢が現れた。
まあ、いいか。さて・・・。偽りの愛をささやくか、ヒメのこちらへの好意を利用するか。どっちにしても碌でもないな。
下二つはもちろん無視だ。そもそも何故選択肢に上ったのか不思議なくらいだ。
正直、この場を愛の言葉で誤魔化し、後で嘘だったと言うのは簡単だし、気が楽だ。ヒメだって、この状況でこんなことを言い出したんだ。それぐらいわかっているだろう。
問題なのは・・・俺自身がそれを言うことを拒んでいること。心に何か引っかかる。
となると。報酬ということではあるが、ここは心を鬼にして二番目の選択肢を選ぼう。
「ヒメ・・・」
「オーマ・・・」
暗闇の中、ヒメが楽しみにしているといった表情で見つめてくる。この笑顔をゆがませるのは心苦しいが。
意を決して言葉を紡ぐ。
「お前が欲しい!!!」
――ドゴォッ
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・?
言い終えた瞬間、背後の岩が爆音を上げて吹き飛んでいった。
「あ・・・・・・え?」
爆風がオーマの髪を噴き上げる。
そして、目の前には、いつの間にその態勢に移行していたのか、剣を突き出す姿勢で止まっているヒメ。
隙間を埋めるように岩が崩れ続け、やがて岩が無くなり差し込む日の光がヒメの目元の影を消す。
そして紡がれる嬉しそうな言葉。
「はい!!」
会心の笑みだった。
「って、違ーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!!!!」
何言ってるんだ俺は!!!!?
「オーマ?大丈夫ですよ?もちろん私はオーマのものになりますし・・・もちろん表面的なものではなくオーマの望み通りに心の底から―――」
「今のは聞かなかったことにしろ!いいな!わかったな!」
ヒメの言葉を最後まで言わせずとにかく取り消す。
「それが命令なら従いますけど・・・」
「命令でもなんでもいいから、とにかく忘れろ!いいな!」
なりふり構っていられなかった。
「ふふ、冗談です。報酬の為に嘘ついてくれたんですよね?」
「あ、いや・・・そう・・・なん・・・だ」
もう、そう言うことにしておこう。
「とても嬉しかったです。また今度・・・言ってくださいね?」
「・・・・・・・・あーーーあーーーあーーー!!!!!!」
悶えた。なんで俺の口は時々ワケわからんことを言い出すんだ!
「クロと安全なところに移動してくれ」
「はい!」
唯々諾々と従うヒメ。幸せそうだ。
ヒメが移動したのを確認して、俺も出来た隙間から脱出する。
もう大丈夫というところまで来て、障壁を解除しようとしたところ、その前に既に障壁は消えてしまっていて、岩は崩れ落ちていた。距離があると維持できないのか。手を掲げていないとダメなのか。
「オーマ!」
ヒメが腕を組んでくる。クロは地面に転がっている。
「あの、そういうのはしないという結論に至ったよな・・・?」
「え?いつの話です?記憶にないですけど」
あれ!?
「ふふー」
「ああもう、嬉しそうにしやがって」
何もしないのもばつが悪いので、ヒメの頭に手をやり撫でる。
「にゃ~」
まずいな・・・。将来、なあなあで流されている俺が容易に想像できてしまう。ここは気を引き締めて毅然とした態度で――。
「んに~うにうに」
可愛いんだよな、くそう!
「オーマがぶれぶれでいじり甲斐があります」




