第十二話 勇者が来ない
朝。昨日同様、自然に目が覚める。
誰かの悲鳴が隣のテントから聞こえてきた。それに比べてこっちは平和なものだ。
特に理由もなく、静かなテントの中を見渡す。そして気づく。
「あれ・・・シャルが・・・・いない」
先に起きだしたのだろうか。少し離れたところのもう一つの毛布の中は空っぽだった。
「シャルが・・・いない?」
「ああ、それとこれが、置いてあった」
そう言い、ヒメに一枚の紙を手渡す。
「書置き・・・ですか?」
受け取りながら聞いてくるが、
「いや、とにかく読んでくれ」
そう言われヒメは紙に視線を落とす。
そこには随分下手くそな字でこう書かれていた。
『女はあずかった。かえしてほしければ、デルタ山までこい』
「誘拐ですか・・・?」
「そういうことらしい」
シャルが正体不明の何者かに攫われていた。俺はそれに全く気付かなかったわけだ。勇者が聞いてあきれる。
「では、はやく助けに行きましょう」
ヒメはあっさりとそう言った。
「あ、ああ」
「どうかしましたか?」
「いや、ユーシアのことがあるのに意外と冷静だなって」
これは重大なタイムロスになる。一刻も早く兄を助けたいヒメにとってみれば焦るかと思いきやヒメには落ち着きすら見られる。
「ああ・・・まあ、兄のことはこの際忘れましょう。今はシャルの方が優先です」
「無理してないか・・・?」
「・・・・・やっぱりオーマは優しいですね。大丈夫です。あれで兄も悪運が強い方ですから」
「そうか」
これ以上は、聞くこと自体無駄な時間になる。ヒメがそう言うのだから今は少しでも早くシャルを助けることに集中しよう。
「で、デルタ山ってどこだ?」
「ここから北東にしばらくいった所に山の入口があるはずです」
「そうか。・・・ところで」
「?」
「それ、だれだ?」
「・・・・・クロちゃんですよ?」
ヒメの背中には、見るも無残な姿となった(過剰表現)クロの姿があった。
「オーマくん・・・ひどい・・・」
「クロって・・・誰だっけ?」
「追い・・・・打ち・・・・」(がくん)
クロは力尽きた。
「起きてからこの調子で、どうしたんでしょうか?」
「それ、本気で言ってるのか?」
「?」
デルタ山、山道。
山道を人ひとり抱え軽々と登っていく少年の姿。その頭には白銀の髪と白銀の毛に覆われた明らかに人のものではない耳。そして同じく白銀の尻尾。
「ったく、何で俺がこんなことを・・・」
ぶつぶつと文句を言う彼の頭の中に、聞き慣れた姉の声が響く。
(作戦には従う様に)
「ちゃんとやってるだろ」
(ん)
登り道はやがてひらけ、頂上に到着する。
「で、ここでオーマを待ちかまえればいいんだな」
(うん。それとオーマ様たちが目標地点を通り過ぎたら)
「罠を使って戻れないようにする、だろ。耳にタコだ」
(うん、じゃああとは任せるけど、何か困ったことがあったら呼んでいいから)
「はいはい」
(ちょっとしたことでもいいから)
「わかったから」
(無理しちゃだめ・・・)
「さっさと切れよ!」
(イーガルが反抗期・・・)
それを最後に姉からの連絡が止む。
抱えていた娘を無造作に地面に落とす。
後は待つだけだった。
「・・・・ん・・・・・・?」
その時、地面に頬ずりしていた人族の娘が目を覚ました。
「あれ・・・ここ・・・どこっすか?」
「・・・・・・・」
立ち上がりながら聞いてくる。わざわざ答える義理も無いとばかりに少年は沈黙を貫く。
「・・・・・・・・・あんた、何者っすか」
そして少年の姿を見つけ、いぶかしげに問いかけてくる。魔法使いの少女、シャルが。
「・・・・・・・」
「ああ、だいたいわかったっす。要するに・・・敵・・・っすよね。魔族さん」
そう言うや否や、娘の周囲には朝焼け後の山頂をなお赤々と照らす複数の魔力球が浮かび上がる。
それにつられるように少年の口角が吊り上がる。
「極力傷つけるなとは言われたが、暴れ出したんだから仕方ねえよな?」
「安心するっすよ。どのみちうちに傷はつかないっすから」
そして、睨みあう魔族の少年と、人族の魔法使いの戦いの火ぶたが切って落とされた。
結論から言えば確かにシャルに傷一つ付かなかった。
「弱すぎだろ・・・」
「うるさいっすよ!この脳筋魔族!魔法使いに接近戦挑むなんて何考えてるんすか!」
「あのな・・・」
互いの緊張が高まると同時、シャルが放った魔力球をかわし、少年がシャルの懐に入り込んだ時点で勝負は決してしまった。
少年が普通に一発叩き込もうとしたところで、怯えるように目を閉じたシャルを前に、何故か少年は動きを止めた。
「何っすか、女だからって殴らないんすか!この根性なし!」
傍目には負けた様に見えるだろうが、物理障壁は張ってあったし耐えられるレベルだった。なのにこの魔族が寸止めしたせいで負けたかのような状況になってしまった。だからシャルは挑発する。
「なっ、誰が根性なしだ!お前が弱すぎて話にならないから、殴るのもあほらしくなっただけだ!この雑魚!」
「雑魚って何すか!こちとら不本意ながら人族一の魔法使いっすよ!」
「はっ、その程度で人族一とか程度が知れるな。これなら征服すんのも楽勝だな」
「後衛に遠慮なく突っ込んでくる馬鹿で人でなしのせいっすよ!様式美ってものを知らないんすか!?」
「知るか!そもそも人間なんてよわっちい生き物じゃねえし!だいたい効果的な正攻法の何が悪いんだよ!」
悔しいことに正論だった。なのに、それがどうしようもなく・・・・・むかついた。
「ふん、所詮自分の土俵でしか戦えない弱虫に何言っても無駄だったっすね」
シャルはため息をつきつつ、蔑むような視線を向け、やれやれと言葉を紡ぐ。あからさまな挑発。
気にくわないから。争う理由はそれだけで十分だった。
「はっ言うじゃねえか。だったらお望み通りお前の土俵で戦ってやろうじゃねえか!」
「ふっ、良く言ったっす。それでこそ倒し甲斐があるってもんすよ」
「負け犬が偉そうに」
「そう言っていられるのも今の内っすよ、犬っころ」
「俺は・・・おおかみだ」
そうして、二回戦が始まった。
「ヒメ、それ、俺が背負うぞ?」
「あ、大丈夫です。軽いので」
一日経ってヒメは全快したらしい。言葉通りクロを抱え軽々と山道を進む。
「それよりも、戦闘をお願いしてもいいですか?見ての通り両手がふさがっているので」
「逆の方が良くないか?絶対お前が戦った方が早く済むよな」
「オーマは私を何だと思ってるんですか」
「人類最強」
「褒めてるんですよね?」
「・・・・・・」
褒めてない。
「とーにーかーく、私はオーマに戦ってほしいんです、守ってほしいんです。さあ、GO!」
そのヒメの言葉に引き寄せられたように魔物が集まってきていた。
「まあ、いいんだけどな」
最初から女の子を戦わせることは反対だった。そんな意識が薄れていったのは、俺の近くにいる二人がやたら強かったからだが。強すぎたからだが。本当の意味でヒメを守ることが出来る日は来るのだろうか。
山道に現れる魔物を聖剣で迎え撃つ。この程度なら魔法を使うまでもない。魔王と対峙した後のあの大量レベルアップのおかげが自分でも動きが違うのがわかる。
「折角なので剣術を教えましょうか?」
「ん、そうだな。頼めるか?」
「はい!」
ヒメほどの使い手に教授されるのは素直に有難い。守られたい奴が言い出すことでない気がするが。
しばらく、戦闘を続けて・・・
三回レベルアップした。
「あの、ヒメ・・・?」
「どうかしました?オーマ・・・あ、あっちに魔物三体です!」
「・・・・そろそろ先に進まないか・・・?」
また現れた魔物を斬り捨てながら、ヒメに尋ねる。どうやらこのあたりには狼系の魔物が多いらしい。
「こんなに次から次へと魔物が湧いてくるなんてなかなか無い事です。このチャンスに剣術スキルを上げておきましょう」
何でもレベルとは別に剣術スキルというものが存在し、剣を振るえば振るうほど熟達するらしい。
それはいいんだが、何故か中腹まで行ったかと思うと逆戻りを強要され、延々と戦闘を繰り返している。
「いや、でもシャルが気になるし・・・」
「そうですね・・・今剣術スキルはいくつですか」
~スキル~
オーマ
剣術スキル・・・・・Lv8
「ん・・・スキルレベル8・・・だな」
いつものごとく頭の中に浮かんだ情報をヒメに伝える。
「ちなみに私は?」
言われてヒメの情報を呼び出す。
~スキル~
ヒメ
剣術スキル・・・・・Lv50
刀術スキル・・・・・Lv50
「・・・・・・・・・50」
「ふふん」
「っく・・・・!!ってそうじゃなくて!」
「冗談です。オーマは筋がいいです。兄とは大違いですね」
「・・・・・・あの王子がどうかしたのか?」
「十何年も剣を振り続けてあれって、どういうことなんでしょうね・・・。あんなに頑張ってるのに」
「・・・・?さあ」
俺に言われても、あれがどの程度なのか分からない。
「とにかく、後はちょっと強い魔物とでも戦えば剣技を覚えるはずです」
「ふーん」
想像していた修行とはだいぶ違うものだった。
型を教えられたり、徹底的に素振りさせられたり。そういうのを想像していたのだがしかし待っていたのはただ魔法を使わず剣だけで戦えというものだった。
ヒメいわく、体が勝手に覚えるものらしい。
魔物を倒した後、黙々と一人で散らばった金貨を集める。むしろこっちの方がつかれる。いや、もしかしてこれこそが修行の神髄!?散らばる金貨を目で追うことで動体視力を鍛え、単純な拾っては立ち上がりの動作で足腰を鍛え・・・。経験それすなわちお金を拾う事なり。
流石にそれは無いか。
「じゃあ、行きましょう。シャルを助けに!」
本当に助ける気があるのだろうか。結構な時間戦いに明け暮れていた。実は昨日シャルにからかわれたこと根に持っていたりしないよな。
「そんなことありませんから安心してください」
「心を読まなかったか?」
「ふふっ、そんなわけないじゃないですか」
なんだろう、このヒメの底知れない感じは。
「それはそうと結構アイテム手に入ったな」
手に入ったアイテムは全部アイテム袋に入れている。
魔物の狼肉×58
みたいに表示されている。
「今度、料理に挑戦ですね」
「そうだな」
魔物の肉って怪しさ満点な気がするのだが、そこは考えないでおこう。拾った時の見た目は普通の生肉だった。
「今からしますか?」
「やっぱ根に持ってるだろ!」
「そんなことないですって」
シャルを助けるためにも今料理しているような時間は無い。
山の中腹を過ぎ、山頂を目指す。今更だがデルタ山に来いって、どこを指しているのか曖昧過ぎないだろうか。本当に山頂であっているのだろうか。
といっても、山道に大きな分かれ道などはなく、ほぼ一本道だ。
そして、少ない分かれ道の先はだいたい袋小路で、今、俺たちの前には何故か宝箱が置いてあった。
「・・・・罠だよな?」
「え?何でです?」
「いや、だって、何で山道にこんなもん置いてあるんだよ」
「・・・・言われてみれば・・・何ででしょう」
「いや、だから罠だろ」
「開けてみれば分かるんじゃないですか?」
「何でだ!」
「でも、ほら、宝箱は開けておかないと。勇者として」
「え、本気で・・・?」
「はい!」
いい返事だった。
「・・・・わかった」
恐る恐る宝箱を調べる。外からは特におかしな点は無い。とりあえず手近にあった石をぶつけてみる。
こつんと小石がぶつかった瞬間宝箱が勢いよく開き、そして、それ以上の速さで・・・・閉じた。牙のようなものが見えた気がした。
そしてあるのは静寂と、もとのまま佇む宝箱。
「・・・・・・・」
反転してヒメのもとに戻るオーマ。
「・・・・・・・開けないんですか?」
「いやいやいやいや」
「大丈夫です!勇気を出して!」
「勇気出すとこ間違ってる!」
「オーマは心配性ですね~」
「俺か!?俺がおかしいのか!?」
「まったく、仕方ないです。なら私が開けます」
そう言って宝箱に近づくヒメ。
「待った!!わかった。ヒメに行かせるくらいなら俺が開ける!」
「・・・・オーマのそういうところも大好きです」
そう言いすぐに戻ってきて、笑顔で俺を見上げる。
「はめられた・・・」
言ってしまった以上は仕方ない。何故避けてはいけないのか疑問だが、わかりきった危険に王女様を突っ込ませるほど落ちぶれてはいない。それに今ヒメはクロを背負っている。
覚悟を決める。
改めて宝箱に近づき、聖剣を抜き、警戒しつつ足で蹴飛ばす。
ぐわっと大きく開く宝箱。見る間にふたの縁に牙が生えそろい、ぎゃーすと雄たけびを上げている。
――なんと宝箱は魔物だった!
「大変です、オーマ!その宝箱は偽物です!」
「知ってたわ!」
――怒れるみーちゃんが現れた!
「しかも怒ってます!石をぶつけたり足で蹴ったりしたせいです!ちゃんと手で開けてください!」
「どうでもいいわ!」
もう、さっさと倒してしまおう。
「あ、オーマ、魔法は禁止です」
「何でだ?」
「修行のためです」
「そうか、なら仕方ない」
そうこう言っている間に荒ぶる宝箱は突進してくる。
俺は聖剣をふりかざした。
「え・・・?」
そのまま俺の体は想定の埒外の動きを見せる。
「『裂塊』!!」
口から言葉が漏れ出たときには既に魔物に痛烈な一打を打ち込んでいた。
――みーちゃんに282のダメージ!
「オーマ!今度はその技を使ってその魔物を倒してください!」
「お、おう!」
無意識の動きだった。だが体はそれを完全に覚えている。それに普通に斬った時よりも威力が高い気がする。
なら、使わない手はない。
その前に繰り出された噛みつき攻撃を剣で受け止める。
――オーマに1のダメージ!
完全に防いだつもりでもダメージは入るらしい。
魔物の牙ががりがりと聖剣の刃とかみ合う。そこで傷ひとつ付かないあたり、流石は聖剣といった所か。これまでの道中でも魔物を何体も切って捨てたが、血で鈍ることも無ければ刃こぼれもしない。
そのまま魔物を弾き返し、また聖剣を振りかざす。言ってみればただの振り下ろし。それが、技として扱われるだけで、ただ体が動くに任せるまま―――
―――必殺の一撃となる。
「『裂塊』!」
――みーちゃんに301のダメージ!
「『裂塊』!」
「『裂塊』!」
「『裂塊』!」
「うぎゃーーー」
「ぶぎゃーーー」
「はぎゃーーー」
――みーちゃんに321のダメージ!
――みーちゃんに287のダメージ!
――みーちゃんに311のダメージ!
そしてついに。
「『裂塊』!」
――みーちゃんに299のダメージ!
剣をその身に受けた魔物はこてんと、地に転がった。
――みーちゃんは倒れた!
そして、その姿は消滅し、残ったのは・・・・・
「!?」
――オーマたちは10の経験値と1500Gを手に入れた。
うず高く積まれた大金だった。
「ヒメ・・・」
「はい?」
「宝箱探しだ!!!」
「はい!」
一方、頂上。
「はあ、はあ・・・なかなかやるっすね・・・けど、うちの勝ちっすよ」
「なに、・・・・言ってやがる・・・息荒げやがって・・・」
「そっち・・・こそ・・・」
「てか・・・オーマおせぇ・・・」
「何か言ったっすか?」
「何でもねえよ・・・」
いつまでたってもオーマたちが到着しないため二人の魔法戦は泥試合の様相を呈し始めた。
「これで終わりっすよ『炎撃』!」
「そんなんで終わるか!『アイスバング』!」
残り少ないMPで互いに小規模魔法しか使えず、魔法同士がぶつかるも余波すら互いに届くことは無い。
最初の派手な撃ち合いはもはや見る影もない。
「くく、くっくっく」
突然少年が笑い出す。
「ああ、もういい。めんどくせえ。前言撤回。少しはやるみてえだから、最後にとっておき、見せてやるよ」
そして周囲の大気が急激に冷え始める。氷狼としての力。MPを消費せずに発動できる特殊魔法。いわば必殺技だ。
「まだ、そんな力残してたんすね。ならうちも前言撤回っす。ただの脳筋ってわけでもなかったっす」
そして現れる空を覆わんばかりの極大魔球。相手のMPが尽きたときに撃とうと思って残してあった。だが、どうやら互いに同じことを考えていたらしい。
「はっ!そんなもんで防げるもんなら防いでみやがれ!」
「そっちこそ消し飛ばない様、気を付けるっすよ!シャルロット=ウィーチの名、その身に刻め!!」
「『氷餓狼・呑陽』!!!」
「『大魔球・爆蓮華』!!」
そして、現れた氷の狼と小さな太陽は互いに飲み込みあうかの様にぶつかり、その余波は―――
―――完全に忘れ去られていた罠を発動させた。




