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竜神の紋章(Ⅲ)

 片やドラゴンの鼻頭を撫でる女の子。片や完全に気を許したかのように為すがままのドラゴン。醸し出される和気藹々とした雰囲気に戸惑ってしまう。


「えっと」


 近づいても大丈夫なのだろうか。


 既にドラゴンからは先ほどまでの威圧感が失われている。それでもその穏やかさはアルフレッドに向けられたものではない。躊躇するのも当然だ。だが・・・


――ふら


「リウ!?」


 ふいにリウの体から力が抜けて、崩れ落ちそうになる。それを察した時には既にアルフレッドは足を踏み出していた。


 リウを心配して駆け寄るアルフレッド。しかし突然リウの体が倒れ込むものとは別の動きをする。


 屈もうとしたアルフレッドの胸倉を掴み引き寄せたのだ。


「え?」


 リウの明らかに紅潮した顔が間近に接近し静止する。しかしそれも一瞬。リウは目を閉じてさらに顔を近付けた。


――ちゅう


「―――っ!?」


 そしてアルフレッドはリウに唇を奪われた。いや奪われたというよりは吸われている。ちゅうちゅうとアルフレッドの唾液が吸われ、むさぼるようにリウの舌が口内をなめとっていく。その際当然のごとく舌と舌とが密接に絡み合う。つまりこれは・・・


 ファーストディープキス!!!


「――――」


 長い時間そうしていたかと思うと、そのままリウは力が抜けたかのようにぐったりとアルフレッドにもたれ掛かってくる。


「え・・・・・・!?」


 幾度目だろうか、アルフレッドは再び混乱に陥った。何度驚くことになるのだろう。


 しかしそれは直後に体中を駆け巡る高熱に上書きされた。


「つっ・・・・!!!?」


 ―――熱い


 まるで熱湯でもかけられたかのように全身が熱い。呼吸をするのも困難になる激痛。頭が朦朧とする。


「は・・・・ぐっ・・・あぁあああ!!」


 自分という存在が曖昧になる。それを繋ぎとめようと無意識に体を縮こませ体をかき抱く。その拍子にぼんやりと気づくのはリウの姿が無くなっていること、しかしそれに構っている余裕もないほどアルフレッドは全身をめぐる熱に耐えることに全精神を注いでいた。


「う・・・・づあああ・・・っあ・・・・・・」


 そうこうしているうちに全身を満遍なく包んでいた筈の熱が収束し始めていることに気付く。右肩に。次いで右腕に。そして右手に。やがて右の手の甲、一点に集中した熱が耐えられない域に達した瞬間、


「・・・・・・・・?」


 まるで何事も無かったかのように熱は退いていた。今の苦しみが全て幻だったかのように。


 だが、その熱も痛みも確かにあったはずだ。突如消えた熱に呆然としていたアルフレッドは、はっとして右手の甲を見る。


「あ・・・・」


 そこには、今あったことを証明するかのように禍々しい紋様が刻まれていた。


 今にも動き出しそうな存在感を放つドラゴンの影。広げた翼のような黒い影が手の甲を覆っている。


「これって・・・」


 こちらを観察するかのように見ていた真紅のドラゴンに尋ねる視線を向けるが、その表情からは何も読み取れない。


 一体何が起こっているのか。アルフレッドは途方に暮れた。


「リウ・・・・そうだ!リウはどこに!?」


『ZZZ』


「へ?」


『ZZZ』


 なんだろう、頭の中で何かが聞こえる。


『ZZZ』


 寝息。


 瞬間アルフレッドの意識はそこには無かった。







「ここは・・・?」


 気づけばアルフレッドは椅子に座っていた。


 膝にはさっきいなくなってしまったはずのリウを乗せて。くてんと垂れた首がアルフレッドの胸にもたれかかっている。


「ZZZ」


 その寝息が今度は頭の中ではなく耳を通して聞こえてくる。その事実からここにリウがいることを理解する。


 では、「ここ」とはどこだろう。


 見渡せば視界の果てまで広がる真っ白な空間。何もない。空も地面も何もない世界。唯一つアルフレッドの座るイスだけが存在している。


 急転直下の連続。そろそろアルフレッドのいかに能天気な脳といえど限界を来しつつあった。


「驚かせてしまったようですね・・・」


「?」


 アルフレッドが座る椅子の正面。そこにいたのはリウに瓜二つの何者かの姿。先ほど見渡した時は誰もいなかったはずなのに。


 彼女はアルフレッドに向けて深々とお辞儀をする。


 蒼い髪も小柄な体もリウと同じ。しかし見ればその瞳の色はリウと違い紅の輝きを放っていた。そして背丈はリウと変わらないのにそこから放たれるオーラは大人びて感じられる。


「リウに瓜二つ・・・ウリさんですね」


「違います」


 彼女は間をおかず否定した。


「初めまして。マスター。私はシン・・・リウの守護者です」


「守護者・・・?」


「ええ。そしてあなたの質問に答える説明役でもあります。何か聞きたいことがあるのではないですか?」


「・・・・・・・聞きたいこと・・・・別にないですけど」


「・・・・・・・」


 アルフレッドの言葉に時間が止まる。


「・・・・・・」


「・・・・・・?」


 続く沈黙にアルフレッドが首をかしげる。基本アルフレッドは細かいことを気にしないようにできている。いつも一緒に居る幼馴染のおかげだ。流され続けて生きてきた人生の副産物だ。


 もちろんアルフレッドだって許容できない時はああああを止めることに手を尽くしている。しかしああああの決心が揺らいだことは一度足りとて無かった。結果、アルフレッドの性格は厄介ごとを避けるよりも厄介ごとに突っ込んだうえで耐え切るよう変化していった。


「え・・・・・・その、リウの正体とか・・・ここはどこかとか・・・・それに・・・折角、マスターって呼んだのに無反応はひどくないですか」


「ああ、なるほど。じゃあそのあたりを手短にお願いします」


 要するに環境適応能力が人並み外れていた。


「手短に・・・ですか・・・」


 目をぱちくりさせるリウと瓜二つのシンさん。さんづけなのは何となく大人っぽかったから。


「ええ、ちょっと急いでまして・・・」


 何気に今、オーマさんが大ピンチなのだ。


 呆気にとられていたシンさんはこほんと咳払いをして語り始める。何故かアルフレッドに恨みがましそうな目を向けながら。


「では手短に。まずリウについてですが、彼女は竜神の子です。この世界を知り未来を決める存在です。この子と共に生き共に世界について学ぶのがマスターの役目です。ようするにパパですね。

 ここはマスターの心象世界です。真っ白ですね、マスターが何も考えていない証拠です。ここにリウと私が来れたのはマスターと契約したからです。心身ともにリウがマスターを受け入れたことで契約は成立しました。右手の竜神の紋章、それが証です。会って早々女の子を落とすとか流石マスターですね。

 守護者である私はリウとマスターをこれからもお守りしていきます。ただずっと守るというのも面倒なので自分で身を守る力をつけていただきます。簡単に説明すると魔物を召喚し使役できる力です。モンスターマスターでも目指してください。ちなみにその魔物の中に一応リウも私も含まれますのでエッチな命令は控えてください。ちなみにリウは2000飛んで8歳なのでそっちの意味では大丈夫です。私の歳ですか?女の子にそんな事聞くなんて最低ですね。

 最後に、マスターが最初に使役する魔物を送ります。三体の中から選んでもらおうと思ってましたがもう赤で良いですね。さっきマスターを襲っていたドラゴンが最初のマスターのペットです。好きにしてあげてください。オスですけどね。以上です。何か質問は?」


「ないです」


「何か突っ込んでくださいよー!折角2008年かけていくつかツッコミどころ作っておいたんですからー!」


 シンさんは泣いていた。何故だろう。


「あ、じゃあ、ドラゴンさんに名前付けていいですか」


「今の話と無関係じゃないですか!勝手に決めてください!」


「じゃあドラさんで」


「はいはい。じゃあ、もういいですね」


「あ、ちょっと待ってください」


「なんですか!」


「これからよろしくお願いします。シンさん」


「あ、はい・・・・あの、それと・・・ちゃんと助けますから・・・・・・困ったときは呼んでください」


「あ、はい。頼りにしてます」


 かしこまりながらも照れているシンさんは普通に可愛い。構って欲しがり屋の子供みたいで。村にも似たような子がいたなあ。男の子だったけど。


「け、敬語も使わなくていいです、私はマスターの守護者に過ぎないので・・・気軽にシンとお呼びくだしゃい・・・」


「えっと、よろしく?シン」


 そのアルフレッドの言葉にシンは顔を赤くする。


 姿形はリウと同じなのでシンも子供にしか見えない。シンと呼び捨てることに問題は無かった。


「あ、それとそれと、折角ですから竜神装備一式を渡します。別にマスターが優しいからとかじゃないですよ。もともとあげるつもりだったんですからね!」


「え、いや僕、戦いは・・・」


「身を守るためです!絶対装備してください!ちなみに武器は何がいいですか?」


「え・・・と・・・おまかせで?」


 武器など使ったことが無いのだから選びようがない。ああああが通っていた道場で本物の槍を持たせてもらったことがあったが重くて持ち上げられなかった。今からくれようとしている武器もきっと使うことはないだろう。


「はい、出た、おまかせ!優柔不断そのものじゃないですか!自分で決めてください!」


「えぇ~・・・じゃあ・・・・保留で」


「もう、マスターは世話が焼けますね!」


「あの、そろそろ戻っても・・・?」


「あ、はい!いってらっしゃいませ!マスター!」


「ZZZ」


 そしてリウの寝息を聞きながらアルフレッドの意識は現実に戻るのだった。


「あ、それと、リウはお腹が空くとマスターのこと食べようとしますから気を付けてください」


「それは一番初めに言ってよ!」


「マスターがツッコんでくれました!」






「えっと・・・・」


 アルフレッドの上空では壮絶な戦いが繰り広げられていた。ああああVSドラさん。


 取りあえずああああに事情説明だ。


 ドラさんが友達になったって言えば十分だろう。長い付き合いだ。



「おーい、ああああ!!!!!」


「・・・・・」


 無視された。あれは聞こえていないのではない。無視しているのだ。そうだった。ああああは自分の意見を持つと人の話聞かなくなるんだった。


 取りあえずああああVSドラさんの戦闘の推移を見守るしかなかった。


『何、傍観してるんですかマスター!指示してください、指示!ドラさん負けちゃいますよ!負けたらモンスターセンターに行って回復するのに時間かかっちゃいますよ!』


 脳内でシンさんの声が響く。


「え、僕そっち側!?」


『当たり前です!生物皆敵です。マスターの味方は私とリウとドラさんだけです!増やしたいなら戦って勝て!です!』


「そんな無茶な・・・えーじゃあ、ドラさん!いのちをだいじにお願いします!」


『そんな曖昧な指示・・・!!』


 何か言おうとしたシンの言葉が遮られる。


『よかろう、我らが友よ。我らが神の主よ。共に征こうではないか』


 重厚かつ渋い声で脳内から話しかけられた。


「おおーーー」


『さ、流石マスターですね。一瞬でドラさんと心を通わせるなんて・・・流石です』


 認められたらしい。


 とりあえず、ドラさんには悪いが逃げてもらった。








「・・・・・。」


 ああああが問いかけるような視線を向けてくる。


「えっと、なんか僕、この子の、リウの父親になったみたいで、あとさっきのドラさんも仲間になったんだ」


 気づけば実体化していたリウを抱えながら事情説明をする。我ながら突拍子もない。


「・・・・・。」(グッ)


 なのにああああは良くやったとばかりにグーサインを出していた。この細かいことは気にしない感じ、流石はああああだ。ああ、そうか、やけにリウに親近感がわくと思ったらああああに似てたんだ。


『ドラさん、ああああに事情は話したので戻ってきてください』


『よかろう』


 心の中でドラさんに話しかけると答えが返ってくる。このやりとりもなんとなくああああとのやり取りを思い出す。以心伝心の極意とでも言おうか。


『心話までマスターするとは流石マスターです!』


 大したことではないのにシンは褒めてくれる。


「ん~」


 ドラさんを呼び戻したところでリウが腕の中で身じろぎをして目を覚ます。


 目が合う。


「ぱぱ」


「うん」


「美味しそう」


「うん?」


 リウの腕がアルフレッドの首に回される。そして、



――ちゅうちゅう



「・・・・・。」


 その光景をアーシェが見つめる。


「・・・・・・」


 違う。違うんだ、これは。


「ちゅうちゅう」


『・・・・・・だから言っておいたでしょうに。むしろわざとですか!流石マスター!』


「・・・・・。」(ぽん)


 二人の有様を見ていたああああは何か納得したかのように手を打った。


 そうすればいいのか! 的なことを言ってる。


――ちゅぽん


 ようやく口が離される。


「ああああ、腹ごしらえしようか」


「・・・・・?」


 今?と首をかしげるアーシェ。


「お願い」






 食料が尽きた。食べてすぐリウという少女はこちらを一瞥するや姿を消してしまった。アルフレッドは苦笑いしていたが。


 それはともかくアルフレッドの活躍により移動手段が手に入った。ドラさんだ。


 時は満ちた。オーマを助けに行こう。


 最初にドラさんと対峙した広場から天井をぶち破って上空へ飛び立った。



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