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第九話 帰還


――ばっさばっさ



「・・・・・。」


「ひい!」


 呆然とする俺と怯えるカリン。


「あ、良かった、オーマさん無事だったんですね」


「ああ、まあな」


 巣を出た俺達を見て笑みを浮かべるアルフレッドに、気もそぞろに返す。


「ところでアルフレッド、これは・・・・」


「?・・・これ?」


――ばっさばっさ


「このドラゴンだよ!」


 先ほどから羽ばたきの音を響かせている巨体、ドラゴン。こちらを睨むように爬虫類特有の眼をぎょろりとうごめかせながら滞空している。山のごとき体躯に強靭なうろこで包まれたそれは恐ろしいほどの耐久性を持つ。そしてその背にアルフレッドは乗っていた。

 ちなみに、カリンはドラゴンに睨まれた不死鳥の如く俺の後ろで怯えている。


「あ、ドラさんですか?オーマさんがいなくなった後でちょっと知り合いました。こう見えて気の良い方なんですよ」


「気の良いって・・・・ドラゴンがか?」


「はい?そうですけど」


 魔物の中でも議論の余地のない最強種。個体によっては知性を持つこともあるという。それでもその気性の荒さは有名で、人間はおろか、魔族にすら御しきれないというのに。


「お前が従えているのか?」


 見たところ、アーシェの姿は無い。


「いやいや、従えてるなんてとんでもない!協力してもらってるんですよ」


「協力?」


「はい!友達なんです」


――ゴオオオオオォォオォン


 それに応えるようにドラゴンが雄たけびを上げる。


「・・・・・ああ・・・・・そう」


 俺は考えるのをやめた。






「ところで、アーシェはどこに行ったんだ?お前と一緒に来たんだろ?」


「ああああならさっき泣きながら駆け下りていきましたけど」


「泣きながら!?」


 あいつが泣いているところを想像できない。


「はい、だから・・・・追いかけてあげてください」


 何故、自分で追わないのか、などとは聞かない。きっと、そういうことなのだろう。俺が泣かせた。


「分かった」


 俺が今までいた巣は、峻険な高山の頂上にあった。見渡すばかりの急勾配。もちろん人用の道なんてものは無いので駆け下りたと言ってもどこへ行ったものか。

 それでも出口の正面からの真っ直ぐの範囲に、大方の予想をこめて俺も駆け下りていった。


 残されたのは頭を抱えて震えているカリン。やがて、オーマの壁がなくなったことに気付くと、


「な、なんじゃ!やるか!?受けて立つぞ!」


 ドラゴンに喧嘩を売っていた。


――フンッ


 相手にもされなかったが。





 どれぐらい降りてきただろうか、ようやくアーシェの姿を捉える。立ち止まっていた。


(見つけた)


 その姿に、逃げられないように俺はさらに速度を上げ、右手の炎鉄剣でその背を――



――斬りつけた。



「・・・・・!」


(ち、避けたか。)


 寸前で俺の斬撃に気付き避けてしまった。本当に強くなった。そのつもりが無かったとはいえ、感慨深いものがある。


「何、情けない顔してるんだよ」


 また斬りつけながら俺は問う。


「・・・・・。」


 それをアーシェは容易くかわす。


 見つめ合う、俺とアーシェ。その目には涙など流れてはいなかった。いつもの無表情な顔だ。なのにそれがとても寂しげに映る。


「あー一応言っておくがさっきの幼女は俺の母親だ」


「・・・・・!」


 まあ、泣かせてはいなくても、こんな状況になった直接の原因がそれしか考え付かないので先に断っておく。正真正銘、あれが俺の母親だ。多分。いや、もう自分でもいまいち確証が持てないが。


「まあ、信じられなくても仕方ないが」


「・・・・・。」(ふるふる)


(信じちゃうのか)


 それもまた、随分と嬉しそうに・・・・・。




「・・・・・」


「・・・・・・・」


 斬りつけたばかりだというのに警戒心を全く感じない。大方また適当な理由を作り出しているのだろう。


「なあ、まさかとは思うが、お前――」


 あってはならないと目を背けていたが、もしそれが真実なら・・・。


「――俺のことが好きなのか?」


「・・・・・。」


 たとえ勘違いだったとしても、これまでのアーシェの態度にそう思わずにはいられなかった。


 そして、そんな気がかり一つで、たったそれだけのことで、俺の剣は揺らいでいた。情けないことに。


 だから否定してほしかった。そうすれば、俺は今までと変わらずに容赦なく罠にかけ、騙し、殺すことができる。


――なのに、


「・・・・・。」(こくん)


 肯定されてしまった。


「何でだよ。俺はお前を何度も殺したんだぞ。今だってお前に斬りかかった。それを何で許せる、なんで好きになれる!?」


「・・・・・。」(ふるふる)


 許していない、気にしていない、そうもとれる首振りを、好きだから、そう言っているような気がした。


「くそっ、なんで、あーもー」


 頭を抱える。わけが分からん。何で、たった数日で・・・・。人のこと言えんけども。


「・・・・・。」


 ふと、アーシェがこちらに近寄る。本当に軽い動きで。そしてこちらを覗き込む。



「あ・・・・。」


 そして見てしまう。



 ただ、アーシェの真っ直ぐに俺を見つめる瞳の輝きが――――



―――誰かに似ている気がした。



 俺の手から炎鉄剣が消える。


「・・・・・・ほらよ」


 アーシェに向かって持っていた聖剣(槍)を投げる。アーシェもそれを受け取る。


 それでも、もう覚悟は決めている。


「アーシェ。ヒメは魔王城にいる。俺はこれからそこに戻って、お前らの敵として邪魔をする。もし、ヒメを助けたいなら俺を殺す覚悟をして来い。俺はお前の敵だ」


「・・・・・。」


「だから、もう、遊びは終わりだ」


「・・・・・。」


「それと、俺は・・・・・、お前が嫌いだよ。ああああ」


 その言葉を最後に俺はその場から姿を消した。


 ぽつんと、アーシェ一人を残して。









「カリン、帰るぞ」


「ほ?オーマ?」


 ドラゴン相手にぐるると唸っていたカリンを抱え上げる。


「帰るってわらわの家、そこにあるのじゃが」


「オーマさん?ああああは見つかりました?ていうか、今どこから――」


「ああ、向こうにいた。拾って来い。それと、俺はこれ以上お前らと行動できなくなった。だから離脱する。じゃあな」


「え、ちょ、オーマさん!?」


 俺は驚き尋ねてくるアルフレッドに構わず、魔王城へと瞬間移動した。













 オーマ自室。


「はあーーーー」


 まったく、何してるんだ俺は・・・・。


 好機だった。勇者が聖剣を手放していた。聖剣を拾って勇者になったのなら、聖剣を持っていない時、死んだらどうなるのか。魔王として試すべきだった。

 なのに、試せなかった。


(情が移っていた・・・のだろうか)


 非情に徹していたつもりだった。殺すことにためらいは無かった。はずなのに、どこかで殺したくないと思っていたのだろうか。どうせ死ぬことはないとたかをくくっていたのだろうか。


 たとえ過程がどうであったとしても、真実は一つ。俺は・・・アーシェを殺したくなかった。


 自らを殺した相手を好きだと言えるあいつのことを殺せるわけがなかった。


 それがまるで、どこぞの魔王と同じだったから。



(あーなんだよこの感情・・・)



 胸の中でぐるぐると渦巻く感情。そうこれはまさしく・・・・。


「捨て猫拾ったら妙に懐いてきた――みたいな感じか?」




――サク



 頭部に痛みが走る。頭痛か。まったく、どこまで俺を傷つけるつもりだ勇者め。



――サク



 痛みが続く。どうやら本格的にまずいらしい。今日は早く寝ることにしよう。



――サク



「のう、オーマ、痛くないのかえ?」


「ああ、これぐらい大丈夫だ。」


「そうか。流石オーマじゃな。三本もナイフを刺されてもこたえぬとは。」


「は?・・・・ナイフ。」


 思わず痛みを感じる頭部に手をやる。


――ザクッ


「いっ!」


 今度は手に痛みが走る。何なのかと素早く手を戻してみると、手の甲にナイフが刺さっていた。果物ナイフ。


「・・・・・・」


「手を出さないでください。うまくささらないです」


「あ・・・はい」


 思わず従ってしまうその声は・・・。


「ヒメ!?」


「ひゃあ」


 天使だった。


「何してる?」


「何って、暗殺を少々」


 暗殺天使だった。手に果物ナイフやら包丁やら数本握っている。


「てか、痛い。頭が痛い!」


 今になって急に頭の痛みが増す。


「大人しくしていてください。今仕留めますから」


「治療してくれよ!?」


「治療?まさか。幼女誘拐魔王は私が殺します。ふふふ。何が捨て猫を拾ったですか」


 ヒメが悪魔になってる。いや、覚悟はしてたけど。しかし。


「それ、誤解だから!こいつは俺の母親!」


「母親?つくならもっとましな嘘をついてください。というか死んでください」


「あぶなっ!」


 再び振り下ろされたナイフを避ける。


「そもそも、何でお前がここにいる!俺の部屋だぞ!」


「だからですよ、油断して入ってきたところを、これでさくりと。ふふ」


「アーリア!アーリアを呼べ!」


「アーリアちゃんは来ませんよ。今は私の部屋でお休み中です」


「アーリアに何をした!?」


「ちょっとなでなでしていただけです」


「お前、やっぱりヒメだな」


「はい?その通りですが・・・どういう意味です?」


「別に」


「そうですか、それはそうと」


「何だ」


「まだ死なないんですか?」


 満面の笑みでそう聞かれた。


 心が痛い。


「死ぬ予定はない」


「頭にナイフ刺されてまま平然としてるってどうなってるんですか。化物じゃないですか」


「・・・・・。」


 自傷行為に走るよりはずっとましだが、これはこれできつい。


 頭に刺さったナイフを抜く。幸い傷は浅いらしい。これがヒメ本来の力でだったらどうなっていたことか・・・。


「はあ、カリン少し出ていてくれるか」


 それまで、気を利かせて黙っていたカリンに二人だけにするよう頼む。カリンがヒメを睨んでいたことも気になったが、それ以上にさっきからヒメが俺と話しているようでカリンのことを見て、うずうずしているのが気になった。


「大丈夫なのかの?」


「ああ」


「ふむ、では久しぶりにアーリアに撫でてもらうことにするのじゃ~」


 そう言ってかけていった。


 ヒメが少し残念そうにしていたのがやっぱり気になった。



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