愛しいものたち
「愛してる、だって。おっかしーの」
けたけた、彼女は自分で口にしたセリフのとおり、とてもおかしそうに笑った。しかし、その何がおかしいのか、ぼくにはさっぱりわからなかった。
「告白でもされたの?」
「え? されてないよ?」
「じゃあ、愛してる、て、誰が言ったの?」
「神様」
――神様。あっさりと彼女の口から放たれた単語は、まるで現実味がない。
神様、カミサマ、かみさま。何度かくり返してみても、その空虚さは変わらなかった。
「君は神様を信じているの?」
「それは信仰してるって意味? それとも、存在を信じてるって意味?」
「どっちでもいいよ」
「ずるいね」
不満を漏らしつつも怒った様子はなく、それどころかくすくすといたずらっぽい笑みをこぼし始める彼女。
「ま、確かにどっちでもいいね。わたしが神様を信仰していようがいまいが、存在を信じていようがいまいが、どっちでもいい。むしろ神様がいようがいまいが、それすらもどっちでもいい」
「そうなの?」
「そう。大切なのは『神様』っていう単語が出てくるってことだけさ」
ヘリクツともとれるセリフを吐き、彼女はにやり、と猫のような眼をして笑った。彼女の笑顔のバリエーションは、とても豊富なのだ。
それはさておき、どちらでもいいと言うのなら、神様は存在して、彼女は神様を信じているということにしておこう。しかし、それは信仰なのか、存在を信じているだけなのか――それこそ、どっちでもいいか。
「で? 何がおかしいの?」
「人間はさ、どうして一人で生きていけないんだろうね」
「うん?」
「まず男と女がいるって時点で、一人では生きていけないってことが証明されてるでしょ? でもさ、知ってる?」
「何を?」
「最初は人間って一人だったんだよ。神様は最初にアダムという男を造った。でも、そのうち『人が独りでいるのは良くない』って言って、男のあばら骨から女を造ったんだ」
話の内容よりも、ペラペラとよく動く口だな、ということに感心しながら、ぼくは彼女の話を聞き続ける。
「でも、おかしいと思わない?」
「何が?」
「どうして神様は人間が独りでいるのは良くない、なんて思ったんだろうね」
「うーん、話し相手がいないとつまらないからじゃない?」
「話し相手なら神様本人がいるでしょ? 神様とアダム。アダムは一人なんかじゃないよ」
言われてみれば確かにそうだ。神様は人間と話せるんだから、人間は独りではないはずだ。
だけど、
「でも、『人間』は一人しかいないよ」
そう、神様と人間は違うものだ。アダムは神様と一緒だったけど、「人間」という生き物は彼しかいなかった。
ぼくの答えに満足したらしい彼女はにこり、と微笑むと、新たな問いかけを発した。
「じゃあ次。神様はそのひとり子イエスを十字架にかけたことで、人類すべてを愛してるってことを証明した。それは、何でだと思う?」
「ん? どういうこと?」
「答えはね、自分を見てほしいからだよ」
「え?」
「自分たちで何でもできるようになっちゃった人間は、どんどん神様から離れていってしまった。だから、神様はそんな大胆なことをして、自分のほうをもう一度見てほしかったんだよ」
神様ってだけあって、やることの規模が大きいよね、と彼女は腹を抱えるようにして笑った。
「それで、つまり君は何が言いたいのかな?」
「あれ、わかんない? つまりさ、神様は人間のことを愛してるって証明したけど、結局は人間に自分を愛してほしいんだよ」
「それがどうしておかしいの?」
「だったら、人間なんて最初から創らなければよかったって思わない?」
にこり、彼女は人形のようにキレイな笑顔をよこした。
「人間は独りでは生きられない。それは正しい。わたしだって父さんと母さんっていう二人の人間がいたから生まれたんだ。でも、人間って増える必要があったのかな」
くすくす、すべてを否定するように、彼女は笑みをこぼす。
何が、そんなにおかしい?
「神様がこの世界さえ創らなかったら、いや、神様さえいなかったら、そんな定義は存在しなかっただろうに」
ふぅ、と一息つくと、彼女はまた笑った。
「愛がないと生きていけないなんて、人間は、ああ、神様も、かな。哀しい――いや、残念な生き物だよね」
そう言った彼女が一番哀しそうに微笑んでいるように見えたのは、ぼくの気のせいだったのだろうか。




