この儚い命の意味は
わたしは、知っていました。この、儚い命の意味を。
「もうすぐ夏だね」
「そうですね」
「蛍を見にいきたいなあ」
「でしたら、旦那様にお願いして、みんなで行きましょう」
「見に、いけるかなあ」
わずかに声のトーンを落とし、彼は弱々しく微笑した。幼いころから心臓に難しい病気を抱える彼の余命は、長くてあと二ヶ月。はっきり言って、蛍を見にいくのは、かなり厳しい。
しかし、
「行けますよ、きっと」
「そうかな?」
「ええ、必ず」
それでも、わたしは彼を励ますように肯定の言葉を述べる。それが空虚で意味のないものだとわかっていても、きっと彼以上に、わたし自身を励ますために。
すると、彼はにこ、と無邪気な笑みを浮かべて口を開いた。
「ぼく、蛍ってすきなんだ。キレイで、儚くて。何だかぼくと似てるなあって思ってさ。ま、ぼくは蛍みたいにキレイじゃないけどね」
「坊っちゃんは、キレイですよ。その明るい笑顔で、みんなを照らしてくださいます」
彼はいつだって明るく、そしてキレイに笑っていた。誰よりも彼がつらいはずなのに、誰よりも素晴らしい笑みを浮かべるのだ。
「そんなこと、ないよ」
「いいえ。少なくとも、わたしはずっと貴方様に照らしていただきました」
わたしは、この家に代々仕える一家の人間で、彼のメイドをしている。偶然にも彼と同い年で、幼いころからずっと一緒に育ってきたので、誰よりも彼のことを知っている自信があった。
だから、
「わたしは、坊っちゃんの笑顔が大すきなのです」
わたしは、いつだって、何度だって彼を肯定しよう。この家に彼の敵など存在しないけれど、ずっとそばにいて、どんなときも彼の味方になると決めているのだ。
「そんなにストレートに言われると、何だか照れちゃうな」
「わたしは本当のことを申し上げたまでです」
「そっか。うん、ありがとう」
そう言ってはにかんだ彼は、蛍というより太陽だと思った。すべてを明るく照らす太陽――そう、彼はわたしの光だった。
そしてそれが、わたしが見た、彼の最後の笑顔だった。
* * *
翌日の朝、彼を起こしにいくと、いつもはそれよりも早く起きているはずなのに、返事がなかった。慎重にベッドをのぞきこめば、彼は安らかなカオをして眠っていた――ように見えた。そのくらい自然な表情で、彼は息を引き取っていたのだった。
「どう、して……」
屋敷の人々が慌しく部屋に集まってくる。けれど、わたしの耳に彼らの声は届かず、自分のつぶやきだけが大きく響いた。
まだ余命はあったはずなのに。蛍を見にいきたいって、言っていたのに。
「――っ!」
わたしは勢いよく部屋を飛び出し、長い廊下を駆け抜けていった。全力で階段を上り、屋上のドアを乱暴に開ける。そして、ふらり、とフェンスの向こう側に立ち、朝日に向かって両手を広げた。
わたしは、知っていました。この、儚い命の意味を。
「今、わたしもそちらに行きますから……待っていてくださいね」
ふわり、身体が宙に浮いたかと思えば、猛スピードで落下していく。
あと少し、もう少し。そしたら、彼のもとへ逝ける。
「――向こうに、蛍はいるでしょうか」
わたしは、知っていました。この、儚い命の意味を。
わたしは、彼のために生き、彼とともに死ぬために、生まれてきたのです。
地面に叩きつけられる直前に見えた太陽は、笑っていたのだろうか、それとも、泣いていたのだろうか。




