スローライフ前の準備が凄すぎるような?
ジッと見詰める先のエンデワースは、ゆっくり進化を続けていた。
山脈の麓の辺りから、何本かの河が生まれて海へと向かって流れてゆく。夜と昼を繰り返しているうちに、雨が降ったりして植物はみるみる育っていった。
各地域に四組づつのペアを配置した人型達は、今や小さな小屋を建て集落らしきものになってきている。拡大するとその小さな営みが見られ、森へ採取に向かったり川で魚を捕まえようとしていた。
「あ、惜しい〜。もう一回頑張って!」
小さい人型が魚を捕まえられずに逃がしてしまう。落ち込む姿がなんだか可愛いかった。
女神様がエンデワースから離れた気配がして視線を向けると、持っていた分厚い本がポンとiPadぐらいのタブレットに変化した。瞬きしている私にそれを差し出す。受け取って見つめるが、どう見てもiPad・・・。
『召喚した人の文化にもよるんだけど、貴女にはこれが一番扱いやすいでしょう? ノートパソコンにもなるから、コレで簡単なメールを書けばそれが私の元に届いて報告になるの。短くてイイから、毎日書いてくれると嬉しいわ』
「毎日・・・って、この亜空間だと時間の感覚が分からないです」
『あぁ、亜空間にいる間は変化があった時で構わないけれど、貴女は世界に降りて生活したいのでしょう? エンデワースの時間で毎日、ね?』
私の心が見えているように笑って、女神様は綺麗なウィンクをした。
美人は何をしても綺麗なんだよね。
うっかり見惚れてしまって頬を染めた私を見て、女神様がさらにクスクスと楽しそうだった。
『各辞典や辞書も内臓してるし世界の取説も入ってるから、立ち上げて検索してみてね』
ファンタジーと現代科学の融合なんて、何だか不思議な感じ。でもまぁ、便利だからいっか。
お礼を言うと、女神様は更に宙に触れて何やら操作をする。
『後はエンデワースでの生活についてなんだけど・・・、今の姿のままで降りちゃうと怪しまれるから、私が特別アレンジしたアバターを用意するわ。ステータスやスキルは創造主だから最強チートなんだけど、自分で隠したり弱く制御するのは可能だから。行ってみてから修正出来るけど、どうする?』
女神様に問われて、少し悩む。
確かにペナルティなしにスローライフしたいけど、最初から無双モードにしちゃうと飽きるんだよね・・・。
以前のめり込んでたTVゲームで、攻略雑誌のコードを入れた途端、あっという間にエンディングを迎え、それきりやらなくなってしまった事があるのだ。
あれは虚しかった・・・。
大好きなゲームだっただけに、凄く後悔した。以来裏技攻略しない為にもオンラインに走ったのだけど。
「成長や攻略を楽しみたいので、最強チートはなしの方向で。出来ればゆっくり育成を楽しみたいんです」
『そっか。でも完全に制御しちゃうと突発的に何か起こった時に対応出来ないから、何段階かに分けて封印制御しておくわ? あ、亜空間への出入りはいつでも意識すればできるから。後は・・・そうそう、アイテムはこのインベントリーに収納してね』
宙にいきなり、磨りガラスで出来たようなバスケットボール大の立方体が現れる。なんでもないようにその中に手を突っ込み、女神様は中から一本の赤い小瓶を取り出した。
『これは基本の体力回復液よ。スローライフするなら薬草を採取したり育てたり、ポーションを作ったりするんだと思うんだけど…その辺はおいおい学んでいくとして…最低限必要なものも入ってるし、困ったら聞いてね』
ポーションを戻してインベントリーを消しつつ、女神様はウキウキしていた。
どうしてそんなに楽しそうなんだろう?
至れり尽くせりなシステムを気にする事なく笑顔を向けてくれる女神様に感謝して、私もインベントリーを宙に出しタブレットを入れてみる。
おぉ!
ゲーム内では何度も使っていたけれど、実際に使えると感動してしまう。
『便利でしょう? 収納数限度や重量制限も拡張出来るし、タッチ一つで整頓出来るの。取り出す時にはインベントリーを呼び出さなくても、イメージするだけで残数と目的のアイテムが取り出せるわ。あと一番便利なのは、採取や狩りの時に欲しい部位だけ勝手に収納してくれるのよ。 解体してスプラッタなんて、嫌でしょ?』
問われて激しく同意する。
命の尊厳の為には自分で解体した方がいいのだろうけど、現代に生きる女子大生が遭難してサバイバルしない限り、そんな状況には陥らない。
自分の血ですら滅多に見ないのに、狩った動物の内臓グロ映像を直視出来る自信はない。
エンデワースに生きる皆は多分してるんだろうけれど、ゴメンなさい、ここはズルさせて下さい。
皆には心の中で謝って、女神様に再び感謝を述べた。
「女神様もお忙しいのに、色々ありがとうございます」
『ううん、気にしないで。新菜が快諾してくれて楽しそうに育成してるんだもの。私だって嬉しいから援助は惜しまないわ。それに、亜空間に戻れば貴女でも自由にカスタマイズできるのよ?』
『エンデワースの創造主なんだもの!』と本当に嬉しそうに説明してくれた。
『それじゃそろそろ新菜をエンデワースに送って、私も他の世界監視に戻るわ。新菜と会えるのは当分先だと思うから、ちょっと淋しいけどもう会えなくなるわけじゃないし。大変な事もあるかもしれないけれど、楽しんで頑張ってね』
女神様に左手を差し出されて、私はしっかりとその手を両手で握りしめる。見つめ返した美しい女神様の顔が、私を慈しむそれに変わっていた。優しいお母さんみたいな、そんな笑顔。
「ありがとうございます。女神様も無理しないように頑張って下さいね」
『ありがとう。新菜の未来にアランニールの祝福を…』
ゆっくりと周囲と女神様の姿が、水面が風を受けたようにゆがんで滲む。気のせいか私の視界が下がっているように感じたけれど、何度か行き来する事になるだろうから、そのうち慣れるんだろう。今はこの不思議な感覚も受け入れて目を閉じた。
額に優しい感触を感じたと思った瞬間、私の意識はブラックアウトした。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。