エクルの村と碧海の森 その4
シュカッ!!
引き絞っていた私の手から、何かが放たれてゆく。放ってからハタっと気づいた。
・・・あれ? 私、矢をつがえてない?!!!
しかし、何が飛んでいったのか考える間もなく、
キャウン!!!
あ、偶然当たった。
それに続いてスピネルと【フレイムウルフ】ウルフが格闘している唸り声がする。
慌てて繁みを掻き分けると、その先でスピネルが明らかに多い【フレイムウルフ】の集団に囲まれて戦っていた。その脇で、私の矢?が当たったと思われる【フレイムウルフ】が倒れている。
スピネルを加勢したいが、スピネルの近くに撃ち込める腕がないのは知ってるので、なるべくスピネルから離れた場所の【フレイムウルフ】に弓を引き絞る。
矢がなかったのに攻撃できたので、魔法的な何かが働いたとしか思えない。女神様の特別製なのだ、それにこの際甘えさせてもらおう!
ゲームの中の弓職のように、大体の狙いをつけて次々に放つ。すると面白いように、【フレイムウルフ】がキャウン!と鳴きながら倒れていった。確認する間もなく、次を狙って放つ。
夢中になって、『弓を引き絞り、放つ』を繰り返した。【フレイムウルフ】が消えるたびに、ピコン!とインベントリーに入る音も連続で鳴っている。
どれくらい、繰り返していたのだろう、興奮しすぎて勝手に涙がこぼれていた。怖いとか悲しいとかビックリしたとか、頭のそういう感情が麻痺してしまっている状態なのに、身体だけが反応しているみたい。はぁはぁと荒く息を吐いて肩が揺れる。
気がつくと、目の前にはふた回り大きな個体のみが存在していた。牛並みに大きな体つきの【フレイムウルフ】は、スピネルを睨みつけ体制を低くして対峙していた。
その大きな体から発せられるのは、今まで対峙していたものとは明らかに違って気圧されるほどの迫力。なんとか押さえ込んでいた震えがまた全身を襲ってきた。長弓を持つ手が明らかに震えているのが分かる。
対峙しているスピネルと【フレイムウルフ】の間に漂う緊張感が、半端なくて身動きすら出来なかった。
『こいつがこの辺りの【フレイムウルフ】を統べてるみたいだね。どうする??』
スピネルが念話で話しかけてくる。この緊張感で話せるという事はスピネルには余裕があるのだ・・・凄い。でも、どうするって。
『魔物は絶滅することはありません。負の念が無くならない限り、永遠に湧きます』
私の不安を感じたのか、アンバーが同じように念話で伝えてくれる。その言葉に、ハッとする。
負の念・・・。人に欲がある限り、負の念は無くならない。生きている限り欲は無くならないから、負の念も無くならないね・・・。
『・・・うん、倒すよ』
負の念で生まれたのが魔物ならば、魔物を生み出したのは生きとし生けるもの。さらに言えば思考能力が高いほど、欲は深い様な気がする。私が創った人型が、魔物を生み出してる・・・。
そう思うと、魔物を倒すことは負の念を浄化する事のように思えた。
自分の行為を正当化したいのかもしれない。でもそう思えてきたら、自然と身体の震えが止まった。呼吸もゆっくりになって、【フレイムウルフ】の迫力が、大きな身体の子どもが駄々を捏ねて泣いている様に見えた。
「あなたにたくさん背負わせて、ごめんね。次に生まれてくる時は、違うものになってね・・・」
長弓をゆっくり引き絞り、【フレイムウルフ】に向ける。その気配を感じて、【フレイムウルフ】が私の方を見て唸り始めた。あれだけ怖かったその迫力が、逆に悲しくなる。
シュカッ!!!
燦めく軌跡を描き、力が放たれる。
それと同時に【フレイムウルフ】が私に向かって大きく跳躍した。空中で力と【フレイムウルフ】が重なり合う。瞬間その赤い身体は、正に燃えるように消えた。
ピコンッ!! 大きな機械音が私の頭の中に響いて、静かになる。そしてそこは、何事もなかったかのように静かな森の中に戻っていた。
「ふぅ・・・」
息を大きく吐いて、体から力が抜けた。途端に足元から崩れたけど、気がつくとアンバーに支えられていた。
「ありがとう、アンバー」
「大丈夫ですか? ご主人様」
「うん、ちょっとホッとしただけ」
力なく笑う私を、心配そうに覗き込む瑠璃色の瞳が陰っていた。スピネルも駆け寄ってきて、鼻面を押し付ける。その温かさが、私が生きていることを教えてくれた。
「スピネルも、ありがとう」
「・・・おい」
奥からガイの戸惑ったような声がして、現れた。その姿を見て我に返る。あ、ガイにバラしちゃったよ・・・。
アンバーが私を抱え上げて立ち上がると、ゆっくりとガイがこちらにやって来る。周りを見渡すその目には明らかに怯えがあった。私には見えないけど、また血まみれなんだろうな・・・。
「ジーナ、お前何なんだ・・・?」
アンバーが人化しており、辺りが血まみれである以上、誤魔化せないよね。そのままでため息を一つ、私はガイを見つめた。
「あのね、私こんな格好だけど、中身は20歳なのよ」
「20歳?・・・なんの冗談だ?」
「冗談じゃなくてね、えと、どこから話せばいいのかな・・・」
「お前もしかして、天使様なのか?」
「天使?」
思わぬ単語が出てきて、逆に私が聞き返す。
「天使様は天使様だよ、ニルギアナ様から遣わされてこのローシェンナを見守りに来たのか?」
『ここは話を合わせたほうが得策かと思われます』
ガイの言葉に、アンバーがこっそり念話を送ってくる。ニルギアナ様っていうのがよく解らないけど、頑張るよ。
「天使、っていうのかは判らないけど、ローシェンナを見に来たのは本当だよ(嘘は言ってない)」
「じゃあお前は、ニルギアナ様と話せるのか?!」
「ご主人様に気安く近寄らないでいただきたい」
いきなりガイが詰め寄ってくるので、アンバーがひょいと私を遠ざけた。それを不服そうに見ながら、ガイが話を続ける。周りに漂っていたピンクのオーラに加えて、黄色のオーラが重なった。
「最初から綺麗な奴だとは思ってたけど・・・そっか、天使様だったのか・・・」
自分に言い聞かせるように、ガイが言う。だから、天使様って、ニルギアナ様って何?
とりあえず、知ってる風に話を合わせてみる。
「ローシェンナに、ニルギアナ様?は伝わってるの?」
「もちろんだよ! ニルギアナ様はこのエンデワースを創られた神様だからな。お前ぐらいのガキだって知ってる常識だぜ?」
『・・・アンバー知ってた?』
『初耳ですが、このモノの言う事から推測いたしますと、おそらく【新菜様】=【ニルギアナ様】と思われます』
な、なるほど・・・。私が勝手に創ってたエンデワースだけど、私の存在は人型達に伝わっていた訳ね。でも、どうやって? 私降りてきたの初めてなんだけど?
とにかく、私は天使ってことにしておこう。神様が常識って、創った私が言うのも変だけど変な感じ。
「ガイ、この事は誰にも言わないで欲しいの。バレちゃったら、帰らなきゃいけないから」
「おう! 誰にも言わないから安心しろ! あ、でも俺お前の事【天使様】って呼んだ方がいいのか?」
・・・ガイ、それ思いっきりバラしてるから。
「内緒なんだから、今まで通りジーナでいいよ」
「お、おう!」
アンバーが私を抱えたまま村へと向かうので、なんとなく皆で帰る事になる。
お姫様抱っこ状態が気になるけど、誰も気にしてないのでスルーする事にして、今まで気になっていた事を聞いてみる。
「ねぇガイ、魔物消えたのに驚かないの?」
「なんで驚くんだ?」
そうか、魔物は倒したら消えるものなのね・・・。
「動物は(多分)倒しても消えないでしょ?」
「本当にエンデワースの事知らないんだな。魔物は負の念だから、倒したら消えるんだ。血もある程度時間が経つと消えるんだってさ。動物は動物だから消えないんだよ。でも魔物はたまに魔石を落とすんだ」
「魔石って、火着けたり光ったりするアレ?」
「うん、滅多に落とさないから街で売るといい値段で売れる。父さんは昔冒険者してたらしくて、魔石集めてそれを売って金貯めて、母さんと宿屋始めたんだってさ」
なるほど。って事はインベントリーには、魔石がゴロゴロ? 薬じゃなくて、そっちを売ったほうが早いかな? アラン達に早くお金返さないといけないもんね。お金を返したらオーキッドの街をしばらく見て回って、できれば王都に行きたいんだけど、やっぱりそのためにも先立つものが必要よね。
一度神域に戻りたいけど、神域に戻ったらまたこっちに来る時に一々【碧海の森】に飛ばされちゃうのが面倒だな・・・。ローシェンナに来たなら、しばらく腰を据えるつもりでいたほうがいいかも。マーキングとか出来て、一度来た所へは選択して行けるようになると便利なのにね。
つらつらと考えているうちに、もうすぐ森を出る所まで来ていた。あ、アンバーを元に戻さないと。
「アンバーありがとう、もう戻っていいよ」
「はい、ご主人様。その前に・・・」
私を降ろした後、アンバーがガイに近寄って何事かを小声で話した。
「ガイ、くれぐれもご主人様との契約忘れるな。お前の口のせいでご主人様に何か不都合な事が起こったその時は、ただで済まさない・・・!!」
ガイの顔色がサッと変わったけれど、何を言ったのかは私には聞こえなかった。
アンバーの人見知りが軽減したんだろうか? ポンと元の猫の姿に戻ったアンバーは、何事もなかったかのようにスピネルの背に乗る。
薬草取りに行っただけなのに、大変な事になっちゃったな。部屋に戻ったら隙を見てインベントリーの中身を整理して、ちょっと休もう。甘いものも食べたくなっちゃったから、クッキーでも食べようかな?
こうして無事に戻った私達だったのだが、今度はターナだけでなくアランにもバレ、ガイ共々またお説教を貰うことになったのだった・・・。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
ガイ君をもっと動かしたいのですが、なかなか難しいです。




