第一話 王太子ナータンの秘密
「カウフマン公爵令嬢マリアンネ!」
この国の貴族子女が通う学園の卒業パーティ会場で、王太子ナータンは怒声を響かせた。
名前を呼ばれたマリアンネが、静かにナータンの前へと進み出る。
婚約者でありながら、彼女は彼の隣にはいなかったのだ。ナータンの隣にいたのは、ベック男爵令嬢クリーゼであった。
くりくりとした瞳を不安げに煌めかせるクリーゼの腰を抱くナータンの周囲には、彼の側近候補である青年達が立っている。
側近候補達は主君の婚約者であるはずのマリアンネに冷たい視線を向けていた。
ナータンが再び口を開く。
「私は、君との婚約を破棄する! 理由はわかっているな?」
マリアンネは力無くふるふると頭を横に振る。
ナータンは舌打ちを漏らして言葉を続けた。
「君が! 見苦しい嫉妬によってならず者を雇い、我が愛しのクリーゼを攫おうとしたからだ。幸い私の側近候補達によって彼女は事なきを得たが、君の所業を許すわけにはいかない! 穢そうとしたのか売り払おうとしたのか殺そうとしたのかは知らないけれど、婦女子を攫って害しようとした人間を未来の王妃として認めることは出来ないからな!」
「……違います」
「なんだと?」
マリアンネは声を荒げてはいないのだが、その声は会場中に響き渡った。
これまでの妃教育の賜物である。王族の妃は静かに、だけどはっきりと自分の意思を伝えなくてはならない。
彼女はナータンに告げた。
「私はならず者など雇ってはいません。私がクリーゼ様を攫うように命じたのは王家の影です」
「……は? ど、どうして父上の命で君についている王家の影がクリーゼ誘拐に手を貸すんだ? 父上が許可していたとでも言うのか。い、いや、そんなことはどうでも良い。攫おうとしたのは事実なのだろう?」
マリアンネは頷いて、周囲を見回した。
一緒に学園を卒業する同級生の面々はもちろん、各国の重鎮たちが集まっている。学園に通っていた留学生達の親や後見人だ。
彼女は心底困っているような顔で言う。
「私がクリーゼ様を攫おうとしたのは、穢そうとしたのでも売り払おうとしたのでも殺そうとしたのでもありません。でも……ここでお話することは出来ません。どこか、人目のないところで……」
「ああ、人目の少ないところへ行って逃げ出すつもりだったのか。いいから、ここで真実を話せ!」
王太子ナータンの視界の隅で、国王夫妻が悲し気に溜息を漏らすのが見えた。
マリアンネは今にも泣き出しそうな表情で唇を噛むと、意を決したように話し始めた。
「……ナータン殿下。私は八歳で殿下の婚約者に選ばれてから、この十年間ずっとあなたを見つめていました。だから、あなたのことはなんでも知っています。私はだれよりも早くあなたの秘密に気づきました。学園に入学して数ヶ月経ったころ、股間が痒くて困っていらしたでしょう?」
「っ!」
周囲の憐れむような視線がナータンに突き刺さる。
それは確かに事実だったけれど、こんなところで言われたいことではなかった。
辺りの雰囲気に気づいたマリアンネが慌てて言う。
「べつに珍しいことではありません。鎖帷子や鎧を着て戦闘訓練を受けていたら、どうしても股間や足が蒸れて痒くなるものですもの。でも……殿下が痒がっていらっしゃるのは股間だけでした」
「だからどうした! それに、股間の痒みはすぐに収まった!」
羞恥から気炎を吐くナータンに、マリアンネは頭を横に振る。
「股間の痒みは初期症状に過ぎません。むしろそれで収まっていれば良かったのに……殿下のお鼻は赤くなってしまいました」
<嘘予告!!>
次回、突然煙突から現れた赤い服の老人がナータン殿下を勧誘!?




