第二話 王太子ナータンの絶望
ナータンの顔が真紅に染まる。
肌が透けるように白く、感情が激しくなるとすぐに赤くなることを彼は気にしていた。
兄上は恥ずかしがり屋の乙女みたいだ、と弟の第二王子によくからかわれている。
「だ、だからどうした! そんなのはいつものことではないかっ!」
瞳を潤ませたマリアンネが、頭を横に振った。
「いつもとは違います。確かに殿下のお肌は白くて赤くなりやすいですわ。でも常に見つめている私にしか気づかないくらい自然に、殿下のお鼻は赤く染まっていったのです」
周囲の視線がナータンの鼻に向かう。
そうか? そう言われてみれば……という声もあれば、マリアンネ嬢の思い過ごしではないかという呟きもある。
マリアンネはナータンから目を逸らし、その事実を告げた。
「その赤いお鼻は、性病が全身に回って重症化した証拠です」
「あああぁぁぁあああっ!」
激しい叫びを上げて夫の胸に倒れ込んだのは、ナータンの母親の王妃である。
父親の国王も苦渋に満ちた表情を浮かべている。
「……なにを言っているんだ、マリアンネ。婚約破棄されたのが悔しいからと、そんな根も葉もないことを。私はクリーゼとしか交わっていないし、クリーゼも私だけだ。だから性病になど……」
怒りで熱くなっていた全身が、両親の姿を見て凍りついた。
もう声を荒げることも出来なくて、必死に声を絞り出しながらナータンは隣のクリーゼを見る。
彼女は目を逸らした。側近候補達もナータンと視線を合わせようとしない。
「これまでの慣例にない、卒業前の検診はもしかして……」
マリアンネが頷く。
「クリーゼ様を愛しているのに欲望を感じなくなったことに疑問を感じていらしたのではないですか? ナータン殿下の性病は末期です。先日の検診でわかりました。もう子種も残っていらっしゃらない……」
卒業パーティ会場の床に膝をついたナータンに、マリアンネは経緯を説明していく。
「ナータン殿下の異常に気づいた私は周囲のものに相談しましたが、いつも殿下を見つめていた私だから気づいたような些細なことでしたから、だれも同意してくださいませんでした。ですので医学書を漁り、該当する事例を探したのです。そして性病だと確信した私は……」
クリーゼを攫うことを決意したのだという。
「穢す気も売り払う気も殺す気もありませんでしたわ。ナータン殿下を侵す性病は奔放な人ほど軽症で、貞節な方ほど重症化するものでした」
そこでマリアンネはナータンに、あなたの秘密を知っています、と告げた。
「殿下はクリーゼ様を一途に愛していらっしゃるのですよね。クリーゼ様が奔放な方だと知ったら傷ついてしまわれるでしょう。私はクリーゼ様を密かに治療して、感染を予防する薬を定期的に服用していただこうと考えたのです。ですが彼女はいつも殿下の側にいらっしゃったので、彼女にだけ事情を話そうとしても殿下にも伝わってしまうのではないかと思いました」
「……それでクリーゼを攫おうとしたのか」
「はい。治療と予防と口封じのためです。殿下は……ナータン殿下はもう完治は不可能ですが、さらに症状が進むと脳にまで性病の毒が回って死亡なさいます。それを防ぐためには、今体内にある性病の毒をこれ以上増やさないことが必要でした。軽症のクリーゼ様なら完治するかもしれませんし、そうなれば彼女としか交わらない殿下の症状の悪化を止めることが可能なはずです」
「マ、マリアンネ嬢!」
ナータンの側近候補達が声を上げた。
「わ、私達は、私達も検診を受けたのだが、もしかして私達も性病を患っているのか?」
ナータンに対するときは溢れていた哀惜の念を消し去り、マリアンネはあっさりと返答した。
「はい。まだ欲望は感じていらっしゃるようですが、末期なのに変わりはないので完治は不可能です。子種もあるかどうかわかりませんし、クリーゼ様以外の女性と交わっても性病を感染させるだけなので結婚は諦めてください」
「「「ということで、私達はあなた方との婚約を破棄いたしますわ!」」」
マリアンネの背後から側近候補達の婚約者が現れて、高らかに宣言した。
側近候補達と、その親達がナータンと同じように床に膝をつく。
マリアンネや婚約者の令嬢達に男爵令嬢との不適切な関係についての報告を受けても、若いうちはそういうものだから、と彼らを野放しにしていたのがこの結果である。後悔してもしきれないだろう。
立ち上がれないでいるナータンの耳朶をマリアンネの声が打つ。
「……婚約破棄は確かに承りました。ならず者は雇っていませんが、クリーゼ様を攫おうとしたのは事実なので、罰があるというのならお受けします。ごめんなさい、ナータン殿下。殿下にも側近候補の方々にも、大人の方々にも話を聞いていただけなかったので、ほかの方法が思いつけなかったのです」
絶望がナータンを包んでいた。




