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第23話「施設の拡張」

空間の裂け目への落下は、永遠のように長く、同時に一瞬の出来事でもあった。


マーカス・グレイたちが着地したのは、冷たいコンクリートの床ではなかった。太い動脈のようにドクドクと赤黒い光を脈打たせる、巨大なケーブルと配管の束の上だった。

見上げれば、彼らが先ほどまでいた「終わらない白昼」の独房群が、はるか頭上の虚空に蜃気楼のように浮かんでいる。ここが、アーロンがこじ開けたグリーン・ルーフ・インの裏側バックステージ――物理法則の裏地に隠された、施設の消化器官にして神経回路の底だった。


「……信じられない光景だ」

アーロンが、配管の束にすがりつきながら上を見上げて震える声を出した。


その時だった。


ゴギギギギ……ッ!!


突如として、巨大な歯車が無理やり噛み合うような、鼓膜を突き破るほどの凄まじい轟音が空間全体に響き渡った。

マーカスは思わず耳を塞ぎ、配管の影に身を潜めた。


「何だ!? ハミルトンの防衛システムか!?」

「違うわ」

ノラ・パーカーが、暗闇の中で目を細めて虚空を睨みつけた。彼女の腕時計は、外界の時間がちょうど『深夜2時』を回ったことを示している。

「システムが、この時間を狙って『アップデート』を行っているのよ」


轟音は、機械の駆動音ではなかった。

それは、空間そのものが引き裂かれ、無理やり「引き伸ばされる」音だった。


マーカスたちの頭上、何もない真っ暗な虚空のただ中で、空気がゼリーのように歪んだかと思うと、そこから灰色の巨大な質量が「湧き出して」きた。

最初はただの泥のような塊だったそれが、瞬く間に硬質なコンクリートの壁へと変質し、直線を結び、鉄格子を形成していく。窓のない、完全に閉ざされた地下空間であるにもかかわらず、まるで細胞分裂を繰り返す異常増殖の癌細胞のように、新しい『空間』が次々と無から有へと創造されていくのだ。


「あり得ない……質量保存の法則を完全に無視している!」

マーカスは、自らの常識が根底から覆される光景に戦慄した。

材料を運ぶクレーンもなければ、組み立てる作業員もいない。ただ「音」と共に、新しい独房のブロックが数十、数百と連なり、巨大なフラクタル構造を描いて虚空に増築されていく。


「これが並行次元のポケットの正体さ!」

アーロンは恐怖するどころか、そのあり得ない建築プロセスの前にひざまずき、恍惚とした叫び声を上げた。

「空間を折りたたんでいるだけじゃない! ハミルトンという群体意識は、自分たちの膨大な演算能力を使って、この次元そのものを『記述コーディング』して広げているんだ! ああ、なんという美しさだ。物理法則を凌駕する自己増殖建築(セルフ・レプリケーティング・アーキテクチャ)……!」


アーロンの言う通りだった。

このグリーン・ルーフ・インは、あらかじめ建てられた箱ではない。ハミルトンが外界から新しい人間(演算リソース)を飲み込むたびに、その容量を増やすために、自らの体積を無限に拡張し続けている巨大なバケツなのだ。


ズズン、ズズン……。

新しいブロックが形成されるたびに、空間が歪み、重力の方向がデタラメに狂う。

真横に伸びていたはずの廊下が、ねじ曲がって天井に向かって伸びていく。エッシャーのだまし絵のような、人間の三次元的な空間認識を完全に破壊する幾何学的な迷宮が、リアルタイムで形成されていく。


「これ以上、宿泊客サンプルを増やす気だわ」

ノラが冷たい声で事態を分析した。

「私たちが反逆したことで、ハミルトンはシステムの『脆弱性』を認識した。それを補うために、より多くの人間の脳髄を処理し、群体意識の強度を上げるつもりなのよ。新しく作られたあの何千もの独房は、これから外界から拉致されてくる新しい実験動物たちのためのケージだわ」


マーカスの脳裏に、あの待合室で震えていた数え切れないほどの宿泊客たちの顔がフラッシュバックした。

自分が『0001』としてここへ来てから15年。自分が受付で処理し続けてきた人間たちは、ハミルトンの胃袋を満たし、この狂った施設を拡張するための「建材」に過ぎなかった。

そして今この瞬間も、外の世界のどこかで、何も知らない人間たちがこの増殖し続ける無間地獄へと連れ込まれようとしているのだ。


「……させない」

マーカスは、立ち上がった。

空間が歪み、足場が軋む中、彼の灰色の瞳には、かつてないほど強烈な怒りの炎が灯っていた。


「こんな狂った増殖を、いつまでも続けさせてたまるか。ハミルトンの主機コアを潰す。今すぐにだ」


「いい顔になったわね、マーカス」

ノラが微かに口角を上げた。

「行きましょう。施設が拡張のために演算能力を割いている今なら、コア周辺の防衛ファイアウォールは薄くなっているはずよ。アーロン、案内を」


「ああ、任せておけ! このデタラメな空間の重心がどこにあるか、私の目にははっきりと見えている!」

アーロンは狂気に満ちた笑みを浮かべ、蠢く配管の迷宮の奥へと指を突き出した。


深夜の沈黙など存在しない、狂気の拡張音が響き渡る地下深く。

三人の反逆者は、増殖する巨大な迷宮の最深部――ハミルトンの心臓を目指して、再び暗闇の中へと歩を進めた。

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——では、あなたが読んでいるこれは、何回目だ? そして、あなたは気づいているか。 あなたが読み始めた時、 施設全体が「一度、呼吸」したことに。
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