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10話 深き森の魔王

この森、マジで広いです。

ルナたちは特殊な手段でショートカットしているだけで、ほんとに広い森です。

9話にちょっと付け加えた部分があるので見といてください。何処かは前書きに書いてあります。

 森の中から出てきたのは、一本角を生やした巨熊だった。


 まだ距離は遠い。でもこの距離からでさえ巨体だと分かる。

 この距離であの大きさとか、実際の大きさがどれ程なのか、想像もつかないよ。


「角を生やした唯のクマなんて聞いたことないし、やっぱり魔物か魔獣だよね。それにあんなに大きいし……」


 クマを注視しながら僕は呟く。

 僕の声でクマに気付いたソラは、小走りに僕の方へ戻ってくる。


「ルナ……はしゃぎ過ぎちゃって、ごめんね」

「良いよ、別に。こんな場所ならはしゃぎたくなる気持ちも分かるからね」


 それよりも、あのクマをどうにかしないとね。


 森から出てきたクマは、二足歩行でゆったりと近づいてくる。

 こんな開けた場所でクマから逃げるなんて、ほとんど自殺行為だ。

 もし森の中まで逃げれたとしても、ここまではティアさんに先導してもらって、『道』を通ってきた。

 逃げ切れたとしても、迷子になったらシャレにならない。


 幸い、クマは近づいて来はするけど、ゆったりとしたもので、僕たちに敵意はなさそうだ。少なくとも今のところは、ね。


 僕はクマから目を離さず、ソラとひそひそと相談する。


 そのままならゆっくりと動いてクマから離れる。

 ここで急に逃げたら逆に追われやすくなる。どこかで聞いたけど、狩りをする生き物は逃げるものを追いかける習性があるらしい。


 もしあのクマが、僕たちに敵意を抱いて襲ってきたら……


「……ソラが魔術で後ろ足を狙って」

「最悪、逃げる事は出来るように?」

「うん。怯んだ隙に僕が急所を攻撃する。もし魔術で転んだのなら、魔術で追い討ちかな。危なくなったらソラだけでも逃げてね?」


 クマから目を逸らせないからよく見えないけど、僕の言葉にソラが頬を膨らませたような気がする。


「むうっ。ルナを置いて行けるはずないじゃない。わたしはルナが逃げるまで逃げないからね!」

「あ、あはは……」

「ぶぅ。なによぉ、その乾いた笑いは」


 これまでの付き合いから、きっとそう言うんだろうとは思ってたけど、見事に当たっちゃった。

 どれだけ僕のことを忘れても、そういうところは全然変わらないよね。


 この状況でそれは、嬉しいと言うべきか悩ましいと言うべきなのか。

 ともかくソラを一人ぼっちにしないためにも、死ぬわけにはいかない。


「う、わ。でっか……」

「ま、まるで小さい山みたいだねぇ……」


 僕たちが話している間にも、ゆっくりとではあるけどクマは着実に近づいていた。

 いつもなら無邪気に「おっきいねぇ~」なんて言うソラでさえも、顔が引きつるほどの巨体。

 ソラの言う通り、まるで小さな山の様な巨体だ。

 ただの大きさだけでなく、気配や威圧感とでも言うべきなのか、その存在感がより一層クマを巨大に見せている。


 ――やばい。

 今まで遭遇した魔物の類の中で一番強いかも。


 けれど不思議なことに、さっきからクマの様子は一切変わらない。つまり敵意が一切感じられない。

 ここまで来て敵意が無いっていうことは……もしかして……


「少なくとも魔獣じゃない、のかな……」


 それについては、良かったと言うべきかな。



 魔物と魔獣はとても似ている。

 それは単純に名前だけが似ているだけではなく、同じ種族もいる・・・・・・・事にも起因する。


 スライムを例に上げてみると、魔獣のスライムと魔物のスライムといった風に、スライムと言ってもそこから魔獣と魔物、二つの種族に分かれる。

 詳しくは知らないけど、同じスライムという種族なのに、何らかの違いがあって魔獣と魔物に分けられる。


 そんな魔獣と魔物の、誰もが知る最大の違い。

 それは魔獣は必ず他の生き物(・・・・・・・)を攻撃してくる・・・・・・・こと。

 より正しく言えば、殺そうとしてくる。生きるためとか、そういうのに係わらず。無差別的に。


 昔のとある人はこう言ったらしい。

 「まるで、他の生き物を殺すために生きているみたいだ」と。


 対して魔物は、他の生き物を攻撃することもあるけど、それは普通の生物の営みとしての範囲。

 知性が高いとまた話は変わるし、好戦的な種族とかはいるけど。


 魔物は話が通じる・・・・・

 けれど魔獣は決定的に話・・・・・が通じない・・・・・



 だからあのクマが魔物だと言うことには安心した。

 あっちが敵意を示さない以上、こっちが敵意を示さなければ戦闘にはならない……と思いたい。

 縄張りに入ってしまったとかお腹が空いているとかにしても、もうちょっとこう、戦闘態勢とか好戦的な雰囲気とかはするはずだから。

 下手なことをしなければたぶん大丈夫……だよね?


 やがてクマは、十メートルほど離れた所で足を止めた。

 そしてその巨体を裏切るかのような、つぶらと言えそうな瞳で僕たちを見つめてくる。場違いなことに、可愛いなって思ってしまったぐらいには。


「ね、ルナ。クマさんどうしたのかな? わたしたちを食べるような感じはしないけど」

「く、クマさんって……。ソラはこんな時でも変わらないね」


 クマの巨体に驚いていたけど、ソラはもういつもの調子を取り戻している。

 そんなソラの様子に、僕は呆れとともに苦笑を浮かべた。


 一瞬気の緩んでしまった僕たちに呆れたのか、クマの魔物は僕たちから視線を離した。


「グァウ」


 クマはそう声を上げると、僕たちのことを気にすることもなく、森の方へときびすを返す。


「あのクマ、何しに来たのかな?」

「う~ん。何だろうねぇ?」


 僕の疑問にソラものんびりと返す。

 僕たちが共に首をひねっていると、元来た道とは別の所に進んでいたクマが、こっちを振り向いた。

 そのまま数秒、様子を見ているとさっきと同じ声を出した。


「グァウ」

「ん? 手をプラプラしている?」


 クマは確かに僕たちの方を見ながら、何やらこちらに向かって手を振っている。

 

 んー、あの動き、もしかしてあれは……僕たちを手招いている?


「ね、ルナ。あれって、ついて来て欲しいのかな?」

「あ、やっぱりソラにもそう見える? んー、これはどうするべきなのかな。ん? ……もしかして」


 ティアさんはここからの簡単な地図を渡すに、「ここまで来れば迷うことは無いでしょう」って言っていたし、地図は念のためって渡してきた。

 もしかして、道案内がいるから、あのクマがリアさんの所まで案内するから、迷うことは無いってこと……?


 魔術師の中には、魔物を使い魔にする者もいるって聞いたことがある。

 賢者とか魔王とか呼ばれる人なら、そんなこともあるかもしれない。

 それにあの魔物は、地図の矢印と同じ方向に進んでいるように見える。


「そういうことならついて行ってみようよ」


 ソラの同意を得たことだし、僕たちはクマの後をついて行った。

 やっぱりそれが正しかったのか、クマは何度も振り返って僕たちがついて来ているか確認しながら進んでいく。

 花畑を抜けてクマが行く森の道は、よく見ると、通れるように綺麗に整えられていた。


 それはつまり、この先に誰かがいるということだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 クマについて行くこと十分ほど。段々と森の様子が変わってきた。


 さっきまで狭かった木々の間隔は広くなり、遠くの方には広場のような開けた場所が見えた。また、この森では一度も見たことのないような植物を、幾つも目にするようになってきた。

 はてには薬草が植えられた畑があったり。僕の俄知識だけど、確かそれらは珍しい薬草のはずだった。


 ともかく、進んでいる方向自体はあっているよね。


 そして畑を見つけてからしばらくすると、大きく開けた場所に辿り着いた。


「……っ」


 光を遮るものが無くなり、眩しくなって手をかざすことしばしば。

 ようやく手を下ろして辺りを見回した。


「わ、綺麗だ……」

「うわぁぁぁ~!」


 そこは本当に大きく開けた、綺麗な場所だった。

 ところどころに綺麗な花が咲いている。樹木は少ない代わりにそのほとんどが一本一本、首が痛くなるほどの巨木。

 比較的森に近いところには見たことのない果樹もある。

 中ほどまで行ったところには少し大きな家が建っていた。


 どことなく、エトワールで泊めてもらったティアさんの家に似ているような気もするけど、こっちの方が少し小さいね。


 一見、ただ植物が生えて家が建っているだけのようにも見える場所。

 だけど何かが違う。よく見ると、どの植物もどこか生き生きとしているような感じがする。

 ここは輝かしいほどに、生命力に満ち溢れている場所だ。僕とソラが見惚れたのは、きっとこの場所の命の輝きだったんだ。


「あ、ルナ。クマさんに置いて行かれちゃっているよ」


 ソラの声で気づいた。

 指差す方を見ると、クマはこっちを呆れるように見ている。

 ア、アハハ。何か、人間臭いね。


 そうしてクマに追いついてすぐに家の前に辿り着いた。だいたい三階建てくらいかな? 

 ここまで案内してくれたクマは、扉の前からどいて僕たちに譲ってくれた。そしてそのままどこかへ行ってしまう。


 そんなクマの背中にソラが声をかけた。


「クマさーん。ありがとー!」


 お礼を言われると思わなかったのか、クマは一瞬足を止めた。


「ほら、案内してくれたんだから、ルナもお礼を言おうよ」

「え、ああうん」


 僕もお礼を言うと、クマは「グァウ」って声を上げて去って行く。二足歩行で。


「……クマって、二足歩行で歩くんだっけ?」


 二足で立ちはするけど、移動するときは四足だった気がするんだけどな……。

 まあ、いいか。


 気を取り直してドアをノックする。けど一向に誰かが出てくる気配はしない。

 少し待って何度か繰り返す。けど結果は同じ。


 もしかして留守かな?


「うーん、どうしよっかね?」


 僕はソラと一緒に悩む。

 すぐにソラがじゃあと声を上げた。


「ちょっと散歩しようよ」

「はい!?」

「もしかしたら近くにいるかもしれないし、それに此処、とっても居心地がいいんだもん。だから散歩しよ!」

「えぇぇぇぇ?」


 何て言うか、探す気ないよね? その理由だと。

 そう指摘したら、ソラは目を泳がせて口笛を吹かせた。そもそもそれ、口笛じゃなくて口でぴゅーぴゅー言ってるだけだし。


「エ、エー? ベツニー、ヒナタボッコシタイダケジャナイヨー? ピューピュー」

「…………」

「…………」

「…………………………」

「も、もうっ。別に探す気が無いわけじゃないもんっ。早く行こ、ほら!」


 棒読みなセリフに対して僕はジトーっとした視線。それに耐えられなくなったソラは、顔を赤らめながら僕の手を引っ張って歩き出した。





 見たこともない巨木に首を痛めたり綺麗な花をじっくり見たりなど、寄り道をしながらたどり着いた先は、家の裏の方にあった道。

 家の裏の方にはまばらに木が立っている。その先を行くと澄んだ湖が広がっていた。湖の端の方からは川が流れている。


「…………」


 そんな穏やかな静寂に満ちた湖のほとりに、誰かが座っていた。


 湖の方を向いて、この場所に続く道にいる僕たちの方には背を向けている。

 遠目で後姿から分かることと言えば、綺麗な黒髪をした女性で、俯いて何か作業をしていることぐらいだった。


 よく見ると傍に籠があって、木の実の殻を剥いてその中に入れている。


「…………」


 傍には何故か大きな狐と狼が何頭もいる。

 作業を続ける黒髪の女性の膝に顎を乗せたり、その近くで寝そべったり、もしくは彼女に撫でられているのもいる。


 彼女も動物も、僕たちのことに気付いているだろうに。けれど気にするそぶりもなく、耳を向けるだけで寝そべったままだった。


 もしかしてこの人かなと思うけど、黙ったままでは仕方ないから、とりあえず声をかけることにしてみた。 


「あの、ちょっといいですか?」

「ん」


 こっちには興味が無いみたいだけど、一応返事はしてくれた。


「ティアさん……ティア・ハーヴェストさんに教えてもらって、リアさんと言う賢者を探してい――」

「ティア?」


 ついさっきまで興味のない様子だった彼女は、僕の言葉を遮るかのように呟く。

 そして顔を上げて僕たちの方へと体を向けた。


 振り向いた彼女に僕たちは声も出せない。指一本も動かすことがかなわない。僕とソラは、只々、振り返った彼女に見惚れていたから。


 光を吸い込む夜空のような漆黒の髪。

 その夜空に輝くような、淡く光っている様に見える金色の目。

 無表情気味で少し冷然としているけれど、幻想的で女神のような顔立ちに、雪のように白い肌の美少女。

 この場所が神秘的ということも合わさり、まるで女神や妖精みたい。


 そして。

 ――どこか懐かしい。


「よ、妖精さん?」

「妖精? 何処にもいないぞ?」


 ソラの言葉を受けて、辺りをきょろきょろと見回す。


 いや、それは……貴女のことだし。


 彼女の動きを追うように長い黒髪が舞って、ティアさんと同じエルフ族に特徴的な、細長く尖った耳が見えた。

 どうやらエルフ族のようだ。


「じゃあ、精霊さん?」

「いやいやいや。そういう意味じゃないでしょ、ソラ」

「ふむ。ずいぶんと可愛らしい客だな」

「えへ、えへへ。ねえルナ、聞いた? こんな綺麗な人から可愛いだなんて♪」


 表情を変えないのんびりとした言葉に、ソラがくねくねと照れる。


 いやまあ、確かにソラはすごい可愛い。……ついでに天然入ってるけどさ。


 僕は照れるソラを呆れた目で見てた。何せ、可愛いって言われるたびに似たような反応するんだよね、毎回。


 そんな僕たちを見つめる先から声がした。


「ん? 汝らもしかして…………ああ、なんだ。そういうことか」


 黒髪の彼女は少し眉を寄せて、すぐに何かに納得した様に呟いていた。


「ティアの紹介だとか言っていたか。何用か?」

「あ。ティアさんだけじゃなくてね、シアンさんも教えてくれたの」

「シアンイストール? …………ふーん。近くにいたのか」

「へ?」


 シアンさんの名前を呟いた後の言葉は、ぼそぼそとしていて聴き取れなかった。

 けれど、シアンさんの名前を知っていると言うことは、やっぱり……。


「あの……貴女が、シアンさんが賢者って呼んでる、リアさん、ですか?」


 僕はそう尋ねた。

 あまり表情の変わらなかった彼女は、ほんの一瞬、口元を小さく緩める。


「うん。私が【深き森の魔王】のアイリアンだ」



 この出会いが、世界から孤立した僕たちの日々を変えることになった。

やっとアイリアンでたー!

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