44話 悪事はいつかバレる
アリーセの呪いを解き、イルゼとの関係を修復して五日後。
いつも通り、眠気と戦いながら乗り越えた授業の後、唐突に変化は訪れた。
「よ!」
「うわっ?!」
全ての授業を終えて、ゆづりが鞄に教科書やノートをしまっている最中、背中をバコリと殴られた。背骨に浸透する衝撃に、ゆづりは涙目になりつつ振り返る。
またノアが来たのだろうか。それとも、と恨みをこめつつ振り返れば、後ろにいたのは桃だった。
「桃…。っていうかその格好は何?」
背後に立っていた桃はいつもと様子が異なっていた。
服装はいつもの中華服ではなく、ゆづりと同じ制服になっていた。髪色も紫から黒へ変わっている。
しかし、特徴的な目は変わっていないため、すぐに桃だと看破は出来る。それでも、少し戸惑うほどには、上手く変装を成し遂げていた。
「ん、ソフィーにやってもらった。このまま行くとビックリされるって」
「まぁ確かに…」
桃はノアと異なり、周りの地球人に姿を見られてしまう。だから、いつもの格好で教室に来られていたら、ちょっとした騒動になっていただろう。
ゆづりは心の中でソフィーに感謝を告げる。そして、桃を連れてベランダに出た。人目を避けるためだ。
「で、今日はどうしたの。また充電が無くなったの?」
「ん、統治者の眷属がお前を呼んでる。そのおつかい」
「イルゼか…!」
イルゼがゆづりを呼んでいる理由は、前に約束した別邸に連れていってもらう件だろう。
彼はアリーセのことで忙しいだろうから、約束してから一週間程度はかかると踏んでいた。が、まさかこんな早く呼ばれるとは。
嬉しい予想外にゆづりは素早く教室に戻ると、荷物を纏める。そして、もう一度ベランダに出て飛び下りようとしたのだが。
「桃?帰らないの?」
桃はゆづりについてくる気がないのか、動くこともなく、じっと窓越しに教室を見つめていた。
何か気になるものでもあるのだろうか。
桃が大人しく良識のある人なら、このまま置いていけた。しかし、彼女はお世辞にも常識人とは云えない。何をしてかすか分かったもんじゃない。だから、ゆづりと一緒に中継場に帰ってもらわないと困る。
「ねぇ、どうしたの?」
「う、あの男の匂いが気になる」
「匂い?」
「ん、アイツ」
桃はにゅっと人差し指を出すと、一人の生徒へ向ける。その生徒は長い手足を存分にいかして黒板を消している。
間違いない。古葉だ。ゆづりは思わずあっと声を出す。
「えっ、あの子のこと?そんな変な匂いしてた記憶ないけどな」
「む、違う。臭いとかじゃない。日記と似たような匂いがする」
「日記?」
「や、前にお前が翻訳していた本」
「……それって…」
ゆづりはモゾモゾと鞄を漁り、一冊の日記を取り出す。現在進行形で翻訳を進めている、『開発者』の日記を。
すると、桃はそれだというようにコクコク頷いた。
「……?」
この本は何故か二、三枚ページが破られ、中身が読めなくなっている。しかも切り取られたのは最近のようで、ゆづりがこの本を見つけた後に仕組まれたものだろうと推測していた。
が、結局誰が破ったのかは分からず仕舞いで、有耶無耶になっていたのだ。
そして今、桃はこの本から古葉の痕跡を嗅ぎとったと言っているわけで。
「つまり、古葉がページを切り取ったってこと?」
ゆづりはこの本を地球の誰にも渡していない。見せてもいない。だから、ノアや桃といった神以外から痕跡が出てくるわけがない。
つまり、古葉がページを奪った犯人で確定だろう。
これにはたいした驚きはない。元々古葉のことは怪しんでいた節はあった。やはり挙動がおかしいし、何よりこんな自分にわざわざ近づいてきたのだ。何か目的があったと考えた方が理解しやすい。
「でも、なんで…?」
古葉が犯人だとしても、動機は分からない。
ゆづりのことが嫌いだから、嫌がらせを仕掛けてきたのか。それとも、何かちゃんと理由があるのか。あるのだとしたらそれは一体何なのか。
今すぐ古葉を問い詰めて真意を知りたいところだが、今は少しタイミングが悪い。中継場でイルゼとアリーセが待っているのだ。
それに古葉に直接聞いてもどうせ答えまい。後回しでいいだろう。
「分かった。ありがとう。でも、今は中継場に行こう。イルゼが待ってるからさ」
「おー、分かった」
桃はコロリと視線を返すと躊躇なく身を投げる。ゆづりも後を追うよう飛び下りた。
****
次にゆづりが目を覚ました時、やけに周りが騒がしかった。人の話声がやけに聞こえてきて、人の気配が今まで以上にあった。
ゆづりは覚束ない意識と足取りのまま部屋を出る。すると、予想通り、宇宙空間部屋に多くの人の姿があった。
「これは…歓迎会…?」
丸テーブルの上に並んでいるティーカップとケーキ。それを取り囲むように集まる神たちの姿。
見覚えのある空間は、いすずが亡くなり桃が神になった時に行っていた、桃の歓迎会と酷似していた。
今回はイルゼとアリーセが初めて中継場に来たから、二人の歓迎会を開いている、といったところだろうか。
「ゆづり。こんにちは」
入り口付近で様子を見ていたゆづりに、いち早く気づいたのはソフィーだった。彼女は椅子から立ち上がると、ゆづりに近寄ってくる。
「イルゼをお探しですか?」
「はい。約束してて…」
この部屋にいるのは、パッと見ただけだと四人だ。
今、ゆづりの目の前にいるソフィー。ケーキを鷲掴んでいる桃。その隣でフォークを使ってケーキを食しているノア。少し離れたところで四人を観察しているシンギュラリティ。
大半の神はここにいるが、肝心のイルゼの姿は見当たらない。彼は一体、何処にいるのだと見渡すゆづりに、ソフィーはクスクスと笑った。
「イルゼならいますよ。ほら」
ゆづりはソフィーに促されるまま、神たちの集いに足を踏み入れる。しかし、クリームを口元につけた桃に見上げられ、ノアによっと手を向けられただけで、イルゼの姿はない。
と、思っていたが。
「やっと来たか」
ゆづりの横から男の声がしたかと思うと、シュルシュルと糸が巻かれるような音が鳴り出した。
そして、あっという間にゆづりの身長くらいの白い玉ができて、気づいたときには目前に細い瞳孔開くトパーズ色の瞳があった。
突如現れた瞳に、ゆづりは押し殺した悲鳴と共に腰を抜かす。
「そ、その…イルゼって蜘蛛がホントの体なんですか」
「そうだ。私は蜘蛛から作られたニンゲンもどきだからな」
イルゼはみょんみょんと自分の髪を引っ張る。すると、糸が伸ばされるような音がして、ボサボサだった髪がきれいに纏まった。これはなかなか便利そうな力だ。少し羨ましい。
「早速だが行こう。私についてこい。そこでアホ面晒してる貴様もな」
「アホ面は余計だろ!ノアと呼べよ、ちゃんと名前を!」
イルゼはゆづりとノアを一瞥すると、スタスタと廊下に出ていった。その後を、膨れっ面をしつつフォークを置いたノアが追いかける。
「行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
ゆづりもソフィーに会釈をして、二人を追いかける。そして、廊下に出れば、ノアがイルゼの隣に並んでいた。
「そういえばさ、イルゼ。アリーセはどうしたんだ?今日も来てないみたいだが」
「アリーセ様には、自室でのんびりしてもらっている。まだ体も本調子ではないそうだからな」
「ふーん。もしかして、後遺症でも残ったか?」
「いいや、体力の問題だ。貴様の魔法に不備はない」
「まぁな。それなら良かったよ」
イルゼは淡々と白チョコレートを模した扉を開ける。すると、いつもの埃っぽい生ぬるい風ではなく、整然とした少し冷たい空気が足元を抜けていった。
あれとゆづりが違和感も覚えたのも束の間。ゆづりとノアは扉の先に広がっている光景に、即座に目を奪われた。
「綺麗になってる…!」
埃だらけで、廃墟と化していた火敵星の部屋。とても人が住めるような世界ではなかった一部屋だが、今目の前にある部屋は、見間違えるほど綺麗になっていた。
埃は一掃されて、まるで森にいるかのような新鮮な空気になっており、壁のシミは拭き取られて、元の白さに戻っていた。陰惨とした雰囲気も、電気が取り付けられたからか、跡形残さず消えていた。
倉庫に封印されたような古ぼけた家具たちも、ピカピカと輝き元の姿に戻っている。
たった五日でここまで変わるとは。
イルゼの執事としての腕は伊達じゃないなと思いつつ、部屋を見渡すゆづりとノア。
しかし、イルゼはそこまでおおそれたことをした自覚はないらしい。二人の反応に胡乱気な視線を送ったかと思うと、淡々と火敵星の本土に繋がる扉に手を掛けていた。
「何をしている。さっさとついてこい」
イルゼは手慣れた様子で扉へ身を投げ、火敵星へ行ってしまう。しばらく呆けていたゆづりも我を取り戻して、慌ててイルゼの後を追う。すると。
「ここは……?」
そこは初めに火敵星に行った時の花畑でも、二回目に降りた時の戦場でもなかった。
豪華に光るステンドグラス。ゆづりの背丈の数倍はある大きなパイプオルガン。天使のような子供が空を舞っている宗教画。
何かの宗教の教会か。ゆづりは歴史の教科書を思い出しながら、周りを見渡す。その隣で、ノアがあっと声を出した。
「やっぱり、この教会が中継場と繋がっている正式な場所か」
「あぁ。千年前、王が初めて火敵星の神になった伝統ある教会だ」
イルゼはほらと、とある肖像画を指差す。アリーセのような綺麗な赤髪と、新緑の葉のような繊細な色の瞳を持った男性が、王冠を天に掲げている様子が描かれた一枚の絵を。
「あの方は火敵星の最初の神、『先駆者』様だ。魔族に襲われ絶滅しかけた人間たちを救った人だと聞く」
「へぇ…」
始まりの神ということは、『先駆者』は創造者に直接神に認定された人物ということになる。だから、もしかしたら、何か創造者に繋がる手口となる人なのかもしれない。
ゆづりが絵に描かれた人物の容姿と名前を脳裏に刻む一方、イルゼは肖像画に背を向けていた。
「今からさっそく別邸に行こうと思うが、問題はないな」
「あぁ。早く案内してくれ」
「承知した」
イルゼは短く頷く。そして、先導を引くように堂々歩き出したが、三歩程度歩いたところで足を止めた。それと同時、えっと素で驚いているかのような小さな声が聞こえてくる。
急に停止してどうしたのだろうか。
不審に思ったゆづりは、イルゼの背から前の光景を覗く。すると。
「来ちゃった」
数メートル先にある、教会の入り口に誰か立っていた。
てへぺろという擬音語がつきそうな可愛らしい仕草をし、林檎のような艶のある髪を夕日に晒している、とある娘が。
「……アリーセ?」
見たことのある容姿に、ゆづりは小首を傾げる。
そして、その目前で、目の色を変えたイルゼがアリーセへと駆け寄っていた。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
アリーセ…火敵星の神。イルゼのことが好き。
イルゼ…火敵星の魔族。アリーセの眷属。
ソフィー…地球の神。ゆづりを不死の体にした。
桃…土獣星の神。暴力上等の野蛮な娘。
古葉…ゆづりのクラスメイト。何かとゆづりに接触してくる。




