10話 時計の本領発揮 下
「金時星は平和を脅かすことが起きたら、こうやって時を戻すんだよ。そして、平和が崩された原因を破棄して、過去を改変する」
「へぇ…なんだか大変そうですね」
「意外とそうでもないよ。時計が手伝ってくれるからね」
在監者はヒラヒラと手を振り、忙しなく動き回る人々を見下ろす。
こうして聞く限りなかなか大変そうな仕事だが、在監者の姿からは苦労は読み取れない。よほど時計が優秀なのだろう。
「それでお嬢ちゃん。ここに用があるんだろう?」
「あっ、その…また巻き戻して欲しいものがあるんですけど」
「うん。いいよ。どれだい?」
ゆづりは持っていた本を在監者へ手渡す。すると、彼はペラペラと中身を確認すると「理想者かぁ」と呟いた。
「もしかして知り合いですか?」
「ううん。流石に名前しか知らないなあ」
在監者は事務的に胸元から時計を取り出す。そして、時計を開発者の本の上に置き、針をクルクルと回した。
前回はこのようにすれば、白黒の映像と声が出てきて叛逆者の過去を見ることが出来た。しかし、今回は映像が出てくることも、音が出てくることもない。周りの時計たちが回る音だけしか聞こえてこなかった。
「…?」
何かおかしい。ゆづりがあれっと呟けば、在監者は昔のものなんだろうねと苦笑する。
「この時計は指紋とか髪の毛とかを読み取って、映像を作っているんだ。だから、物に何もついていないと、何も起きないんだよね」
「そうなんですか」
「でも、死体か髪の毛、血とかなら百パーいけるよ。どんなに時間が経っててもね」
在監者は励ましなのかよく分からないことを言いつつ、ゆづりの手に本を返してきた。ゆづりはそんな上手くいかないかと冷静に結果を受け止めつつ、本も受け取る。
もしこれがうまく行けば、初めて理解者に翻訳してもらった、創造者の残した書面も調べてもらおうと思っていた。
が、おそらく無理だろう。
あれが書かれたのは、おそらく千年前とかだ。痕跡が残っているわけがない。それに正体を隠している創造者が、あの紙に己の指紋を残すなんてこと、しているわけもないだろう。
「そういえば、今更だけど。お嬢ちゃんはなんでこんな事しているんだい?神について知りたいのかな?」
「創造者を見つけたくて」
「へぇ。創造者か。確かにどんな人なのか気になるよね」
「その…貴方は創造者について何か知っていたりしますか?」
「いや、何も知らないね。自分も天機星の神が交代するときに見に行っているんだけど、創造者の姿は見えないんだ」
「暗くなるからですよね」
「そうそう。マッチで照らしても消えちゃうし、何かカラクリがあるんだろうと思うよ」
ノアと同じことを言っていた。魔法で対処してもしきれず、創造者を逃してしまうと。
ゆづりは百個くらいLEDを持っていけばどうにか出来ると踏んでいるが、そう上手くは行かないのかもしれない。
まぁ、創造者がくる日まであと一年あるから、深く考えるのはもう少ししてからでもいいだろう。それよりも、ゆづりが気になったことは他にあって。
「じゃあ、その……私も一個聞きたいんですけど」
「うん。なんだい?」
「何で名前、在監者なんですか」
「え」
「その、あんまりよくない名前だから、気になってて」
「………」
在監者はゆづりを見下ろしたまま固まる。なんと答えたらいいのか、困っているように、動揺しているように、口を少し開けたまま、ピタリと止まった。
間違いない。確実に良くないことを聞いてしまった。大きく変わった彼の態度に、ゆづりも凍りつく。
やはり、こんなデリケートなこと聞くべきではなかったのだ。好奇心に駆られて、誰も彼も在監者のことを嫌っている理由なんて聞くべきじゃなかった。
しかし、今更やっぱりいいですとも言い出せない。引くに引けない。
どうしよう。どうすれば収集がつく。
グルグルと目まぐるしく回る思考にゆづりが全身を強張らせる側、在監者ははっと声を漏らす。そして、この場に相応しくないくらいの明るい笑みを見せた。
「いや、それがさ分かんないんだよね」
「えっ」
「自分、特に犯罪を犯したりはしてないんだ。それなのにこんな名前付けられて怯えられて…まぁ不名誉ったらないよね」
在監者はやれやれといえように肩を竦める。
一方、ゆづりは緩和した空気にほっと安心のため息を吐き、そうですよねと適当に笑っていた。
もう、彼が言ったことがホントがウソかはどうでもいい。この一触即発の空気を壊せればなんでもいい。
彼の過去に何があったかなんて、聞いても仕方がないだろう。適当な思いつきで聞くべきじゃなかったのだ。
「ちなみにね、神になる前は中学の教師をやってたんだよ。化学の先生をね」
「先生…」
「そうそう。今はもうやってないけどさ」
目を布で覆っている奇抜な格好だから、前職は曲芸師とかなのかと思っていた。
でも言われてみれば先生っぽい雰囲気も感じられる。柔らかい態度とか、気さくな性格とか。生徒に人気を持たれそうなポテンシャルはありそうだ。
それでも、本当のことを話していると断言は出来ないのだが。
「至極真っ当に業務をこなしてたのにさ、急に神にさせられて名前は犯罪者みたいなモンにさせられて、まぁ酷い話だよ」
在監者は嫌なことを思い出したように、げんなりした顔を見せる。
あまり神に対していい印象は持っていないようだ。彼の目は前の神に潰されたらしいし、まぁ当然といえば当然なのだろう。
それでも、今いる神の中では理解者やノアに並ぶ古参の神。神を嫌っているにしてはかなり長く在位にいる人だ。
「その割にはかなり長い間、神をやられているんですね」
「うん。色んな星の姿を見るのは楽しいからね」
「楽しい」
「そうそう。それに、神を止めるならこうしたいってプランはあるんだ。まだ実現出来そうにはないけどさ」
「へぇ。神になって欲しい人でも見つかったんですか?」
「いいや。そういう訳じゃないな」
在監者はそれ以上話すつもりはないらしい。ピタリと口を閉ざすと、くるくると回っている時計たちを見つめる。
その姿はやけに楽しそうで、子供がちょっとした悪戯を思い付いたような、そんな無邪気さがあった。
「まっ、また何か見つかったら持ってきなよ。待ってるからさ」
「はい。ありがとうございます」
在監者を深く追及する気もないゆづりは、彼にお礼を告げると、あっけなく金時星の部屋を出る。ドアは勿論ピタリと閉め切った。何事も起きなかったのだ。もう、理解者に戦闘面で頼る必要もない。
ゆづりは無事に在監者との会合を終えたことを理解者に伝えるために、木黙星のノブへ手を伸ばす。すると。
「おかえり」
「うわっ?!」
ゆづりが扉を開ける前に、理解者が隙間からにゅるりと顔を出した。まるで幽霊のように飛び出てきた顔。驚いたゆづりは大胆に尻餅をつき、理解者を見上げる。
「あ、ごめん。ビックリさせた」
「大丈夫です。その…もしかしてですけど、ずっとここに居たんですか」
「うん。話もちゃんと聞いてた。本、見れないってのも聞いた」
「そうなんですよ。ちょっと古いものみたいで」
「残念」
理解者はゆづりの手元に転がっている本を、無機質な目で見下ろす。そして、何を思ったのかその場にしゃがむと、本に触れた。
「もしかしたら」
「はい」
「火敵星に他の本が残ってるかもしれない」
「そうなりますよね…」
理想者は王だ。王の遺物なら、丁重に管理されているはず。間違いなくこの本のように埃を被っていたり、虫に食われたりはしていないはずだ。
「土日辺りに、火敵星に行って探してみます」
「うん。何かあったら持ってきて」
「ありがとうございます」
今から火敵星に行くのは厳しい。おそらく地球は日が暮れているだろし、明日は学校もある。土獣星の時のように星に行って早々、星の住民に捕まって監禁でもされる可能性を考慮すると、とても今からは行けない。
今日はとりあえず家に帰ろう。そして、開発者の日記の翻訳を進めよう。
ゆづりはざっと今後の方針を決めると、木黙星を後にした。




