9話 時計の本領発揮 上
「 遥か昔、×個の星×創造者に×××生す。
×はそれぞれの×に個性を寄与す。
月××には×災を。火×××は××を。水魔星には××を。×黙星には静×を。金時星には永遠を。土×星には××を。地球には×××。天××には××を。
目××××一貫、××のみ。
×××××には命がない。代わり自由を縛り×××××。
××××××星には×がない。代わり頭を用い義手を着用す。
後、いづれも戦争を産み出し破滅へ堕ちる。
故に×は星を還し争いを滅す。
×は×××。×は無意味。
主は××を現実と×乱す。×××術は×情のみ 」
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理解者による翻訳を終え、ゆづりは目を覚ました。
相変わらず頭は内側からトンカチで殴られているようにズキズキと傷む…ということはなく、風が吹いたらすぐに溶けそうな、柔い靄に頭の中が支配されていた。
「あれっ、何言ってるのか全然分かんなかったな」
今読まれた文章はプツプツとしょっちゅう途切れ、音も小さかった。だからだろう。今ゆづりの頭の中にあるのは、クエッションマークのみだった。
まさか自分の集中力が切れていたのか。ゆづりは折角の機会をフイにしたなんて最悪だなと嫌悪しつつ、目の前の木に触れる。すると、風が吹き荒れて、気づいた時には、ゆづりの正面に理解者が立っていた。
「おかえり。あと、ごめん」
「ご、ごめん?」
「さっきの文、翻訳が難しい。ページがボロボロで読めない」
理解者は声色に困惑を表すと、ゆづりに理想者の本を差し出す。
彼の言う通り、紙の状態はあまりよくない。全体的に黄ばんでいるし、虫に食われたのか欠けてもいる。五百年もの間、資料室に放置されていたのだ。当然といったら当然なのだろう。
ゆづりは翻訳機に通せば古い本でも読めると思っていた。が、実際は難しいらしい。理解者はなんとも言い難い微妙な顔をしていた。
「他のページも古くて難しい。多分、読めない」
「そうですか…」
貴重そうな情報がありそうなのに、読めないとは残念だ。
ゆづりが本を受け取って落胆していれば、理解者は気の毒に思ったらしい。しばらくうんうんと唸った後、「読める方法がないわけじゃない」とポツリ呟く。
「そ、それって…?」
「金時星に行って、この手記が書かれた時の情報を見る」
「金時星……」
思わずゆづりの顔が曇る。
理解者の言っていたことが分からないからじゃない。むしろ、言っていることは分かっている。前に叛逆者の髪飾りから彼の過去を見た時のように、今回もこの手記を金時星に持って行き、過去を見ろと言っているのだろう。深く考えないなら一番現実的で良い案だとも思う。
しかし、ゆづりは以前ノアに叱られている。金時星に行くな、在監者に近寄るなと。
「なんか問題でもあるの」
「その…ノアとソフィーに在監者と会うのは止めとけって言われてて」
「…………」
ゆづりの返答に理解者も思うことはあるのか、口を半開きにさせたまま動かなくなる。そして、パタパタと彼の癖っ毛が数回煽られた後、理解者は「なら」と口を動かしだす。
「ドア、開けといて」
「え」
「何かあったらボクが助ける。だから、ドアは開けといて」
「あ、ありがとうございます」
理解者の戦闘能力がどれくらいなのかは知らない。しかし、堂々と助けると宣言したからには、何か手があるのだろう。
ゆづりは理解者の優しさに素直に甘え、部屋を出る。そして、少しドアに隙間を作ったまま背を向けると、学校の教室のドアによく似ている金時星の扉に手を掛けた。
「失礼します」
ゆづりはまたもドアを中途半端に開け残して、部屋に入る。すると、早速カチカチと音を立てながら回っている時計たちが迎え入れてくれた。
「いらっしゃい」
そして、数多の時計に埋もれるように部屋にいた在監者も、こちらに歓迎の意を表すように、ヒラヒラと手を振っていた。
その仕草に怪しいところや危ないところはない。至って普通の親しげな人だ。しかし、ノアがああも怒り狂っていたことから、何かあることにはあるのだろう。
ゆづりは少し緊張しながら、在監者に近寄る。すると、彼は近くにあったパイプ椅子を引き寄せると、どうぞと指差した。
もしかして椅子に何か細工でもされてるのだろうか。ゆづりは内心怯えつつも椅子に座る。が、ゆづりが恐れていたようなことは起きず、ただ萎れたクッションが尻を包み込んだだけだった。
「来てくれたところ悪いけど、ちょっと待っててね」
在監者はゆづりが席に着いたのを確認すると、顔を背ける。代わりに彼が己の目に写したのは、壁に並んでいる多くの時計たちだ。彼の真剣な横顔を見るに、おそらく神としての仕事でもしているのだろう。
「その、すみません。仕事中に邪魔しちゃって……」
「気にしなくていいよ。仕事っていっても、ほとんど時計頼りだからさ」
「時計…」
「そうそう。見てみる?」
在監者はおもむろに立ち上がると、壁についている大きな古時計の面に手を置く。すると空中に映像が浮かび上がり、人々が小石の敷き詰められた大道路を歩いている画が写し出された。
在監者はそれを確認すると、秒針を少し反時計回りに動かす。すると前に向かって歩いていた人が、十秒前程度にいた場所へと下がっていった。
「えっ」
時間が戻った。
ゆづりはあり得ない現象に驚いて目を丸丸くする。その時でも、映像にいる人々は平然と前へと進み歩いていた。どうやら彼らは時が戻ったことに気づいていないらしい。
これは一体どういうことなのかと、ゆづりが後ろにいる在監者を振り向けば、彼は凄いでしょうとでも云うようにニヤニヤしていた。
登場人物
ゆづり…主人公。創造者を探している。
理解者…木黙星の神。ゆづりが読めない文字を日本語に訳してくれる。
在監者…金時星の神。他の神たちから異常に嫌われ疎まれている。